2022年8月アーカイブ

ふるさとの温泉

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 セミの声もあまり聞こえなくなりました。夏が終わっていきます。今年のセミはなんだか勢いが無かったように思います。元首相暗殺という、歴史上の大事件が起こった夏でした。責任をとって警察の最上層部が辞職し、現場の責任者も重い十字架を背負って組織を去りました。秋に行われる国葬で一応の区切りとなるのでしょう。しかし、野党と左派系反日メディアを中心に、その国葬反対の耳障りな大合唱が続いています。安倍元首相という宿敵を失った左巻きの連中は、これから先は何にすがって日々の糧を得ていくのでしょうか。20220708_104154473_iOS.jpg

 さて、そんな世相にあって私ごとですが、このたび勤務先を退職し引き続き役員として仕事を続けることになりました。やるべき仕事の内容はこれからもそんなに変わらないのですが、一応のけじめではあります。後年「いつ辞めたの」と聞かれたときに「安倍さんが亡くなった年」と答えることになります。

 お疲れさんのご褒美ということで、久しぶりに奥さんと温泉に行ってきました。よく行ってそうで案外縁がなかった、ふるさと奈良県南部吉野の大山塊に抱かれた洞川温泉です。

 この温泉街がある天川村は、大峰山登山の前線基地で修験道のメッカとしてその名を知られ、天河大辨財天は芸能の神様として有名で芸能人がこぞってお参りする聖地でもあります。内田康夫の「天河伝説殺人事件」の舞台にもなりました。

20220708_080545530_iOS.jpg 洞川温泉はそんな天川村の中心からさらに国道を少し上ったところにある歴史のある温泉で、わたしは幼少の頃、両親に連れられて来た記憶がかすかにあります。今回人生2回目です。

 今では京阪神と奈良県も高速道路が次々とつながり、吉野山地にも長大なトンネルが作られ山奥まできれいな道路が整備され、大阪からでもあっという間にたどり着けます。奥さん「十分日帰りできるね」と言ってました。確かに便利になったもんです。

 昔ながらの小さな温泉街。昭和の趣きを今に伝える実に風情ある街並です。軒を連ねる旅館に、通りに面して長い縁側があるのは、行者さんが座って装束を解くためなんやそうです。

 洞川は、高度成長の時代もバブルで狂乱していた頃にも鉄筋コンクリートの大旅館が建設されることはなく今に至ります。ひとつ間違えば栃木県の鬼怒川温泉のように今や廃ビルが連なる有様となっていた可能性がありました。そうならなかったのは、やはり地元吉野のひとびとの自然を慈しむ思いと、古より修験道を今に伝え神を敬ってきた聖地を守る矜持によるものやと思います。20220708_222639806_iOS.jpg

 実はこの温泉街に至る途中、奈良県を南北に隔てる吉野川沿いの下市町という小さな町でわたしは生まれました60年前のことです。今回の道中でもかつて住んでた家があったところを通ってきました。今ではすっかり様子が変わりましたが、過疎に悩む田舎のこと、都会ほどの変貌はなく懐かしい山河は記憶のままでした。

 過疎化は、地元のひとびとにとっては実に切実な問題ではあります。しかし、例えばこの大山塊を大きく切り崩して巨大工業団地や別荘地を建設するなんてことが、まああるとは思えないけどバブルがあのまま続いていれば可能性がゼロではなかった。それを地域の発展と言えば喜ばしいことではあるんやろけど、何かそうなってほしくもないなあなんて、今回半世紀ぶりの懐かしい温泉に浸かりながら、しみじみと思ったのでした。

下鴨とビブリア

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 古本市が好きで機会があればあちこち行ってることは、何度か書いたことがあります。中でも京都の下鴨神社でお盆に開催される「納涼古本まつり」はよく行くんですけど一昨年コロナで中止、昨年は都合つかずで今回3年ぶりに行ってきました。

20220816_020702057_iOS.jpg 神社の広い境内で、左右には森が広がっており上空は張り出した巨木の枝葉が日陰を作っています。森の湿った香りとテントの会計レジで焚いてる蚊取り線香の香りと、膨大な古書が発する香りが入り交じり独特の匂いが満ちています。いつもこの香りを嗅ぐと、夏が終わっていくなあと感じます。小学生時代、地蔵盆のお祭りが過ぎると夏休みの終わりをいやでも実感しこの世の終わりのような暗澹たる気分になりました。あのときの空気感を思い出します。

 広い会場内を2時間ちかくぶらぶらしたでしょうか。目ぼしい掘り出し物も見つからず、この日は島崎藤村の「若菜集」の初版本だけを買って帰りました。家から往復2時間かけて古書1冊、買い物の成果だけみるとなんとも非効率的ではありますが、気分的には有効な時間の使い方でした。

 古書・古本業界は、作家や出版関係者にとってはあまり喜ばしい存在ではありません。古本は、客が買っても出版社や作者には1円も入らないからです。理不尽な気もしますが、書籍などの著作物(映画DVDを除く)はいったん適法に販売された時点で著作権者の譲渡権が及ばなくなるので、買った人はそれを誰かに売ろうが自由なのです。だから古本屋さんの商売が成り立つのです。

 これは消費者にとってもありがたい。書籍やCDなんかは本来、独占禁止法の規制の例外とされてて、再販制度により新刊書は日本中どこでも同じ値段です。今週号の少年ジャンプを1円でも安い店を探して買うなんてことはできません。

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 ところが譲渡権が無くなった古書はパソコンや豚コマ肉と同じで、お店はいくらで売ろうと自由になります。ボロボロの漫画本に1冊数千円から数万円のプレミア価格がついたり、人気がない文庫や新書なんかは新品同様でも1冊100円でワゴンに並べられるのです。

 わたしもよく古本買います。新刊のベストセラーやなんかは古本屋さんになかなか出てこないのでamazonやリアル本屋さんで求めますが、何かの拍子に興味がわいた本はたいてい中古を買います。安い。しかも本から得られる情報の質・量は新品と同じで、これが他の中古物品との大きな違いです。

 先日、そんな古本屋さんを舞台にした「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ、たまたま読み始めたらはまってしもて、とうとう全部読んでしまいました。いちおうミステリーなのですが、ラノベというカテゴリに入るのでしょうか、軽い文章なんで1日の通勤往復で1冊のペースで読めました。

 映画化ドラマ化もされた作品なんで「小説とはいえいくらなんでもそれは無いでしょう」的な展開はまあ、マンガ読んでると思えば納得できます。それより、作者は古書店に勤務したことがあるとかで、業界の内側が垣間見られたところがなかなかに面白かったです。全部amazonで中古を買いました。当然ですが、内容は新刊本と変わりません。この得した気分は、なかなかに小さな幸せなのです。

政治と宗教

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 安倍元首相の暗殺以来、犯人が統一教会から受けた仕打ちが安倍さんへの逆恨みとなって犯行に至った経緯が徐々に明らかになってきたことで、このカルト教団がにわかに注目を集めています。

 統一教会の悪名が一躍社会に広まったのは1980年代のこと、いわゆる霊感商法事件でした。メンタル弱い人につけこんで「あんたの先祖の霊が苦しんでいる。これを買えば治まる」ということで、高価な印鑑や壺を買わせる詐欺商法を日本中で展開し、国会でも社会問題として何度も取り上げられました。

cult_kyoudan.png その後多数の訴訟が提起され、教団の使用者責任を認める判決がいくつも確定しました。暴力団構成員が起こした事件で組長の責任が厳しく糾弾されるのと同じで「信者が勝手にやったこと」という言い訳が通用しなくなったのです。その後消費者契約法の改正(2018年)によって、被害者は霊感商法の契約をソッコー取り消すことも可能になりました。それでも、この反社カルト集団に騙されて財産を掠めとられる信者があとを絶ちません。

 二束三文の壺をン百万で売りつけた場合、常識的にありえないから違法性は明らかで簡単に詐欺が成立します。しかし、信者が献金しすぎて生活が破綻した場合などは、教団の強要ではなく被害者が自発的にやったと言われると詐欺の立証が困難です。宗教がらみの犯罪は人の内心に絡むのでやっかいなのです。いっそ「宗教団体への献金や寄付は年収の何%以下、教団はそれ以上の献金を受けたらあかん」という法律があればいいと思います。

 法律作るのは国会ですが、なんとその国会議員センセイたちも統一教会とは大の仲良しであることが次々に指摘されはじめました。

 教団が信者から巻き上げるお布施や献金は、原則的に非課税です。お寺や神社などの宗教法人は、物販で儲けても、たとえばおみくじやお守りなど参詣等の宗教的行為に付随する少額のものは課税されませんし、一千万円の壺や三千万円の教典を売りつけても、「これは無償で差し上げたものです。一千万円は別の献金です」と言えば、税務署職員はスゴスゴと帰るしかありません。宗教団体はタックスヘイブンなのです。 cult_family_shinpai.png

 そんな権益を維持していくために、都合が悪い法律を作らせない工作がいります。企業なら政治家に政治献金(=賄賂)を握らせるところですが、宗教団体はカネを出さずに人を出すのです。信者たちはなんせ洗脳されてますから、選挙の際に教祖様がひとこと「○○候補に」と号令かければ何十万人という信者は全員投票するし、さらに無給で献身的に選挙運動までやってくれるんです。政治家にとっても宗教団体は実にオイシイ存在なのです。だから、今回の事件で統一教会がふたたび社会から指弾されても、同じ穴のムジナである政治家が一緒になってやっつけるわけにはいかないのです。ずぶずぶの関係というやつです。

 経済安保大臣になった高市早苗は10年前に統一教会の月刊誌「世界日報」に対談記事が掲載されてたし、立憲の岡田元外務大臣も世界日報のロングインタビューを3回も受けてたくせに、どっちも今になって「教団の出版社とは知らなかった」なんて、誰が信じるかという話です。本当に知らなかったとしたら、それこそ底抜けのアホウと言えるでしょう。政治家なんてできるはずがない。とっとと辞めてしまいなさい。他にも教団関連の会合に出席したり祝電打ったりしてた議員はごろごろ出てきてます。皆さん「教団と関係あるなんて知らなかった」。この嘘つき野郎どもめ。むしろ「付き合いがあり選挙も手伝ってもらってた」と開き直った岸防衛大臣の方が正直でよろしい。この発言が響いたのか、防衛大臣辞めちゃったけど。

 一方今回の件で与党公明党の歯切れが悪いのは当然で、もうね、見てて可哀そうなほど。創価学会の政治部隊が公明党なんやから「政治家は宗教団体との決別を!」なんて主張できるはずがない。野党はここ奮起して攻勢を強めるべきなんやけどまあ、またいつものように、気がついたら「あれ、そいや最近テレビで統一教会のこと言わんようになったなぁ」と終息していくことになるのでしょう。

本屋さんのオーラ

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 今日も暑くなりそうです。早く目が覚めたので、近所の洗車場に行ってクルマ洗ってきました。屋外での用事は日中は避けるのです。今日もこのあと一日、おうちで冷房に浸ってまったりと過ごします。

 さて、通勤電車、バスの中ではたいがいなんか読んでます。サラリーマンになって以来、このスタイルは変わっていません。若い頃は、阪神タイガースが勝った日の翌朝は駅でスポーツ新聞を買うのが常でした。当時は実家から職場に通ってて、乗車時間が延べ1時間半以上と長かったこともあり、電車の中で実にいろんなものを読んでました。今ではスポーツ紙を買うこともなくなりました。私に限らず、朝の満員電車で新聞を広げるおじさんたちが消えて無くなり、みなさんスマホを眺めてます。あらためてじっくり観察してみると、まあなんと見事なまでにほとんどの乗客がスマホを眺めてます。まれに私みたいに文庫本を読んでる人がいます。朝夕の満員電車、車内の風景は様変わりしまた。

 で、スマホで何を見てるのかというと、これがさまざまで、ネットニュースと思しき画面を眺めてる人、LINEのやりとりしてる人、イヤホン繋いで連ドラの録画見てる人、ゲームに集中してたまにガッツポーズ決めてる人、そして電子書籍を読んでる人。

 電子書籍ですわ。amazonkindleやコミックシーモアBOOK☆WALKER、その他実にたくさんのサービスが鎬を削っています。小説、コミック、それに雑誌は今やそのほとんどがネット空間で手に入る時代になりました。本屋さんに行って買う手間がいらない。読みたいと思ったときにダウンロードして即座に読み始められます。これでは、街の本屋さんの客が減るわけです。

 kinokuniya.jpg私も実は電子書籍利用したことがありました。SONYがやってるReaderStoreというサイトでしたが、やめました。ダメなんです。どうも読みづらい使いづらい。iPhone12miniという小さいスマホなんで、スクロールがしんどくて思うように読めず、何冊か読んでやめてしまいました。kindleの専用機やiPadなどの大きめのんやったらまた違うかもですが、しばらく買う予定がありません。結局、紙の本へと回帰した次第です。

 紙の本でもほとんどネット通販で手に入ります。もうね、街の本屋さん、さらに客が減っていきます。

 でもね、それでもやっぱり私は都心の大きな本屋さんに行くのです。何冊も衝動買いしてカバンの重さで後悔しながらも、リアル本屋さんで買うのです。都心をうろついて少しでも余った時間があったら、とりあえず本屋さんを覗いてみるのです。

 子育て始めたママさんたちが、公園デビューするのはなぜかということです。壁に隔てられた室内でテレビ視るよりも、奥行き無限の屋外の方が赤ちゃんたちの五感に訴える情報の刺激が格段に大きいからです。脳の発育に役立つのです。

 それに似た理屈で、本屋さんにはネットの本棚で得られない情報が溢れているのです。何が今アップトゥデイトの話題なのか、いやでも目に入ってきます。関心が無かった分野のトレンドもプッシュされてきます。店員さん推しのポップが揺れてると思わず手にとってしまいます。ネットでの買い物は興味がないとクリックしません。いわば正面からの狭い情報ですが、本屋さんで飛び込んでくる情報は前後左右上下から攻めてきます。それは実に心地よいひとときなのです。

 全身に本のオーラを浴びるため、今日もわたしは本屋さんに寄り道してしまうのです。

WELCOME

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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