「街とその不確かな壁」

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 いいお天気、爽やかな日曜の朝です。
 今日は統一地方選後半、わがまちでは市議会議員の投票日です。ブログの更新が終わったら行ってきます。朝の散歩にちょうどよろしい。

 さて、今日は村上春樹の新作について書きます。ちょっとだけネタバレしますんで、読んでない人はご注意ください。

 「騎士団長殺し」から実に6年ぶりの書下ろし長編です。6年前のエントリー読むと、当時の盛り上がりの様子が蘇ります。今回また久しぶりのハルキ祭りで、先週の発売日大型書店では前日の夜中から行列ができたそうです。こんな作家ほかにはいません。6年前よりさらに深刻化している出版不況を救う救世主といったところでしょうか。

20230422_081811235_iOS.jpg 世の風潮に迎合することを嫌い「ベストセラーは読まない」と斜に構える人も多い世間にあって、かねて宣言しているとおり私はミーハーでお祭り大好きです。6年ぶりの社会的イベントに参画しないはずはなく、かといって夜中に並ぶほどのファンというわけでもなくて、発売と同時に、初版売り切れとならないうちにamazonで注文しました。で、届いた日に夜更かしして読みました。1,200枚、約700ページ一気読みです。

 発売直後から多方面で解説されてるように、また「あとがき」で作者自身が言ってるように、この作品は過去に雑誌で発表したけど単行本にしなかった「街と、その不確かな壁」という中編をもとにした改作です。前作を読んでないので何とも言えませんが、作者自身が納得できなかった失敗作なんて言ってても、ミーハーのノリで読んでいるわたしにはどこが失敗で、改作でどう修正されたのかなんておそらくは分からんでしょう。おもしろければいいのです。

 おもしろかった。「騎士団長殺し」同様に村上春樹してます。現実と異世界の間を穴を通ってまた壁をすり抜けて行き来する、例の村上ワールド全開です。中編の改作であると同時に、後に発表した代表作のひとつ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の構成、空気感と重複します。村上さん、失敗した中編を根っこから書き直して「世界の終わり...」を完成させ、40年近く経ってもとになった中編についても失敗として葬ることなく書き直して完成したのです。雰囲気が似てて当然です。

 実はわたし、作品の成り立ちに関するこれらの背景を知らずに読み始めました。はじめのうちは主人公の少年(最後まで名前は出てこない)の淡い初恋譚と、陰鬱さが漂う異世界での物語が交互に展開します。前者は純粋な恋愛小説のように進んでいき、それはたとえば「ノルウェーの森」のような雰囲気やなと思っていたら、例によって主人公はその意に反して突然異世界へと迷い込み、また突然何らかの力によって還ってくるのです。初恋が破局に至った原因はなんであったか、また赴任先で出会った女性との関係はこの先どう発展するのかなど、読者が知りたい謎が明かされることはありません。というか、異世界での主人公の体験、タイトルにもある「壁」が何のメタファーであるのかという重要な主題の前に、形而下に発生することどもの理屈や整合性などはすっ飛ばされてしまうのです。

 思うに、作品中で撒き散らかされた伏線がキレイに回収される小説、たとえば推理小説がその極みですが、これらは大衆小説であって直木賞の候補となります。一方、いわゆる文学作品では、登場する謎や疑問の解決を読者に委ねてしまいます。これらの小説は芥川賞の候補となります。

 つまり村上春樹は純文学の作家といえるのに、なんと芥川賞は受賞していません。芥川賞の選考に漏れた作家がノーベル文学賞を受賞した、なんてことになったら、日本の純文学界最高の権威とされる賞の値打ちもダダ下がりでしょうね。過去の産経新聞の誤報も懐かしく思い出します。それは置いといて。

 この作品の重要なキーワードは「壁」と「影」です。壁の中に入った主人公は影を没収されてしまいます。主人と切り離された影には、なんと人格と感情が備わっており自らが主人の「分身」であることを踏まえて、主人公に「壁から脱出しよう」と進言します。作中の「壁」が人間関係や社会的な境界のメタファーであるとするならば、村上春樹は壁の内と外に分かたれたのち果たしてどちらが本体でどちらが影なのかを問うてきます。また、壁が個人的な内面に築かれたものであるならば、外界と遮断された中で自己と他者との距離をどのように受け入れて扱っていくべきなのかと読者に迫ります。

 そして、当然ながらその答えが示されることはなく、読者がそれぞれ個々に解にたどり着くことが求められるのです。そう考えると文学とは何ともやっかいなものですが、同時にその解に至る作業が結局は文学の楽しさでもあります。繰り返しますが、難しいことは考えず読んでておもしろければよいのです。これからも気楽に一読者として村上春樹作品を楽しんでいきます。

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katsuhiko

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