ものボケの最近のブログ記事

 秋が来たというのに、すっきりとした青天が続きません。なんだか週末のたびに台風が来ているような気がします。しかも直撃からの列島縦断と。大阪でも風が強くなってきました。今日は一日しっかりと自宅の警備に勤しむことといたします。

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 さて、昨日の朝刊に「森永チョコフレーク生産終了」という記事がありました。理由はなんと、スマホとの相性が悪くて売れなくなったからなんやとか。たしかにチョコは手で直接触ると溶けてベタベタするんで、スマホを操作しながら食べるのはちょっと勝手が悪い。電子通信技術の進歩がチョコの衰退を招くとは、いつの世も歴史は人の想像を超えた展開をみせるもんです。

 チョコフレーク、懐かしいなあ。 

 わたしは今やチョコに限らず間食はほとんどしないけど、こどもの頃はチョコ大好きでよく食べてました。食べなくなってしまったくせに、いざ消えるとなるとなんだか淋しい気がするなんて勝手なもんです。

 チョコフレーク、シリアルのコーンフレークのまわりにチョコがコーティングされた素朴な作りのスナック菓子です。これは美味しかった。いくらでも食べられた。今は食べないんで知らなかったけど、現行の製品はふくろに入ってるんですね。記憶にあるチョコフレークは箱に入ってました。口を大きく開けて、箱持ち上げてバラバラと直接食べてたのを思い出します。大きいカタマリがあると少しうれしかった。

 ほかにもチョコといえば、ペンシルチョコ、パラソルチョコ、チョコベビー、アーモンドチョコ、メロディチョコ...。チョコボールは箱からエンゼルマークが出ると「おもちゃの缶詰」がもらえました。金のエンゼルなら一発ゲット。銀のエンゼルは5枚貯める必要があります。テレビのCMで田中星児が「いいかい、銀なら5枚だよ」と念を押してたのは、多分こどもたちが銀のエンゼル1枚で応募する事態が頻発したことへの対応では、と当時思ったもんです。chocoflakes.jpg

 いちばん好きやったのはオーソドックスなガーナミルクチョコレートで、ブロック状の板チョコを噛み砕かずに消えてしまうまで口の中でレロレロするのが好きでした。

 昔より現代の方が美味しくなった食材があります。ていうか、たいがいの食べ物はそうでしょう。しかし、たまに思い出の味の方がなんとなく美味しいのではというのんがあります。わたしの場合チョコがそうです。さっこんチョコ食べる機会というと、バレンタインデーということになりました。冬しか食べない。しかし、こと味に関していえば過剰なパッケージに入った、ひとつひとつ趣向が違う豪奢なGODIVA やROYCÉの生チョコよりも、幼い日に食べたあのレロレロの方に軍配が上がるのです。 

CDラジオでバタバタ

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 CDラジカセというガジェットがかつてのポップカルチャーとして普及しておりました。その後音楽の楽しみ方にデジタル技術が浸透するにつれて「ラジカセ」から「カセ」が消えて、今ではCDラジオと呼ばれてるみたいです。

20180612_124145000_iOS.jpg 中学生時代に初めて買ったラジカセのことはかつて詳しく書きました。それとは別に最近まで大きなCDラジカセ1台持ってまして、これももう四半世紀以上前に買った当時トレンドやったでっかいやつです。まあ、かさ張ること。カセット部分は壊れて動かなくなっており、もっぱらCDプレーヤーとして使ってました。ベッドのそばに置いて寝る前に落語やBGMを聴いてたんです。そして、先ごろ壊れました。

 御寿命でございます。長年の経験からしてこの種のギアは壊れるとしたらメカニック部分で、電子制御関係が壊れることはほぼありません。このCDラジカセもしかりで、テープの駆動部分が動かなくなった後もCDの再生は支障なかったのです。ところがそれも限界があったようで、再生が不安定になり、どうやらディスクの情報をまともに読めなくなったようです。完全にアウトということでお役御免となりました。長い間ご苦労様。

 で、早速「おやすみミュージック」用の後継機を買うことになったわけですが、だいぶ前にCDオーディオを買った際と同じで、CDラジオにしても機能の進歩はまさに隔世の感があります。まず、再生するデータの入れ物がUSBだのSDカードだの、つまりはより小さくて扱いやすいデジタルメディアへと変貌を遂げています。音楽の販売方法がCD屋さんからダウンロードへと移行して久しいわけで、再生機器もそれに対応してきたわけです。20180630_230220001_iOS.jpg

 例によってネットでいろいろ勉強してからヨドバシの通販で買ったのが写真のSONYです。CD、USB、SDカードから再生できます。意外なことにカセットテープを再生できるいわゆるラジカセの製品もまだたくさんあったのですが、悩んだ末にこの際カセットテープとは決別しました。いまだ山のようにとってあるカセット、近年そのほとんど聴くこともなくなってるんで、もういいかと。もし、何らかの事情で必要となった場合はCDカセットデッキの出番となります。

 試しに、ベッドの枕元に50枚以上置いてあった枝雀さんのCDをパソコンでmicroSDカードにダビングすると、山のようにかさばっていたCDが小指の爪ほどのカード1枚にまるっと収まってしまいました。技術革新の進歩をしみじみ思ったしだいです。

 さて、その後しばらくこの新参のギアでもってクリアな音楽や落語など楽しんでいたところ、ふと気がつきました。

「この機械、なんだか温ったかい」

 蓋開けてCDを載せる部分に触れてみると、電源入れてないのにほのかに熱をもっています。電源コード抜くと冷めます。普通電化製品はどんな機械でも使用時には発熱します。しかしひとたび電源スイッチを切ったら完全に冷えるはずで、温かいままということは、どこかの部品に不適正な通電があることの証です。これはおかしい。ていうか怖い。いつか煙か火を噴くんやないかと思うと安心して使ってられない。ましてやベッドのそば、頭のすぐ隣に置いて眠りながら使ってるんで、突然発火すると命にかかわる事態です。

 すぐにSONYにメールして状況を説明したところ「とりあえず預ります」ということになり、配送の人にとりに来てもらったのが先々週の日曜日。でその週の金曜日に連絡があり「特に異常ありませんが。」 ???

 「そんなはずないす。そうやとしたら、うちの家の電気関係がおかしいか輸送中の衝撃で治ったことになるやん。もっとしっかりチェックしてください」で、先週月曜日に再び連絡もらって「やはり指摘の症状は確認できません。今回は一応交換させてもらいますので、新しいのんでご確認ください」とのこと。

 新品の同じ機械が送られてきました。使ってみるとはじめのんとは違って熱くなったりしません。新品交換という速やかな対応には納得しつつも、んじゃ始めのんは果たして故障してたのか、はたまたわたしの勘違いやったのかという点は永遠に謎として残りました。ま...いっか。

焼きそばのこと

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 突然ですが、焼きそばが好きです。

 食べ物はあまり好き嫌いなくなんでも美味しくいただく私ですが、それでも好きなジャンルはいろいろあります。なかでも焼きそばにはこだわりがあります。

 いわゆるB級グルメに分類されるメニューですが、本当に美味しい。最初考えた人に国民栄誉賞をあげたいと思います。コナモン王国の大阪では鉄板でじゅうじゅう調理するスタイルが発展を遂げてきました。焼きそばも、厨房で調理してお皿に盛って、さあどうぞと出てくるよりも、やはり眼前の大きな鉄板のステージで調理が展開されるのが良い。巨大なコテを操る調理人の職人芸soba.jpgによりもうもうと湯気を上げ、素材が熱エネルギーを得て様々な化学反応を起こし、最終的に客の前にでぇんっ!と盛り付けられた瞬間、ビッグバンにより創生された大宇宙の悠久の歴史が再現されたかのような神秘的な感動を覚えるのです。焼きそばはこうでないといけない。

 単純な調理のように見えますが、麺の形状、太さ、硬さ、具材のチョイス、質と量により無限のバリエーションとクオリティが実現します。そして極めつけはソースで、これが最終的に出来不出来を決定します。また、上に目玉焼きがのっているかどうかは重要なポイントとなります。

 わが国では高度成長期以降社会が発展するにつれて食生活も豊かになり、美味しいものが手軽にたのしめるようになってきたと思います。しかし一方でかつては普通に食べられたものが今では入手が困難または不可能なんて食べ物もあるのです。クジラなんてその典型でしょう。悲しい話です。それと似た話で「昔はもっと美味しかった」食材、料理もあります。わたしにとって焼きそばがそれにあたります。

 ホテルのレストランなどで提供されるエビやホタテなど高級具材を使ったものは、それはそれで楽しめますが、わたしが求めているところではありません。記憶に残る最高の焼そばは、高校時代、学校最寄り駅前にあったスーパーの5階、いまでいうフードコートのような食堂フロアの鉄板カウンターで食べてたそれです。麺の太さ硬さ、ソースの味付けその他、当時はそれを当たり前の味として食していたのに、爾来、あの味を超える焼きそばには巡り合っていません。脳内で拡大再生産されているという点は否めないにしても、あちこちで焼きそば食べるたびに懐かしく思いだすのです。

バナナの気持ち

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 今日は朝から雨模様ですが、1年のうちで今時分がいちばん気候がいい。昨日土曜日休日出勤したところ、帰路バスは冷房が利いてたのに電車に乗り換えると暖房が利いててシートが温かかった。電車もバスも、今時分の気候やと窓を開け放して走流のがいいと思うんやけど、必ず何らかの空調を利かす決まりにでもなってんでしょうか。まったくエコではないですな。

banana.jpg さて、職場のあるスタッフのこと。彼は恐妻家で、結婚するに際して「家事いっさいは自分がやる」と宣言してゴールインしたそうです。結婚当初は共働きやし、いろんな事情もあるやろし、まあそんなことがあってもいいかなと思ってました。しかし、その後月日は流れ子どもができ奥さんはめでたく専業主婦となったにもかかわらず、彼は結婚当初の約束を忠実に履行し、いまでも洗濯、掃除などは彼の仕事なんやとか。何かおかしい気もしますが、本人が楽しそうなんでまあええかと。

 そんな彼はバナナが大好きなのです。今日は残業、という日の夕方は職場の給湯室でひとり必ずバナナを食べてます。曰く、効率よくカロリーを補充できるので残業食にぴったりなんやとか。ほぼ毎日残業するのでほぼ毎日食べてます。年間500本以上食べるらしい。栄養偏るんやないかと心配してしまいます。

 バナナ、好きか嫌いかと聞かれれば、まあ好きと答えるでしょう。買ってから数日経ってそろそろ黒い斑点が浮き出て柔らかくなったバナナがキッチンや食卓に置いてあれば、つい手が出てしまいます。確かに美味しい。けど、毎日食べたいとは思わない。MICHIKOhamamura.jpg

 戦後バナナは輸入制限されてた時期があり、そのせいで貴重品やったとか。「病気になったときしか食べられない」今でいう高級マスクメロンみたいな存在やったらしい。しかし輸入が自由化された高度成長期以降、われわれの世代は幼い頃から暮らしの中に普通にバナナはありました。パーマン2号も美味しそうにバナナ食べてた。学校給食にもよく出てきて、まるっと1本のときもあれば、半分に切ってあるときも。今思えば栄養士さんによる小手先のテクニックやったのでしょう。

 昔は「台湾バナナ」がブランドでしたが、今では90%がフィリピン産で、安定供給され価額にほとんど変動がない物価の優等生です。輸入されるくだものの、実に60%がバナナなんやとか。日本人はバナナ大好きなのです。

 それにしても、毎日食べたいとは思わないけど。

広辞苑のこと

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 寒いですね~。日本列島を襲っている猛烈な寒波、なんと実に40年ぶりやそうです。地球温暖化なんてホンマかいなと思ってしまいます。

 さて、そんな寒い寒い中でホットな話題、広辞苑第七版が発売されました。

20180127_070225764_iOS.jpg 言うまでもなく、国語辞典の最高峰、最高権威の名をほしいままにする岩波書店のフラッグシップ的出版物です。「広辞苑に載っているか」が日本語として正しいか否かの判断基準になります。日本語を勉強する外国人にとっては広辞苑を使うことが憧れであり、使えることが日本語習得上のひとつの評価基準とされているそうです。日本の知の集積として信頼を得、時代を貫いて圧倒的な規範性を有するこんな出版物はほかにありません。キリスト教世界の聖書にも匹敵すると言うと言いすぎでしょうか。しかし、それほどの称賛に十分値すると思います。

 そんな広辞苑が10年ぶり、満を持しての全面改訂。巷のお祭り騒ぎもむべなるかなといったところです。

 HPによると「第六版」より140ページ増、新収録語は1万語、総項目は付録込みで25万件。薄くて裏写りしない専用紙を開発することで前回からの厚さを維持しているとか。今年の6月30日までは特価8,500円、机上版(2分冊)は13,000円。そこそこのお値段です。

 ところがそんな大騒ぎに水を差すように、語釈の間違いが指摘されてます。「LGBTのTは性的指向とは関係がない」だの「しまなみ街道の島のひとつの名前間違ってる」だの、よくまあ見つけるもんやと思います。また、一部マスコミから「中国寄りの記述が多く偏向している」なんて批判もあるようです。25万項目もある中に間違いがほんの数件あったからといって「信頼が揺らぐ」などと鬼の首を取ったかのように大騒ぎする下品なマスコミの有り様をいまさらどうこう言うよりも、国民の総意として広辞苑が日本語の集大成としての地位を確立しているからこその騒ぎとみるべきでしょう。それほどの信頼を築いていることの裏返しです。広辞苑、恐るべし。20180127_090121470_iOS.jpg

 わたしが社会人デヴューしたおよそ30年前、正しい、美しい日本語はビジネスの基本的な素養ということで、買いましたよ広辞苑。当時は第四版で上代6,000円が職場の割引で4,800円でした。ミュージックCD3枚分は若い身空にはなかなかの出費ではありましたが、そこは自分への投資ということで頑張りました。

 その当時の話、ある書類を上司に回したダメを出されました。「詳細は別添資料のとおり...」と書いたところ、「別添なんていう日本語はない。広辞苑に載ってないというわけです。調べてみるとなるほど載ってない。いやしくも業務上で文章を書くからには、ひとつひとつの言葉は大事にすべし、ゆめ疎かにしてはいけないと学んだわけですが、そこでもやはり判断の基準として広辞苑があったのです。

 時代は流れ、次に買った第五版はCD-ROM版でした。このあたり時代の流れすね。そして第六版が出た10年前にはすでにインターネット万能の世の中となっており、言葉を調べる必要が生じたときには重たい広辞苑をよっこらせと開くよりもネットでググる方が圧倒的に早いという時代がきたわけです。私もとうとう買わずじまいでした。

 それでも、やっぱり日本語のデフォルトスタンダードは広辞苑。美しい日本語にはいささかのこだわりを持ち、かつ超ミーハーを自認する私としてはここはひとつ原点に立ち返り、華麗に世の風潮に乗っかって、さあ第七版、買うべきか否か。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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