先週金曜日の夜、久々に仕事関係の宴席が夜中まで続きヘロヘロんなって帰りついたんで、昨日土曜は体力が戻らずぢっとお家で静養しつつ、視るともなく視てたテレビ。ドジャースの試合で、大谷選手の快刀乱麻の大活躍に思わず快哉を叫びました。まあ、神はなんともスゴイ人間を創りたもうたもんです。勇気をくれるとはこういうことでしょう。もうね、同じ時代を生きていることに感謝してしまいます。
お相撲さんはロンドン公演で大入り満員、フランスではフィギュアGSで日本勢が表彰台独占、ペアも金メダル、サッカー日本代表がなんとブラジルに大逆転勝ちするなど、スポーツでは日本勢の活躍が目立つこの頃です。
さて、半年間にわたって開催された大阪・関西万博、とうとう終わってしまいました。
開催が決まってから始まるまでのあいだや始まった当初は批判的なメディアが、やれメタンガスが出ただの、レジオネラ菌発生だの、蚊が湧いただの、悪意に満ちたネガティブな情報を発信し続けたことから観客数が想定を下回る期間が続きました。入場予約も余裕があり、パビリオンの予約も高確率で当選してました。このまま盛り上がらないまま終幕となるのかと思いきや、実際に行った人の高評価が伝わるようになると急激に人気が上昇し、夏以降は入場券買ったのに入場予約ができないような状態となり、パビリオンに至ってはよほどの幸運がないと当たらなくなりました。
「吉村さん、6カ月と言わずもっと延長してくれ」「すんません。国際組織との規約で半年と決められてるんです」などというやりとりが伝わるほど国民が熱狂した今回の万博、「反対、阻止」を掲げ騒いでた反日市民団体や左巻きメディアはどう総括するでしょうか。
お祭り大好きミーハー人間を自負するわたしはというと、もちろん通期パスを買って、さて何回行けるかなと鼻息荒く楽しみにしていたところ、仕事の都合など諸般の事情が災いし結局8回しか行けませんでした。若者たちなれば猛暑酷暑の日であろうと、炎天下で何時間並ぼうと、一日に何万歩を歩こうと、体力勝負なら苦にならないでしょう。しかしこの歳になるとなかなか辛いものがあり、会場に行くには綿密な計画ののちに当日の気象状況を的確に判断し、自身の体調と相談しながら決行することになります。んで、当初想定してたほどは回数稼げなかった。職場の同僚などは「そいや、最近万博行ってないな。今日、帰りに行ってきます」なんて猛者もいて、関西人にとってこの半年間は非日常の豪華お祭り期間であったことは確かです。
それが、ついに終わりを迎えてしまった。東京五輪のときもそうでしたが、祭りのあとの虚しさが秋風に乗ってやってきました。
「いのち輝く未来社会のデザイン」のコンセプトが通底しており、一人ひとりが自らの望む生き方を追求し、個々の可能性を最大限に発揮できる社会を目指す、同時に、その生き方を支える持続可能な社会を国際社会全体で共創していくと。どの参加国もこの共通したテーマを意識した展示であり、イベントでなければならなかったのです。USJのアトラクションとは違って、ただ単に面白いではあかんかったのです。
多くのパビリオンで最先端映像・音響技術によりバーチャルな空間を体験させる展示やイベントが目立ちました。各パビリオン、工夫を凝らしてはいるものの、映像のみではなく体感に訴えるなど、見せ方は結局どこも似たり寄ったりとなった感は否めません。問題はコンテンツの中身です。
わたしが行った中で、良かったところというと、まず台湾館は挙げられます。
中国の嫌がらせで正式に台湾館とは名乗れず、「TECH WORLD」としていちおう企業体裁の出展となりました。パビリオンの場所も国家の公式パビリオンが立ち並ぶ会場の中央ではなく、リングの外側の端っこの方に追いやられてたりで、これは可哀そうでした。いっそ、中国館のすぐ隣に建ててやったらよかったのに。
台湾はいまや最先端のIT王国です。その最新デジタル技術を駆使して、台湾の自然や人々の生活を最先端技術を駆使して体験させる型で紹介しています。私まだ台湾は行ったことありませんが、おそらくはこんな雰囲気なんやろなと感じさせる素晴らしい展示内容でした。
中国館の展示は、台湾に比べるとショボかった。けったいな形の建物の中で目玉の「火星の砂」はあったけど、それ以外は古代の遺物など、なんていうか「この程度見せとけば十分やろ」感が出てて、なんだかなあという感じ。「火星の砂まで見せてやるからありがたく思え」という上から感満載で辟易しました。圧倒的に台湾の勝ち。
暑かったこと、歩いたこと、待ったこと、濡れたこと、終わってしまえばすべていい思い出です。
世界中の人々が一か所に集まり、一時確執を忘れともに共有すべき未来を語る。その志やよし。生きてるうちに2回の万博を経験できたことは僥倖であったといえましょう。
コメントする