端から端まで

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 昨日から仕事で山陰に行っており、先ほど帰ってきたようなわけで、一服してこんな時間にブログを更新しています。もっと早く家に帰るつもりやったんですが、機体の整備が遅れて1時間以上待たされたりで、予定が狂いました。飛行機はこれがある。お詫びの印にって、空港内で使える食事券をもらいました。こんなん初めてです。当然、小さな空港のカフェは時ならぬ大混雑となり、オーダー待ってるあいだに大阪便は出てしまったなんてことになったら、それはそれで面白かったかも。

 さて、とうとう今夜のゲームでわが阪神タイガースのリーグ優勝が決まる可能性があります。だから本当いうと今日のエントリーは、今年の戦いをゆっくりと振り返ってみたいところですが、決まったら決まったでブログ更新どころではなくなります。今日決まるとは限らないけど、今週中に決まることは間違いないわけで、次回以降に綴ることとして、今日は違うお話。

20250903_052646064_iOS.jpg 先週、平日にお休みをもらい、またふらっと万博に行ってきました。過去半世紀のあいだ大阪府民が「万博に行く」というと吹田市の万博記念公園に出かけるという意味でしたが、今はもちろん夢洲の大阪・関西万博を意味します。終幕まで2カ月余りとなりました。まだ入っていないパビリオンもありちょっと焦ってきました。

 この日予約がとれてたのはパナソニック館「ノモの国」だけで、ここだけ入ってあとは状況をみながら地下鉄が混まないうちに帰ろうと、軽いノリでした。

 ご存じのとおり、この予約というのは2カ月前、1週間前、そして当日と、3回チャンスがあります。開会前はいろんなところを苦も無く予約できてました。レストランの予約もしかり。しかし、盛り上がるに連れて今や予約サイトにアクセスするのも待たされるありさまで、お目当てのパビリオンの抽選に当選するためには、おそらく引き換えにこの先何年か分の運を差し出さねばならないでしょう。

 前回行った先月半ばに比べて、日差しは若干弱まってるものの、やはり暑い。入場して自由に歩きまわれるようになると暑さ凌ぎも幾分楽ですが、入場ゲート前で手荷物検査を待つ時間、これが辛い。日陰がなく、最低でも30分程度は殺人的日光攻撃に堪えなければなりません。

 入場すると、当日の空き枠予約にチャレンジできるわけですが、これがまた難しい。その時点で予約できるところを検索して、予約可能なパビリオンやイベントを探すわけですが、一見してほぼすべての時間帯に✕印がついてて選べません。しかし、この時点で諦めてはいけないのであって、同じ画面をリロードしてると、ときどき✕が〇に変わる瞬間があるのです。何回も万博通ってるとそんな知恵がついてきます。おそらくは、予約持ってる人がキャンセルしたりで一瞬空きができる。ところが、多くの入場者も同じ画面を同時に見ているんやからカルタとりみたいに早い者勝ちで、タップしても他の誰かの方が一瞬早くて「確保できませんでした」となります。20250903_052729523_iOS.jpg

 先週も何回かやってるうちに、なんと空き枠をゲットすることができました。「未来の都市」という、博覧会協会と日立、KDDI、KAWASAKI、商船三井などいくつかの企業がスポンサーになってるパビリオンです。やった、今日並ばずに入れるところがふたつになった! ところが。

 地図で確認するとですね、このパビリオン、なんと大屋根リングを遠く外れた、会場の西の果てにあるではありませんか。一方「ノモの国」は同じくリング外、会場の東の端です。万博に足を運ばれた方であれば、炎天下あのとてつもなく広い会場の端から端までただ歩くということがいかに過酷で根性を試されるか想像いただけると思います。しかも予約できたそれぞれのパビリオンの入場時刻は1時間しか離れていません。つまり、「未来館」に入って館内の多くの展示、イベントを見て回り、その後西の端から東の端まで歩いて「ノモ」に入館する。これを1時間以内にやれというミッションです。一瞬、予約破棄が脳裏を掠めました。しかし、わたしはKDDIと商船三井の株主様でもありこれもなにかの縁と悟り、決行することにしました。

 未来館は中にいろんなブースがあって、未来を感じさせる体験型アトラクションにも行列ができてます。現代社会では、何か行動を起こすためにはまず並ばないといけないのです。なかなか魅力的な展示で、もっとよく聞きたいしできれば体験してみたいのはやまやまなれど、すべてのブースを心ゆくまで堪能するとなると、これおそらく半日以上はかかるのではないでしょか。せっかくの機会ですが、ムリです。

20250903_060025964_iOS.jpg 走り抜けるように未来館の展示を見て、そのままスピードを緩めずに会場の東の端を目指して歩く、歩く、歩く。予約時刻10分前にとうちゃく。

 今回のすべての国のすべての出展は、半世紀前のような単に未来予想と新しい科学技術の紹介だけではなく、SDGsの取り組みや自然との共存や全人類の幸福生存といったテーマが織り込まれてます。単に「わが国は月に行った、火星に行った」ではいまや見向きもされないのです。そういった意味で、70年万博でタイムカプセルを埋めた、ライジングサン・ジャパンの牽引役でもあった大パナソニックのパビリオンにしても例外ではありません。立体音響と空間映像を駆使して冒険感を出しながら、複雑化する社会の中で目に見えるものだけにとらわれることなく、ひとりひとりが自分自身の可能性に気づくべきというテーマを貫きます。特に、われわれ可能性が尽きたオッサン相手ではなく、子どもたちを意識した演出はなかなかに上手い。半世紀前に、人間洗濯機や動く歩道なんかよりも実物の外国人を初めて見て「すげー!」と感じたインパクトよりは、子どもたちに夢を与えられるのではと思いました。

 開会当初と比べて、会場内を行き交う人の密度が明らかに増えてます。行った人が口をそろえて「よかったよー」とあちこち喧伝しまくるもんやから当然そうなりますわな。開会までにネガティブ情報を広めて反対してた連中はすっかり大人しくなりました。このまま終了まで突き進むと今回の万博は、「いろいろあったけど、まあよかったんとちゃう」と、好意的に総括されるでしょう。五輪のときみたいに、終わってから利権に絡んだ悪人どもが引っ張られるなんてこともなさそうです。

 もちょっと涼しくなったら、混雑覚悟でもう2~3回は足を運んでみたい。予約、頑張ります。  

みちなかば

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 暑い暑いがいったいいつまで続くのかとぶつぶつ言いながら、家を出て駅に向かういつもの道を歩いてて思ったこと。

 住んでいるマンション買ったのが阪神淡路の年でしたから、なんと30年経ちました。振り返ってみてそんなに長いあいだこの道を通って通勤してきたのかとあらためて思ったわけですよ。といっても、クルマで通ってた時期もわりとあってですね、まるまる30年というわけでもないのですが、それでもまあ、長い。小学校に6年、中学校3年、高校3年の通学時代と比べて、社会人になってからの時が過ぎ行く速度のまあ速いこと。

 最短経路で家と駅の往復を繰り返します。いきつけの医者とかコンビニとかに寄り道することはあれど、ほぼ毎日通る道は決まってます。だから、この道のことならなんでも知ってます。道沿いのどこの家が増改築したということも、掲示板のポスターが替わったことも、昨日無かったところにタンポポが咲いたこともつぶさに把握してます。文字通り、この「道」のスペシャリストです。nichi.jpg

 しかし、経路の途中で横に曲がった道、つまり最短経路から少しでも逸れた道は全く知らない。30年間一度も通ったことがない道があります。てか、そんな道の方がはるかに多いのです。

 子どもの頃は、家があった界隈の半径何キロの道はすべて制覇していました。通学路であろうがなかろうが、そこに道があれば必ず通ったことがあり、地図で辿るとその地点の風景が必ず思い出せます。学校から帰ってきてカバンを家に放り込んだらそのまま遊びに出かけて、もっぱら外で遊んでいました。今のようにゲーム機なんか無いし、ましてやひとり一台持って、誰かの家に集まってピコピコとゲームに興じるなんてことはなく、遊びと言えばもっぱら、野球を筆頭に屋外で走り回ってました。だから、行けるところは冒険し尽くしてて、知らない道は無くなったわけです。それどころか、道なき道や秘密の抜け穴もほぼ把握して、野山を縦横無尽に駆け巡ってました。中原中也の「僕の後ろに道はできる」状態でした。

 それが長じるにつれて、通らない道が増えてきた。そもそも、育った吉野の山あいの町と大阪都市圏の道の密度、総延長が違うということはあるでしょう。それにしても今の家の近所に限っても知らない道が多いということは、行動半径が広くなるにつれてもっぱら必要な道以外は利用経路から切り捨ててきた結果です。

 私もあと数年でリタイヤし、毎日決まった時刻に決まったところへと移動する生活様式が大きく変化する可能性があります。そうなるとこんどは子どもの頃へと返って、近所の歩ける範囲の道という道を制覇する冒険に出かけることになるのでしょうか。

 暑いうちは、やめとこ。

悪名は無名に勝る

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 ある迷惑系ユーチューバーが奈良市議会議員に立候補したところ、みごと当選しました。外国人観光客による奈良公園の鹿に対する狼藉をやめさせたいという、その主張に多くの支持が集まった結果ということです。ヤッター!とばかりに浮かれてまたYoutubeで配信して大騒ぎしてるのかと思いきや、なんと心を入れ替えたかのように殊勝に議員活動に取り組む様子がうかがえるのやとか。ぜひ頑張ってもらいたいし、応援しようという気になります。わたしは奈良市民ではありませんが、今後の活動の様子に注目したいと思います。

shocker.jpg 彼が迷惑系Youtuberとして最初に世に出たのは、スーパーで会計前の商品を食べてしまい逮捕されるまでの様子を発信した投稿でした。冒頭の「悪名...」はその後も同様の迷惑行為を行っていた際に彼が発した言葉で、まさに迷惑系の道を突き進み、すっかりその悪名が定着し知名度が高まっていたところ、今回みごと市議選に当選したと。

 なかなか興味深い現象です。まったく無名の新人が何の後ろ盾もなく立候補しても当選することはありません。無名は弱いのです。かといって悪名が浸透すれば強いのかというと、一概にそうゆうわけのもんでもありません。国会議員のかのレンホーや山尾志桜里は、議員としての活動中のひどい言動があだとなり、叩かれて落選の憂き目に遭いました。これは悪名で負けた例です。悪行によって知名度は上がる、しかし一定以上に上がってしまうと憎しみを得て嫌われる。選挙戦ではそのあたりのさじ加減が難しいということです。

 選挙でなくても、あえて悪役に徹することで売れる例はほかにもあります。プロレスのヒールがそうやし、最近見なくなりましたがボクシングの亀田兄弟なんてのも、あえて悪役に徹することで知名度を維持してたように思います。

 直近で悪役といえば、学歴詐称で追及を受けても開き直ってまだ辞めていない静岡県伊東市長ですが、ここに来て対抗馬が現れました。広島の広陵高校。高校野球の名門として全国的に有名で甲子園では常連ですが、部内での暴力事件が頻発していたにも関わらず監督以下の関係者がそれを隠蔽したことが被害者の告発で発覚して、なんと甲子園に来て初戦で勝ったのちに辞退する前代未聞の事態となりました。しかも、お詫びのはずの記者会見に臨んだ校長が「SNSのせいで騒ぎが大きくなり辞退に至った」と被害者ヅラして逆ギレ気味の発言をしたことで、さらに火に油を注いだ状態になっています。

 当初甲子園大会の出場を認めた高野連にも批判が殺到する中で、「高野連としては、広陵高校が...真相究明を進め、誰もが最も納得する形で本件が解決する事を願っております。」などと、まるで他人事のような声明を発し、さらに顰蹙を買ってます。

 ここまでくると、まるでプロレスのヒールさながらに、開き直って悪役に徹し観客を楽しませようとしているかのようです。

 悪役が市議選に出ても当選する場合があります。しかし、こんな学校に入学しようという生徒はいません。校長はじめ関係者の不認識が招いた学校存続の危機です。フィクション、エンタテインメントには悪役は必要ですが、現実世界では叩かれるだけです。早く目を覚まして、もう一度しっかりと謝った方がいいと思いますよ。

 暑い。毎年どんどん暑くなる。「言うまいと思えど今日の暑さかな」という句は作者不詳なんやとか。誰の思いも一緒ということのようです。しかし、この句ができた頃の暑さと、現代の暑さはおそらくレベルが違ってるはずです。昭和の頃、エアコンの無い家がたくさんあった。うちには蔵もクーラーも無いという冗句がありました。bon.jpg

 わたしの生家は奈良県中部の山間部、谷あいの小さな町で、あの頃も夏は確かに暑かったけど、冷房などなくても土壁の古い家は扇風機で我慢できてました。夕暮れにはヒグラシの悲しげな鳴き声が降り注ぎ、雷鳴ののちに滝のような夕立が火照った地表を冷ましてくれた。そんなことが毎日のように繰り返されてたように思います。昭和の夏は、夏らしい夏でした。その頃、夏は暑ければ暑いほどいい!なんて言ってたやつがいました。ほかならぬ私のことですが、令和になって、前言を撤回させていただきます。何事もほどほどがよろしい。

 わが国では古来、旧暦7月、今の8月半ばにはご先祖様が現世に帰ってきてしばらく子孫と一緒に過ごし、15日にはあの世へ帰っていくとされてます。盂蘭盆会、いわゆるお盆の期間は、お正月と同様に非日常の期間であって、これはすなわちご先祖供養という大義名分を掲げたお祭りにほかなりません。お盆にはいわばハレとケが同居しているのであって、世間はすべて連休モードに突入します。

 学校は夏休み期間ちうで、子らは永遠に続くかと思われた長い休みを堪能したのちに8月31日を暗澹たる思いで迎えるのです。もっともさっこんはお受験やらなんやらで夏休みにも本気で勉強してる子どもが増えてるとかで、まあ可哀そうなもんです。

 そんな古来の非日常ウィークに、昭和20年以降に新たな意味合いが加わりました。思えば終戦の日がちょうどお盆の815日であったことは皮肉な話です。

chinkon.jpg 大東亜戦争は、日本人の不心得によって軍の専横を許してしまい、非人道的残虐行為を続けた旧日本軍は、アジアの多くの罪なき人々の命を奪いました。結果的にボロ負けしたわが国は、国際社会でのプレゼンスを一気に失い、のちの世代に無用の苦難を強いることとなりました。そんな苦難のスタートが、お盆のさ中8月15日やったのです。ご先祖様どころではない、現代史上に起こった大戦の中で散ったわが国の300万人、全世界で数千万人の御霊を悼む、重い重い非日常期間となったのです。

 さらに、昭和60年といいますからわたしが青春の謳歌を終え晴れて社会人となったその年に起こった未曽有の大惨事、日航機の墜落事故もお盆の8月12日でした。多くの遺族などによる慰霊の登山が毎年繰り返されています。

 日本の夏は鎮魂の季節なのです。

 テレビの番組は敗戦記念の特集が増え、NHKもここぞとばかりに連日戦争関連のネタを放送してます。ドキュメンタリーの類に関しては、やはりNHKのレベルが高く、民放の追随を許さない独擅場といえます。

 テレビの調査によると現在の全国民のうち、戦争経験者は10%を切ったらしい。多くの国民にとって戦争はそのすべてが聞いた話、読んだ話なのです。半藤一利なきあと現代史評論の第一人者である保阪正康はインタビューで「先の戦争が、体験から歴史へと変わっている」と言ってました。私の母親がかろうじて終戦の年に小学生で、例の玉音放送を近所のラジオで聴いたと言ってました。

 還暦を過ぎて時の流れが加速していく中で、もともと伝聞に過ぎない戦争がさらに遠くなっていきます。日清・日露戦争の体験を話せる人はもはや地球上にいません。大東亜戦争に関してもいずれそうなります。体験が歴史に替わっていき、その史実を伝えることは歴史家、研究者の領域に入ってしまいます。必ずそうなるんやから、人類は二度と戦争を起こさないないために、子孫が戦争の辛苦を味わわないために、今、可能な限り伝え継いでいくことが必要です。

重要文化財...

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 先月の終わり、仕事で上京した際にちょっと時間があったので、いつか行きたいと思ってた東京国立近代美術館行ってきました。初めてです。tsukiji.jpg

 われわれ世代は、小学生時代の空前の切手ブームの頃に記念切手を見てその生涯で初めて美術作品に触れた人が多いということはかつて書きました。長じてから「あ、これ切手でみたことあるやつやん」というわけです。私もまさにそれで、浮世絵のみならず近代の美術作品も同じで、実に多くが切手になってます。

 そのうちのひとつ鏑木清方の「築地明石町」という婦人像のほんまもんをいつか見たいと思ってて、ふと思い立って猛暑の中、竹橋まで足をのばしたのです。結論から言うと、お目当ての作品を観ることはできませんでした。会場内をひととおり回ってもかの「築地...」は見当たらない。アレ?と思ってフロアで監視してるスタッフさんに聞いてみると調べてくれて「鏑木は今回の展示には含まれてないようです」。

 美術館てのは、その所蔵物のすべてを常時展示しているわけではないのであって、何らかのイベントを打って、自分ちで持ってるのんと他から借りてきた作品を並べて期間を決めて企画展を開催し、終わったら次の企画展をと回していくのです。同じ絵を常時展示してたら、新しい観客は来てくんないのであって、これは道理です。

 「築地...」はこの美術館の所蔵品ではあるものの、常設展示されてる作品ではないという下調べができてなかったのです。失敗。

 で、そのときやってた企画展てのが、昭和100年戦後80年にちなんだ「コレクションを中心とした特集 "記録をひらく 記憶をつむぐ"」という、先の戦時中に描かれた戦意高揚のための作品や、その後書かれた反戦を意図した作品を集めたイベントでした。暗い時代で、美術作品というよりも戦意遂行のプロパガンダ満載の作品が中心で、それが実にリアルで圧倒されます。こんな時代が二度と来てほしくない。来させてはいけないという思いがふつふつと湧いてくる一連の展示でした。美術館の思惑は成功したことになります。

20250731_011509641_iOS.jpg田村孝之介「「佐野部隊長還らざる大野挺身隊と訣別す」

20250731_011622321_iOS.jpg藤田嗣治「アッツ島玉砕」

 藤田嗣治といえば、ケッタイな髪形と風貌でいかにも前衛芸術家みたいな印象がありましたが、こんな暗い絵も描いていたとは知らなんだ。当時は世に迎合し、こんな活動しかでけんかったのかも知れませんが、なんだか幻滅しました。

20250731_014930330_iOS.jpg和田三造「南風」

20250731_015255440_iOS.jpg中村彝「エロシェンコ氏の像」

20250731_013036689_iOS.jpg岸田劉生「道路と土手と塀」

 「築地...」はみられなくても、有名な作品がいっぱい出展されてました。上の三点はすべて国指定の重要文化財です。国宝・重要文化財の絵画といえば江戸時代以前の日本画というイメージがありますが、明治以降の近代の洋画でも重文に指定されてるものがあるのです。確かにお上手な作品ではあれど、多くの優れた作品群の中からなぜにこれが特別の重要文化財なのかとも思います。素人には分かりませぬ。特に中村ツネさんの肖像画とか岸田劉生の道の絵なんてよくあるほかのんと比べてどこがどう優れてるのか、もひとつ分かりません。なるほど、わたしには美術的センスがないのだなと改めて納得した、猛暑の夏の日の午後でした。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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