昨夜、なんか風が強いなあと思いつつ夢の世界へ。今朝目覚めると、うっすらと雪が積もってました。大阪では年に1回あるかないかの珍しい光景です。日本中大雪の予報で投票への影響が懸念されています。
そう、いよいよ今日は総選挙の投票日です。わたしはすでに期日前投票を済ませてますので、今日はどこにも出かけず、選挙特番をさかなにウダウダと一杯やらせていただきます。
メディアはこぞって自民党の圧勝を予想しています。なんとも奇妙な話です。だって、テレビどの局でもワイドショーで映しだされるのは中革だのれいわだの、わけのわからない反対勢力の活動の場面が多い。コメンテータは自民党に対する悪態ばっかり並べてる。新聞週刊誌にしてはもっとひどくて政府自民党の悪口しか報じてません。高市政権よくやってる立派!なんてことを言う評論家は誰ひとりいないし、そんな記事は見たことない。つまり、テレビだけ視て、新聞だけ読んでたら多くの国民は、いまの政府はなんという悪者なんだろう、こいつらに立ち向かう正義の味方のリベラル勢力をぜひとも応援しなければ、となるはずなのに、実態はなぜか自民党を支持する国民が圧倒的に多い。つまりね、もう誰もテレビ、新聞を信じてないのです。
そうなるとですね、そんなオールドメディアが「自民300議席を窺う」なんて予想出しても信じるわけにはいきません。油断させといてバッサリとやる巧妙な褒め殺し戦略の可能性があります。
さて、告示以降選挙ネタを続けてきたので、今日は先週のもうひとつの大きな話題を。
今年は、野球のWBCとサッカーのワールドカップと、世界的に大きなスポーツイベントが続きますが、先陣を切ってイタリアで冬季オリンピックが始まりました。
ミラノ、コルティナ大会というそうです。会場のひとつコルティナは1956年に一度オリンピック冬季大会が開かれてて、2回目。前回は「コルチナ・ダンペッツォオリンピック」といったそうです。前回の大会以降に町の名前がコルチナからコルティナに代わったのではなく、おそらくは読み方の日本語表記が代わったということでしょう。インドのカルカッタが今コルカタになりボンベイがムンバイに変わったのと同じです。
コルチナといえば日本にも白馬コルチナ国際スキー場というスキー場があります。今を去ること30年以上も昔、バブル期のスキーブームの最中、ミーハーを自認するわたしは当然のことながらブームに遅れまじとせっせとスキー場に通ったものです。当時日本のスキー人口は一説に2,000万人と言われてました。老いも若きも週末にはクルマの屋根に板を載せてスキー場へと大移動してました。幹線道路走ってるとアルペンの「青い三角」があちこちで目についたもんです。原田知世主演の映画もブームに拍車をかけました。
大阪からクルマで行けるスキー場となると兵庫県の北部、ハチ・ハチ北や神鍋山、そして岐阜県のダイナランド、白峰高原などある中で、ちょっと遠いけどスケールや雪質なんかを考えると八方尾根を擁する白馬周辺がよろし、ということになります。コルチナ国際はその白馬山脈でも最北部に位置するスキー場で、わたし一度だけ行ったことがあります。なんでも、地形が、昔オリンピックがあったイタリアのコルチナスキーリゾートに似てるから命名したとか聞きましたが、そんなんおそらく適当でしょう。
あの頃はまだまだ元気で、時の上司から「お前、毎年冬になると顔の下半分だけ黒いな」と言われてました。当時のゲレンデでは、肩に張り付けたリフト一日券を改札で見せてゲートを通ってました。最終日は午前中だけ滑って、午後からゲレンデに来た人に半額で買ってもらおとして係員に見つかって追いかけられたのも、今となってはいい思い出です。
そんなお手軽スキーの傍ら、毎年年末の仕事納めのあとは必ず職場の友人たちと大挙して北海道ニセコ、富良野など道央界隈のリゾートに出かけるようになりました。空港から貸切バスを仕立てての大名旅行でした。大晦日に帰阪し「今年も終わりか」というのが風物詩でした。
その後バブルも弾けてそんなスキーツアーも自然と無くなり、気が付けばスキー板もブーツも処分してもうありません。時は流れ、聞いた話では今やゲレンデではスキーヤーよりもボーダーの方が多いらしい。30年前、スノボはまだイロモノ扱いされてててほとんど見かけることは無かったのに、時の移ろいを感じます。
今のところ、昔を思い出して再びスキーやってみようかとはままだ思いません。身体の衰えを感じることはあまりないですが、気力面で一歩が踏み出しづらくなってことは事実です。リタイヤ後のチャレンジ項目のひとつと覚えといて、それより今はオリンピック。若者たちの活躍に大いに期待することといたしましょう。

社会民主党は「いずれくる解散総選挙の結果次第では政党要件を満たさないことが想定され」ると書きましたがこれ間違いで、昨年の参議院議員選挙で得票率が
一国の最高責任者の職務として、今、衆議院を解散することが妥当かと言われると、必ずしもそうではありません。物価対策、外交政策など難問が山積しており政治空白は確かにまずい。しかし、政治家として将来の日本の在るべき姿を実現するためには、今解散を打つのは巧みで効果的な政治行動と言えます。目の前の些末な公務よりも、国家百年の大系のために盤石な体制を整えることは、より価値がある、一流の政治家として正しい行動と言えます。
フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を
