想い出の最近のブログ記事

ホ~アチョーッ!!

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 ブルース・リーが亡くなって今年で50年なんやそうです。

 朝日新聞の夕刊ってろくな記事が無いので、購読やめよかなと思ってるところに、没後50年関係の連載があって、これは懐かしく読みました。書いてる編集委員「燃えよドラゴンの公開は小学校6年生のとき」やったとかで、なんや同い年かいって。LEE.jpg

 覚えてますとも。ブルース・リーの登場に「なんなんやこれは」と日本中の少年たちが度肝を抜かれ、その驚愕はすぐに憧れと尊崇へと変わっていきました。さらに、日本でド派手に登場したその時すでに死んじゃってたという状況が、ブルース・リーのカリスマ性を極限まで高揚させ伝説へと昇華していったのです。死者は強い。人々の心の中にしか存在せず、そのイメージは決して劣化せず限りなく精錬され神聖化されていきます。

 私も例にもれずその魅力に取りつかれた少年の一人で、ブルース・リーになりきって教室で手製のヌンチャクを振り回してたもんです。

 その数少ない主演映画が公開されるたびに、奈良県南部の田舎町から大阪の劇場に足を運びました。シネコンなんて無い時代、映画館には指定席も入れ替えも無いし、ぎゅうぎゅう詰めの館内で立ち見で観たあとはポスターや写真集などのグッズを大量に買い込んで帰りましたよ。庶民の家にはホームビデオやDVDなどはまだ無くて好きな映画を好きな時に観ることはできず、せめて雰囲気だけでもとレコードのサウンドトラック盤を買いそろえ毎日聴いてました。

20230730_004248028_iOS.jpg リーの人気は凄まじく、社会現象となりました。当時から今に至るまでブルース・リーの活躍は、小柄なアジア人リーの欧米人や軍国主義日本に対抗する反骨精神の現れであって...などともっともらしく評されますが、当時のわたしを含めたファンは、そんな理屈などこっから先も考えてませんでした。とにかく強い。カンフーアクションがカッコいい。これまでに無かった新しい、超クールなヒーローの肉体の躍動に心酔していってたのです。

 確かに数少ない主演作品を今観なおすと、日本公開第3作の「ドラゴン怒りの鉄拳」では日本統治下の香港が舞台で、悪役の日本人どもがけちょんけちょんにやっつけられる様が描かれてます。長く日本の地上波で放映されなかったのも道理、ちょっと前に話題になった現代中国の荒唐無稽なC級量産反日映画もきっとこんな感じなんやろなと思います。それでも当時は誰もが主人公のブルース・リーに感情移入し、日本人とはなんてひどい奴らなんやと思いながら観てたわけです。ブルース・リーが主役でなければ日本では全く見向きもされなかったでしょう。

 ホームビデオの時代には、出演作品の放映はすべて録画しました。その後ライブラリーはDVDにダビングされ、さらにBlu-layのメディアへと受け継がれ保管しています。もうこれらの作品は映画としてあらためて鑑賞するというより、リアルタイムで観た時代に思いを馳せるためのツールとなりました。

 時代を席巻したヒーローは、その時代の社会の雰囲気とともに、当時熱狂した人個々の感情を蘇らせます。そういう意味でブルース・リーは、人々の心に永遠に生き続けていくのです。

メーモリー

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 大分前のエントリーで、昨年末にパソコンを買い替えたことを書きその際、ややオーバースペック気味であるとも触れました。しかし、使ってみるとこれがそうでもない。思い立ってオンラインゲームを始めてみたところ、たまに動作が鈍く感じることがあるのです。

 ゲームだけなら問題ないのですが、いろんなソフトを同時に立ち上げたとき、特にテレビ放送の録画をリビングのビデオからLAN経由で再生しながらゲームをやったりするとテレビの方の画像がチラついたり止まったりします。wi-fiの速度には問題がないので、どうもメモリが不足しているらしい。

 パソコンの主な部品のうちCPUは頭脳に、メモリは机上の広さに例えられます。いっときにいかに大量の仕事を並行して進められるかが、メモリの容量にかかっているのです。

 ネットの情報によると昨今のパソコンの標準のメモリは8G(ギガバイト)程度。16Gも積んでいればオンラインゲームでもサクサク動くといわれてます。わたしのんはメモリ24G挿してるんで充分やと思ってました。しかし、さっこんパソコンやゲーム機の機能進化にともなってゲームソフトが巨大化し、しかもマルチタスクで負荷が増えた結果、メモリの稼働が上限に達したようです。

20230701_213110553_iOS.jpg 先月の入れ替えの際にも、メモリは増やしてませんでしたので、今回、これなら文句ないやろと48Gに増設することにしました。倍増です。いくらなんでもこんなにいらないかなとも思いますが、将来に備えておきます。

 パソコンの機能、性能はどんどん肥大化していきます。初めて買ったのがもう約30年も前のことで、今に至るまでにCPUの速度もメモリサイズもストレージ容量も1,000倍以上になりました。隔世の感があります。自作機のパーツは使い回しが効きますが、メモリーカードなどの型落ちした古いパーツもとりあえず置いときます。「何かに使えるかも知れない」という部屋が狭くなる魔法の呪文を唱えて、何にも使えないままにどんどん溜まっていくのです。

 今回、性能アップを図りましたが、どうせそのうちさらにハイスペックを要求するゲームやその他のソフトが出てくるにきまってるのです。先行投資と心得ましょう。

 メモリといえば、劇団四季のミュージカル「キャッツ」で主役のグリザベラの熱唱を思い出します。遠い昔学生時代に初めて行ったのは、新宿西口の特設キャンプでのロングラン公演は確か日本最初のキャッツではなかったかと記憶しとります。その後大阪で何回か観ました。何度観ても楽しめます。誰と行ったか、いつ行ったか、時を経てそのときそのときのメモリー(思い出)が刻まれていきます。最近は上演がありませんが、また観にいきたいと思います。

 昔、もう何十年も前ですが、わが家に大きなパキラの鉢がありました。

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 カイエンナッツとも言う、非常にポピュラーな観葉植物です。とくにやっかいな世話をするわけでもなく、たまに思い出して水をやってただけで次々に葉が出てくる手のかからない丈夫な植木でした。それが、ある時を境にだんだんと勢いがなくなり、切り戻したり植え替えたり、いろいろと手を尽くしてみたもののとうとう枯れてしまいました。

 それから何年も経って先日、パソコンで通販サイトをぼおっと眺めていたところ、パキラの種が売られてたんで、衝動買いしてしまいました。小鉢の植木を買うのではなく、種から育ててみようと思い立ったのです。

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 パキラは挿し木でも増えます。枝を切って土に差しとけば根が出て葉が出てどんどん大きくなります。花屋さんや雑貨店で売られてる小さなパキラの鉢はほとんどがこれで、種から育てた実生株はあまりありません。実生株は根元が膨らんで幹が太く育ちますが、挿し木は細いままでひょろっと伸びてあまり太くならないそうです。かつてわが家にあった鉢も、多分挿し木で増えた個体でした。

 十数個の種が届きました。さて、ネットで「パキラ 種から」でググると、たくさんの先達が詳細にスタートアップの方法を説明してくれてます。まずミズゴケにくるんで根が出るのを待つのがいいらしい。水ゴケなんてこれまでの人生で見たこともない。通販で買いましたよ。何でもそろうヨドバシ・ドットコム。

 2・3日水ゴケに漬けてたら固いカラが割れて根が出てきたので、これを1個ずつ小さな植木鉢に植え替えたところ、次々に芽がでてきました。をを!

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 よく見ると一つの種から芽が2本出てるのんがいくつかあります。このまま育ててええんやろか。まあ、双子なんやから仲良くしなさい。

 冬場なんで暖かい室内で日に当ててます。冬季は水をやりすぎないようにと注意がありましたが、発芽からしばらくは水はたっぷりの方がいいような気がして、土が乾いたらせっせと水やってます。

 発芽から10日ほどでこんな感じです。ここまでくると個体でだいぶ成長速度に差があります。早いのんは小さな小さなパキラの本葉が現れてきました。実にカワイイ。動物でも植物でも、発生段階はなんとも生命の神秘を感じます。

 ネットで得た情報によると、10年ほど育てると花が咲いて種がとれるそうです。10年かぁ...。

失われた飛鳥美人

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 好きなテレビ番組のひとつにNHKの「アナザーストーリー 運命の分岐点」があります。

 内外の歴史上の出来事について、事件に関わった多くの人々の視点に立ったエピソードで組み立てて、その出来事そのものを切り口を変えて検証していきます。10年くらい前、同じくNHKで「その時歴史が動いた」という似たコンセプトのシリーズがあり、こちらも好きでした。わたしはNHKが大嫌いでボロクソに書くことが多いのですが、これはもっぱらNHKそのものの在り方や経営方針に対する嫌悪感であって、制作している番組自体は評価しています。お金を払ってでも視たいものが実に多い、だから是非スクランブル化せよという話です。中にはくだらないものもありますが、特にこの種のドキュメンタリーはNHKの独擅場であり、民放にはとても真似ができません。20211017_020348977_iOS.jpg

 その「アナザー...」で先日、「"飛鳥美人"発見! それはパンドラの箱だったのか?」がオンエアされました。

 とうとう出たかという感じです。日本考古学史上最大の発見と言われた出来事で、ふるさと奈良県の事件でもあり、非常に興味深く視ました。

 昭和47年(1972年)。事案はリアルで覚えてます。当時私は小学生でした。発見のニュースからしばらく経って友達と遠路自転車漕いで見物に行った頃にはもう人出も一段落し、古墳周辺は閑かな雰囲気でした。もちろん古墳の中に入れるわけもなく、また小学生が考古学的知見を深めるはずもなく、あまり意味のないお出かけではあったものの、楽しいサイクリングの一日として思い出に残ってます。せっかくやからと明日香村をぐるっと散策、めずらしく写真も撮ってました。

 それはそうと「パンドラの箱」です。番組の意図は、発見はいいとしてその後の国や学会の対応が適切であったのかという視点です。これはわが意を得たりという思いでした。当時の関係者、今にいたる保存の責任者たちは、やってはいけないことをやってしまったのです。

nyoninzou.jpg 発見と同時に、壁画の劣化がスタートしました。1300年以上の間、鎌倉時代に盗掘にあったことを除いて石室内は静かな時が経過し、壁画もその姿を変えることはありませんでした。しかし、愚かな発掘担当者と学者が石室に足を踏み入れた瞬間から壁画の破壊が始まったのです。

 番組を視て知ったのですが、壁画を保存するためと称して時の著名な日本画家たちが石室内に「ひとり30分」マスクもつけず立ち入って壁画を模写したんやとか。その後入れ替わり立ち代わり多くの愚か者たちが点検、修理と称して、1300年間変わることのなかった石室内部の状態を破壊し続けました。その結果、文化庁が「適切に保存されている」とウソを発信し続けた壁画は平成13年(2001年)、とうとう大量のカビの発生により解体保存やむなしという羽目に陥りました。日本の文化財保存の意識、技術はこれほどまでにお粗末であったのです。法隆寺の壁画焼失に匹敵する大失態です。

 平成20年(2008年)、文化庁が解体した石室と壁画を公開するというので、私は抽選に応募、当選して懐かしい明日香村に足を運びました。そして保存施設でガラス越しに、バラバラにされた石室とそこに描かれた壁画の実物を初めて見ることができました。感動の初対面。ところが、子供のころから思い描いてきた壁画の、あまりに変わり果てた姿に言葉を失いました。あの飛鳥美人はもういません。永遠に失われてしまったのです。

 横でガイド役の文化庁の役人が「ほらほら、女人像の足元のスカートのとこなんか、まだシマシマに色が残ってるでしょ...」一瞬、殴ったろかと思いましたよ。「こんな不始末を仕出かしてしまい誠にあいすみません」というべきとこやろ。なに偉そうに自慢してんねん。

 「もし見つかってなかったら、今でも極彩色のままやったんやね」と、皮肉をかましたところ「さあ、それはなんとも...」実に役人らしい担当者でした。

 宮内庁が「陵墓の静謐」維持のため、天皇陵および陵墓参考地等の発掘調査を認めないことは、陵墓の指定そのものに科学的根拠が希薄であるため不適切である旨のことをかつて書きました。しかし、「高松塚古墳世紀の大失態」をみていると、考古学関連の技術、意識がもっと成熟するまで宮内庁の意向に従うのもやむなしかと思ってしまいます。まあ、わたしが生きてる間はムリでしょね。

しゃぶしゃぶの思い出

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 菅総理の長男による、総務省幹部への接待疑惑が取り沙汰されてます。

 長男は東北新社という放送事業会社の部長さんやそうで、事業に対する便宜を図ってもらう見返りに高額の接待を行ったという構図で、ようは贈収賄の汚職事件です。この会社の創業者が菅首相の支援者で多額の献金をしているとかで、総理とはズブズブの関係なんやとか。

 東北新社に限らず放送関連会社は、政治家の子女を社員として採用することで、その政治家のチカラを利用して監督官庁との折衝を有利に動かすことは常識とされているそうです。業界では「東北新社は運が悪かった」とか「あれくらいのことでなぜ?」ぐらいの認識しかないらしい。そういえば、もっぱら首相と政府の悪口を垂れ流すことで視聴率を稼いでいるTBSの「サンデーモーニング」などもこの事件に関しては妙に大人しいのはなぜか。某財務大臣の甥はTBSの社員やし、小渕元総理の娘の小渕優子元特命大臣もそうでした。分かりやすくてよろしい。

 ところで、官僚による汚職事件といえば、前世紀末の大蔵省での前代未聞のスキャンダル、いわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を思い出します。

 当時の大蔵省は銀行や証券会社に対する強大な許認可権をもち厳しい検査を実施していたところ、多くの銀行等から賄賂を貰って見返りに検査日程や内容をもらしてたというとんでもない事件でした。贈賄の方法として使われたのが、新宿歌舞伎町のノーパンしゃぶしゃぶ店での接待で、大蔵の役人の側から「あそこに連れていけ」という希望があったんやとか。

shabushabu.jpg 事件が発覚し、責任をとって時の大蔵大臣が辞任に追い込まれ、官僚にも大量の懲戒処分者を出し、霞が関の歴史上最大の汚点となりました。この不祥事の結果、財政管理と金融機関指導の権能の分離が進み、大蔵省は財務省と金融庁に分割編成されました。奈良時代以来1300年使われてきた「大蔵省」の名前を葬り去ったことからも、当時の国民の批判の厳しさと影響の大きさが見て取れます。

 この事件、個人的にもほんの少し関わりがあったんでよく覚えてるんです。と言ってももちろん、そのしゃぶしゃぶ屋さんにわたしもいましたなんて話ではありません。

 事件が発覚し、いち国民として大いに憤慨した若き日のわたしは「責任とるのは看板にすぎない大臣ではなくて実務トップの事務次官やろ」と朝日新聞に投書したわけです。すると朝日から「明日の朝刊に掲載します」と電話がありました。うっほー!

 ところが翌日の朝刊みても載ってません。「あり?今日と違ごたんかな」と思っていたところ、その日の夕方再び電話がありました。「貴方が言ったとおりになりましたんで、掲載やめました」どっひー!

 実は最初の電話があったまさにその日の夕刻、日銀総裁に栄転していた事件当時の大蔵事務次官が、大臣に続いて責任とって総裁を電撃辞任したのでした。

 辞任がせめてもう一日遅かったら、拙文が掲載されてたのにと悔しい思いをしたことで、23年経った今でもこの事件のことをよく覚えているというわけです。

 同様にこのしゃぶしゃぶ事件を契機として、国家公務員倫理法が整備されたので、役人が接待、饗応を受けることは一切禁止されたと思っていたところ、なんのことはない今回「誘われたら断らない女」を自認する高級官僚がひとり7万円以上もの接待を平気で受けていたというから呆れてしまいます。

 今回は首相の身内が関係者やったことで大騒ぎになりましたが、おそらく氷山の一角なんでしょう。多くの官僚が「ほとぼりが冷めるまでしばらくの間は、甘い汁は我慢やな」と舌打ちしていると思います。「人民は弱し官吏は強し」は星新一の名作のタイトルですが、現在では「人民は強(したた)か官吏は卑(いや)し」とでも言い換えるべきでしょう。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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