先週、ふと大昔の子供の頃に読んだ雑誌の記事を思いだし、それが気になってもう一度読みたくなりました。小学館の学習雑誌に載ってた、よくある「夏の怪談、怖い話」のたぐいで、記事の内容は忘れましたが、それを読んだことでしばらく夜中にトイレに行けなくなったことを覚えてます。

 昨今、こいった怪談やなんかは「非科学的で教育上よろしくない」ことから、それをさも事実であるかのような前提、構成で書かれた記事はめっきり減ってきました。テレビ番組にしても、昭和の頃は「木曜スペシャル」あたりで「恐怖!あなたの知らない超常現象!」だの「身の毛も凍る、冬の心霊写真特集」なんかが鉄板ネタとして放送されてたのに、同様の理由で今やすっかりなくなりました。実に嘆かわしいことです。

 んで、いろんな意味でまだまだ夢が壊れてなかった、幼き日々のあの純粋な感覚を再び体験したいと、それは多分この夏の異常な暑さの中、朦朧とした意識の成せる業であったのでしょう。

 かつて読んでた「小学〇年生」は今でも手元にわりと残ってるのに、それらの中に記憶に該当する記事が載ってる号はありません。書籍ならば絶版でなければ買うなり、図書館行くなりで読むことができますが、雑誌となるとなかなかそうはいかない。「昭和何年発行の小学何年生何月号」とはっきり分かってれば、オークションサイトで探すとか手立てはあります。しかし、それすら不明である今回の事案はやっかいです。

 そこで、今回夏休みで時間があったので、探索に乗り出しました。「61歳真夏の大冒険!」です。

 わが家がある大阪府四條畷市からクルマで30分も走ったところ、京阪奈学研都市の一角に「国立国会図書館関西館」なる施設があるのです。これです。20230822_041153180_iOS.jpg

 国会図書館といえば、法令で、日本で発刊した書籍、雑誌は必ず1部以上を納めなければならないとされています。およそ、国内で過去に発行された書籍のみならず、読み捨てられてきた雑誌さえ、そのすべてを収蔵している、最強のモンスター図書館です。

 なので、ここに行って手続きさえすれば、思い出の記事に出会えるはずなのです。

 まずネットで情報収集したところ、一定の収蔵図書はネット経由でも読める中で、お目当ての学習雑誌は現地でないと閲覧できないらしい。まあ、そりゃそうでしょな。マニュアルに従って利用登録し、先週のある晴れた日に行ってきました。

 かつてバブルの頃に国が採算度外視で建設し、その後税金のムダ使いと大いに批判されてあえなく頓挫した「わたしのしごと館」の廃墟にほど近いところに、この関西館はあります。行ってみて驚いた。でかい。しごと館もそうとうバブリーでしたが、この図書館もとてつもなく大きい。まあ、収容量を考えればそうなるんでしょうけど、これは、中途半端な金持ち自治体なんかではとてもムリで、やっぱり国でないとできない事業ですわ。そもそも東京の国会図書館が溢れてしもたんで半分関西にってことででけたんやろから、大きくないといけないんでしょね。知らんけど。

 「初めてでーす」と受付に行くと丁寧に説明してもらい、手荷物をロッカーに入れて閲覧室へ。実にスムーズです。ここで、カウンターで司書さんに「これこれこおゆう雑誌を探したいんで、それらしき候補を何冊か読ませてください」と頼むつもりでいました。

20230826_000406319_iOS.jpg ところがそんな必要など無く、パソコン端末があるブースに座って自分で検索できます。そして何と、何と、候補の雑誌のすべてのページがパソコン画面で閲覧できます。腰抜かしそうになりました。何というビッグデータ。およそ日本で過去に発売された書籍のみならず、今も毎日発行されている夥しい量の様々な分野の雑誌の1ページ1ページがすべてスキャンされ、電子データとして国会図書館のデータベースに収蔵されていってるのです。そして、そのページすべてを誰もが簡単に画面で閲覧することができます。何と便利になったことか。しかもこれ、全部タダ。一切の費用が必要ないのです。この日ここでお金使ったの、お昼に食堂で食べたハンバーグカレーだけでした。

 今から40年近く前の昭和の終わり、東京で学生してた頃、1回だけ国会図書館を利用したことがあります。今回と同様に古い雑誌を調べるためでした。カウンターで読みたい本の名前をメモして出したところ「申請を受け付けたんで、〇月〇日にまた出直してきなさい。」と言われました。当時のお役所仕事なんてそんなもんでした。で、指定された日に再び行ったところ、読みたい雑誌1年分をそろえてくれてました。そんな時代からはまさに隔世の感があります。データベース化されたことで、利用者も職員も圧倒的に手間が減ってます。

 しかしですよ、いつのことかは知りませんが国会図書館がこの電子データ化を始めた時点で、それまでに発行されてた膨大な量の雑誌を、全てスキャンしていく作業があったわけです。古い雑誌は脆くなってておそらくは手作業であったと思われます。いったいどれだけの作業量であったか、どれほどの税金が費やされたかと気が遠くなります。

 まあ、その甲斐あって今回、わたしの脳裏にあった思い出の記事にも数十年ぶりに対面することができました。内容はあまりにも予想通りなチンケなもので、当時わたしはこの記事を読んで衝撃を受けたとはなんと純真な感性であったことよと、現在の汚れた精神とのギャップに慄然とした、ある暑い日の出来事でした。 

天声人語と陰謀論

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 阪神タイガース、とうとうマジックが点灯しました。考えまいとしても自然と顔がニヤけてしまいます。ABC朝日放送は「虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう」今年は放送を見合わせるそうです。2021年シーズン中に2度この種の特番を放送したところ、2位に最大8ゲーム差をつけていたにもかかわらず後半失速し、ヤクルトにゲーム差無しで優勝をさらわれた苦い経験があるからやとか。まあ、賢明な判断と言えましょう。

 さて、わたしは毎朝、食卓で朝ごはんいただきながら新聞を読むところから一日が始まります。朝日新聞は1面の「天声人語」から読み始めます。読売は「編集手帳」毎日は「余録」など、新聞各紙1面下部のこの位置に同様のコラムを載せてますが、各社のいっちゃん筆が立つ人が書く、社説と並んで重要ないわば新聞の顔みたいなもんです。

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 朝日のこの「天に声あり人をして語らしむ」という尊大不遜なタイトルは、「読ませてやるからありがたく思え」という、創刊以来の思い上がった態度の現れであるということはだいぶ前に書きました。これは「天声人語書き写しノート」なるものを販売しているところからも明らかです。何よりの証拠。「読ませてやるばかりでなく、金を出してこのノートを買えば書き写すことも許してやる」という、もうね、どれほど自分がエライと思ってるのかということです。

 そんなアリガタイ天声人語は先週のある日、岸田総理が本を10冊ほど買ったことを書いてました。買った本の中に、世界の資源争奪戦とchatGPTに関する入門書があったことをあげつらい「やぼは言うまい」と揶揄してます。つまり、首相のくせにいまさらこんな本を読むのかという批判が根底にあるのです。朝日新聞のエライ人といえども、生まれたときからchatGPTの何たるかを知っていたはずもないでしょう。勉強しようとする人を先達顔で笑いものにする、なんとも下びた品性が垣間見えます。

tenseinote.jpg さらに、その10冊の中に「アマテラスの暗号」という本があったことがそれよりも気になったと続きます。

 天声人語は、この本の内容について「伊勢神宮にまつられているのはアマテラスであり、同時にキリストである。古代日本の礎を築いた主役は、渡来したユダヤ人である。そんな説が、ミステリーの形を借りながら『歴史』として語られている」と紹介しています。そして、一国の首相がこんな本に興味を引かれるのは不安になる、と述べてます。

 これはいかんやろう、と思いましたよ。

 まず、どんな本を読もうと岸田さんの勝手です。誰がどんな本を読んでもいいけど、総理大臣は読んではいけない本があるというのでしょうか。

 この本、ベストセラーらしいけど私は読んでません。おそらくはよくある陰謀論など、荒唐無稽のフィクションをさも事実のように脚色して読者の不安や恐怖に訴える類の娯楽本やと思います。ユダヤ陰謀論、フリーメイソンの暗躍、キリストの墓が青森にある、チンギス・ハンは源義経である...若い頃にはこの種の本を面白く読んだのを覚えています。見方によってはぜーんぶバカバカしい内容です。しかし、フィクションとしてなら、よくできたエンタテインメントであることは否定できません。映画でもキリスト教誕生の時代の陰謀を描いたダ・ビンチ・コードやアポロ計画陰謀説をもとにしたカプリコン・ワンなんかもヒットしました。みんな、フィクションと理解した上で楽しんでいるわけです。

 この本を首相が読むことがなぜ不安なのでしょうか。まさか朝日は「首相が『アマテラスの暗号』を真実と信じる恐れがある。これは困る」と言いたいのでしょうか。一国の首相をどんなアホと思っているのでしょうか。

 時の政権と為政者が示す一挙手一投足すべてを批判し、けなし、貶めていくことに至上の快感を感じる朝日新聞のこと、とうとう看板コラムで、首相が買った本にまで根拠のない難癖をつけ始めました。この調子やとまた一層読者を減らしていくことでしょう。

 ちなみに、これまで天照大神をモチーフにした多くの小説や舞台などが作られてますが、わたしはどうも、天皇家の始祖、わが日本国の礎である神様を呼び捨てにするこの「アマテラス」というネイミングに違和感があります。「天照大神(あまてらすおおみかみ)」とお呼びするべきやと思います。

たーまやー

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 列島はお盆休みに突入しました。久しぶりの規制なしの帰省を台風が直撃という、なにやら不穏な盛夏です。甲子園では連日熱戦で、朝日新聞は例によってこの期間スポーツ新聞と化します。なんにせよコロナ前の夏らしい夏の風景が戻ってきました。私も明日は故郷を訪ない、旧友と一献という段取りになってます。台風の影響がないことを祈りたいところです。

 さて、先回のエントリーで予告したとおり、花火のお話です。

 世界一花火好きの国民による、世界一見事な打上花火が日本中に戻ってきました。コロナ禍を経て数年ぶりに、制限なし思いっきりの花火大会、これぞ日本の夏の風物詩です。20230805_224928504_iOS.jpg

 出かけたのは「なにわ淀川花火大会」。「PL花火芸術」が今年も中止となったことで、今夏の大阪最大の花火イベントです。梅田都心の高層ビル最上階のレストランで食事をしながらというシチュエーションで、気の置けない友人たちが集まりました。

 しかし、高層ビルが林立する大阪駅前のこと、レストランの眺望から、炸裂する花火の間に大きなビルが鎮座しており、残念ながら低い花火はよく見えませんでした。しかしまあ、それなにり楽しめたと言えるでしょう。

 なんせ花火大会は久しぶりで、前回観たのはいつかと思い起こしてみるに、4年前のふるさと吉野の吉野川花火大会。たしか淀川花火と同じ日の開催で、帰省中に同級生たちと吞みながら観たのが最後でした。その後はコロナ禍のイベント自粛で寂しい夏が続き、本当に長いあいだリアル花火を観てなかったことになります。感動もひとしおといったところ。

 日本人はホントに花火大好きで、夏のあいだはスケールのでかい大会が全国で開催されます。「日本の三大花火大会」といわれているのが、大曲の花火(秋田県)、土浦全国花火競技大会(茨城県)、長岡まつり大花火大会(新潟県)の三つやそうです。三つとも東日本なんで、参戦するにはちょっと気合がいりますが、死ぬまでにどれかひとつでも行ってみたいもんです。友人のひとりは、はるばる大曲のんに行ってきたそうです。ええなあ。

 20230805_224929514_iOS.jpg大曲と土浦は競技会ということで、全国の職人さんたちが日本一のプライドを賭けて技を競うのです。何事も技術の進歩は競争あってこそで、現世最高峰の逸品を鑑賞できるんやから人気の高さも頷けます。それぞれ一晩で2万~4万発を打上げるといいますから、なにわ淀川の5倍~10倍の規模です。すご。

 かつて「PL花火芸術」は公称12万発、世界最大規模と言われてましたが、どうも数え方でサバを読んでたみたいで、実際には2万~3万発やったとか。それでも大したスケールです。しかし、2020年以降中止が続いており今年で4年連続の中止となりました。開催は毎年8月1日と決まってて、わが家からも遥か南方にかすかに見ることができました。PL教団は設置するPL学園高校の野球部が一世を風靡しましたが、部内暴力の不祥事以降衰退し近年は元気がありません。名物花火の中止が続いているってことは、教団自体も運営が苦しいのではないかと心配してしまいます。しっかり信者さんを増やして、とりあえず8月1日の花火だけは是非とも復活してほしいなあと、信者でもないやつが勝手なことを言っている、猛暑が続く今日この頃です。

 今日も熱中症警戒アラートが飛び交う灼熱日本列島、皆様いかがお涼みでしょうか。

 昨晩はこれぞ夏、の花火大会に出かけました。その様子は写真を厳選してからいずれ書くとしてですね、今日はちょっと前回の続きでブルース・リーのスピンアウトです。ちょっと気になる記事がありました。

 クルマにヌンチャク積んでたら、警察に検挙されたことが冤罪やというんで裁判を戦い、見事に無罪を勝ち取ったというお話です。nunchaku.jpg

 ある男性が忘年会の余興にヌンチャク技を披露するため、クルマに3本積んでたところ職務質問で警察官に見つかって軽犯罪法違反で9,900円の罰金刑の略式命令を受けたと。これに納得できず正式な裁判を受けて一審簡裁は有罪やったけど、控訴審の高等裁判所で無罪となりました。

 これに似た話、だいぶ前のエントリーで書いたことがあります。日本では、クルマの中にはうかつにいろんな道具を積んではいけないことになってるのです。工具のマイナスドライバーしかり、草野球で使う金属バットしかり、草刈り用の鎌やのこぎりを積んでて銃刀法違反で逮捕され裁判で有罪が確定した事案もあります。なんかおかしいやん、ということを書きました。今回はヌンチャクです。

 確かに、ホンマもんのヌンチャク振り回して人に当たると大けがします。ブルース・リーの悪役さんたちもバッタバッタとなぎ倒されてましたが、これは撮影用のゴム製ヌンチャクなんで当然ながら実際にはけがはしてません。検挙された人が持ってたのは、おそらく木製の本物のやつやったんでしょう。だからお巡りさんも立件したのです。さて。

nunchaku2.jpg お巡りさんがヌンチャク見つけたとき男性に「銀行強盗をするつもりか」と言ったそうです。簡易裁判所も「必要性から社会通念上相当とは認められない」として有罪にしました。罰金9,900円払えと。しかし高裁は「今ではヌンチャクなんて武道か趣味でしか使わへんやん」として、忘年会の余興で披露するのは正当な目的と評価し、無罪としました。

 確かに高裁の言うのがもっともですわ。これまでヌンチャク持って銀行に押し入った奴がいたのかという話です。

 さらに、ドライバーなんかやと運転席の手が届くとこに置いとくのはダメで、トランクルームなどの直ちに取り出せないとこにしまっておくのは問題ないとされています。みんなクルマに工具セット積んでますよね。ところが、今回の事案では、外から見えないところに積んでいたのが「隠してた」と判断されたそうです。もうね、どうしろというのか。

 ただ、この男性、コンビニの駐車場に停めたクルマの中で寝てたときに職質を受けたというから、これはお巡りさんに不審な思いを抱かせたのも確かです。通常、人が寝るのはコンビニではなく自分の家かホテルで、クルマの座席ではなくお布団の中なのです。職質に及ぶに十分な理由があり、そこでホンマもんのヌンチャクが出てきたわけやから、見過ごすことができなかったのもまあ、仕方ありません。

 素直に1万円の罰金納めて終わらせる方が簡単やのに、そうしなかったのは「前科」がつくことがイヤやったからやそうです。そいや昨日花火に集まった仲間のひとりから、高速道路でオービスに引っ掛かり免停を食らったとの懺悔がありました。罰金刑でも前科になってしまいます。

 ヌンチャク裁判のおかげで判例ができ、検挙の在り方への警鐘となりました。今後クルマからヌンチャクがでても安易に検挙するべきでないと、警察は学んだことでしょう。

ホ~アチョーッ!!

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 ブルース・リーが亡くなって今年で50年なんやそうです。

 朝日新聞の夕刊ってろくな記事が無いので、購読やめよかなと思ってるところに、没後50年関係の連載があって、これは懐かしく読みました。書いてる編集委員「燃えよドラゴンの公開は小学校6年生のとき」やったとかで、なんや同い年かいって。LEE.jpg

 覚えてますとも。ブルース・リーの登場に「なんなんやこれは」と日本中の少年たちが度肝を抜かれ、その驚愕はすぐに憧れと尊崇へと変わっていきました。さらに、日本でド派手に登場したその時すでに死んじゃってたという状況が、ブルース・リーのカリスマ性を極限まで高揚させ伝説へと昇華していったのです。死者は強い。人々の心の中にしか存在せず、そのイメージは決して劣化せず限りなく精錬され神聖化されていきます。

 私も例にもれずその魅力に取りつかれた少年の一人で、ブルース・リーになりきって教室で手製のヌンチャクを振り回してたもんです。

 その数少ない主演映画が公開されるたびに、奈良県南部の田舎町から大阪の劇場に足を運びました。シネコンなんて無い時代、映画館には指定席も入れ替えも無いし、ぎゅうぎゅう詰めの館内で立ち見で観たあとはポスターや写真集などのグッズを大量に買い込んで帰りましたよ。庶民の家にはホームビデオやDVDなどはまだ無くて好きな映画を好きな時に観ることはできず、せめて雰囲気だけでもとレコードのサウンドトラック盤を買いそろえ毎日聴いてました。

20230730_004248028_iOS.jpg リーの人気は凄まじく、社会現象となりました。当時から今に至るまでブルース・リーの活躍は、小柄なアジア人リーの欧米人や軍国主義日本に対抗する反骨精神の現れであって...などともっともらしく評されますが、当時のわたしを含めたファンは、そんな理屈などこっから先も考えてませんでした。とにかく強い。カンフーアクションがカッコいい。これまでに無かった新しい、超クールなヒーローの肉体の躍動に心酔していってたのです。

 確かに数少ない主演作品を今観なおすと、日本公開第3作の「ドラゴン怒りの鉄拳」では日本統治下の香港が舞台で、悪役の日本人どもがけちょんけちょんにやっつけられる様が描かれてます。長く日本の地上波で放映されなかったのも道理、ちょっと前に話題になった現代中国の荒唐無稽なC級量産反日映画もきっとこんな感じなんやろなと思います。それでも当時は誰もが主人公のブルース・リーに感情移入し、日本人とはなんてひどい奴らなんやと思いながら観てたわけです。ブルース・リーが主役でなければ日本では全く見向きもされなかったでしょう。

 ホームビデオの時代には、出演作品の放映はすべて録画しました。その後ライブラリーはDVDにダビングされ、さらにBlu-layのメディアへと受け継がれ保管しています。もうこれらの作品は映画としてあらためて鑑賞するというより、リアルタイムで観た時代に思いを馳せるためのツールとなりました。

 時代を席巻したヒーローは、その時代の社会の雰囲気とともに、当時熱狂した人個々の感情を蘇らせます。そういう意味でブルース・リーは、人々の心に永遠に生き続けていくのです。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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