ああ社会党

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 第51回衆議院議員総選挙、始まりました。昨日でかける用事があったので、ついでに期日前投票を済ませてきました。今回は衆議院解散から選挙の投票日までが短くて、始まったと思ったらあという間に開票です。しかし内容が濃くてエンターテインメント性は非常に高い。ミーハーな私としては見どころ満載で実に楽しみです。

 わたしは先のエントリーで自民圧勝を予測し、大方の世評もまた同様の感じで推移しています。しかし果たしてそう単純にいくかどうか、創価学会の暗躍で即席政党の中革連合が地滑り的に躍進するのではないか。まあ無いとは思いますが、選挙は水もの、結果が出るまで予断は禁物です。

 真冬積雪時期の選挙というこどて、日本中でその実施に実に苦労している様子が繰り返しニュースとして流れます。「こんな時期に解散しやがって」という、放送局の高市首相に対する無言の怨嗟です。オールドメディアの足掻きと言えましょう。SNS上ではそんなメディアの姿勢に対して、凄い勢いで糾弾が発信されています。今回の総選挙はテレビ・新聞とネット、有権者がいずれの発信を拠り所として行動するのか。社会的に大きな分岐点になるかもしれません。20260131_085749093_iOS.jpg

 そんな中、昨日の朝日新聞に「比例区の投票で、中道と書かずに公明党または立憲民主党と書いたらどうなるか」という記事が載ってました。結論としてはどうやら無効、死票となるようですが、朝日の記事は、「産経新聞は、この場合は各選挙区の選管の判断によると書いている」と名指しで書きました。新聞記事に他紙の名前出して記事批判することは異例です。朝日の意図としては「産経新聞は、中道の得票数を減らすためにあえて無効票に誘導しているのではないか」と言いたかったものと思います。はっきりそう書かないあたり朝日持前のいやらしさが見て取れますが、確かに今回の選挙では、場当たりで急ごしらえの野合政党中革派に関しては、支持者にしたら「公明党支持やったけど立憲は嫌い」またその逆もあり得るわけで、そんなとき「いっそ前の政党名書いといたろ。選管の判断で中革の票にしてもらえるて新聞に書いてたし」という行動は十分予測されます。保守系の産経にそれを助長する意図があったとしたら、朝日としては黙ってられない。このあたり、場外乱闘みたいでなかなかに興味深い。

 ところで、わたしが今回ひとつ注目したいのは、社会党のことです。今では社会民主党と名前を替えたこの泡沫政党に関して、かつての栄華から現代の凋落に至る過程をちょっと前のエントリーで書いたのですが、その中で誤りがあったので訂正します。

 shakaito.png社会民主党は「いずれくる解散総選挙の結果次第では政党要件を満たさないことが想定され」ると書きましたがこれ間違いで、昨年の参議院議員選挙で得票率が2.0%を超えたことで、社民党は次の参議院選挙までは政党要件を満たすそうです。たとえ今回の衆議院議員選挙で当選者ゼロ(その可能性は非常に大きい)やったとしても、それは変わらない。2028年に予定されてる次回の参議院議員選挙までは政党要件が認められ、その間国民は、福島党首のあの支離滅裂でヒステリックな咆哮をテレビで見せられることになります。ただし、28年の参議院議員選挙で得票率が2.0%に満たなかった場合(その可能性は非常に大きい)または、3名以上当選(その可能性はほぼ無い)して非改選と合わせて議員5名以上を維持できなかった場合は、政党要件は取り消されます。

 去年の参院選ではタレント候補を擁立して何とかギリギリ票を伸ばせたけど、風前の灯状態は変わりません。高市政権の人気は、いわゆる「頭ん中お花畑」政党にきっちりと引導を渡すことが予想されます。

 かつて昭和の高度成長時代にあって、総労働対総資本のしのぎあいの中で、労働者の代表としてその存在感を大いに発揮してきた大政党の末路がこれかと、忸怩たる思いがします。

 昭和の昔、国民が好きなものは「巨人大鵬卵焼き」といわれてた時代に関西圏では、ジャイアンツファン大鵬ファンは自民党支持者が多い、対する阪神ファンは社会党支持、相撲は貴ノ花(初代)のファンが多いといわれてました。巨悪に挑む、ちょっと弱い正義の味方というポジションが共感を呼んでいたといえるでしょう。

 現代史において日本の青春時代ともいうべきそんな昭和も遠くなりました。余命3年。寒波の中雪雲が迫る西の空の向うから、社会党の末裔の断末魔が聞こえてきました。

偏向報道

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 日本列島が大雪に見舞われてるそうです。といっても、テレビのニュースやなんかで視てるだけなんで、ホントかどうかは知りません。年末以来遠出をしてないし、大阪ではまだこの冬一度も雪を見てないのです。

 「日本海寒帯気団収束帯」略してJPCZというそうです。また新しい言葉出してきやがった。これまでは単に「線状降雪帯」とか言うてたのに、去年あたりから天気予報の人が突然「JPCZが...」て当たり前のように言い始めました。還暦過ぎてから覚えるべき新しいことが多すぎます。ともあれ寒い寒い中で、先週気になったこと書きます。

 「偏向報道」という言葉をよく耳にします。新聞やテレビなどが政治的な意図を込めた記事や放送を流すことによって、特定の政治勢力に加担することです。

 放送法はその第4条で「放送事業者は政治的に公平であること」を求めており、報道機関の中でも特にテレビ、ラジオは特定の団体や政治思想に偏った内容をオンエアすることは禁じられています。同じオールドメディアでも新聞の方は、左翼暴力集団の機関紙のような朝日新聞でも自由に商売できてますが、放送局となるとそうはいかないのです。法律で禁止されてるのです。

 ところが昨今テレビを見ていると、現政権の悪口ばっかりをこれでもかと垂れ流す番組が目につきます。コメンテータをひな壇に並べて好き勝手言わせてるタイプのワイドショー的番組は、そのほとんどが政権政党や政府に対する悪態を次々に並べることで番組が進行していきます。政治的に公平であるなら政府の姿勢を擁護する反対意見も同じだけの時間を割いて放送しなければいけないところ、そんな姿勢は一切見受けられません。法律違反が公然と行われているのです。

 衆議院選挙の告示を受けて、選挙戦が始まりましたが、放送局の政権攻撃の姿勢が一層顕著になっています。このような法律違反を誰も指摘しないのが不思議でなりません。yonchan.jpg

 そんな中、極めつけのできごとが先週ありました。高市総理が衆議院解散を表明した22日に放送された、「よんチャンTV」という関西ローカルのワイドショーでのできごとでした。

 選挙が始まるってんで政党を紹介するのに、フリップを出して「優しくて穏やかな日本」の政党は中道改革連合、国民民主党、共産党、れいわ新撰組、一方「強くてこわい日本」の政党は自民党、日本維新の会、参政党と紹介しました。

 そしてアナウンサーが、「私たちが求める日本は優しくて穏やかな日本なのか、周りから強くてこわいと思われる日本を目指しているのかが判断軸になってくる」と言ってしまった。つまり、中革、国民、共産、れいわは良い政党で、一方の自民、維新、参政は悪い政党やと決めつけてしもたのです。しかも、これから選挙始まるというタイミングで。

 これまでにも冒頭述べたような偏向報道が毎日行われてはいましたが、テレビ局がこれほどまであからさまに特定の政党を批判し、特定の政党に肩入れする例はさすがに無かった。MBSにしてみれば、これまで好き勝手放送してきても特に法令違反を指摘されることも、注意されることもなかったもんやから、調子に乗ってしまったということでしょう。しかし、これは一線を越えてまいましたよ。

 高市総理が放送許認可所轄の総務大臣時代に「放送法違反に対する指導は番組単位ではなく、放送局全体をも対象とする」と政府見解を示しました。高市さんはやると言ったらやる人です。流石に、選挙戦の最中に動くことはないと思いますが、落ち着いたらきっとMBSの放送事業許可の取り消しを念頭に対応が進むものと思われます。首を洗って待ってなさい。

公明党さんさぁ...

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 高市総理が、通常国会冒頭に衆議院解散を行うようです。大方の想定どおりと言えるでしょう。

 政局を超えて、一気に政界再編へと動きだしました。といっても、高市政権の人気は衰えず野党が右往左往を始めたと国民の目には映っています。普通、解散総選挙とくれば「打倒与党政権」の好機と野党が色めき立つものですが、今回の解散は高市総理の絶対的人気と勢いそのままに、今解散を打てばいっとき地に落ちた自民党への支持が回復すると踏んだ高市政権側の政治決断です。

chukaku.jpg 一国の最高責任者の職務として、今、衆議院を解散することが妥当かと言われると、必ずしもそうではありません。物価対策、外交政策など難問が山積しており政治空白は確かにまずい。しかし、政治家として将来の日本の在るべき姿を実現するためには、今解散を打つのは巧みで効果的な政治行動と言えます。目の前の些末な公務よりも、国家百年の大系のために盤石な体制を整えることは、より価値がある、一流の政治家として正しい行動と言えます。

 これまでずっと書いてきたように、自民党はカネに汚い政党です。企業団体政治献金の全面禁止や文書交通費の廃止を頑として受け入れない姿勢は、政治を金儲けの手段と認識して恥じない体質を如実に示しており、これが改まらない限り、わたしは自民党を積極的に支持することはありません。しかし、その点を除けば日本の政治団体の中では一番まともな政策を掲げていると評価できます。

 先の参議院選挙で自民党は、政治とカネの問題を共産党をはじめとする反日勢力に叩かれ、多少の衰退がありました。結果公明党に愛想を尽かされ連立離脱に至り、過半数確保に苦労しました。しかし、そのまま一気に衰退するかと思いきや、対抗すべき野党があまりにも無策、無力過ぎた。政権奪取のチャンスやったのに、自民党の退潮を上回る体たらく状態で、結局何も変わりませんでした。そして、自民党のトップが高市さんに代わるとその人気に圧倒されて、今総選挙となるとまるで勝負にならない、木端微塵に砕け散ることは火を見るよりも明らかです。

 すると、今度はポンコツ野党筆頭の立憲民主党が公明党と合体すると言い出しました。なんと。公明党さんよ、ええのかよ。

 公明党といえば言うまでもなく宗教団体創価学会の政治部隊で、いっとき新進党に参加し消滅した時期もあったものの、その後再結党し、自民党との連立政権という形で悲願であった創価学会の政権参加という形を実現させた歴史があります。

 遠い昔の学生時代、親しかった学会員の友人によるやたらしつこい折伏(布教勧誘活動)に辟易し口論したことを懐かしく思い出します。いわゆる政教分離を掲げる日本国憲法に抵触するからそもそも公明党は政権を担うことはできないと私が言うと、彼はなんだかゴニョゴニョ言ってたんで「そもそも理屈をこねないと説明できない時点でお前の負け。オレは宗教団体は大キライや。理由なんか無い。生理的に受け付けん。ナメクジといっしょや」と言ってやったところ怒り出したんで逃げ出して、それきり会うことはありませんでした。komei.png

 公明党は、支持母体が宗教団体やから、ひとたび選挙となればその結束力は半端ない。信者はみなさん信仰第一なので、池田名誉会長のお達しなれば、何もかも放り出して選挙活動に力を費やします。立憲にしてみれば、新党結成が実現すれば、選挙協力どころではない、安定した大量の固定得票が約束されのです。おいしい話です。公明党にしても、選挙区に候補を立てないかわりに比例の名簿では優先させるなどの方法で、確実な議席が保証されると踏んだのでしょう。議席を得るための、まさに政治的な駆け引きです。

 しかしですよ。政党の理念ってもんがあるでしょっての。政治家さんたちは「こんな政治をしたい」「日本はこうあるべき」という考えがあるからこそ、政治家やってるのんとちゃうんですか。それが今の動きは、政治思想や政策のことは横に置いといて、とにかく選挙に勝つためにまず数を集めるんやと。その結果集まった人達との方向性の違いなんて、あとからどうにでもなるやろということですよね。今の立憲の連中と公明党の議員さんとは政治思想的に相いれない部分も大きいんやないですか。実際、公明党はついこないだまで自民党と連立組んで立憲と対峙してたわけやし。

 共産党やれいわみたいなキワモノ集団とはいわないまでも、まともな政党であっても、まず第一義的にそれなりの理念に基づいて活動すべきでしょうよ。それを、選挙優先、保身優先とはなんとも情けない。「野合」とはまさにこのことです。新政党名は「中道改革連合」とゆうそうです。略して「中革派」か。おいおい。

 空前の早苗人気の上に、野党のこのドタバタ。来月の総選挙は自民党の圧勝に終わることでしょう。

美少女再び

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 そうか、あれからもう14年も経ったのか。

fermale1.jpg フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を神戸の美術館で観たのが2012年の10月。今はもう2026年に突入してるから、朝日新聞が言う14年で計算合ってます。朝日はたまにウソ書くから気を付けないといけない。ウソ書いといてバレんかったらそのまま。バレそになったらシレっと訂正してあとは知らん顔で、謝らない。追及されたら逆切れして騒ぐ。それがこの新聞の習い性です。

 まあそのあたりは今更の話なんで今は置いとくとして、14年経った今年の夏に再び「少女」が来日します。大阪中之島美術館と朝日新聞一味が結託して美術展を開催すると、なんと号外まで出しての騒ぎようです。さらに先週、広告を打ちました。何というタイトルの展示イベントなのか、一緒に展示するのはどういった作品か、フェルメールは「少女」だけかなど、詳細はまだ決まってないようです。しかし、「少女」は来ると。14年ぶりに再びユーラシアの端から端まで旅をして、日本に姿を現すと。詳細決まってもいないのに異例の早さで先行告知を出しました。空前の大量観客動員を目論んで、本気出してきてます。

 新聞各社の購読者数の減少がハンパないということはかつて書きました。インターネットとスマホの核爆発的普及で社会の情報インフラが根底から覆りつつある近年、そろそろ紙の新聞が自らの余命を悟り出しています。退場が近い。オールドメディアの一端を担うNHKは、シノギの軸足をインターネットに移そうと画策しています。こっちの一味は親方日の丸なんで、やりたい放題なんでもできます。放送法を都合よく改正すれば、今までどおり法令を盾に国民を脅迫して受信料を窃取できます。「これからはネットで視てもカネ払えよ。そう決めたし」。

 しかし、民放や新聞社など民間のメディアはそうはいきません。お上に頼ることなどできず、自ら新しい収入源を確保していかないといずれ倒産します。新聞社は発行部数を減らし、もう購読料や広告収入のみに頼っていたのでは立ちいかない。だから経営を多角化し、イベント会社よろしく興行収入獲得に注力するようになりました。今回もその一環です。fermale.jpg

 それにしても早い。半年以上先のイベント告知に何百万円分の広告スペースを使うとは。あまつさえ大した速報性も必要ないのに号外まで発行するとは。力の入れようが分かるというもんです。

 行きますよ。たとえ主催が大嫌いな朝日新聞であろうと、人類の至宝である名画をうす汚い儲け主義に利用していると分かっていても、この機会を逃すことなど考えられない。14年前に一度観てるからこそ、も一度観てみたいのです。これまでそれこそ何度も書いてますが、超ミーハーを自認してる私にとって、ホンモノの芸術作品に触れる感動と興奮に対する欲望は、朝日を批判し糾弾する正義感に勝ってしまうのです。朝日の術中に嵌ってしまう後ろめたさも「少女」の前では消し飛んでしまうことでしょう。

 ホンモノの凄さを目の当たりにしたとき人は言葉を失う、ということは繰り返し書いてます。思い返せばその最初の体験は、ゴッホの「ひまわり」を初めて見たときに遡ります。

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 社会に出てまもなく、世間はバブルの階段を駆け上がっていたあれは確かソウルでオリンピックがあった年の夏やったと記憶しています。例によって大学時代の友人に会うべく上京したついでに、新宿の東郷青児美術館(現SOMPO美術館)に行き「ひまわり」を初めて観たのでした。前年のクリスティーズで安田火災が、58億円という当時の絵画取引史上最高額で競り落としたもので「ジャパンのソンポマネー恐るべし」と、世界にその名を轟かせたものでした。

 ひと目見るやその圧倒的な黄色の波状攻撃に圧倒され、戦慄を覚えしばらく動けませんでした。これはいったい何なのだろうと。真夏のいいお天気の平日、館内はガラガラに空いてて誰はばかることなく心ゆくまで、そう20分以上も眺めてたでしょうか。

 ゴッホの「ひまわり」は有名なものだけで6つあるそうです。15年前、仕事でヨーロッパを巡った際に、アムステルダムのゴッホ美術館で観たのが、わたしにとって二つ目の「ひまわり」でした。ところがですね、確かに観たはずなのに今となってはどうにも思い出せない。これは果たして、歳をとって記憶力が衰えたせいなのか、最初の「ひまわり」の印象が強すぎてあとの記憶を覆ってしもたのか。

 そうすると、今度の「少女」でも、同じ現象が起こるのでしょうか。14年を経ての再会は果たしてどんな気持ちになるのか。なかなか興味深いところです。14年間に自分はどれほどの成長を遂げたか。14年間、なすべきことを行ってきたと、臆することなく「少女」と向き合えるか。自分に問いかける機会になればと思います。

年賀状事情

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 あけましておめでとうございます。

 おだやかにお正月が過ぎていきました。なぜにお正月はめでたいのかというと、歳神様が家に来てくれるからです。歳神様はとんど焼きなどで天に帰っていくまで、しばらくおうちに滞在します。その間の依り代として神様は鏡餅に宿る、ということはかなり前に書きました。わが家にも来てくれてるはずです。まあ、大したおかまいもできませんが、ゆっくりしてってください。oshogatsu.jpg

 子どもの頃は嬉しかったお正月も、この歳になるともはや感慨も薄れがちです。冥途の旅の一里塚とはよく言ったもので、確実に終点は近づいてて、さらにその一里塚の間隔がだんだんと短くなってるよに感じます。ついこないだお正月が来たと思ったのに、またお正月が来ました。わが家では今年も、どこかに出かけるわけでもなくのんびりと過ごしています。これでええのです。

 今年は午年、しかも60年に一度の丙午(ひのえうま)の年です。昭和の昔、丙午の年に生まれた女性は気性が激しいという迷信が蔓延してました。曰く「丙も午もいずれも火を表す」「江戸の放火魔、八百屋お七はひのえうま生まれ」というこじつけで「嫁ぎ先に災いをもたらす」「男を食い殺す」などの俗説が蔓延り、この年には女の子を産むべきではないという風聞が出来上がっていきました。

 今なら、何をバカなと一笑に付すところですが、実際に日本の人口構成を見るに、60年前に国を挙げてこの年の出産を避けた傾向が見て取れるのがおもしろい。気性が激しい女の子が生まれると信じてたというより、「へぇ、丙午生まれなんや」と言われることを避けたいということでしょう。出生率がダダ下がりでそもそも出生数が減ってる現代にあっても、はたして今年、丙午現象は起こるのでしょうか。piramid のコピー.jpg

 さて、元旦には年賀状が届くわけですが、近年その数が目に見えて減ってきています。お正月ヒマなんでちょっと調べてみたところ、過去多かった頃は毎年300通近くの賀状が届いてましたが、今年はなんと100通もありません。実に3分の1近くに少なくなってます。

 この変化は道理なんであって、年齢を重ねるにつれて古くからの友人、知り合いは疎遠になっていき、何年も会ってないのに年賀状のみ交換している人がいます。わたしは前年に賀状もらった人には、たとえ1年間一度も会わなくてもお出ししてますが、巷では「この人、もう出さいでもええか」ということはままあることでしょう。一方、歳とともにプライベートで新しいお付き合いが始まることは少なくなってきます。もちろん出会いが無いわけではないのですが、その新しい知り合いに年賀状を出すとなるとその方の自宅住所を把握せんといかんわけで、これが昨今なかなかに困難なのです。さらに電子メールやSNSの爆発的な普及で、新年の挨拶にしてもわざわざハガキに書く必要などなく、ちょちょっとLINEやメールで済ませることが増えました。従って、毎年交換している人に加えて新しい送付先が増えることはほとんどないことになります。

 さらに昨今、年賀状終いをする人が増えてきました。上記のようなデジタル化の事情に加えて、歳とともに毎年の作業に心身のモチベーションが追い付かなくなってきたことによります。日本人が過去から連綿と当たり前のように行ってきた年賀状の風習ですが、改めて考えてみると、何十枚~何百枚もの賀状を師走の短期間に一気に書き上げる作業は、パソコン使うにせよなかなかに労力を要するもので、気力体力が落ちてくると負担に感じるというわけです。

 加えて、一昨年の郵便料金値上げが年賀状じまいの流れを加速したともいわれてます。わたしが物心ついた頃の郵便料金はハガキが7円、封書が15円でした。消費税なんかなかった。それが今や年賀状1通85円。実に12倍以上になっててこの間の物価上昇率をはるかに上回っています。いっそ年賀状止めたくなるのも道理というものです。

 かくして、わたしに限ったことではなく、世間の趨勢として毎年年賀状の発行枚数は減少の一途を辿っていってるのです。

 去年、家のプリンタを買い替えたことを書きました。多くの家庭ではプリンタがもっとも活躍するのが、12月の年賀状作成でしょう。それが、発送件数がこうも急激に減少すると、これはCANONEPSONも経営戦略の転換が必要でしょうな。他人事ながら心配してしまいます。

 一方、仕事上の儀礼としての年賀状はいまだ健在で、職場には今年も変わらず大量の年賀状が届いていることでしょう。

 早くも明日は、職場の新年会からの仕事初めです。今年は初出が月曜日で、次の休日まで1週間めいっぱいあります。お屠蘇気分を払拭し、気合入れなおしていきましょう。

 どうか今年もよろしくお付き合いいただきますよう、お願いをいたします。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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