みゅーじっくの最近のブログ記事

 梅雨の中休みでしょうか。昨日、今日は爽やかな朝となりました。

 さあ、間もなくサッカーワールドカップ日本代表の初戦が始まります。ブラジルは日本の真裏なんで時差12時間。ということは現地時間夜の10時キックオフってちょっとどうよと思いますが、おかげで日本ではいい時間帯に観戦できます。開始までの時間で、気もそぞろのブログ更新です。

 お天気がいい休日の朝、早起きすると実に気分がよろしい。書斎の窓は東向きで朝日がもろに入ってきます。窓を全開し雀の合唱を聴きつつ、とりあえずCDで音楽をかけるのですが、さて何を聴くか。これが厄介なのです。すっと決まればええのですが、なかなかピタッとこないことも多い。

 そんなとき、とりあえず鳴らす「朝用とりあえずのコレクション」CDを1枚焼いてあります。朝ですよ~感満載のナンバー寄せ集めです。img017.jpg

 その1曲目が、Randy Vanwarmerの"Just When I Needed You Most"。邦題「アメリカン・モーニング」(^^;)

 ものすごい邦題です。歌詞読むと「僕が一番いてほしいときに君はいない。ドアも閉めないで雨の中に消えていった。あーあ振られちゃった」沢田研二の「♪壁際に寝返りうってる間に出て行ってくれ~」に通ずる、つまりは失恋の唄なのです。ところがメロディや歌声なんかが爽やかな朝の雰囲気にピッタリってんで、大胆にも何の関係もない邦題つけて、朝の歌ですよ~って売りだしたらなんとこれが大ヒットしたと。なかなかおもしろいもんです。

 この曲の想い出があります。

 学生時代、アルバイトしてた喫茶店のこと。

 アパート最寄りの駅前商店街にあったこのお店、オーナー(社長)が会社にして何カ所か経営してるお店のうちのひとつでした。時給は460円で、当時としてもこれは破格の安さ。たんまり稼ぐのならもっと割のいいバイトは他にたくさんありましたが、この店で働いていることで友人も増えたり、わりと楽しかったりで、まったりと続けてました。

 店長も社員さんでした。たしかわたしより3つか4つ年上で、高校卒業後大きな中華料理チェーンに就職して調理師免許を取得、その後、親友の高校同級生と二人同時にオーナーに引き抜かれてこの店を任されたと聞きました。

 いい人でした。サイホンでの珈琲淹れ方から、ピラフやスパゲティーの作り方、水商売のノウハウまでいろんなことを教えてもらいました。

cafe.jpg 営業時間終わってお店閉めてから、ビールやウイスキー出してきて一緒に遅くまで飲んでいるうちに、酔いがまわった店長は語り始めます。

 スキーが好きで、いずれこいつ(親友さん)と二人でスキー場でペンションを持つつもりなんだ。そのために今は頑張っていると、おおむねそんな話でした。

 スキーは私も学生時代からやってましたが、当時はブームのハシリやったように思います。すこしあとに訪れる「バブル」に向かう時代、あちこちにスキー用品専門店"ALPEN"の青い三角が現れ、大資本が次々にスキーリゾートの開発に乗り出してました。松任谷由実の「BLIZZARD」や「サーフ天国、スキー天国 」が流行ったころです。ゲレンデは大混雑、もっぱらスキーヤーのみでボーダーはまだ現れてませんでしたが。

 ともあれスキー場は大盛況でしたから、店長さんと親友さん、夢にむかって力を合わせて過酷な勤務に耐えていたのです。はっきりとした目標を掲げ邁進する姿は傍でみていてもなかなかにかっこいいもんでした。ところがその後、その喫茶店つぶれてしもて、バイトのわたしはあえなく解雇。転職した二人とはそれっきりとなってしまいました。

 さて、その店長が好きな曲で毎朝店のBGMで流してたのが「アメリカン・モーニング」やったのです。「いいだろ、この曲。朝、ペンションのテラスで聞くときっと最高だぜ~」とよく言ってました。で、今でもこの曲聴くと、あの店長さん思い出すのです。

 今となっては知るすべもありませんが、はたして二人は夢をかなえてどこかのスキーリゾートで小さなペンションを経営しているのでしょか。その後のバブル崩壊からスキー人口の激減などの時代の流れを見るとなかなかに状況は厳しいと思いますが、二人の青春の夢、何とか実現していてほしいもんです。

12月の旅人

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 あけましておめでとうございます。

 今年は全国高校ラグビーにわが学園の2高校が出場しておらず、久しぶりに花園に出かけないお正月となりました。年末の開会式には昨年の優勝旗を返還するため、主将だけが参加しました。可哀想なもんです。来年は是非とも雪辱を果たしてほしいものです。

 さて、年の瀬も押し迫った12月30日大瀧詠一氏死去のニュースが伝わりました。

 30数年前、私は1年間の大学浪人時代を終え、晴れて大学生となり希望に胸膨らませて上京したのですが、今思い出してみると、その学生生活開始の号砲となったのが、大瀧の最大ヒットであり一世を風靡した名盤 「A LONG VACATION」でありました。当時ラジオでも街中でもしょっちゅう流れていました。アルバイトしてた喫茶店でも有線放送で毎日かかってました。「君は天然色」の弾けるようなイントロを聴くと10代最後の懐かしい日々が脳裡に甦ってきます。

 アルバムの最後を飾る「さらばシベリア鉄道」ははじめ太田裕美が歌い、あとで大瀧がセルフカバーした曲です。哀愁を帯びたメロディーがなんともいいですよね。よくカラオケでも歌った大好きな曲でした。

 その後大瀧さん、ドラマの主題歌やなんか出してたそうですが、よく知りません。私が知らないだけで、いろんな音楽活動されてたのでしょうけど、やはり大瀧詠一といえば「A LONG VACATION」ですよね。青春時代の印象は強烈です。

 LPレコード持ってたような気がしてたのですが、探してもこれがない。つまり、貧乏学生生活の中ではやはり買うことができずレンタルレコード経由でカセットテープで聞いていたのでしょう。そう。その頃はCDレンタルではなく、なんとLPやEPのレコードもレンタル店があったのです。よく利用してました。発売直後の新しいレコードはいいのですが古いレコードはしだいにキズが増えていき、使用に堪えなくなるものも出てきます。返却のときに店員さんが一応チェックしますが、かたちだけやったように思います。

 音楽産業のかたちもずいぶんと変わってきました。媒体がレコードからCDへと変わり、いまではダウンロード販売が増えてきています。書籍と同じく出かけなくても好きな曲を入手できる便利な時代になりました。はたしてCDやビデオのレンタル業もこの先どうなっていくのでしょうか。

 天然色に輝いていた日々に思いを馳せ、「シベリア鉄道」あらためて聞きながらのブログはじめとなりました。

 ラグビーがなかったいつもと少し違う穏やかな正月も過ぎ去り、普段どおりの日々が戻ってきます。今日は日曜日やというのに仕事始め、経済団体恒例の賀詞交換会に出席します。

 本年もどうかよろしくおつきあいください。

昭和のオーディオ

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 前にも書きましたが、学生時代は合唱団にいました。先週、当時の自分たちの合唱の録音を聴いてみようと、ふと思い立ったのです。中学校、高校時代の演奏会はカセットテープで、大学時代のはレコードになって残ってます。もちろん過去何度も聴いたことがあり、わりとキレイに、充分鑑賞に堪える音で鳴ってました。しかし中学校の演奏会なんてもう40年近く前の話です。アナログのテープは果たしてどれくらいの年月、まともな形で保存できるんでしょ。当然、物理的な劣化は進んでいるはずです。

 そこで、聴くついでに、まだまともに再生できるうちにデジタル化しておこう…、と思い立ったことから今回のドタバタは始まりました。

 カセットテープをCDに焼くのはこれまでも何回も経験があったので、気楽に考えてました。ラジカセをパソコンにつないで再生して、1曲ずつWAV形式(音楽CDに焼くためのフォーマットです)のファイルで保存して…

 ところがやってみるとラジカセの再生が途中で止まってしまう。テープが古いために巻き取りが重くなってるのでしょう、ラジカセのメカニック部分が耐えきれず強制的にストップするのです。困った。

 このラジカセでは無理と判断し、リビングのステレオ(システムコンポ)からカセットデッキを取り外してきてパソコンにつなぎました。これでOKのはず。ところがなんとこのデッキ、動かんやないですか。PLAYボタン押すとカチカチ異音を発してテープ回らない。やば、壊れてる!そいや最後に動かしたのいつやったか覚えてない。だって、今どき音楽聴くのにカセットテープなんてありえないですもん。

 レコードが高くてなかなか買えなかった学生時代、音楽はFM放送をカセットテープに録音することで楽しんでました。エア・チェックというやつです。その後、レンタル店で借りてきたCDを録音するのもはじめはカセットテープでした。従って、テープがまあ、増える増える。何百巻と録りためたカセットテープも今や大半が燃えないゴミと化してます。

 ともあれ、デッキ動かないと今回の目的は達せられない。まず修理を考えるべし。サービスセンターに電話…と。ところが、このシステムコンポのメーカー、昭和の頃にはオーディオファン垂涎の的だったSANSUI、実はもう無いのです。悲しいかな社会全体の指向変化の波と厳しい競争に耐えきれず、昨年だったか、とうとう倒産してしまいました。修理できない。修理専門の業者がないこともないのでしょうが、きっと製品買うよりも高い技術料を請求されるでしょう。。。う~ん。

 新しいカセットデッキを購入することにしました。IMG_0739.jpg

 しかぁし! カセットテープはおろかその次のMDですらすでにその使命を終えつつある昨今、カセットデッキなんてもの、果たしてまだ作られてるのか!

 ネットで調べてみると、やはりソニーだのパイオニアといったメーカーでは既に生産終了しており、かろうじてあのTEAC社からまだ製品が出てました。選択の余地はありません。即、amazonで購入しました。CDドライブもついててこれ1台でテープからCDに録音できる便利モノです。USBも使えるんでパソコンでの編集もOK。思えば、今どきカセットデッキを新たに買い求めるということは、私みたいに古い録音をデジタル化する用途以外考えられないですもんね。

 かくして数本の古いテープはめでたくCDへと変身をとげました。

 結局、何本かのお宝テープのためだけに大騒ぎし、労力と出費を強いられることとなったわけです。しかし、これで青春の記録が将来にわたってきちんと保存されるのであれば安いもんです。そして、こんなめんどうな作業もある意味楽しみながらやっている自分に、すでに気が付いておりました。あらためて当時の録音を聴いてみると、上手下手はともかく、やっぱり懐かしさがこみ上げてきます。まあ、やってよかった。

 次はレコードかな。今となってはレコードを再生するスベも持ち合わせておりません。さて、レコードプレーヤー買うべきか。こちらはまだ愛好家が多く、カセットテープよりは深刻な状況にはないようです。

 しかし、まあ大学時代の下手くそで愛すべき演奏をふたたび聴く楽しみは、もうしばらく先にとっておくこととしましょう。

 オーディオの世界でも、昭和はホントに遠くなったということを実感した今回の騒動でした。

歌は世につれ

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IMG_0942.jpg 先々週、フェスティバルホールでのクラシックのコンサートが仕事都合で行けなかったのに続いて、先週はチケット買ってた甲子園球場でのG戦が雨で流れてしまいました。ついてません。

 その翌日、カード第3戦をテレビ観戦してると友達からメールがきて「テレビ見ながら懐メロ大合唱中」とのこと。たまにオンエアされる「昭和想い出の名曲」の類らしい。この日の阪神=巨人は好ゲームで目が離せなかったもんやから、結局懐メロの番組は観ませんでしたが、実はこの種のプログラム大好きです。

 今でこそいわゆる歌番組は全く観ませんが、「想い出のメロディー」系は、歌番組というよりドキュメンタリータッチで、流行当時の世相も振り返れる構成になっているのがいい。

 昭和の時代、テレビは娯楽の王者でした。歌番組も含めて人気番組は観ておかないと、ともだち同士の話題についていけない。もちろんビデオなんかなくてリアルタイム勝負でしたから、ゴールデンタイムには家族でチャンネル争いしたもんです。

 そんなわけで、現代のオリコンチャートはほとんど分からずあまり興味もありませんが、昭和のヒット曲はほぼ知っているし、歌えるし。メールくれた友人もほぼ同世代なんで(ちょっと下やから、怒られるかも)興味が募る構図は同じやと思います。

 「想い出の曲」は、単にむかし流行った歌謡曲というだけでなく、自分の人生のいち場面を想起させるからいいんですよね。「この曲聴くと、あの日、あの頃を思い出す」というわけです。自分にとって大きな出来事のあったときにたまたま聞こえてきた曲や、人生の転機となった時期に流行っていた曲なんかやと忘れられませんよね。

 そいや、一昨日の夕刊に「ノーランズ」のボーカル、バーニー・ノーランが52歳の若さでガンのため逝去という記事が小さく載ってました。「I'm in the Mood for Dancing」(邦題:ダンシング・シスター)が大ヒットしわが国でブレイクしたのは1980年。わたしはこの年、受験浪人生として日々大阪の天王寺界隈を彷徨していたわけですが、ひたすら受験勉強に勤しみ予備校と図書館と自宅を行き来する街角で毎日聞こえてきたのがバーニーのあの独特の歌声でした。特にファンというわけでもなかったのですが、今でもこの曲を聴くと、人生で最も長く感じたあの1年間の様々な記憶が甦ります。歌のチカラはすごい。

 最近、カラオケで歌う機会はめっきり減りましたが、今でもレパートリーには自信があります。もともと歌うことは大好きで、幼少期から青春時代、もの覚えが今よりずいぶんマシやった頃に、どれほどたくさんの歌を覚えてきたのか見当がつきません。演奏テクニックの有無は関係なく、人間は本能的に音楽を求めるのようにできてるのやと思います。音楽に心癒されながらの日常が続いていきます。
 
 さて、今日は高校野球大阪府予選にわが学園が登場します。よもや1回戦敗退はないと思いますが、今日はお天気よく昨日までよりはいくぶん爽やか。観戦に出かけるとしましょ。

青春のBACH

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 ひさしぶりにコンサート、ひとりで出かけました。2010E2023.jpg

 バッハの「ミサ曲ロ短調」の演奏会です。

 イェール大学スコラ・カントールム合唱団、ジュリア-ド音楽院古楽オーケストラ、指揮は鈴木雅明とゆう人です。

 鈴木氏はバロック専門の楽団「バッハ・コレギウム・ジャパン」の主宰、その筋の第一人者です。

 オケとコーラスはいずれもアメリカ東部イスタブリッシュメントの名門大学。名門ではありますが、オーディションで選ばれた学生たちです。内容のわりにお値打ち料金となっている事情はその辺りかも。しかも私、新聞広告見て応募して割引招待券をもらい、何と2,000円也の超リーズナブル価格で入場しました。これはラッキーでした。

 西洋の音楽は教会で演奏するためのものとして、宗教の隆盛とともに発展してきたという一面があり、その結果として宗教曲には古よりきわめてすぐれた作品が多く現代に伝わっています。

 中学校の時のある先生の言葉を覚えてます。「俺は純和風人間で浄土真宗の信者やけど、キリスト教の聖歌やミサ曲をじっくり聞いてると、妙な気分になってくる」つまりそれほど人の心を動かすものがある、ということです。音楽が宗教の発展に果たした役割は大きいといえます。

 われらがニッポンの仏教でも「声明(しょうみょう)」というお経の合唱があります。読経は仏教の基本的な儀式ですが、大勢のお坊さんたちが一斉に唱える経文の合唱は迫力があり、CDもたくさん出ています。五木寛之の「親鸞」には、その昔いい声で読経する坊様は多くのファンを獲得して信者を増やしていったという当時の布教の様子が描かれてます。まさに現代でいえば歌手、アーティスト活動をやってたわけで、ことほどさように宗教と音楽は切り離せないのです。精神の安らぎをもたらすというところで、相通ずるものがあるんでしょね。

 「ロ短調ミサ」は、よくバッハの集大成とか最高峰とか様々に賞される傑作です。マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、そしてクリスマスオラトリオとともにバッハの4大宗教曲ともいわれます。

 この4曲は大学のサークルなどの合唱団ではなじみ深く、いろんな「レクイエム」やヘンデルの「メサイア」なんかとともに演奏会で掛ける演目としては究極の、あこがれの大曲です。実は私も大学時代合唱団の経験があり、当時は仲間が集まって「ロ短調はいいよなぁ…」だの「やっぱクリ・オラだね…」などと知ったかぶって論じてたもんです。

 そんな経緯もあってこの曲、上演されることは少ないのですがこれまで機会があれば聞いてきました。思い出すのは学生時代、同じくロ短調ミサを上野の東京文化会館で聞いた際、オーケストラが学習院の学生で浩宮殿下(現皇太子)が出演しておられ、なんと客席には皇太子ご夫妻(現 両陛下)が! 演奏終わってロビーでも間近に。今上陛下のお姿を直接拝見した人生これっきりの経験でした。

 さて、今回の演奏会ですが、30人ほどのコーラス、男声はみなさん「しゅっ」とした長身小顔で、もしうちの奥さんが一緒にいたら間違いなく両目ハートの形にして「カッコよろしなぁ~」とか言うてたことでしょう。ソロパートを交代で歌ってましたが、さすがにソリストとしては「これから」という感じがしました。一方、肝心の合唱は素晴らしかった。

 慌ただしい日々が続く中でいっとき非日常を堪能し、こころの休息を感じた夜でありました。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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