夏が終わっていきます。
さっこん早朝のセミの声もなんとなく勢いが衰えてきたような今頃になって、ベランダのアサガオはやっと花をつけ始めました。日本の南海上では史上まれにみるケッタイな動きの、しかも超強力な台風10号が日本上陸をうかがい、今日は雨模様の朝となりました。
最近でも日本の子供たちはやはり自由研究だの図画工作だのアサガオの観察日記だのといったあの夏休みの宿題があるのでしょうか。始まったときには永遠に続くかのように思われた長い長いお休みがあっという間に過ぎ去り、終わってみればまるで夢から覚めたような何か騙されたような空しい想いに囚われ、いまだ片付いていない宿題の山を前にして絶望に囚われる。毎年毎年同じようなことを繰り返し、まったく進歩がなかった幼き日々を思い出します。
昨日は高校時代の仲間と遅くまで飲み続けて、先ほど起きだしたようなわけで、いささか二日酔い気味なのです。今日はどこにも行かず養生することといたします。こんなことは久しぶり。
さて、新しい万年筆をいただきました。
パイロット万年筆の「キャップレス マットブラック」というモデルです。

名前のとおり、キャップがありません。ボールペンみたいにノックすることでペン先がにゅっと現れる仕組みです。したがってペンの端には常時穴が開いているのですが、シャッターがついててペン先を収納しているときにはインクが乾燥しない仕組みになってるそうです。
全体に短く真っ黒で、いっけんすると108円で買えるボールペンのようないでたちです。しかし、表面は艶消しのマット仕上げで手に取るとずっしりと重く、高級感があります。
ノック式ということはすなわち、常時携帯して手帳に記入することを主たる用途と想定して作られています。ということは、たとえば胸のポケットに差しててインク漏れたりせんのやろかということになりますが、そこにこのペンの創意工夫が活かされています。
なんと通常のノック式のペンとは逆で、ペン先が出てくる方にクリップがついてます。つまり、胸に差しているときにはペン先が上を向いているのです。発想の転換。これで従来のボールペンのようにポケットの底がインクで汚れることはありません。
しかし、その当然の帰結として、書くときにはクリップの部分を人差し指で押さえる形になります。筆記具をこんな形で持つのは生まれてはじめてのことで、やや抵抗がありますが、少し使ってみると書くという作業にあまり支障はなく、すぐに慣れそうです。考えた人の大胆な独創性に感心してしまいます。
肝心の書き味ですが、モンブランのヌルヌルした感触に慣れているせいか、ややカリカリ感があって滑らかとは言い難い。しかしこれも慣れの問題で逆に手帳に極細文字を記入する際には、こういう感触の方がいいのかなとも思います。思うにこれほど細い文字を書ける万年筆を私は持ってなかったのです。手帳専用として、しばらく使ってみることにします。
英国は日本と似ています。島国であること、立憲君主制で皇室(王室)があること、歴史と伝統を重んじること、車が左側走ること、ポストが赤いこと。しかし、違うところもあります。伝統料理が不味い(といわれている)こと、そして移民の労働力を多く受け入れていること。これが今回災いして、移民に仕事を奪われた労働者層の反発が募って、ほかのヨーロッパの国々と必要以上に仲良くするのはもうやめて一線を画そう、という結果になったようです。
一方、梅雨時に欠かせない傘。中でも携帯便利な折り畳み傘ですが、こちらも長年連れ添ってるのんがありまして、かれこれ20年以上になります。実に軽くて持ち運び便利なのが気に入ってずっと使い続けてます。折り畳み傘というものは携帯性が身上です。傘としての機能を極めるより、とにかく軽さがポイントとなります。
似てるけど明らかに違うお薬です。奥さんは「しまった。騙されて違うのん買わされてもた。」と言うてます。自分が間違えて棚からカゴに入れたくせに。「指定医薬部外品」とゆうカテゴリーなんで薬剤師さんでなくても売ってくれるのです。
の威力ということなのでしょう。



思い起こせばテレビ番組を録画できるビデオデッキを初めてみたのは小学生の頃、授業の一環としてテレビ番組観るのに、放送時間帯と授業時間割が合わないからと録画で見せられたときでした。丸っこいブラウン管の白黒テレビと同じくらい大きい、オープンリールのごっつい機械でした。テープレコーダーですら珍しかった時代に、純真な少年はテレビ放送を保存しておいていつでも観ることができるということに衝撃を覚えたもんです。