ICOCAもPitapaも

| コメント(0) | トラックバック(0)

 明日からまた仕事で出張しますので、金曜日のこんな時間にブログを更新しています。

 国会で論戦が続いています。しかし、質問に立つ立憲民主党議員の質の悪さが目だち多方面から顰蹙を買っています。喫緊の課題である経済対策や、中国をはじめとする敵国への対応など重要な論点を放り出して、高市首相に対して、インバウンドが奈良のシカを蹴り飛ばしたというのは本当か、あんた見たんか、などとどうでもいい話に貴重な質問時間を費やしています。国会を運営する費用を1日に換算すると3億円かかるそうです。3億円かけて、シカを蹴った奴を首相が見たか見てないか質すことで仕事した気になっているのが、現在の立憲の議員連中なのです。もうね、こいつら本っ当に要らない。

 高市首相が就任以来、その一途で毅然とした仕事ぶりが好感し、内閣支持率が極めて高い水準で推移する中で、巷では「いっそ、今こそ解散を打て」と期待する声が渦巻いています。たしかに、現状で総選挙やったら、いいとこなしの立憲などは壊滅し、石破氏の前政権で衰退した自民党は一気に巻き返しが可能です。首相と内閣の人気が劣勢自民党の救世主となるのです。これは一考の余地があります。

 さて、そんなシカ議員たちの狼藉は置いといてぐっと身近な今日のお話。

 わたし、通勤はたまにクルマの日もありますが概ね電車、バスを利用しているので、定期券は欠かせません。毎日忘れずに持って出ます。玄関での忘れ物チェック「財布、よし!定期券、よし!」かつては、この二つがあれば何か忘れててもたいてい何とかなってました。長年、JR西日本のICOCAと大阪シティバスのPitapaを携えて仕事人生を歩んできました。

 しかし昨今、外出時のマストアイテムが財布からスマホに代わって久しい中で、いわゆる「モバイル〇〇」が定着してきました。〇〇にはICOCAだのSUICAだのが入ります。つまりはICカードの機能をスマホに取り込んでカードを持つ手間を省くという、あれです。

20251114_121613272_iOS.jpg 今や、財布を忘れてもスマホさえあれば何とかなります。逆にいえばスマホだけは絶対に忘れてはダメなんです。その、必ず持ってるスマホに定期のICカードも一緒にすればいいと、まあこれは当然の流れです。

 モバイルICOCAにすれば、カードが一枚減るのみならず、定期券の継続更新やプリペイのチャージやなんかも、駅に行かずにいつでもどこでもできます。あまり使いませんが使用履歴もすぐにわかります。便利。しかし、出張が多いわたしにとって最大のメリットは、新幹線と在来線相互の乗り継ぎが、専用の「EXカード」なしでできることです。カードの数がさらに1枚減ることになります。

 そんなわけで、今さらかいっ!て突っ込みがきそうですがICOCAをモバイルに移行しました。バスの定期として使ってるPitapaもいっしょにと思ったところ、残念ながらPitapaはモバイルに対応していません。

 仮に対応してたとしてもICOCA、Pitapa両方の機能が同時にスマホに入ると、改札通るたびに使う機能をスマホで設定することになります。急いでる通勤時にいちいちそんなことやってられない。つまり両方同時にスマホ1台というのは、そもそも不可能なのです。

 そうなるとですね、やはりPitapaの方はリアルカードとしてこれまでどおり持ち運ぶことになります。パス入れをやめてPitapaはスマホケースに挟んでおくことにしました。そうすれば念願の「持ち物ひとつ減」が実現します。しかし、ここで再び問題が生じました。

 バスを降りる際の精算で、スマホケースからPitapaを取り出すのは少し手間がかかります。しかし、スマホのままで精算機にタッチすると、モバイルICOCAの信号も感知し「枚数超過!」の警告が出て混雑したバスの中で顰蹙をかったり、あるいは、ICOCAの方の信号だけを感知するとICOCAのチャージから料金が決済されてしまい、バス料金1回分損します。どちらのケースもわたし実際にこれまでに経験しました。

 スマホケースに入れたままのPitapaで決済するためには、手帖型のケースの表紙を開いて、スマホ本体のモバイルICOCAを感知させずにPitapaを入れた表紙の部分を精算機にタッチする必要があります。これかなり難しくて高い確率で失敗します。

 つまるところ、Pitapaはリアルのカードをスマホのケースに入れて持ち運び、使用する際はいちいちケースから取り出す。それしかなさそうです。どなたかいい方法があれば教えてください。

村山富市さん

| コメント(0) | トラックバック(0)

 先日のこと、阪神タイガースの日本シリーズ敗退で打ちひしがれてたら、母から「阪神、今年は準優勝やったな」と電話があり、それってなんかちょっと違うような当たってるような、妙な感じに苛まれました。一方、大谷選手はじめ日本人選手の活躍によって日本でもメジャーのワールドシリーズへの関心が高まり、NHKも地上波で中継する中で、第7戦の激闘で興奮は最高潮に達しました。結果、ドジャースの2連覇となり、傷心のわれわれ阪神ファンも少しく元気をもらえました。日本のファンが、メジャーの試合をこれほど熱狂的に観戦したのはおそらく初めてではないでしょか。

 そんな熱狂の陰で、もう半月ほど前になりますが、村山富市氏の訃報が伝わりました。享年101歳。1994年といいますから30年以上前、いわゆる「自社さ」連立内閣において首相を務めた、かつての日本社会党の党首です。当時、自民党と社会党の連立政権誕生にはおったまげました。何かというと対立し、なんでも反対してた社会党が自民党と与するとは、政治の世界はなんでもありかと複雑な思いがしたもんです。murayama.jpg

 そしてこの連立が、その後の社会党のジェットコースターのごとき凋落につながったわけです。いまや社会党の末裔である社会民主党所属の国会議員は衆議院に1人、参議院に2人。その唯一の衆議院議員のなんとかいう人が「離党する」と言いだしてて、党首の福島瑞穂は「認めない。除名もしない」とわけわからんことを言ってます。辞めたいのに辞めさせないなんてブラック企業かよ。退職代行サービスの出番かも知れません。

 福島の錯乱ぶり、わからんでもない。社民党は去年の参議院議員選挙では比例区でタレント候補を擁立したことで得票率がかろうじて2%を超え政党要件を満たしましたが、もはや風前の灯です。衆議院議員ゼロとなれば、少なくとも国政レベルでは政党としての活動はできません。いずれくる解散総選挙の結果次第では政党要件を満たさないことが想定されます。そうなると、政党助成金は貰えない、選挙で政権放送もできない、企業・団体からの政治献金ももらえないなど、党としての活動が不可能となり、悪循環で党勢はさらに減衰します。必然的に廃党、解散となり社民党を名乗って立候補しても「諸派」という扱いになります。

 福島は社民党があればこそその党首という肩書があって、いちおうメディアから意見を聞いてもらえるし、テレビにも映ることができます。しかし、党が無くなればそれまでです。かつての社会党議員みたいに立憲その他野党に拾ってもらえればいいけど、これまでの数々の斜め上の主張や意味不明パフォが災いし、どの政党も敬遠するでしょう。福島は選挙区で選ばれたことがなく比例区で当選した議員です。社民党という政党があればこそ議員になれてたわけで、無所属では比例区出られない。選挙区での当選はありえない。なにしろ得票率2%、供託金没収レベルです。だから党勢の衰退につながる衆議院の議席消滅を避けるために、ヒステリックに「離党認めない」となるわけです。

 かつて日本社会党は、社会民主主義の実現を党是とし、大資本に支持された自民党に屹然と対峙しました。労働者の権利を守り、徹底した反戦平和の実現を掲げたその主張は、労働組合をはじめ「持たざる国民」から一定の強固な支持を集めていました。55年体制の中で、国力の増強のために疾走する自民党政治を冷静に批判する党の姿勢は「なんでも反対党」と揶揄されながらも、ある意味、現代日本の政治における良心を感じさせるものでした。

 しかし、冷戦が終結し、人類の壮大な実験であった共産主義・社会主義が失敗に終わり、国際社会の急激な変化の中で中国や北鮮の野望が顕在化しても、社会党は百年一日のごとき「頭の中お花畑集団」のままでした。北鮮による拉致疑惑に際しては一貫して北の主張に与し、被害者救出を遅らせる一因にもなりました。企業労働組合の衰退とあいまって、社会民主党と名前を変えたところですでにオワコンと化し、今や完全にその使命を終えました。

 その社会党の苦難の歴史の中で、村山さんは党トップの委員長として重要な役割を果たし、最後には自民党との連立で党の歴史に自ら幕を引きました。事実上の最後の党首であったといえるでしょう。

 そんな村山さん、私はひとつだけ思い出があってですね、もう10年以上前ですが、仕事の関係で大分であったある人のお葬式に出かけた際に、式場内最前列中央に座ってたのが村山さんでした。わたしそのすぐ斜め後ろに席に座ってたんですけど、驚いたことにあのトレードマークの巨大な眉毛は斜め後ろからでも見えるのです。いったいどれだけ長いんやと、お式の間、あきずにずっと眺めてたことを覚えています。改めてご冥福をお祈りします。

悲しいサガ

| コメント(0) | トラックバック(0)

 街中歩いてると金木犀の香りが漂ってきます。職場の部屋ではついこの間まで冷房が入ってたのに、地球の温暖化が進むと春と秋が短くなってくるという話を実感する三連休中日の朝です。

 そんな一気に晩秋の気配が押し寄せる昨今、高市内閣の支持率は各紙世論調査で軒並み高くでてます。自他ともに認める安倍さんの後継者として、最大の課題である経済対策に着手する前に外交デビューで米中韓を抑えた姿は師匠を彷彿させることろです。まずは順調なスタートといえるでしょう。

 この高市人気は、立憲共産党はじめ反日勢力各方面にとっては気に入らないところと見えて、かのレンホーや志位やなんかは「トランプに媚びを売った」とあいかわらずの的外れかつブーメラン的な誹謗中傷を発信し逆に社会の顰蹙を買ってます。こんな雑音は靴の裏についたゴミみたいなんもんです。高市さん、気にせずにもっと独自色を発揮するよう大いに期待します。 

 さて、先週のお話。また仕事で九州、佐賀市に行ってきました。馬関の南にはこれまでほとんど縁がなく、長い人生で10回も行ってません。それが、行くとなると月に2回も出かけることになるとは不思議なもんです。

 佐賀って、申し訳ないですけど印象薄いです。吉野ケ里遺跡と佐賀牛しか知らない。遺跡は子供のころからふるさと奈良県でお腹いっぱい見てるし、ブランド牛は日本中どこでも買えるんでわざわざ現地に行く必要はありません。だから、何度も申し訳ないけど、佐賀って印象薄いです。強いて修辞を言えば、国際的大都市の福岡から風光明媚な歴史ロマンの街長崎へと向かう「途中に通過する一帯」ということになるのでしょうか。印象薄いです。

nagasakishinkansen.jpg 1980年代のこと、何にもなかった佐賀県の吉野ケ里周辺で工場団地の計画が出て調査したところ、大規模な遺跡が見つかったと。その後、発掘が続き、地元は「ひょっとしたらこれは邪馬台国の残滓ではないか」などと言いだして、全国的に有名になっていきました。

 もし、ここにあっさり工業団地が建ってたら、全国民にとっての佐賀県の印象はさらに希薄なものになってたのではないかと思います。都道府県の全国的知名度という点で佐賀県は、吉野ケ里サマサマなのです。

 その吉野ケ里にしてももちろん邪馬台国があったと決まったわけでは全然なくて、むしろそんな証拠は全くありません。ここで石棺が出たんで開けてみたら土しか入ってなかったという一件を2年ほど前に書きました。邪馬台国論争でいえば、わたしはもちろん畿内説派です。箸墓古墳を掘らせない宮内庁のせいで、日本の歴史学、考古学分野の学術的進展が著しく阻害されているのです。

 話それた。佐賀です。

 今回、初めて佐賀に行くことになって、「遠いし、飛行機やな」と調べたところ、空港はあるのになんと大阪ー佐賀は飛んでいない。「仕方ない、ふじゃ新幹線」と調べたところ、驚いた。博多から長崎に至る西九州新幹線は3年前に部分開業してるのに、途中の佐賀まで新幹線だけではいけないのです。

 九州新幹線はほんのちょっとだけ佐賀県を通ります。ほんのちょっと通ったところに新鳥栖という駅があります。長崎に行くには、ここで長崎新幹線に乗り換えるのかと思いきやなんと佐賀県内、新幹線は走ってません。佐賀県内東の端の新鳥栖と西の端の武雄温泉の間は在来線のままというケッタイな状態になってます。

 つまりですね、大阪福岡方面から新幹線で長崎入りするには、博多または新鳥栖で在来線に乗り換え、武雄温泉でまた長崎新幹線に乗り換える必要があるのです。shintosu.jpg

 なぜにこんなことになってるのか。調べたところ、どうも佐賀県がフル規格新幹線の建設に反対しているらしい。なんと、なんと。普通「うちの町にもぜひ新幹線を」となるはずやのに、佐賀のひとびとはそうは思っとらんのです。

 どうやら「佐賀から福岡に行くなら、今走ってる在来線特急で十分。逆に新幹線通って特急の運行数が減ったら困るし。観光客は佐賀なんか素通りして長崎に行くやろし、佐賀にあんましメリット無いのに建設費の負担だけが莫大で納得できない」ということらしい。確かに長崎にとっては、福岡、関西と新幹線で直結できたら経済効果抜群で万々歳やけど、佐賀にしてみたら「ちょっと待ってよ」てことのようです。他県民の印象薄い、佐賀県民の悲しいサガかな。

 国とJR九州、それにもちろん長崎県は早く直結したい。しかし、佐賀県側は頑なで、完成予定どころかまだ着工のめどすら立っていない状態です。長崎県にとってはせっかくの新幹線が宝の持ち腐れといったところです。だって今のままだと県内の移動速度を上げるだけのために新幹線作ったようなもんなんやから。

 このままでは、まあリニアの大阪開業と西九州新幹線の全面開通、どちらが先かという気の長い話になりそうです。

 思うに、計画はじめの段階できちんと沿線自治体とお話合いして決着してから一気に着工すべきやのに、なぜに見切り発車したのか。なんとなく静岡県がリニア中央新幹線に嫌がらせして工事許可を出してないのに似てます。前にも書きましたが、なんせ整備新幹線計画はすべてにおいて杜撰すぎます。政治家が悪い。高市総理、よろしく頼みます。

高市総理大臣誕生

| コメント(0) | トラックバック(0)

 週末、仕事で出かけますんで、珍しく平日のこんな時間にブログの臨時更新してます。

 公明党の連立離脱で迷走した首班指名選挙ですが、予定通り高市早苗自民党総裁がみごと一等賞となり無事に総理大臣に就任しました。 日本最初の女性首相の誕生です。憲政史上のひとつの転換点であることは間違いないでしょう。高市さんについてはかつてこのブログでも触れたことがありますが、それから2年とちょっとで早くも大命を射止めました。お見事。

 sokaku.jpg女性初であるとともに、わがふるさと奈良県から初の宰相誕生であって、これは素直に嬉しい。わたしが生きてるうちは無かろうと思っていましたが実現しました。めでたい。といっても手放しで全面的に支持・支援できるかというとそうでもありません。理由は後で書きますが、先週からの大きな政局、永田町劇場を鑑賞して気になったことをまとめてみます。

 新聞・テレビは大騒ぎで、左右両派入り乱れてお祭り状態でした。総裁選の段階で、候補者の顔ぶれみたらどう考えても高市一択でしたが、テレビ局は総じて高市大嫌いなんで小泉にワンチャンあるかのごときメディア操作が伝わりました。しかし、蓋を開けてみるとやはり自民党は保守政党でした。多くの議員が、なんかアホなこと言いだしそうな小泉のおぼっちゃまよりも、やっぱり政策・主張が一貫していて安心感がある高市やでと考えた結果でしょう。党員票でも高市圧勝、これは初の女性宰相誕生への期待が多かったからやと思います。

 さてこれですんなり総理大臣決定かと思いきや、公明党が連立離脱という落とし穴が待ってました。高市を含め自民執行部は「寝耳に水で一方的に通告された」なんて言ってますが、そんなことはない、多くの国民には予想できました。政治とカネの問題、いったいいつまで放置してるんやという不満が限界を超えつつあることに気づかず「下駄の雪やし、なんとかなるっしょ」と知らん顔して「これまでどおり、ひとつよろしく」。これはアカンわ。公明党は、政権参画の利益や選挙運営よりも党の理念を通しました。お見事、公明党グッジョブです。 とたんに、首班指名選挙での票読みがややこしくなってきて、なんなら野党に政権奪取のチャンスが出てきました。

 慌てた自民党は国民民主党はじめ政策協議で話できそうな政党にすり寄って連立を模索し、その結果、日本維新の会との縁談がまとまり、晴れて高市首相誕生となりました。維新にしてみれば念願の国政与党となったわけですが、閣僚は出さず閣外協力にとどめると。つまり乗る船が木か泥か今の時点で判断つかないんで、片足だけ乗せてしばらく様子見といったところか。

 保守色が強い高市氏が首相となったことで、左方面はメディアもエセ政党も、お通夜のごとき状況です。去年の総裁選のときコメンテータとして出てた番組で「安倍首相が女装したような高市なんかより、石破さんでよかった。」なんて言った、着物着たどっかの大学の女性総長さん、この1年ほどテレビで姿を見なくなりました。局も「さすがにあかんわ」と思ったんでしょね。女装安倍さんの誕生について、画面に出てきて何とか言ってみたらどうなんよ。

 高市氏が総裁選勝利後の第一声で「ワークライフバランスを捨てて、馬車馬のように働く」と発したことで、まず朝日新聞は「古い日本の価値観を引きずった発言で非常に残念」と書きました。アホか。党の代表として期待に応えるように一生懸命働くという意味であることは論を待たず、何をもって残念がるのか。「総裁になったので、働かずチンタラやっていきます」と言えばよかったというのか。それとも総裁が働きすぎて朝日が敵視する自民党が勢いを取り戻すのが困るという、ごく素直な思いを書いたのか。いずれにしてもアホの所業です。sanaehashibiro.jpg

 共産党の志位和夫議長などはもっとひどい。「人間は馬ではない。公党の党首としてあるまじき発言である」とコメントし、各方面から嘲笑を浴びています。「馬車馬のごとく働く」という慣用表現を知らないと、自らの見識の無さ、教養の低さを国民に発信したのです。もし「身を粉にして働きます」と言えば、「身を粉になんかしたら死んでしまう。公党の党首としてあるまじき発言である」と批判するのでしょうか。あるいは共産党員が選挙に出馬すると言ったら「お前は馬か」と質すのでしょうか。こんな人物を議長にいただく共産党、その愚かさ極まれりといったところです。

 何度も書いてますが私は、天皇を中心としたこの美しい神の国日本がそのアイデンティティーを失わないように、日本を敵視する共産主義者たちの魔の手から、祖国日本と日本人を守り抜くことを政策の原点に据える政治家を支持します。今の日本では自民党が一番まともな理念を掲げているといえます。

 ならおまえは、自民党の支持者なんかいといわれると、そうでもないんですよね。自民党は結党の基本的理念は崇高にして共感できる一方で「カネに汚い」という宿痾を背負っています。今回公明党が連立を解消したのも、結局そこです。維新は今回の連立協議に際して、議員定数の削減を自民に認めさせたといいます。そんなことよりも、あくまで維新が重要政策としてきた企業団体献金の廃止、これを迫ってほしかった。政治とカネの問題を一向に是正しようとしない自民にお灸をすえる千載一遇のチャンスでした。政権入りのメリットと、理念に基づく基本政策の実現とを天秤に掛けるべきではなく「献金廃止しないなら連立は飲めない」とはっきり言ってほしかった。残念です。

 冒頭書いた、高市氏を無条件で支持できない唯一の理由がこれなんですよ。高市氏というよりも自民党なら誰が首相になってもこれは同様でしょう。自民党にとって、企業団体献金の廃止は絶対にのめないということが今回の騒動でよくわかりました。企業からのワイロがなければ選挙に勝てず議員になれない。ワイロがなければ政策も実現できない。そんな政党、あきませんわ。政治の仕組みそのものを変える必要があります。

 しかしまあ、そんなこんな、なんだかんだで高市政権のスタートです。景気対策から外交まで難問山積のわが国のかじ取りを担うことになった高市さん、卑劣なメディアや幾多の反日勢力の下劣な嫌がらせはこれまで以上にきつくなるとは思いますが、頑張ってほしいと思います。

 なお、載せた画像は何年も前に友人と話した内容を可視化したもので、他意はございません。

万博ロスはじまる

| コメント(0) | トラックバック(0)

 先週金曜日の夜、久々に仕事関係の宴席が夜中まで続きヘロヘロんなって帰りついたんで、昨日土曜は体力が戻らずぢっとお家で静養しつつ、視るともなく視てたテレビ。ドジャースの試合で、大谷選手の快刀乱麻の大活躍に思わず快哉を叫びました。まあ、神はなんともスゴイ人間を創りたもうたもんです。勇気をくれるとはこういうことでしょう。もうね、同じ時代を生きていることに感謝してしまいます。

myakmyaku.jpg お相撲さんはロンドン公演で大入り満員、フランスではフィギュアGSで日本勢が表彰台独占、ペアも金メダル、サッカー日本代表がなんとブラジルに大逆転勝ちするなど、スポーツでは日本勢の活躍が目立つこの頃です。

 さて、半年間にわたって開催された大阪・関西万博、とうとう終わってしまいました。

 開催が決まってから始まるまでのあいだや始まった当初は批判的なメディアが、やれメタンガスが出ただの、レジオネラ菌発生だの、蚊が湧いただの、悪意に満ちたネガティブな情報を発信し続けたことから観客数が想定を下回る期間が続きました。入場予約も余裕があり、パビリオンの予約も高確率で当選してました。このまま盛り上がらないまま終幕となるのかと思いきや、実際に行った人の高評価が伝わるようになると急激に人気が上昇し、夏以降は入場券買ったのに入場予約ができないような状態となり、パビリオンに至ってはよほどの幸運がないと当たらなくなりました。

 「吉村さん、6カ月と言わずもっと延長してくれ」「すんません。国際組織との規約で半年と決められてるんです」などというやりとりが伝わるほど国民が熱狂した今回の万博、「反対、阻止」を掲げ騒いでた反日市民団体や左巻きメディアはどう総括するでしょうか。20250509_053017517_iOS.jpg

 お祭り大好きミーハー人間を自負するわたしはというと、もちろん通期パスを買って、さて何回行けるかなと鼻息荒く楽しみにしていたところ、仕事の都合など諸般の事情が災いし結局8回しか行けませんでした。若者たちなれば猛暑酷暑の日であろうと、炎天下で何時間並ぼうと、一日に何万歩を歩こうと、体力勝負なら苦にならないでしょう。しかしこの歳になるとなかなか辛いものがあり、会場に行くには綿密な計画ののちに当日の気象状況を的確に判断し、自身の体調と相談しながら決行することになります。んで、当初想定してたほどは回数稼げなかった。職場の同僚などは「そいや、最近万博行ってないな。今日、帰りに行ってきます」なんて猛者もいて、関西人にとってこの半年間は非日常の豪華お祭り期間であったことは確かです。

 それが、ついに終わりを迎えてしまった。東京五輪のときもそうでしたが、祭りのあとの虚しさが秋風に乗ってやってきました。

vlcsnap-2025-10-18-22h14m29s881.jpg 「いのち輝く未来社会のデザイン」のコンセプトが通底しており、一人ひとりが自らの望む生き方を追求し、個々の可能性を最大限に発揮できる社会を目指す、同時に、その生き方を支える持続可能な社会を国際社会全体で共創していくと。どの参加国もこの共通したテーマを意識した展示であり、イベントでなければならなかったのです。USJのアトラクションとは違って、ただ単に面白いではあかんかったのです。

 多くのパビリオンで最先端映像・音響技術によりバーチャルな空間を体験させる展示やイベントが目立ちました。各パビリオン、工夫を凝らしてはいるものの、映像のみではなく体感に訴えるなど、見せ方は結局どこも似たり寄ったりとなった感は否めません。問題はコンテンツの中身です。

 わたしが行った中で、良かったところというと、まず台湾館は挙げられます。

 中国の嫌がらせで正式に台湾館とは名乗れず、「TECH WORLD」としていちおう企業体裁の出展となりました。パビリオンの場所も国家の公式パビリオンが立ち並ぶ会場の中央ではなく、リングの外側の端っこの方に追いやられてたりで、これは可哀そうでした。いっそ、中国館のすぐ隣に建ててやったらよかったのに。

 台湾はいまや最先端のIT王国です。その最新デジタル技術を駆使して、台湾の自然や人々の生活を最先端技術を駆使して体験させる型で紹介しています。私まだ台湾は行ったことありませんが、おそらくはこんな雰囲気なんやろなと感じさせる素晴らしい展示内容でした。

 中国館の展示は、台湾に比べるとショボかった。けったいな形の建物の中で目玉の「火星の砂」はあったけど、それ以外は古代の遺物など、なんていうか「この程度見せとけば十分やろ」感が出てて、なんだかなあという感じ。「火星の砂まで見せてやるからありがたく思え」という上から感満載で辟易しました。圧倒的に台湾の勝ち。

 暑かったこと、歩いたこと、待ったこと、濡れたこと、終わってしまえばすべていい思い出です。

 世界中の人々が一か所に集まり、一時確執を忘れともに共有すべき未来を語る。その志やよし。生きてるうちに2回の万博を経験できたことは僥倖であったといえましょう。

前の5件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

WELCOME

CALENDAR

PROFILE

IMG_0227_2.jpgのサムネール画像のサムネール画像

katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

月別 アーカイブ