冬季オリンピック終わって息をつく間もなくWBCが始まりました。オオタニさんが日本にいます。今回の大会も彼を中心に事態は動いていくことでしょう。初戦の臺灣戦ではいきなりの満塁ホームランですよ。テレビで中継視てて思わずビールこぼしてしまいました。持ってる人は違います。これまでにもさんざ言われてますが、こんな筋書きをドラマや漫画でやったら、ベタ過ぎて企画段階で没です。それを簡単に実現してみせるこのスゴさよ。さらに昨日の日韓戦でも一発。日本の重量打線をけん引し乱打戦をものにしました。これでおそらくファーストステージ突破は決まりですが、大会はまだ始まったばかり。しばらく楽しませてもらいます。
そのWBC、テレビ中継は地上波なく衛星波もなく、Netflixの独占です。しかも月々結構な料金を取られてるのに、なんと今回の中継にはCMが流れてます。カネとっておいて広告見せるとは、なんともあくどい商売です。ネトフリにしてみたら、WBCならば広告突っ込んでも勝負になると踏んで「いやなら見るな」ということでしょう。需要と供給を見極めて値段をつける駆け引きは、資本主義における経済行動の基本です。まあ、今回だけは許してやることにします。
さて、今日のお話。
つらつらとYahooニュースを眺めてたところ、「未使用の『東京駅100周年Suica』は3月末で失効。」という記事に目が止まりました。Suicaなんて関西人にはおよそ縁のない代物で、自分には無関係とスルーしそうになったところで、ふと頭の片隅から聞こえる声がありました。今や死滅しかけてる私の海馬が必死に何かを訴えています。しばらく沈思黙考して思い出しました。10年前のあのできごとを。
買ってました。JR東が1万5千枚限定で抽選販売したところ希望者殺到で混乱を招いたんで抽選限定を撤廃して、結局427万枚を売り上げたと。最初に手に入れたテツたちが「希少性が薄れた」とぶーぶー言ってるなんて騒ぎが、そう10年前に確かにありましたよ。ミーハーを自認する私も、2,000円出して通販で買ったはええけど1回も使わず、てか開封すらせずに10年間箪笥に眠ってました。
そうかこれはSuicaやったんか。なんとなくテレカかパスモみたいにペラペラの磁気カードのイメージでしたが、ICOCAと同じICカードやったとは。なんと1,500円がチャージされてるそうです。500円はデポジット、ICOCAと同じです。10年目にしてやっと気が付いた衝撃の事実。
言うてる場合ではありません。今月中に少なくとも1回使わないと、1,500円無駄になるどころかSuicaとしての機能も失効してしまうそうです。
例えば今はもうすっかり姿を消した公衆電話用のテレカは、使うとカードに小さな穴が空いて傷物になります。使い切りでチャージなんてできません。しかしICカードなれば、使用・未使用を見極めるのは困難、なんならこのポチポチに入れたままでも使えるかも知れません。Suicaとして失効すれば、当然値打ちも下がるでしょう。調べてみると関西でもICOCAと同じように使えるらしい。これは行動を起こすときであると認識しました。ネットニュースもときには役に立つもんです。
早速明日、大阪のバスか地下鉄で使ってみることにします。限定Suica10年間の眠りから目覚め、みごと復活できるでしょうか。乞うご期待。

上記の一般的な解釈での、涙(泣いてる)これは悲しみや苦しみの象徴です。人生に辛苦はつきものです。人誰しも多かれ少なかれ泣きたい気分になったり、また実際に涙がこぼれた経験はあるはずです。しかし、「涙流すほどの悲しい、つらい経験をする」だけで「人生のほんとうの味が分かった」となるでしょうか。やはり実際にパンを食べてることに意味があると思うのです。普通、そんな気分の時に食欲なんかないですよ。食べてる場合ちゃいますやん。つまり、泣いてる状況とは、辛い悲しいときだけか。ここがポイントです。
なんと、悪辣な手段を講じて使ってもいないオプションサービスでこっそり課金を続けていることがバレたそのタイミングで新たな営業を仕掛ける、その商魂の逞しさよ。いや破廉恥さというべきか。
ところで朝日は先週の紙面で「自民圧勝で自衛隊が懸念している。」という記事を載せました。防衛力強化の公約が実現すると自分たちの仕事が増えて困る、という声が自衛隊から出ているという趣旨で、「ある防衛省関係者は『現場は疲弊している。防衛強化と同時に偶発的な衝突がエスカレートして戦争につながらないよう外交努力もしてほしい』と語る。」などと書いてます。国民の大半から、高市総理支持、オールドメディアもういらないという明確な意思表示を受けたことで、現政権の悪口をこれまでのように書けなくなり、切り口を変えて「高市総理で自衛隊が困っている」という作戦を思いついた模様です。アホかと思います。
コルチナといえば日本にも白馬コルチナ国際スキー場というスキー場があります。今を去ること30年以上も昔、バブル期のスキーブームの最中、ミーハーを自認するわたしは当然のことながらブームに遅れまじとせっせとスキー場に通ったものです。当時日本のスキー人口は一説に2,000万人と言われてました。老いも若きも週末にはクルマの屋根に板を載せてスキー場へと大移動してました。幹線道路走ってるとアルペンの「青い三角」があちこちで目についたもんです。原田知世主演の映画もブームに拍車をかけました。