よぉいやさぁー

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 久しぶりに京都、行きました。

20250412_043035378_iOS.jpg 毎年、京文化研究会をプロデュースしてくれる京都検定一級保持者の古い友人と、彼を是非とも紹介してほしいと頼まれた、これも古い友人との3人でもって春の恒例「都をどり」鑑賞です。都をどり、わたしは初めて。

 本来なら、こんな急に頼んで何とかなるものでもないのに、そこはお茶屋の太客である彼のこと。おかみさんに手まわしてもらい、良い席を確保してもらえました。

 都をどりは、京都最大の花街祇園甲部の芸舞妓さんたちの舞台公演です。同行の二人は「今年何回目ですか。あと何回来ます?」などというツワモノなんですが、わたしはなにせ初めてのことなんで様子がよく分からない。ついて行くだけです。

 祇園甲部歌舞練場。場所は知ってましたが、入るのはもちろん初めて。広い庭があってまずここを探索したのち二階に上がり、舞台公演に先立ってお茶席に臨むことができます。20250417_092637162_iOS.jpg

 大勢が一同に、立礼式でお茶をいただいていきます。観客全員に振舞うんやからさっさとやっていかんと公演開始に間に合わない。本来ならば端から順番に詰めて坐っていくべきところ、ここでもお茶屋のコネと太客の配慮で、なんと最前列のお正客席に着かせていただきました。まっ正面に正装黒紋付の芸妓さんがお点前を披露しています。無表情で場内に睨みを効かすその貫禄たるや、これぞ京文化の粋の極みといったところ。見惚れてるとお菓子とお茶が運ばれてきて、作法も気にせずいただきました。舞い上がってて味もよく分からない。

 しかるのちいよいよホールに入り例の開演の合図「都をどりは、よーいやさー」が響き渡りました。

20250412_052533046.jpg 都をどりの歴史は古く、初演は明治5年、以降戦争や近年のコロナ禍で中止となった期間もありましたが150年以上の歴史があります。京都五花街それぞれが公演を行っててですね、祇園東が「祇園をどり」宮川町が「京をどり」先斗町が「鴨川をどり」上七軒が「北野をどり」。時期をずらしてそれぞれの歌舞練場などで公演し、京都の春(祇園をどりは秋)を飾る風物詩となっています。芸舞妓さんたちの晴れ舞台、京都文化を伝える真骨頂で、中でも都をどりは最大の規模、動員数を誇ります。

 演目はもちろん毎年変わって、今年は全8幕、京都各地のいろんなシチュエイションとエピソードに題材を取って長唄や浄瑠璃に合わせて井上流の京舞を次々と披露していきます。華やかな着物の芸舞妓さんがこれだけ揃うとさすがに壮観、しかも一矢乱れぬ踊りは完成度高く、まあ、皆さんようお稽古してはりますなぁ。20250417_092500167_iOS.jpg

 中でも第四景「蛤草子永遠繁栄」は御伽草子に題材を得てますが、巨大な蛤がパックリ開いて中から美女が登場する演出はボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を彷彿させ、伝統の京舞にもグローバル化の影響在りかとなかなか興味深かった。圧巻は最終景「平安神宮桜雲」大団円です。一瞬暗転したのち、照明とともに現れるのは舞台天井を埋め尽くすまさに雲と見まごう桜の絶景、客席からため息と歓声が漏れます。全員集合の総おどりの華やかさはまさに感動ものです。これはすごい。

 終演後、余韻に浸りながら三人は祇園界隈をうろうろ、円山公園内の隠れ家的バーで昼間から一杯やったのち、これも隠れ家的イタリアンレストランで夕食、そしてメインイベント新橋通の馴染みのお茶屋へと向かいました。

 驚いたことがあります。京都通の彼、お茶屋のカウンターに登場した舞妓さんを見るなり「〇〇さん」と声をかけ、さすがによく知ってる顔が広いと感心したところ、なんと初対面やと言います。「以前〇〇の舞台に出てたでしょ」って、悪いけど客席から見る舞台の舞妓さんの顔なんて皆ほぼ同じで、素人には個体識別なんて不可能です。それを一目見ただけで覚えてるなんて、これはもうね、特殊能力というしかありません。わたしなんて彼のおかげで集めた何十枚という千社札(芸舞妓さんの名刺)ほぼすべて、顔なんて覚えてませんよ。どれほど祇園に通いつめればこの境地に達することができるのか。仕事もしろよーと突っ込みながら、楽しい祇園の夜は更けていくのでありました。

老化忍び寄る

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 万博が始まりました。55年前の大阪万博と比べて国民の盛り上がりと期待がいまひとつということです。お祭り大好きなわたしとしては、せっかくやるんやから楽しんだらええやん、と思うのに、例によってなんでも反対の各反日メディアが反万博キャンペーンでネガティブな雰囲気をあおってます。共産党は反対反対騒ぎすぎて、機関紙の赤旗が万博協会から取材拒否されてます。ざまごらん。

 朝日新聞はというと、準備期間には「なぜ、開会にこだわるのか」と反対を掲げ「世論調査はおおむね開催に懐疑的」だの「招待を断った自治体がこんなにある」だの、開催に否定的な記事を乱発してましたが、赤旗みたいにはっきりと「万博反対」との主張を打つ勇気はありません。開催が近づき盛り上がるにつれて「ちょっとヤバいんとちゃう?」とトーンを下げたわけです。このあたり、先の東京五輪批判とまったく同じ構図で、その節操無さ、メディアの矜持をかなぐり捨てた恥知らずの所業はもはや呆れてしまいます。とっとと廃業してもらいたい。

 それはさておき、70年万博を知る世代としては、その思い出とともに55年間のわが国の発展と衰退、光と影に思いを馳せるため、やはり今回の万博には足を運ばねばなりません。それは、日本国の現代の立ち位置を確かめ、将来の持続的発展に向けた指針を得るともに、自分自身の今後の活力の一助にする必要があるのです。ありていに言うと老化防止です。

myakumyaku.jpg わたくしも還暦を過ぎて、熟年世代の自覚に苛まれるお年頃となりました。昭和の頃、60歳といえばもう仕事はリタイアして老境に足を踏み入れ、第二の人生を模索する区切りとされてました。しかし現代にあっては60歳なんてまだまだ中年世代という共通認識が社会を支配しています。今では法令も整備され、労働者が希望すれば65歳までは定年などで強制的に退職させることはできません。

 日本人の平均寿命は、縄文時代は15歳前後やったそうです。多くの生物がそうであるように、この頃は人間も子どもを作ればすぐに寿命が尽きていたことになります。

 それが、文明の発達につれて人間様だけが自然の摂理を捻じ曲げて、子孫を残してから死ぬまでの時間が極端に長くなりました。平均寿命は平安時代には40歳くらいに伸びて、戦国時代で信長が「人間五十年、下天の内をくらぶれば...」と舞ったように50歳くらい。江戸時代には60歳を超えたんやとか。昭和になって70歳を超えて、現代に至り昨年の平均寿命は女性が87.14歳、男性が81.09歳やそうです。リタイヤ後女性は20年以上、男性でも15年以上あります。この、いわゆる余生の生き方が重要視される所以です。

 わたしもそろそろゴールが見えてきたかなと思い始めてたところ、なんだか判断力集中力が衰えたかなと思しき出来事が続きました。

 まず、ある日の甲子園のチケットを発売日にネットで予約したところ、購入期限を失念してしまい、苦労してゲットした良い席の予約が無効になってしまいました。これは落ち込みました。こんなことはこれまで無かった。観戦がパァになったことよりも、手続きを忘れるという失態を犯したという事実に大きなショックを受けました。20250413_020251010_iOS.jpg

 さらに先週のこと、出張の際に新大阪駅についたところ、JR西日本のEX-ICカードを入れてるカードケースを忘れてきたことに気が付きました。カードが手元にない。乗る列車はもうすぐ来る。パニック。こんなことは初めて。

 青ざめて駅員さんに訊いたら「ああ、ほいじゃ、発券して乗ってください」

 なんと、EX予約は改札をカードで通るだけでなく、券売機で予約した切符を受け取ってから乗るという方法があるのであった!これまで何百回と新幹線に乗ってきたけど、EX予約のサービスが始まって以来、紙の切符は買ったことがなく新幹線乗り継ぎはicocaEXカードで改札を突破してきました。なるほど、手間はかかるけどカード無くても乗り継ぎできるんや。サービスが始まってもう20年近く経つでしょうか。今回、初めて気がつきました。これからはカード忘れても新幹線乗れるど!って、そもそも忘れるなよって話です。

 カードケースには運転免許証やマイナンバーカード、診察券その他もろもろ入ってて、前の日にお休みしてゴルフに持って行ってから、出張前にもとのカバンに戻すのを忘れてたのです。これまでは、こんなことはさほど意識しなくても完璧にできてたはず。それが今では、しっかり意識して、指差し確認が必要になってきたという現実があります。心身の老化は確実に進んでいます。

 ここはやはり、万博会場で活力を注入する必要があります。難関のネット予約手続きも無事に突破できました。当たるかどうかはまだ分からんけど、引き続き気を引き締めていきましょう。やれやれ。

@ybbよさらば

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 ペナントレースもスタートし、春爛漫の4月です。定年退職者が去り新人さんが入ってきて、職場近くの公園で恒例の花見も済ませたし、なんだかんだで新年度が始まりました。私個人的には卒業、就職、転職など人生の節目というようなイベントがあるわけでも無いけど、何となく期待と不安が入り混じった、毎年感じる春の雰囲気に満ちた一週間が過ぎていきました。

20250404.jpg しいて変わったことを探すとするならば、自宅ネットのプロバイダをソフトバンク光から、ケーブルTVに替えたこと。

 自宅マンションではいろんなネット業者が頻繁に営業をかけてきます。ソフトBのマンション光、ずっと昔から使ってますが、オンラインビデオゲームなど超絶速度を必要とするよな使い方してないし特段の不満はありませんでした。

 それがある日のこと、有線放送サービスのチラシ見て試しに営業呼んで調べてみると「ケーブルの方が3倍以上速くなって、料金は逆にかなり安くなります」と。

 ほんまかいなと思いながら、お試しでしばらく使ってみることにしたわけですわ。

 すると、3倍以上っていっても体感するほどの差は感じません。そも、映像などの巨大なデータを送受信する機会がほとんどなくて、ダウンロードに時間がかかるiPhoneのアップデートなんて年に何回あんのよと。そんな使い方のおうちでデータ速度が3倍つっても、メールやLINEの転送時間が0.003秒から0.001秒にアップしたところでどうなん?って話ですよね。

 しかしまあ、野球も始まったし中継のchは多い方がいいし、料金が安くなるならこの際、替えてみよかということになったわけですよ。jcom.jpg

 説明を聞くうち、携帯のキャリアも一体になったサービスとかで、ガラケーの時代から長年に渡って使ってきたソフトバンクもケーブル系列のauに替えることになりました。 初めて携帯電話持ったのが1999年7の月。ノストラダムスの大予言が当たってたら私は携帯電話を知らずに世を去っていたのです。当時NTTドコモや関西セルラーホンなどいくつかあるキャリアの中で、夫婦2台契約すれば2台目は半額!というキャンペーンに釣られて契約したのが「J-phon」。これがのちに「vodafone」になり、ソフトバンクに買収されて今に至ります。その間ずっとキャリアを替えずにきたのですがこの春別れを告げることになりました。で、このたび「速いネット」「ケーブルテレビ」「新しいキャリア」に移行し、春とともに新しいスタートをきりましたと。

 ところが、ひとつ難儀な話があって、ソフトバンク光の解約により、これまで使ってたYahoo BB!のサービスも同時に解約することになります。それで何が困るって、長年使ってたメールのドメイン...@ybb.ne.jpは返上しなければなりません。

 思えば、インターネットが世に出てYAHOO!がサービス始めた頃からずっと使ってたんで、ネット経由のサービスのほぼすべてがこのアドレスに紐づいてます。これをすべて新しいメアドに変更する必要が生じたわけです。何十件とあるでしょうけど、まあ仕方ない。たちまち支障が出そうな銀行、証券関係のアカウントから、こつこつと変更の手続きをやりましたよ。

 で、ソフトバンクの契約が切れたのが先週。これからはもう、ybb経由でメールが届くことはありません。長らくお世話になりました。達者で暮らせよ~。

AI恐るべし

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 先週、招かれてある新聞社主催の、万博関連のイベントに行ったわけですよ。

 会場は大阪市内の某ホテルで、パーティーに先立ってまずスクール形式の会場でトークセッションがあったのですが、ちょっと驚きました。

 万博開催に際してのイベントだけあってパネラー4人のうち2人が海外の人で、客席の参加者も外国人が多い。こんな場合は普通、同時通訳用のイヤホンつけてということになりますが、この日は違いました。

多言語.jpg まず主催者挨拶、それに続いて基調講演、その話してるすべての言葉が日本語と英語でステージのスクリーンに記されていきます。あらかじめ決められた原稿を読んでるんならこんなことは簡単やろけど、そうではありません。ステージで司会者が話す、パネラーが応える、質問する答えるという、今、眼前で行われている会話を即座に文章化し、さらに英語に翻訳しバイリンガル双訳で表示されます。驚いた。

 翻訳機が商品化されてるご時世なんやから技術的に可能ということは分かるけど、目の当たりにするとこれはすごい。しかも、翻訳機みたいに、活舌確かにはっきりとキレイな日本語でないと認識しない、なんてこともなく、ごく普通に話してる内容がほぼ正確に文章になり、さらに同時翻訳されていくのです。逆も同様で、ネイティブのイングリッシュスピーカーの流暢な英語がスルスルと日本語の文章に翻訳されてスムーズに表示されていきます。これは驚いた。

 AIの言語認識機能はここまで進化したのか。さらに会話の主旨、内容を理解し、不明瞭な発音や曖昧な単語を話の前後の脈絡から判別し、正しい単語を導き出す。それも時間をかけて解析するのでなく、瞬時の処理でやってのけるのです。驚いた驚いた。万博行かないうちからこんだけ驚いてる有様では、実際に行ったら腰抜かしてまうんとちゃうやろか。

 こうなると、もう学校で英語を教える必要は無くなりました。もはや日本人は苦手な英語をはじめとする外国語を習得する必要はありません。だって、機械が勝手に翻訳してくれて、他の言語を話す人と普通に会話することが可能になったんやから。honyakuki.png

 昭和の昔、会社勤めをするためには、学校でソロバンや簿記を習得する必要があったけど、今やPCやネットの普及で誰もオフィスでソロバンなんて使わない。電卓すら使わない。なんなら、会社行かなくてもテレワークで仕事できます。大っきな桁の暗算ができますという人がたまにいるけど、仕事でなんの役に立つのって話です。必要なら電卓叩けばいいんです。クルマの整備ができなくても運転はできるし、スマホの構造やプログラムなんかまったく知らなくてもその超高機能を誰でも使いこなせてます。それと同じように、英文法やリスニングなんてまるで理解できてなくても、代わりに翻訳機が会話してくれます。

 もうね、英語を学ぶなんて、ソロバン並みに時間の無駄です。TOEIC900点が、暗算〇〇段と同じにしか評価されない時代になったのです。

 ありがたいのは技術の進歩ですが、現在のわが国の在りようにはなんとも忸怩たるものがあります。もう30年以上前、ジャパン・アズ・ナンバーワンの頃、とある大学のエライ先生が講演でこんなこと言うてました。仕事でちょっと噛んだので覚えてるんです。

「日本の科学の進歩は確かにすごいが、例えばワープロなんてまだまだ技術が成熟していない。いずれ、こうやって話してる内容がすぐに紙に出力される時代が来るだろう」

 来ました。先生、あなたは正しかった。違ってたのは、そんな技術を日本が成熟させたのではなく海の向こうからやって来たということです。あのあと日本は失われた30年に突入し凋落の一途を辿り今に至ります。どうせならそこまで予見して、そうならない術を示して欲しかった。

 まあ、それは今さら言うても仕方がない。なぜ、当時の技術大国ニッポンはITの発展という将来を見誤り、GAFAをはじめとする米国企業と振興アジア企業の後塵を拝することになったのか。わが国は現在の立ち位置を謙虚に認識し、将来に向けての国家戦略をもう一度構築し直すことが必要です。AIにやってもろたらどやろか。

 久しぶりに政治のお話を少し。

 国会審議続く中で、石破首相が自民党新人議員に商品券を10万ずつ配ったとかで、違法ではないかと追及されてます。はっきりと違法とは言えないんやろけど、そんなことはどうでもよろしい。対象は15人でしめて150万円。ポケットマネーやったそうですが、怪しいもんです。なんせ国会議員には文書通信費や官房機密費など、領収証がいらないヤミ給与がたくさんあります。それらを含めて「私費」といっても、誰も確かめようがない。だから私費かどうかもこの際関係ないのです。

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 問題は、お土産に150万円分の商品券を用意できる金銭感覚の人が、国民の気持ちに沿って政治をやれるかって話で、国民が怒ってるのはこの点です。「このおっさん、ちょっと庶民的やと思てたけど、全然ちゃうやん」。案の定、内閣支持率ダダ下がりですわ。自民党はカネに汚い宿痾によって破滅に至るという法則の見本みたいなもんです。

 もらう方ももらう方やと思います。また首相と同じ鳥取県の参院議員が「歴代首相も同じことやってた」と口が滑ってしもて、周りが慌てて塞ぎにかかるなんてコントみたいな醜態も見せてくれました。

 「もう、この総理ではあかんな」そろそろ皆が思い始めました。ところが。

 自民党はいまガタガタなんで、仮に石破ダメとなっても今の状態で後任の総裁となるのはまさに火中の栗を拾う覚悟が必要です。誰もがまっぴらゴメンです。さらに石破おろしやっちゃったら石破さん開き直って「商品券なんて、〇〇も○○も○○派でもずっとやってきたことやんけ。なんで俺だけ言われなあかんねん⁉」となります。誰もが自分に火の粉が飛んでくるような党内政局なんてやりたくない。一方、野党にしても「石破ヤメロ!」を言わない。だって、近々ある参院選は、このトンデモ首相が自民党の選挙の顔であってもらった方が都合がいいのです。

 そんなこんなで石破首相はチロチロと延命して行きます。おそらく次の参議院選挙で惨敗した責任をとって総裁辞任となることでしょう。次の総裁が首相に指名されるかは微妙です。ひょっとすると政権は烏合野党の連立に移行するかも知れませんから。 

 政治家さんたちには、場外乱闘みたいなカネがらみの足の引っ張り合いはやめて、政策論争をしっかりやってほしいもんです。そんな中、高額療養費の引上げが話題になってます。kenkoushindan_mri_man.png

 日本は皆保険制度で、誰であっても高度な医療が受けられます。保険のおかげで一定の金額を払えばそれ以上はいくら莫大な費用がかかっても保険が支払ってくれます。その一定の負担割合を上げるという話です。財政的に厳しい中放っとけば、長期的に保険料の引き上げにつながるからやむを得ないということは言えます。しかし、そんな将来のことよりも今、現に高額療養を受けている人にしてみれば切実な問題です。なんだかんだあって結局、やっぱり一旦先送りしますと。

 まあ、上げても止めても、それはどっちでもいいんですけど、気になったのは国民民主の主張です。曰く「療養目当てに来日して、多少の保険料払うだけで何億円もかかる高度な治療を受けて帰ってく外国人を先になんとかしなさい。現役世代が苦労して支払ってる保険料は日本人の治療のために使用するべきやろ」。至極もっともなお話です。しかし、手土産に150万円をポンと出せる人の心にはこんな訴えは、まるで響かないことでしょう。

 この主張に対して朝日新聞がかみつきました。曰く「そんなフラチな外国人は限定的で、割合にして1.15%にすぎない。外国人を除外しても日本人現役世代の負担はほとんど減らない。だから外国人受益者のことを気にする必要ない」と。

 1.15%もいることも驚きですが、問題は金額の話ではありません。ごくわずかでもそんな不届きな外国人がいることをなぜ黙認せないかんのかってことです。わずかな負担で何千万円という高額治療を受けてトンズラする輩のことを、「そんなん、ほんのちょっとの数やから気にするな」と言うのが朝日の主張です。日本の殺人事件発生率は、0.0000023%。朝日は、こんなわずかな事案しかないんやから、刑法に殺人罪なんて条文は必要ないというのでしょうか。

 朝日新聞よ、聞き飽きたやろけどもう一度言う「お前ら、本ッ当に、どこの国の新聞なん?」

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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