想い出の最近のブログ記事

E.T.

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 なんと、今日から師走です。ついこのあいだ「新年おめでとう」と言ったばかりのような気がするのに、1年過ぎ去るのが何と早いことか。
 なぜに12月の別名を師走というのかは、偉い坊さん(師)が東西に馳せてお経をあげるから「師馳す(しはす)」となった説が有力らしいですが、「年果つ(としはつ)」説や、四季が終わるから「四果つ(しはつ)」など諸説あるそうです。現代では「先生も走るほど忙しい月」という解釈でみな納得してます。ともあれ、なんとなく焦ってしまう、いつもながらの師走のスタートです。

 さて、「E.T.」といえば、昭和の終わりに大ヒットしたS.スティルバーグ監督のSFファンタジー映画で、全世界で興行収入ナンバーワン(当時)の記録を更新した傑作です。最近、その続編ができたらしい。と言っても完全な映画作品ではなくて、ストリーミングサービスの会社がプロモーション用に作成した4~5分のショートムービーです。ET.jpg

 最近の実写版サザエさんと似た感じで、映画の主人公エリオットが成長し家庭を持った37年後の設定でE.T.との再会を描いてます。成長した俳優がそのまま演じてます。公開当時からなんと37年も経ったということに愕然とします。エリオットもアラフィフの立派なおっさんですわ。

 「E.T.」の続編作ったと聞いてはじめ大丈夫かいなと思いましたよ。映画の続編はなかなか難しくて、成功する例が少ないのです。ましてや稀代の名作映画「E.T.」の続編となれば、よほど出来がよくないと観衆は納得しない。まあ、これくらいのショートムービーなら大丈夫か。4分ちょっとのシャクです。ネットで観ましたが、作品の雰囲気がよく出ててうまくまとめてると思いました。当時の感動がよみがえります。

 今ならほぼ全編にわたってCGが駆使されて簡単に作れるんでしょけど、当時はE.T.そのものも人形というか、作り物の実写です。あらためて、よく作ったと思います。今や日本のアニメが世界中を席巻してますが、E.T.を観たときに、こんな新しくて大胆な着想と技術は日本ではまずムリやな、さすがハリウッド、と思ったもんです。

 映画館で公開を観たのは大学時代でした。一人で観に行きました。クライマックスでは不覚にも涙し、一人で来ててよかったと思ったことを覚えてます。周りの観客もみなさんハンカチを使ってました。何年かあとにビデオデッキを初めて買ったときに、レンタルビデオで真っ先に観たのも「E.T.」であったと記憶しとります。

 The Extra-Terrestrial 宇宙人とか地球外生命体とかいう意味やそうです。この映画見るまではこんな英単語知りませんでした。宇宙人といえば「alien」やろと。昭和のお正月恒例の「芸能人新春かくし芸大会」で加藤茶が「E.Te.」(イテ)というタイトルでパロディーのコントを演じてたのも覚えてます。社会現象となるほどの大ヒットやったわけです。

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 スピルバーグは凄い。
「ジョーズ」「未知との遭遇」「インディージョーンズシリーズ」「ジュラシックパークシリーズ」「ポルターガイスト」「ターミナル」「シンドラーのリスト」「プライベートライアン」...

 わたしあまり頻繁に映画を観ないんですけど、代表作を並べると、ほぼ観てます。それもテレビ放送ではなく公開に足を運んでます。エンタテインメントに徹して理屈抜きで楽しめる、映画とはかくあるべしという作品ばかり。映画は現代人の一大娯楽であって、2時間前後の現状逃避はストレス解消にはもってこいです。E.T.みたいに素直に感動できる映画がバンバンでてくれば嬉しい、とはいうものの、先生も走るほどに忙しくなるこの時期、まず映画館に行く時間を作ることからですな。

これっくらいの

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 明日は朝からお伊勢参りに出かけますので、土曜日のこんな時間にブログを更新してます。お伊勢さん、これまでも何度もお参りしてますが、今回は縁あって正式参拝の機会を得たようなわけで、1年前の桜井の大神神社への正式参拝に続いてのイベントです。気合入れて行ってまいります。
 ラグビー・ワールドカップ日本大会が終わりました。40日間にわたって日本各地で熱戦が繰り広げられ、事前の懸念を覆し過去のワールドカップの中でも最高の盛り上がりと評価されてます。確かに日本代表の健闘により、感動とともにラグビーという競技のすばらしさが改めて国民に浸透しました。ひさしぶりの爽やかなお祭り騒ぎでありました。競技1種類でこの騒ぎなんやから、オリンピックでははたしてどうなってしまうのか、楽しみであります。
 さて、そんな世間の喧騒の中、実に残念な出来事がありました。職場の職員食堂が、先月末をもって営業をやめてしまったのです。職員の福利厚生のため赤字を積み重ねながらほそぼそと営業を続けてきましたが、経費節減の一環として大ナタを振るわれたのです。
 これは一大事です。昼食難民が大量に発生しました。少し離れた位置にある大学キャンパスの学食が安くて美味しくてベストなのですが、約300m離れており、行って食べて戻ってくるだけで1時間のお昼休みが余裕のないものになってしまいます。職場周辺には手頃な飲食店がそんなに多くありません。メニューが限られるし、焼肉屋さんや台湾料理店のボリューミーな定食を毎日食べることは、熟年初老の世代には厳しいものがあります。
 自然ななりゆきとして、お弁当持参ということになるわけです。意を決して自宅で奥さんと団体交渉を行い、要求主旨をご理解いただき「しばらく作ってやる」という回答を勝ち取ってめでたく妥結に至りました。昼食代相当額お小遣いを減らされる可能性がありますが、どうやら奥さんまだそのことに気がついていない様子です。しめしめ。obentou.png
 お弁当といえば、はるか昔の小学生時代の思い出、給食設備の事情でしばらく各自弁当持参すべしとなったことがありました。当時、タッパーのような容器は無くて、弁当といえば銀色四角のアルマイト製で女の子用は蓋にキャラクターの絵が描かれてました。ごはんとおかずを積めて、ごはんの上には梅干しが一個というステレオタイプを皆が厳格に守っていました。ペットボトルもなくて水筒にお茶を入れて持ってきたもんです。そんなある日、わたしが卵やハムのサンドイッチと缶ジュースをバスケットに入れて持参したところ級友たちに「ずるい」だの「規則違反」だのさんざブーイングを浴びたのでした。
 今思い返すといったい何がずるいのかわけわからん話ですが、山間部の田舎の小さな学校では「等しからざるを憂う」独特の秩序と空気感があったのです。
 小中は給食がありましたが、高校時代には無かった。食堂はあったけどいつも満席で、結局弁当持参不可避。毎朝、母に作ってもらうことを当たり前に思ってましたが、卒業に際して「ああ、もう弁当いらんのやね」とほっとした様子の母を見てはじめて感謝の念を抱いたことも思い出です。
 時は流れて再び始まった弁当持参の日々。さて、奥さんいつまで続けてくれるでしょうか。ビクビクしながら毎日のメニューを楽しみに、この小さな幸せがいつまでも続きますようにとこいねがう、今日この頃であります。

ノストラダムスの思い出

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 昨日、高校の同窓会に出席してまいりました。

 といっても同級生が多数集まり懐かしさに胸弾ませる、いわゆるところの同窓会ではなくて、地域支部のひとつとしての組織です。同じ高校を卒業したというだけの、年代もバラバラの集まりで、出席者の年齢層は私よりはるかに上で、私はほぼ最年少でした。知ってる人もほぼ皆無。ある知り合いから是非にと誘われて行ってはみたものの、なんだか不思議な集まりでした。しかしなんと高校時代の恩師がゲストではなくで同窓生の一人として来られており、この再会は嬉しかった。

20190601_233101901_iOS.jpg さて、先々週のエントリーで、現代人は超常現象を次々に科学的に解明し夢を奪うことで、キツネ・タヌキからも見放された嘆かわしい状況のことを書きました。NHKの幻解超常ファイルはじめ最近のテレビ番組は、数多の超常現象はUFOやメアリー・セレスト号、麦畑のミステリー・サークルも、妖精の写真も、ネッシーやツチノコでさえ、すべて物理的、常識的に説明できる事象または「ウソ」であったことを次々に解き明かしてきたのです。これはいかんと。

 そんなことを書いてるうちに書架の奥の方からこんな児童書を見つけました。小学生の頃におこづかいで買っていたシリーズです。当時の趣向がバレバレで気恥ずかしいですが同時に懐かしくもあります。

 そのうちの一冊「世界のなぞ世界のふしぎ」、この本には上記のネッシーはもちろん、メアリー・セレスト号なども謎を謎のままに掲載しており、科学的な解明など微塵もありません。これによって純真な少年の好奇心を大いに満たしてくれていたわけです。20190601_233302972_iOS.jpg

 中でも特に興味深い記事があります。いわゆるノストラダムスの予言のことが書かれているのですが、この本の出版は1971年。かの五島勉氏が著した「ノストラダムスの大予言」が祥伝社から発行され空前のノストラダムスブームが始まったのが1973年ですから、それ以前にもノストラダムスのことは児童書に登場するほどに知られていたことになります。ただ、この本では1999年の予言を「宇宙から侵略者がやって来るが、地球人がこれを防ぐ」と記載しており、ブームとなった「恐怖の大王による人類滅亡」とは違った解釈をしているのが面白い。

 ところで、その1999年の予言の記載の横に鉛筆で「40さい」と書き込みがあります。覚えていませんけど、もちろんわたしが書いたのでしょう。この年に自分が何歳になるかを数えることで、謎に対する興味を膨らましていたんやろけど、実は1999年、わたしは37歳でした。つまりは数え間違えていたわけで、幼いころから算数が苦手やったということをこんなところからも思い知らされます。ある意味、典型的文系人間として成長するその後の人生を暗示しているともいえ、予言のひとつの形であったと考えると、これ、当たってるやん。 

 10連休明けて仕事再開後なんとか1週間、やっと感覚も戻ってきたかなという先週でしたが、昨日は休日出勤ののち、幼馴染の超旧友との会席がありました。関東在住の彼女から連絡いただいたので、今回の帰郷に際して大阪での所用のついでと思いきや、なんとわたくしに会うためにわざわざ旦那様帯同しクルマを駆って来てくれたんやとか。以前も書いたと思いますが、私の故郷は奈良県南部山峡の下市町という小さな町で、大阪市内まではクルマでたっぷり2時間はかかります。うれしいやら恐縮するやら。

20190511.jpg 彼女、なにを隠そうわたしの初恋のひとなのです。かつてデュークエイセスが「あーおいレモンの味がする...」と歌った「おさななじみ」のふたりはめでたくゴールインしますが、もちろん現実ではそんなはずもありませんでした。しかし実は昨年の夏にも会うことができており、その際にぜひまた機会があればという話をしていたところ、昨日実現したことになります。

 同い年の旦那様も交え、つらつら思い出を語るうちについ飲みすぎてしまったのもまあいつものことで、実に楽しいひとときでした。

 人生永らえるにつれて人間関係が拡がり、知り合いはとめどなく増えていきます。そんな中で幼馴染、また学校時代の友人たちとの絆は肉親同様、いい意味での「くされ縁」です。共通のルーツをもつことは絶対的な強さであって、お互い心を通わせるのにほとんど説明が要らない、語る必要がない。宝物やなあとあらためて実感したひと夜でした。

 そんな彼女と私も収まった、田舎町の小さな小学校入学式での一枚を引っ張り出してみました。半世紀前ですよ。今でもたまに飲み続けてるコもいますが、さあ、みんなどうしてるかな。もうすぐ還暦、おそらく同窓会があることでしょう。実に楽しみです。

 さて、先週、2020年東京オリンピック、開催競技の入場券エントリーが始まりました。先着順ではないと喧伝しているにもかかわらず、初日はアクセス待ち数時間という盛況やったそうです。tokyo.jpg

 私、もちろんやりますよ。お祭り大好きミーハーの本領が発揮される事態ですが、はばかりながら初日に慌ててアクセスするような素人ではありません。ここはじっくりと腰を据えて、当選確率が高い方法を見極めていきますよ。

 しかし、巷間言われてるように今回のチケット、ある種ギャンブルみたいなところがあります。野球の決勝戦なんて超プラチナカードで壮絶な高競争率であることは容易に想像できますが、幸運にもゲットし、大枚叩いて買った決勝戦のカードが「ドミニカ vs 韓国」なんてことになったら目も当てられません。せっかく一生に一度のチャンスなんやから当然日本人アスリートが登場する日に観戦したいわけで、このあたりなんとか正しく予測する手立てはないものでしょうか。

 いまさらですが、オリンピックは東京で行われます。今でも仕事で上京する機会は多いけど、時間の制約あり親戚や友人と会う機会はなかなかありません。大会期間中はもっと時間を作って、昨晩のご夫婦を筆頭にいろんな友人との旧交を温める画策を今から練っていくことといたしましょう。

 秋が来たというのに、すっきりとした青天が続きません。なんだか週末のたびに台風が来ているような気がします。しかも直撃からの列島縦断と。大阪でも風が強くなってきました。今日は一日しっかりと自宅の警備に勤しむことといたします。

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 さて、昨日の朝刊に「森永チョコフレーク生産終了」という記事がありました。理由はなんと、スマホとの相性が悪くて売れなくなったからなんやとか。たしかにチョコは手で直接触ると溶けてベタベタするんで、スマホを操作しながら食べるのはちょっと勝手が悪い。電子通信技術の進歩がチョコの衰退を招くとは、いつの世も歴史は人の想像を超えた展開をみせるもんです。

 チョコフレーク、懐かしいなあ。 

 わたしは今やチョコに限らず間食はほとんどしないけど、こどもの頃はチョコ大好きでよく食べてました。食べなくなってしまったくせに、いざ消えるとなるとなんだか淋しい気がするなんて勝手なもんです。

 チョコフレーク、シリアルのコーンフレークのまわりにチョコがコーティングされた素朴な作りのスナック菓子です。これは美味しかった。いくらでも食べられた。今は食べないんで知らなかったけど、現行の製品はふくろに入ってるんですね。記憶にあるチョコフレークは箱に入ってました。口を大きく開けて、箱持ち上げてバラバラと直接食べてたのを思い出します。大きいカタマリがあると少しうれしかった。

 ほかにもチョコといえば、ペンシルチョコ、パラソルチョコ、チョコベビー、アーモンドチョコ、メロディチョコ...。チョコボールは箱からエンゼルマークが出ると「おもちゃの缶詰」がもらえました。金のエンゼルなら一発ゲット。銀のエンゼルは5枚貯める必要があります。テレビのCMで田中星児が「いいかい、銀なら5枚だよ」と念を押してたのは、多分こどもたちが銀のエンゼル1枚で応募する事態が頻発したことへの対応では、と当時思ったもんです。chocoflakes.jpg

 いちばん好きやったのはオーソドックスなガーナミルクチョコレートで、ブロック状の板チョコを噛み砕かずに消えてしまうまで口の中でレロレロするのが好きでした。

 昔より現代の方が美味しくなった食材があります。ていうか、たいがいの食べ物はそうでしょう。しかし、たまに思い出の味の方がなんとなく美味しいのではというのんがあります。わたしの場合チョコがそうです。さっこんチョコ食べる機会というと、バレンタインデーということになりました。冬しか食べない。しかし、こと味に関していえば過剰なパッケージに入った、ひとつひとつ趣向が違う豪奢なGODIVA やROYCÉの生チョコよりも、幼い日に食べたあのレロレロの方に軍配が上がるのです。 

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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