明日は朝からお伊勢参りに出かけますので、土曜日のこんな時間にブログを更新してます。お伊勢さん、これまでも何度もお参りしてますが、今回は縁あって正式参拝の機会を得たようなわけで、1年前の桜井の大神神社への正式参拝に続いてのイベントです。気合入れて行ってまいります。
ラグビー・ワールドカップ日本大会が終わりました。40日間にわたって日本各地で熱戦が繰り広げられ、事前の懸念を覆し過去のワールドカップの中でも最高の盛り上がりと評価されてます。確かに日本代表の健闘により、感動とともにラグビーという競技のすばらしさが改めて国民に浸透しました。ひさしぶりの爽やかなお祭り騒ぎでありました。競技1種類でこの騒ぎなんやから、オリンピックでははたしてどうなってしまうのか、楽しみであります。
さて、そんな世間の喧騒の中、実に残念な出来事がありました。職場の職員食堂が、先月末をもって営業をやめてしまったのです。職員の福利厚生のため赤字を積み重ねながらほそぼそと営業を続けてきましたが、経費節減の一環として大ナタを振るわれたのです。
これは一大事です。昼食難民が大量に発生しました。少し離れた位置にある大学キャンパスの学食が安くて美味しくてベストなのですが、約300m離れており、行って食べて戻ってくるだけで1時間のお昼休みが余裕のないものになってしまいます。職場周辺には手頃な飲食店がそんなに多くありません。メニューが限られるし、焼肉屋さんや台湾料理店のボリューミーな定食を毎日食べることは、熟年初老の世代には厳しいものがあります。
自然ななりゆきとして、お弁当持参ということになるわけです。意を決して自宅で奥さんと団体交渉を行い、要求主旨をご理解いただき「しばらく作ってやる」という回答を勝ち取ってめでたく妥結に至りました。昼食代相当額お小遣いを減らされる可能性がありますが、どうやら奥さんまだそのことに気がついていない様子です。しめしめ。
お弁当といえば、はるか昔の小学生時代の思い出、給食設備の事情でしばらく各自弁当持参すべしとなったことがありました。当時、タッパーのような容器は無くて、弁当といえば銀色四角のアルマイト製で女の子用は蓋にキャラクターの絵が描かれてました。ごはんとおかずを積めて、ごはんの上には梅干しが一個というステレオタイプを皆が厳格に守っていました。ペットボトルもなくて水筒にお茶を入れて持ってきたもんです。そんなある日、わたしが卵やハムのサンドイッチと缶ジュースをバスケットに入れて持参したところ級友たちに「ずるい」だの「規則違反」だのさんざブーイングを浴びたのでした。
今思い返すといったい何がずるいのかわけわからん話ですが、山間部の田舎の小さな学校では「等しからざるを憂う」独特の秩序と空気感があったのです。
小中は給食がありましたが、高校時代には無かった。食堂はあったけどいつも満席で、結局弁当持参不可避。毎朝、母に作ってもらうことを当たり前に思ってましたが、卒業に際して「ああ、もう弁当いらんのやね」とほっとした様子の母を見てはじめて感謝の念を抱いたことも思い出です。
時は流れて再び始まった弁当持参の日々。さて、奥さんいつまで続けてくれるでしょうか。ビクビクしながら毎日のメニューを楽しみに、この小さな幸せがいつまでも続きますようにとこいねがう、今日この頃であります。
想い出の最近のブログ記事
昨日、高校の同窓会に出席してまいりました。
といっても同級生が多数集まり懐かしさに胸弾ませる、いわゆるところの同窓会ではなくて、地域支部のひとつとしての組織です。同じ高校を卒業したというだけの、年代もバラバラの集まりで、出席者の年齢層は私よりはるかに上で、私はほぼ最年少でした。知ってる人もほぼ皆無。ある知り合いから是非にと誘われて行ってはみたものの、なんだか不思議な集まりでした。しかしなんと高校時代の恩師がゲストではなくで同窓生の一人として来られており、この再会は嬉しかった。
さて、先々週のエントリーで、現代人は超常現象を次々に科学的に解明し夢を奪うことで、キツネ・タヌキからも見放された嘆かわしい状況のことを書きました。NHKの幻解超常ファイルはじめ最近のテレビ番組は、数多の超常現象はUFOやメアリー・セレスト号、麦畑のミステリー・サークルも、妖精の写真も、ネッシーやツチノコでさえ、すべて物理的、常識的に説明できる事象または「ウソ」であったことを次々に解き明かしてきたのです。これはいかんと。
そんなことを書いてるうちに書架の奥の方からこんな児童書を見つけました。小学生の頃におこづかいで買っていたシリーズです。当時の趣向がバレバレで気恥ずかしいですが同時に懐かしくもあります。
そのうちの一冊「世界のなぞ世界のふしぎ」、この本には上記のネッシーはもちろん、メアリー・セレスト号なども謎を謎のままに掲載しており、科学的な解明など微塵もありません。これによって純真な少年の好奇心を大いに満たしてくれていたわけです。
中でも特に興味深い記事があります。いわゆるノストラダムスの予言のことが書かれているのですが、この本の出版は1971年。かの五島勉氏が著した「ノストラダムスの大予言」が祥伝社から発行され空前のノストラダムスブームが始まったのが1973年ですから、それ以前にもノストラダムスのことは児童書に登場するほどに知られていたことになります。ただ、この本では1999年の予言を「宇宙から侵略者がやって来るが、地球人がこれを防ぐ」と記載しており、ブームとなった「恐怖の大王による人類滅亡」とは違った解釈をしているのが面白い。
ところで、その1999年の予言の記載の横に鉛筆で「40さい」と書き込みがあります。覚えていませんけど、もちろんわたしが書いたのでしょう。この年に自分が何歳になるかを数えることで、謎に対する興味を膨らましていたんやろけど、実は1999年、わたしは37歳でした。つまりは数え間違えていたわけで、幼いころから算数が苦手やったということをこんなところからも思い知らされます。ある意味、典型的文系人間として成長するその後の人生を暗示しているともいえ、予言のひとつの形であったと考えると、これ、当たってるやん。
10連休明けて仕事再開後なんとか1週間、やっと感覚も戻ってきたかなという先週でしたが、昨日は休日出勤ののち、幼馴染の超旧友との会席がありました。関東在住の彼女から連絡いただいたので、今回の帰郷に際して大阪での所用のついでと思いきや、なんとわたくしに会うためにわざわざ旦那様帯同しクルマを駆って来てくれたんやとか。以前も書いたと思いますが、私の故郷は奈良県南部山峡の下市町という小さな町で、大阪市内まではクルマでたっぷり2時間はかかります。うれしいやら恐縮するやら。
彼女、なにを隠そうわたしの初恋のひとなのです。かつてデュークエイセスが「あーおいレモンの味がする...」と歌った「おさななじみ」のふたりはめでたくゴールインしますが、もちろん現実ではそんなはずもありませんでした。しかし実は昨年の夏にも会うことができており、その際にぜひまた機会があればという話をしていたところ、昨日実現したことになります。
同い年の旦那様も交え、つらつら思い出を語るうちについ飲みすぎてしまったのもまあいつものことで、実に楽しいひとときでした。
人生永らえるにつれて人間関係が拡がり、知り合いはとめどなく増えていきます。そんな中で幼馴染、また学校時代の友人たちとの絆は肉親同様、いい意味での「くされ縁」です。共通のルーツをもつことは絶対的な強さであって、お互い心を通わせるのにほとんど説明が要らない、語る必要がない。宝物やなあとあらためて実感したひと夜でした。
そんな彼女と私も収まった、田舎町の小さな小学校入学式での一枚を引っ張り出してみました。半世紀前ですよ。今でもたまに飲み続けてるコもいますが、さあ、みんなどうしてるかな。もうすぐ還暦、おそらく同窓会があることでしょう。実に楽しみです。
さて、先週、2020年東京オリンピック、開催競技の入場券エントリーが始まりました。先着順ではないと喧伝しているにもかかわらず、初日はアクセス待ち数時間という盛況やったそうです。
私、もちろんやりますよ。お祭り大好きミーハーの本領が発揮される事態ですが、はばかりながら初日に慌ててアクセスするような素人ではありません。ここはじっくりと腰を据えて、当選確率が高い方法を見極めていきますよ。
しかし、巷間言われてるように今回のチケット、ある種ギャンブルみたいなところがあります。野球の決勝戦なんて超プラチナカードで壮絶な高競争率であることは容易に想像できますが、幸運にもゲットし、大枚叩いて買った決勝戦のカードが「ドミニカ vs 韓国」なんてことになったら目も当てられません。せっかく一生に一度のチャンスなんやから当然日本人アスリートが登場する日に観戦したいわけで、このあたりなんとか正しく予測する手立てはないものでしょうか。
いまさらですが、オリンピックは東京で行われます。今でも仕事で上京する機会は多いけど、時間の制約あり親戚や友人と会う機会はなかなかありません。大会期間中はもっと時間を作って、昨晩のご夫婦を筆頭にいろんな友人との旧交を温める画策を今から練っていくことといたしましょう。
秋が来たというのに、すっきりとした青天が続きません。なんだか週末のたびに台風が来ているような気がします。しかも直撃からの列島縦断と。大阪でも風が強くなってきました。今日は一日しっかりと自宅の警備に勤しむことといたします。

さて、昨日の朝刊に「森永チョコフレーク生産終了」という記事がありました。理由はなんと、スマホとの相性が悪くて売れなくなったからなんやとか。たしかにチョコは手で直接触ると溶けてベタベタするんで、スマホを操作しながら食べるのはちょっと勝手が悪い。電子通信技術の進歩がチョコの衰退を招くとは、いつの世も歴史は人の想像を超えた展開をみせるもんです。
チョコフレーク、懐かしいなあ。
わたしは今やチョコに限らず間食はほとんどしないけど、こどもの頃はチョコ大好きでよく食べてました。食べなくなってしまったくせに、いざ消えるとなるとなんだか淋しい気がするなんて勝手なもんです。
チョコフレーク、シリアルのコーンフレークのまわりにチョコがコーティングされた素朴な作りのスナック菓子です。これは美味しかった。いくらでも食べられた。今は食べないんで知らなかったけど、現行の製品はふくろに入ってるんですね。記憶にあるチョコフレークは箱に入ってました。口を大きく開けて、箱持ち上げてバラバラと直接食べてたのを思い出します。大きいカタマリがあると少しうれしかった。
ほかにもチョコといえば、ペンシルチョコ、パラソルチョコ、チョコベビー、アーモンドチョコ、メロディチョコ...。チョコボールは箱からエンゼルマークが出ると「おもちゃの缶詰」がもらえました。金のエンゼルなら一発ゲット。銀のエンゼルは5枚貯める必要があります。テレビのCMで田中星児が「いいかい、銀なら5枚だよ」と念を押してたのは、多分こどもたちが銀のエンゼル1枚で応募する事態が頻発したことへの対応では、と当時思ったもんです。
いちばん好きやったのはオーソドックスなガーナミルクチョコレートで、ブロック状の板チョコを噛み砕かずに消えてしまうまで口の中でレロレロするのが好きでした。
昔より現代の方が美味しくなった食材があります。ていうか、たいがいの食べ物はそうでしょう。しかし、たまに思い出の味の方がなんとなく美味しいのではというのんがあります。わたしの場合チョコがそうです。さっこんチョコ食べる機会というと、バレンタインデーということになりました。冬しか食べない。しかし、こと味に関していえば過剰なパッケージに入った、ひとつひとつ趣向が違う豪奢なGODIVA やROYCÉの生チョコよりも、幼い日に食べたあのレロレロの方に軍配が上がるのです。
突然ですが、焼きそばが好きです。
食べ物はあまり好き嫌いなくなんでも美味しくいただく私ですが、それでも好きなジャンルはいろいろあります。なかでも焼きそばにはこだわりがあります。
いわゆるB級グルメに分類されるメニューですが、本当に美味しい。最初考えた人に国民栄誉賞をあげたいと思います。コナモン王国の大阪では鉄板でじゅうじゅう調理するスタイルが発展を遂げてきました。焼きそばも、厨房で調理してお皿に盛って、さあどうぞと出てくるよりも、やはり眼前の大きな鉄板のステージで調理が展開されるのが良い。巨大なコテを操る調理人の職人芸
によりもうもうと湯気を上げ、素材が熱エネルギーを得て様々な化学反応を起こし、最終的に客の前にでぇんっ!と盛り付けられた瞬間、ビッグバンにより創生された大宇宙の悠久の歴史が再現されたかのような神秘的な感動を覚えるのです。焼きそばはこうでないといけない。
単純な調理のように見えますが、麺の形状、太さ、硬さ、具材のチョイス、質と量により無限のバリエーションとクオリティが実現します。そして極めつけはソースで、これが最終的に出来不出来を決定します。また、上に目玉焼きがのっているかどうかは重要なポイントとなります。
わが国では高度成長期以降社会が発展するにつれて食生活も豊かになり、美味しいものが手軽にたのしめるようになってきたと思います。しかし一方でかつては普通に食べられたものが今では入手が困難または不可能なんて食べ物もあるのです。クジラなんてその典型でしょう。悲しい話です。それと似た話で「昔はもっと美味しかった」食材、料理もあります。わたしにとって焼きそばがそれにあたります。
ホテルのレストランなどで提供されるエビやホタテなど高級具材を使ったものは、それはそれで楽しめますが、わたしが求めているところではありません。記憶に残る最高の焼そばは、高校時代、学校最寄り駅前にあったスーパーの5階、いまでいうフードコートのような食堂フロアの鉄板カウンターで食べてたそれです。麺の太さ硬さ、ソースの味付けその他、当時はそれを当たり前の味として食していたのに、爾来、あの味を超える焼きそばには巡り合っていません。脳内で拡大再生産されているという点は否めないにしても、あちこちで焼きそば食べるたびに懐かしく思いだすのです。