お出かけの記録の最近のブログ記事

レミゼの夜

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IMG_4175.jpg 立秋が過ぎ、セミの声もその勢いがめっきり減り、そろそろ赤トンボの姿を見かけます。 

 人の世では実にさまざまな出来事が新聞紙上を賑わしていますが、大自然はそんな人の営みに一顧もくれることなく、季節は力強く確実に歩みを進めていきます。今年の夏も終わっていきます。

 毎年ベランダでプランターにアサガオ植えてるんですけど、なぜか今年は一向に花をつけず、おかしいなあと思っていたところ昨日ようやく小さな花が2つ咲きました。遅すぎるやろ。確かに種を蒔いたのもちょっと遅かったけど、どうも葉にも勢いがない。肥料が足りなかったのかもしれません。

 そんなこんな忙しい日常からの逃避を図るには観劇がよろしい。オペラ、歌舞伎、ミュージカル、それぞれに大好きです。今回は実に有名どころのミュージカル「レ・ミゼラブル」。まだ観てなかったので、再公演の切符買って行ってきました。

 実によかった。

   レ・ミゼラブル、邦題「あゝ無情」といえばわが国でも有名すぎる大河小説で、私も読んだことがあります。忘れもしない高1の春、どうせ読むならというので文庫本5冊の完訳版買って読みだしたところ、なんとも遅い。展開が。お話がなかなか進まず当時の社会情勢の描写や、ストーリーにおよそ関係ないと思われる著者IMG_4149.jpgユーゴーの主張するところなどが力強く語られ続けたりで、なにがなんだか分からない。その結果、確か読破したと記憶してますが、あらすじもあやふやのまま今日に至っていました。

  一緒に出かけたうちの奥さんの話によると、最近映画がリメイクされてわりと当ったらしい。すでにWOWOWで観たとかで、余裕の様子です。

 舞台は、原作とは好対照に実にテンポよく進んでいきます。あまつさえ、テンポよすぎてついていけない。しかもセリフ全部オペラのレチタチーボみたいに歌でやっちゃうもんやから、歌詞を聞きのがすとストーリーを追えない。休憩中にロビーでどっかの観客どうし「わたし映画みてるから分かるけど、知らん人には筋書厳しいんちゃう?」と話しているのを聞きましたが、けだし同感。つまり、観客はストーリーを知っているという前提でつくられた舞台やったわけです。

 いつの間にかなぜか市民が蜂起してるし、「ラマルク将軍が死んだ」のひとことで秘密結社らしき集団の雰囲気が唐突に変わっても、何も知らない私には、それ誰よ、だから何なの?ってことになります。記憶によみがえる原作のストーリーを追いかけながら舞台ならではの演出を楽しんでいくこととなりました。

 歌舞伎オペラのときにも書きましたが、観劇の魅力は様式美とともにやっぱり生の迫力で、そこが映画と違うところです。同じなら、映画観た多lesmise.jpgくの人がミュージカルにも来たり、リピーターがいるはずがありません。

 最後まで観て、なるほど、そいやこんな話やったな~と納得はしたものの、筋書なんてこのさい、どうでもよかった。歌と演出で一気に魅了されました。

 はじめから終わりまで暗~いステージで、実に趣向をこらしたセットがこれでもかと登場し、雰囲気を盛り上げていきます。敵役のジャベールが自殺する場面や、バルジャンがマリウスを担いで下水道を延々と進む場面などは、映画かと思うほどの凝った見せ方やったし、市街戦のシーンにしても迫力満点で、舞台芸術はここまでやれるんやど、まいったか、という劇場関係者の鼻息が感じられました。いったいこんな演出、誰が考えるんでしょね。非日常、現実逃避の一夜でした。

 それにしても、ポスターにもなった初版挿絵のコゼット、これはひどい、かわいそう。現代なら間違いなく児童福祉法違反かつ児童虐待防止法違反で、里親のテナルディエ夫妻は即刻逮捕です。ところがこいつらがその後も悪行を重ねながら最後まで報いを受けず、それどころかなぜか憎めないキャラで描かれているのは、水戸黄門型の勧善懲悪劇に慣れた私にはなんとも歯がゆい思いではありました。

 先週、学生時代の友人たちに会うため上京しました。IMG_4164.jpg

 まったく仕事抜きで上京するのは実に久しぶりです。某高層ビルの会員制レストランでしばし旧交をあたためたのち定宿で一泊すると、翌日はもうなんの予定もなく帰るだけです。いつもなら神田の古書店街をふらふらするところですが、ふと思い立って向かったのが「郵政博物館」。

 たびたび書いてますように私は切手少年だったことから、東京にいた学生時代には大手町にあった逓信総合博物館には何回か足を運びました。世界中の切手と郵便に関することどもが一堂に集められており、地味ではありますが実に興味深いスポットでした。

 その後郵政民営化によりこの博物館も公共の施設ではなくなったからでしょうか。はたまた老朽化によるものかも知れませんがどうやら閉館したらしい。その後継版としてオープンしたのが郵政博物館です。で、今回初めて行ってみることにしたわけです。調べてみると、かの東京スカイツリーの足元にあるらしい。
 
 電車乗り継いで着いたのが10時少し前。ソラマチにはプラネタリウムもあり、わりと空いてたので先にこちらに入ってみることにしました。かつて大阪電気科学館には日本最初のプラネタリウムがあり、小学生の頃遠足で出かけたのを覚えています。

img1001.jpg 星や星座の説明は昭和の昔からあまり変わるものではありませんが、映像技術の進歩で臨場感が飛躍的に進んでおり、純粋に星空をレクチャーするのではなくショー的な要素が強まってます。受付で聞いた説明では約40分の上映ということでしたが、映画館とおんなじで開始前にまずいろいろなCMを強制的に見せられる。これが6・7分も続くので実際の上映は30分とちょっとか。お金を取っておきながらこれはないやろ。しかし、まあそれなりに楽しめました。
 
 外に出ると、スカイツリーのチケット売り場に向かう長い列ができつつあります。私はツリーには昇らないんで、列を横目に目当ての郵政博物館に向かいました。かつての逓博は大きなビル丸ごとやったのに、新装なった郵政博物館はなんとスカイツリータウン・ソラマチという商業施設のワンフロアに納まっています。逓博にはかつての電電公社(今のNTT)やNHK関連の展示もあったので、郵便関連だけになったことでいちじるしくスケールが縮小されてます。

 それでも30万種類以上の切手を中心にした常設展示や企画、イベントなんかもやっててそれなりに楽しめました。

 かつて切手蒐集といえば趣味の大道で、子供の頃には大ブームがありました。しかし民営化と相前後して発行される記念切手の種類も枚数もやたらと増えてきて、テーマを絞らないとコンプリートはかなり困難になっています。そもそも切手はいまやいち企業の行うサービスに対する支払手続用証紙に過ぎないわけで、その収集に果たして意味があるのかという疑問もあります。

teihaku1.jpg 記念切手は、郵政にしてみれば発行したらしただけすぐに買ってもらえて、郵便料金として使われることがないので対価に見合うサービスを提供する必要がない。いわゆる丸儲けです。プレミアがつくような逸品は別として、ありふれた記念切手はコレクションとして収集家の手元で眠り続けてその価値を大幅に下げ続けています。発行当時10円切手1枚で封書を送れたのに、今では9枚貼らないと送れない。つまり物価換算で10分の1近く価値が下がり、その消えた価値は郵政の丸儲けとして国に吸い上げられてきたのです。

 今や郵便は官制からいち企業へと落ちぶれ、博物館の場所も東京の官庁街ど真ん中の大手町から新名所とはいえ辺境の墨田区に追いやられ、小さなスペースでひっそりとかつての栄華を偲んでいるというわけです。純真な切手少年のわずかなお小遣いを吸い上げて国庫を満たしてきた鬼畜の所業の報いといえるでしょう。

JR九州の逆襲

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 先週、のぞみ号列車内のできごとを書きましたが、その日は九州への出張で、目的のひとつはJR九州の本社を訪ね経営に関するお話を伺うことでした。

IMG_0385.jpg JRといえば、日本最大の企業グループでかつてのどん底国鉄から華麗なる変身を遂げた日本の花形企業であります。役員の方から、その分割民営化から現代にいたる道のりや現状と課題などについて、アウトラインではありますがご説明いただき、興味深くお聞きしました。

 民営化されたのちJR東、西、東海のいわゆる本州3社についてはもともと収益性が高くその後順調に業績を上げて上場を果たしましたが、JR北海道、四国、九州は採算の厳しい路線が多くてしんどい状態が続いてきました。民営化してもすぐにひとり立ちできるはずもなく、税金の減免や経営安定基金からの補てんによってなんとか事業を継続してきたそうです。しかし、九州新幹線の開通とクルーズトレイン「ななつ星」に代表される企画列車の大当たりで近年とみに元気になってきて、どうやら九州も上場し完全民営化への道筋が確かなものとなってきたとか。実によかった。企業努力のタマモノです。

 完全に死に体であった国鉄がなぜ復活できたか。九州に限っていえば多角経営の成功ということらしい。

 企業の経営多角化は何かとリスクが多く、成功例はあまり聞きません。バブル期には多くの企業が痛い目にあいました。資金、資産運用などほとんど経験も実績もなかったメーカーや小売店がのきなみ銀行にそそのかされて、競って土地投機に手を出し結局大損害を被り、それが原因でつぶれちゃった会社もひとつやふたつではありません。一方、地道に本業に勤しんでいた実直な企業は、ほとんどダメージなくバブルの崩壊を乗り越えたわけです。IMG_4131.jpg

 「世界最強」といわれた巨大コングロマリット、ゼネラルエレクトリック(GE)の業績を飛躍的に向上させ、20世紀最高の経営者と評された元CEOのジャック・ウェルチが提唱したのは「選択と集中」という、多角化とは正反対の経営戦略でした。
 
 ところがJR九州はそうではなかった。「なんでや~」ということになります。

 JRはもともと鉄道会社ですから、本業に集中しようとするとつまりは鉄道事業ということになります。ところが、そもそも国鉄時代の線路網は、明治の昔から採算度外視で、とにかく政治主導でやみくもに敷設されてきました。もともと儲けるつもりなんかなかったわけやけど、それでも昭和の頃まではまだ地方にもたくさん人が住んでたから、なんとか事業体の形を保ってた。しかし、高度成長期に過疎化とモータリゼーションが一気に進んで、地方ローカル線の赤字がひどいことになっていったわけです。

 もうね、列車が走れば走るほど赤字が膨らんでいくわけで、民間企業ならとっくの昔に倒産してるはずでした。しかしそこは親方日の丸、税金をジャブジャブ投入して赤字補てんしてなんとか維持してたけど、1980年代後半になって「こりゃあ、いよいよダメやな」と時の政府が世紀の大リストラ、分割民営化に踏み切った。国労(国鉄労働組合:当時日本最大の労働組合にして諸悪の根源)や過激派やなんかの抵抗もむなしく1987年、ついに分割なった新会社が発足しました。

 臨終まぎわ1981年の国鉄路線、営業係数(100円の営業収入上げるために必要な経費のこと)ワースト20みてみると
  深名線(北海道)2901  白糠線(北海道)2872
  美幸線(北海道)2804  万字線(北海道)2773
  漆生線(福岡県)2651  室木線(福岡県)2540 
  胆振線(北海道)2432  富内線(北海道)2276
  湧網線(北海道)2156  興浜北線(北海道)1997
  上山田線(福岡県)1982 相生線(北海道)1866
  渚滑線(北海道)1761  宮原線 (大分・熊本県)1728
  小松島線(徳島県)1680 岩内線(北海道)1663
  香月線(福岡県)1542  興浜南線(北海道)1536
  日中線(福島県)1447  宮之城線(鹿児島県)1426

 ほとんどが北海道と九州です。つまり、国鉄時代のJR九州、儲ける気がなくて新規事業なんてチャレンジ精神があるはずもなく、枝葉を切って本業を頑張ろうなんていっても、余剰人員以外に切るべき枝葉がそもそもなかった。

IMG_4124.jpg そこで、逆に鉄道を中心とした企業グループとして超多角化に打って出ます。沿線開発から不動産事業、ホテル業は言うにおよばず、バス、高速船、コンビニ、薬局、ファストフード、警備、果てはなんと農場つくって農業まではじめたとか。

 なんせ人材は質・量とも豊富。旧国鉄時代からさまざまな職種に従事していた社員がたくさんおり、資格やスキルを活かして新しい分野に切り込んでいきます。船員になりたくて船の免許とったけど希望かなわずあきらめて国鉄に入ったところが、時を経て今、高速船を操縦している人もいるとか。おもしろいもんです。

 そいや本丸の博多駅ビルに入っているのは、なんとおなじ鉄道企業グループ大手の阪急百貨店です。もはやJR九州、鉄道会社とは言えないかも知れません。

 お話聞いたあとでは、頑張ったJRの成果を実感する意味でも、例の「ななつ星」一度でいいから乗ってみたいもんです。

のぞみ号での惨劇

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 猛烈な暑さが日本列島を覆ってます。早いもんで8月突入、昨日1日は恒例のPL花火芸術。わが家のベランダからはるか遠くに見えるのです。空模様や風向きで条件が整えば「見える年もある」といったほうがよい。昨日は曇り空で艶やかさももうひとつといったところでした。何はともあれ夏真っ盛りです。IMG_4134.jpg

 そんな中、先週、福岡への出張でのこと。新大阪から山陽新幹線に乗り込んで、もうすぐ姫路に到着しようかという頃でした。わたしは車両の最後列窓側に座り本を読んでおり、通路にはそろそろ姫路で降りる乗客の列ができてました。

 突然、通路の反対側で「ひゃひゃあ!」と情けない悲鳴が上がりました。

 何事かと見るとどうやら、降りようと通路に並んでいた小学生くらいの男の子が、列車に酔ったのでしょう、突然吐き戻してしまい、あろうことか通路際座席の乗客に浴びせてしまった模様。これは何とも壮絶な災難。被害者は壮年のビジネスマンで「君、ひとりか。お父さんは?」聞いたところ首ふってる。どうやらひとり旅らしい。実に気の毒。周りの乗客たちがウェットティッシュ「使って」と差し出しても間に合わない。シャツを脱いで体を拭いているうちに、男の子は無言でデッキからホームへと降りていってしまいました。

 残された被害者は、相手子供のことなんで怒るに怒れずといったところ。ちょうど通りかかった車掌さんに事情説明して「まいったわぁ。どっかにカッターシャツ売ってないかなぁ」

 新幹線の車内販売がいかに品揃え豊富とはいえ、洋服までは無理でしょ。「とにかく席代えてくれるか」という話になり、案内されてどこかへと去っていきました。

IMG_4106.jpg 夏休みスタートして、こどもの一人旅もそこここで見かけます。親御さんたちにしてみれば愛するわが子を冒険に出すのはなんとも不安で、悪い人に出逢ったりせんやろかと心配が募るところです。こどもだけで列車や飛行機に乗せるなんて海外ではおよそ考えられないらしい。テレビ番組「はじめてのお使い」なんて虐待以外のなにものでもないという評価やそうです。安全な日本ならではのことで、それはそれで結構な話ではあります。

 しかし、こどもが被害に遭うのではなく、今回のケースのように加害者となる場合も往々にしてあることも考慮すべきでしょうね。幸い日本の場合、社会が成熟して民度が高いことから、多少のトラブルは周りの人たちが吸収して何とか面倒みることができますが、たとえば今回被害者が女性であったりタチの悪い輩であったとしたら、ことはそう簡単におさまらなかったと思われます。他人に迷惑をかけない、ということは日本人の嗜み、躾の基本です。とんでもない事態を引き起こしながら「ごめんなさい」も言えないようでは、この子は保護者なしで出歩くのはまだ少し早かったということやけど、それでも勉強にはなったでしょう。

 さて、そのあとの車掌さんの動きがすごかった。すぐに通路、座席をきれいにふき取って、ちょっと見た目にはほとんど元通りで、あとから乗ってきた乗客はまったく気がつかないでしょう。しかし、車掌さんどこからかビニールにくるまれた新品とおぼしき座席シートをもってきて付け替え、さらに「汚れてるんで座んないでね」と書いたシールを貼り付けていきました。まあ、よく見たら背もたれのところに少しは汚れが残ってるかもやけど、ここまで徹底的に養生しなくてもと思いました。その一連の作業がさも当然のように「毎日やってます」かのごとくスムーズな動きです。

 ルーチンの繰り返しは仕事ではなく単なる作業です。不測の事態にいかに的確に対応できるかが仕事の本質であり、IMG_4108.jpg仕事人の力が見える瞬間なのです。

 新幹線といえばターミナルでの魔法使いのごときお掃除部隊が世界的に有名になって久しいですが、本体乗務員さんの仕事も、なかなかのもんです。さすがに新幹線の車掌さんといえばJR社内でもそれこそ選りすぐりのエリートであるとは思いますが、プロの精神を感じました。

 かつてJRの前身、国鉄の職員といえば親方日の丸、駅で乗客に暴言吐こうが、構内にまったく聴き取れないアナウンスを平然と流そうが、無茶苦茶なスト強行して国民に迷惑かけようが、勤務時間中に風呂に浸かって批判されようが、馬耳東風どこ吹く風で意に介せずなんていうとんでもない連中が多かったのに、あの理不尽で強欲で厚顔、横柄やった国鉄はどこに行ってしまったのか。国鉄改革・分割民営化以来30年という歳月は、企業風土をここまで変えてしまうのか。

 日本の産業と社会の発展は単に技術の進歩のみならず、すべての業種はサービス業、接客業であるという顧客意識の徹底に支えられてここまできたんやということを、今更ながら感じたできごとでした。

オペラでくらくら

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 オペラ鑑賞してきました。

 ハンガリー国立歌劇場の日本公演。この劇場と管弦楽団、ウィーン国立歌劇場と並んでハプスブルグ帝国の2大劇場というよくわからないふれ込みですが、まあ、伝統がある一流どころということは間違いないやろってことで、とっても興味がわいて行ってみた次第です。

 声楽のコンサートで「歌劇○○より、アリアなんとか」なんてのはたまに聴く機会ありましたが、ホンマもんのオペラをフルで聴いたのはたぶんはじめての経験でした。

 結果、実によかった。感動しました。また行きたい。

FIGARO.jpg 会場は最近リピーターみたいになってるおなじみのフェスティバルホールです。バルコニーBOX席というのんがあって、巨大なホール空間の両側の壁にツバメの巣みたいにせり出した座席がいくつか張り付いてます。以前の何かのコンサートのときに珍しさから買ってみたところ、なかなか具合がよろしかったんで今回の観劇もこれにしたという次第です。二人席で小さいながらいわば個室みたいな作りです。両側の人に気を遣う必要がない。座席後ろにスペースがあって荷物が置いとける。演奏中でも行こうと思えばトイレにも立てる。そんなもったいないことしませんけど。

 ところで、この席、何とも高い。お値段のことではなく、位置の高さがとてつもなく高い。見下ろすとクラクラします。高所恐怖症の人は多分ムリでしょう。そいや電話で予約するとき「かなりの高さがありますが大丈夫ですか」という意味のことを聞かれました。しかし、上演中はもちろんステージに注目で下なんか見ないし、慣れるとどおってことなくなりました。

 演目はモーツァルトの「フィガロの結婚」です。数あるオペラの中でも実にメジャーで明快なやつです。しかし、なんせ日本でいえば歌舞伎なみのいわば伝統芸能で、しかも通しで聴くのは初めてです。きちんと理解できるやろかということで、事前にDVD買ってきて勉強してから行きました。

 ストーリーは簡単やしもちろん日本語の字幕も出るのですが、それでも事前にストーリー知っていないと、まず理解できないと思います。簡単と書きましたが、ストーリーだけやと全く値打ちがない。何それ?という感じ。およそありえない展開で、登場人物はみんなアホばっかし。吉本新喜劇でもこんなコテコテの筋はやらんやろと突っ込みたくなります。

 しかし、しかし、単なる演劇やミュージカルとは違ってすべてのセリフが「歌唱」で表現されます。この点は、独特の言い回しで話を進めていく歌舞伎によく似ています。そしてその歌唱力がなんともすさまじい超絶技巧なのです。劇中の場面場面を切り取った単品のナンバーが声楽のコンサートで歌われるなど、ひとつの声楽曲としても完成されています。MOZART.jpg

 開演後開口一番、男性歌手が歌い始めたとき、あれ、ヘッドセットマイクつけてるのかなと思いました。アーティストがダンスとかミュージカルでステージで動きながら歌うときに着けるアレです。しかしオペラグラスで見ても歌手の顔にはそれらしき様子はない。しばらく聞いていくうちに、この歌声は拡声されていないまったくの地声であると分かりました。凄い。声量とホールの音響効果によってマイクなしでもこれだけのパフォーマンスが発揮されるのです。オペラ凄い。
 

 話が進むにつれて主人公フィガロが幼少の頃に分かれた両親と再開する場面があります。あまりにもできすぎててそんなアホなと、違う意味で笑わせるところなんですが、ここでヒロインのアリアの歌詞に日本語の「お母さん」と「お父さん」が出てきたり、訳詞に「援助交際」なんて単語使ってたり、この公演向けの演出サービス凝ってて場内大いにうけてました。

 現代人を熱狂させるアイドルやバンドなんかもそれなりに価値があるからこそ人はお金払ってライブに行くしCDも買ったりするのであって、人々の心を癒しているのですからそれはそれで大いに結構なことです。しかし、今、テレビや街角で流れているナンバーのうち、100年後、200年後にもコンスタントに演奏されるものが果たしてどれだけあるでしょうか。前に歌舞伎行ったときにも書きましたが、本当に価値があるものは誰に保護されるわけでもなく自然に残っていくのです。本当の本物の凄さです。

 ひとつひとつのアリアや重唱、合唱曲がおよそ人間に可能な技量の最高域に達しています。完成された芸術の凄さを堪能しました。モーツアルトは、その他多くのクラシック音楽とともにこの世界がある限り人類の財産として受け継がれていくことでしょう。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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