帰ってくるぞ。

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 梅雨らしいお天気が続く三連休なかび、テレビではトランプ氏が狙撃されたなんて物騒なニュースが伝わってる蒸し暑い朝です。

 さて、都知事選挙が終わりました。遠くの地方公共団体の首長選挙など本来ならば大多数の国民は関心がなくてよいのですが、何にせよ政治もマスコミも極端な首都中心化傾向があるわが国では、いやでも情報に接する機会が多くなるわけです。

 わたしにしてもスルーしたいところですが、ちょっと前のエントリーで触れたとおり関心があったもので、結果について少しく書いておこうと思います。

bume.png 現職小池知事の再選となりました。選挙戦開始からもっぱら優勢が伝えられ、大方の予想どおりの結果となったわけです。

 ただ、わたし先日は、レンホーが小池氏に負けて「2位じゃダメなんでしょうか!」と叫ぶのを楽しみにしてる、と書きました。これはわたしの不徳の致すところで、大いに恥じ入っております。まことに申し訳ない。2位に甘んじるなんてとんでもない、フタ開けてみればレンホー「2位もダメなんですか!」と叫んだわけです。

 いろんなところで総括されてます。負けることははじめから分かってたので敗因という言葉もおこがましいわけですが、とりあえず、自民党の裏金問題を追及の中心に据えたことが、支持が伸びなかった理由とされてます。

 現職の東京都知事になにが足りないのか、なにができてないのか、それに対して私はこんなことをやります。だから交代させてくださいと訴えるのが選挙戦の在り方です。にもかかわらずレンホーは「小池は自民党の支援を受けている。自民党といえば皆さん、裏金問題はどうなったのでしょうか。だから私にやらせてください」という理屈で立候補しました。有権者は「じゃああんた、何ができんのさ」と思ってもそれはまったく伝わってこない。しかもレンホーといえば、例の二重国籍問題がうやむやで日本人か台湾人かいまだによく分からない。批判一辺倒の割にはすべてわが身に跳ね返り、頭にブーメランがたくさん刺さってる。もうね、今思うとよく3位に入れたもんだということです。レンホーの得た票は、こいつに何か期待してということではなくて、とにかく小池氏が嫌いやからという批判票やったに過ぎません。return.jpg

 都市部の選挙にありがちな、特に支持政党を持たない層の動向が大きくカギを握りましたが、出口調査によると多くの浮動票はレンホーに行かず、2位となった石丸某が受け皿になったと言われてます。これはよく分かる。小池さんはもういい、かといってレンホーじゃねーという人が、じゃあ何かぽっと出の有名人に入れとくかとなったわけで、この石丸氏の政策に特段の期待があったわけではないと言えましょう。

 さらに、レンホーには共産党の推薦があったことも大きな敗因と言えます。ウソでも国政の野党第一党である立憲の手先ならばちょっと話を聴いてやるかと思ってた都民も、共産党の推しとなると「まっぴらごめん」となるのは道理です。東京都には、共産主義の巧妙な侵略・洗脳に屈しないまっとうな日本人が多かったことが幸いしました。

 レンホーは参議院議員辞めて知事選に出て落ちても、次の選挙で代議士に鞍替えすれば比例上位でまた国会に帰ってきます。つまり今回、退路を断ってませんでした。あくまで安全な位置、立場に身を置き知名度に依拠してやりたい放題やっているだけと言えます。こんな自己中の人物に都政を任せられるはずがありません。悲しいかな次の総選挙以降はまたあの狂気に満ちた眼房とヒステリックなブーメランの射手が国会に帰ってきます。それはそれで鬱陶しいこと極まるのですが、今回の知事選挙については、大阪府民のわたしとて都民の選択を改めて大いに賞賛いたします。ブラボー!

 人の信条や考え方はもちろんそれぞれ違うし、いろんな考えの人がいていいのは当然です。わが国では思想良心の自由は憲法でも保障されれます。日本国は、中国や北朝鮮のように、支配者の意に沿わない考え方は徹底的に排除される前近代国家ではありません。さまざまな思想に基づく自由闊達な意見が示されて、全ての国民がよりよい世の中のあり方を模索する中でこそ国家の進歩と社会の発展が実現するのです。しかし、どうしても意見が合わない場合はどうすればいいか。そこで民主主義が登場します。議論を尽くしても意見が異なる場合は、多数決でもって進むべき道を選択する。ひとりひとりの権利が等しく保障されていることの帰結です。そうやって世界の近代の歴史は築かれてきました。過去にはその多数決の内容が結果として間違ってたケースもありました。しかし、たとえそうだとしても、みんなで決めたことだから国民皆で責任を取ると。それが民主主義です。

 中国、ロシア、北朝鮮といった権威主義国家では、ひとりの独裁者や独裁政党が社会のすべての権能を掌握して国民には絶対服従を強制し、逆らえば警察や軍隊の暴力によって抹殺することで国家、社会の維持存置を図っています。これら前近代的な国々は一刻もはやく地球上から消え去ってほしいもんです。

kotoshi_kanji.png 突然、なんの話かなってことですが、つまり日本ではどのようなフラチな言説であっても他者の人権を損なわない限りにおいてそれを主張し流布することが許されるということです。朝日新聞読んでるとたまにそんなことを思います。これぞ民主主義、日本ではどんなバカでも声を上げることができるし、どんなに愚かな腐りきった内容でも記事として発刊することができるのです。

 先週、宗教法人に対する課税に反対するという主旨の記事が載ってました。

 曰く、宗教儀式を行ったり教会でオルガン弾いたりして報酬を得た人から所得税を取るのはおかしいとか、教会の屋根に取り付けたソーラー発電機で得た売電収入は非課税であるべきとか。まったく、アホかと。

 宗教団体は事業遂行で得た収入にたいする課税、つまり法人税が免除されていますがそれは当然、信者の宗教的信念に基づく喜捨行為に限られます。営利事業を営めば当然課税されます。発電事業が宗教行事なんかって話です。宗教団体に雇われて給料もらってる従業員からは所得税とってはいけないなんていう発想が、いったいどこから出てくるのか。

 国民は憲法で宗教の自由を保障されてますが、同時に一方で納税の義務を負ってるのです。仕事して金を儲けても、「これは神のお告げに基づいてやった仕事です」と言えば非課税になる、というのが朝日の考え方なのです。

 安倍元首相の暗殺以降、旧統一教会の非道悪行が世に晒されてきました。教団によって洗脳され詐欺によって収奪された信者の浄財についても朝日は「宗教活動の自由。非課税」と教団の主張に迎合するのでしょうか。よくもまあ、こんなアホげなことを記事にするもんだ。jieitai70.jpg

 同じ日の社説では、自衛隊が70周年を迎えたことを書いてます。例によって、幹部がそろって靖国神社に参拝しただの、X(エックス)の投稿で「大東亜戦争」と言っただの、自衛隊憎しを前面に出し、なんとか国民と自衛隊の関係を悪化させようという意図がプンプン伝わってきます。もはや悪臭です。おそらく、中国や半島国家にある自社の上部機関からの指示に基づいて行っている愚挙の一環でありましょう。 

 朝日が書いてるように、自衛隊創設の頃と現代では、日本を取り巻く国際情勢が大きく変わっています。それに伴って自衛隊がどうあるべきかの議論も当然行う必要があります。かつて社会党や共産党が、自衛隊は違憲!反対!と叫んでいた時代がありました。それが今では、本心では思っていても卑怯にも声には出さなくなりました。激変する世界情勢の中にあって、自衛隊の意義、自衛隊に対する国民の感情、評価も大きく変遷・進歩し成熟してきたのです。朝日はそれら諸情勢を無視し、いまだに「中国・半島の敵となる自衛隊反対!」を訴えているわけで、もうね、悲壮感すら漂ってきます。

 われわれ善良なる日本人は、反日メディアの策動に屈することなく、自衛隊員への深甚なる感謝とともに、その維持発展を断固として支持する毅然とした姿勢を変わらずに示していく必要があります。

一網打尽

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 梅雨らしい雨の日が続きます。今日もどんよりとした雨模様の空です。明日日曜日は法事で朝から出かけますんで、土曜日にブログを更新しております。

 もうかなり昔のことです。バブルの頃やったかな。マクドナルドで「ハンバーガー100円キャンペーン」とゆうのんがありました。およそマクドにはいかないわたしですが、覚えてます。定価210円の普通のハンバーガーが大特価1個100円ということで、高校生はじめ多くの客が押し寄せてる様子をニュースでみました。お店は赤字やろうになんでまた?と思いますよね。いわゆる顧客単価の為せる術で、サイドメニューで稼ぐわけです。100円のハンバーガーだけ食べて帰る客は少なくて、コーヒーやジュースは定価やし、ハンバーガーが安い分ポテトやナゲットも一緒にたのもか、なんて、気がつけば結局いっぱいお金を使うと。

 朝刊の家電量販店のチラシにはいわゆる目玉商品がでかでかと載ってて、つられて「広告に出てたクーラーください!」って飛んでいくと、「広告のもええですけど、もっとええのんがありますよ...」とセールストークに撃墜されて、予算オーバーの上位機種を買って帰ると。

 学生の頃、住んでたアパートの区画が再開発にかかり追い出されることになって、次のアパート探しに不動産屋さんを回ったことがありました。ウインドゥに貼られたよさげな短冊につられてお店に入り「この部屋お願いしまぁす」「ああ、それついさっき決まっちゃった。こっちのがいいよ」とか。

 ankou.jpgまあ、すべからくそんなもんです。プロの商売人は、おとりの目玉商品で捕獲対象を手の届く範囲におびき寄せといて一網打尽にするのです。アンコウのひらひらに誘われて寄っていく小魚に似てます。

 つらつらこんなことを思いついたのはですね、先週末、スマホのバッテリーを替えたわけですよ。

 愛用のiPhone12miniの「バッテリーの状態」(残量とちゃいますよ)が70%切ってて、朝、フル充電で出かけても昼過ぎには省エネモード突入という、もうね、使い物にならなくなって、このさい新機種のiPhone15に替えようかと思ってました。そしたらいまだにiPhone7を使ってた妻の方がいよいよ容量不足になって先に買い替えた15を見たところ、これはどうもやっぱりガラが大きくて重くて、ちょっとなあと思って「まだいいか、電池だけ替えよっと」と。

 ネットで調べると、わたしはこの12mini買うときになんとかケアとかいうオプションに入ってて、なんとタダでバッテリー交換できるらしい。入ってないと定価14,000円。これは値打ちあります。んならもっと早くに交換するべしやったと、正規代理店に修理予約していそいそと出かけたんですよ。そしたら。

 「お客様は『なんとかケア』なんで、バッテリー交換費用は発生しません。」

 「ふむふむ」

 「しかし、交換作業のためスマホタッチ面のガラスフィルムは剥がす必要があります。よければこの機会に一緒に強化ガラスのんに交換しますが、いかがですか。4,000円です。」

 「...」

 そうきたかと。スマホのフィルムなんて、その辺のお店で1,000円も出せば十分買えます。しかし、「正規代理店」「失敗無く貼ります」「落としても割れません」「補償つきです。傷ついたら無償交換」加えてまた別のお店で買う手間とかもろもろ考えて結局、

 「お願いします...」

 タダにつられて4,000円の出費となりました。およそ、こうやって今日も日本経済は循環しているんやなということを感じた週末でした。

名古屋発ひのとり

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 遅かった梅雨入り、入ったら入ったでいきなり本番開始で、今週いっぱい降り続くそうです。ジメジメの日曜日の朝、まったりと自宅で休日を満喫します。

 名古屋の話します。先週久しぶりに仕事で訪れたからです。

 名古屋と書くと、このブログではいいイメージがありません。愛知選出の国会議員がつぎつぎと不祥事を起こしてくれるからです。税金滞納や国会での虚偽答弁に関して文春砲で撃沈した神田憲次という代議士しかり、参議院議員では「住宅手当」が読めず「テトウ麻衣子爆誕!」とネット上に新鮮上物のネタを提供してくれた田島麻衣子しかり、ちょっと前になりますが、ガソリン代疑惑とダブル不倫で議員を辞めたガソリーヌこと山尾志桜里しかり。極めつけが、東京五輪金メダリストを呼びつけてそのメダルに噛りついた名古屋市の変態市長です。いまでもgoogleの検索で「河村市長」と入力すると予測変換で「メダル」と付与されます。ネット空間では一度しくじるとなかなか忘れてもらえず、ずっと生き恥をさらしていく覚悟が必要です。まあ、そんくらいの恥知らずでないと、はなから議員や市長なんて務まらないということなんでしょう。わたしには到底無理です。nagoyajo.jpg

 さて、名古屋。大都市です。大トヨタを近隣に従え、日本の製造業の玄関という看板を掲げて発展を続けてます。万博の効果にも疑念が呈されてるジリ貧の大阪に替わって、日本№2都市圏の座を虎視眈々と窺っています。リニアも東京と名古屋を結んで、大阪はまだしばらく蚊帳の外です。

 大阪、関西が今に至ってもそれなりの地位を保ってるのは、明治開闢まで日本の中心、首都であったいきおいによるものです。関西は江戸時代まで天子様が鎮座しており、新興開発都市の江戸にとっては敬うべき「上方」の位置づけでした。その余勢と矜持が関西発展の原泉やったわけです。明治維新直後、大阪は「大大阪、東洋のマンチェスター」と称され、その人口は東京を上回っており、関西圏は世界最大の都市圏やったといわれてます。

 それがですよ、明治政府から続く東京一極集中政策によって、日本の政治・経済・文化活動が東京へ東京へと集まって、それとともに人も東京に集まって、日本人の10人にひとりが東京都民という人口の偏在が起こってしまいました。

 それでも「上方」は日本でゆいいつ東京に対抗できるライバルとしてその地位を存置してきたのですが、日本全体が人口減少に転じると首都圏一強の構図が強まり、地域経済圏のプレゼンスが「いかに東京に近いか」で評価されるようになります。リニアで名古屋が首都圏の通勤圏内となり、人はさらに東へ東へ東京へと流れ、上方はさらに置いていかれることになります。

 現在、大都市圏の人口はもちろん首都圏がダントツで、関西圏はその半分、さらにその半分が中京圏という状態です。しかし、将来的には関西が中京に抜かれてしまうのではと危惧します。

 わたしが名古屋を初めて訪れたのは、小学校の修学旅行でした。近畿一円の子供たちは修学旅行といえば奈良、京都や伊勢が定番やろけど、われわれ奈良県の小学生は1泊2日で名古屋に出かけたのでした。名古屋城やトヨタの工場や明治村を見学したのを覚えてます。子供の頃は泊りがけで遠方まで旅行することなどほとんど無く、しかも多くの友人と一緒にすごした2日間、実に楽しかった。いい思い出です。

 その後、わたしにとって名古屋は、東京から帰省する際の乗り継ぎ駅としての機能しかなくなり、社会に出てからもしょっちゅう通過するけど降り立つことはほとんどありませんでした。長い仕事人生振り返っても、10回も無かったと思います。それが先週、久しぶりに出向いたのです。hintori.jpg

 新幹線の車中で友人とLINEしてたところ、その友人が以前に名古屋高速でオービスの餌食になった話になりました。こちらはすっかり忘れてたのに自ら言及するとは。きっと彼女にとっては消せない黒歴史なのでしょう。お気の毒です。まあ、わたしはここまでくるのにクルマを使うことはないでしょう。

 仕事、所用済ませて帰りは近鉄の名阪特急「ひのとり」にしました。最近増えてきた近鉄の豪華観光特急の最新鋭車両、話のタネに一度乗っとこうというわけで、デラックス車両ですよ。この日、仕事先の人との話の中で「ひのとりはなかなか取れない。デラックスから売れていくそうです」と聞いてたのに、ラッキーでした。

 乗ってみると、なるほど豪華。これはいい。

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 何がいいって、3列配置の座席の広さもさることながらリクライニングが秀逸です。後ろに倒れるだけでなく、座面が前に滑るように動いて後ろのシートの空間に影響しません。新幹線のように後ろの人に気を遣う必要が無いのです。さらにフットレスト(オットマン)も上がってくる。まるで航空機のファーストクラス(乗ったことないけど)。しかしこの仕組みを実現するためにはシート前後の間隔によほど余裕がないとあきません。このためデラックス車両はレギュラーの約半分、わずか3×7席しかありません。なんと贅沢であることよ。

 学生時代の帰省の際に楽しみにしてた、沿線の巨樹「長大の大楠」この日もよく見えました。ちょっと葉の繁りが減ってるように見えたのは、今がクスノキの落葉の季節やからでしょう。

 じつにラクチンな2時間でした。大阪ー名古屋間、時間は新幹線の2倍以上かかりますが、これからも時間に余裕があるときにはこちらを選ぶかも。まあ、名古屋に行くことはあまりないかなあ。

待機電力の憂鬱

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 今日は列島の各地で猛暑日となるなど、どうやら今年は梅雨をすっ飛ばして夏が来たようです。明日の日曜日早朝より仕事で出張しますので、こんな時刻にブログの更新をやっとります。

 昨今使われてる日本語の単語には、昭和の頃には無かったものがたくさんあります。カタカナ語が多い。コンテンツ、コンセンサス、コンプライアンス、スキーム、アジェンダ、サマリー...。ビジネス用語が多いし、技術の進歩によって新たに生み出された概念を表すものも多いように思います。インターネットという言葉も昭和の頃には確か無かった。隔世の感があります。今「ケータイ」と言えば携帯電話やスマホのことを指しますが、通信インフラの爆発的普及に伴って定着した例でしょう。これらははじめ「現代用語の基礎知識」などの新語辞典に載ったのち、いつのまにか消えていくものもある一方で、認知が進めば広辞苑に載り、晴れて日本語として定着するものもあるのです。

 そんな新語のひとつに「待機電力」があります。昭和中ごろまでこんな言葉は無かった。

keikoutou.png はるか昔戦前戦後の頃、家庭の電気といえばもっぱら照明用でした。今でも明かりを点けることを「電気つけて」と言うのはその名残りです。それが、高度成長の時代に冷蔵庫だの洗濯機だの炊飯器だの掃除機だのアイロンだの、いろんな家電製品が普及するにつれて電気のコンセントは天井から床に近い壁に移動してきて、家庭の電力消費が増えていきました。

 電気代節約のため昼間は照明消したり、電気ストーブもマメに消したりする庶民の行動様式が定着しました。誰もいない部屋の扇風機が回ってたり誰も視てないテレビが点けっぱなしなどは言語道断の不埒な所業でした。常時通電が必須の冷蔵庫はまあ例外として。そんな時代に、ただ待機するために電力が消費されていくなんてことは考えられんかったのです。

 それが、今やテレビ、ビデオ機器からエアコン、給湯器、ウォシュレット、自走式掃除機に至るまで、完全に電源をシャットダウンせず待機状態にして、リモコンのスイッチオンでただちに稼働する使い方が当たり前になりました。下手にコンセント抜いたりすると、次に使うときに時刻の設定からやり直しで、実にめんどくさい。使ってないからってエアコンの電源いちいち抜いたりしたら、逆に起動に余分な電力を消費してしまいそうです。昨今の家電は、「電源抜くな」をデフォルトとして成り立ってるのです。aircon.png

 夜、寝る前にリビングの照明を消してざっと見渡すと、待機状態の家電の小さなLEDがいたるところで光っています。エアコン、テレビ、Blu-ray、オーディオ、nasne、扇風機、給湯器端末、電話機、インターホン、wi-fiルーター、モデム...。稼働状態に比べれば圧倒的に少ないとはいえ、そこそこの電力を消費しているのではないでしょうか。

 パソコンに関しては、わたしが家にいる間はずっと立ち上げてますが、寝る前にはさすがに電源を落とします。巷では24時間稼働させてるヘビーユーザーも多いそうです。確かに、家じゅうの家電をパソコンで一元管理してるオール電化のおうちでは畢竟そうなるのかも知れません。もう、一般家庭も電気使用に関しては24時間営業のコンビニ化しているのです。

 そんな中、原発の停止や戦争の影響で電気料金が高騰しているそうです。ふだんからあまり気にもせずに使ってるのでどんだけ負担が増えたのやら詳しく知らんのですが、「電気代が家賃並み」なんてニュースを視るに、やはり少しは気になってしまいます。

 もうすぐ24時間エアコンつけっぱの季節がやってきます。リビングにあるシステムコンポなんて使うのは年に数回。このあたりから電源ケーブル抜いてしまおかなっと。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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