お出かけの記録の最近のブログ記事

天井から天丼

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 いつもお世話になってる京都検定一級保持者にして高校時代の同級生プロデュースの京文化研究会、今回は洛東にある養源院というお寺を訪ない、見学させてもらいました。endou.jpg

 浅井長政公の菩提寺です。浅井三姉妹(淀殿、初、江)は大河ドラマにしょっちゅう顔を出すのでなじみが深いけど、親父の方はそれほどでもない。私としては、信長、秀吉、家康をAAAクラスとしたら、A++ぐらいの格づけです。今回の養源院はこの浅井家の因縁と怨念が渦巻くスポットといえます。

 淀殿(茶々)といえば、関西人にとっては憎っくき仇敵の徳川家康・秀忠親子の謀略により、大坂夏の陣で豊臣家の滅亡とともに非業の最後を遂げたヒロインです。その妹の江は政略結婚で秀忠の正室となったけど、結局姉を救えませんでした。そしてその良心の呵責に苛まれある日、姉と豊臣一族の御霊を悼む為に、もと長政の菩提寺やった養源院を再建したいと言い出した。「養源院」てそもそも長政公の戒名です。その菩提寺が関ヶ原のだいぶ前に焼けちゃって無くなってたのです。

 天下を取った徳川一味にとって豊臣家は敵やから、お寺なんか建てたら毎晩、豊臣の家臣の亡霊がでてくるやん、こわい、やめて、とこれを嫌がった。そこで江は一計を案じ「ふじゃ、徳川側の戦死者もお祀りします」ということにしたと。つまり、関ヶ原の3年前にあった「伏見城の戦い」で死んだ武将の血が染みついたお城の床板をお寺の天井に使うということで話つけてわがままを通してしまった。これが今に伝わる養源院の血天井です。

 江さん、よくまあそんな発想できたもんやと思うけど、それを認める徳川側もどうかと思います。いくら味方のんとはいえ、血の跡が残ってる事故物件の方がよほど亡霊が出やすいんとちゃうやろか。chitenjo.jpg

 しかし、調べてみると血の染みついた床板を天井板として使うのは当時トレンドやったみたいで、なんと京都だけでも10か所近く、天井に血の跡があるお寺があるんやそうです。知らなんだわ。

 この日、特別にお寺の人にガイドしていただき、見上げる天井の血の跡と伝わる黒い染みについても、時間をかけて詳細に説明してくれました。切腹して倒れた人の形に見える染みが、伏見城の戦いで自害した大将の鳥居元忠と言われてる、という話に一番熱がこもってました。

 これに対して、一緒に行った、建築士を夫にもつ友人は「床板は厚い。天井板には転用できひん」さらに「そもそも切腹したら血の海になるはずで、こんな形に跡残らへん」と極めて冷徹に分析所感を述べます。おそらくはそれが正しい。つまり、血天井とは史実をもとにして後年に創作されたエピソードではないかということで、私もそっちに賛成。

 それよりも、このお寺には俵屋宗達が杉材の扉に描いた傑作が三つそろってます。獅子図と麒麟はのちの風神雷神図に通じるものがあります。白象図。宗達さん、リアル象さんは見たことないと思いますが、このデフォルメはなかなかのもんです。現代に生まれてても前衛芸術家として名を成してたでしょう。ガイドさんから「これ、展示用のレプリカとちゃいまっせ、ホンマもんでっせ!」と聞き、去年の建仁寺を思い出しました。あちらの風神雷神図屏風はレプリカでした。shishizu.jpg

獅子図

kirin.jpg麒麟図

hakuzou.jpg白象図

 天井から血が滴る養源院をあとにした一行は、気のせいか中国人インバウンドの姿が減った洛東界隈をてくてく歩き、八坂へと向かいます。

houkouji.jpg 途中、方広寺に寄りました。ここは家康が秀頼にいちゃもんを付けて大阪冬の陣へとつながった有名な釣鐘があります。高校時代にクラスの遠足かなんかで京都に来たときに、この巨大な鐘を見た記憶があります。

 家康親子の所業は実に狡猾かつ悪辣でした。歴史に名を残し、ときに偉人と崇められる人物であっても決して聖人君子であったわけではなく、むしろ善人にはできない突出した奇抜な発想と大胆卑怯な行動が後世に功績として伝わることになります。現代の戦争もそうですが、争いは正しいものが勝つのではなく強いものが勝ち、勝ったものの都合で歴史が創られていきます。今のロシア、中国、イスラエルがまさにそうです。同様に家康は、歴史を動かした人物であることは否定しませんが、決して偉人なんかではありません。むしろ極悪非道の悪人として語られるべきなのです。

 さて、一行が到着したのは八坂の名店「圓堂」。天ぷらの老舗です。この日もお座敷に芸舞妓さんの手配をしていただきました。いつもながら京都通の友人のありがたさをひしひしと感じつつ旧友たちとの実に楽しいひとときを過ごし、天ぷら会席の締めはかき揚げの天丼でした。秋たけなわ、好天に恵まれた京都の一日でありました。

悲しいサガ

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 街中歩いてると金木犀の香りが漂ってきます。職場の部屋ではついこの間まで冷房が入ってたのに、地球の温暖化が進むと春と秋が短くなってくるという話を実感する三連休中日の朝です。

 そんな一気に晩秋の気配が押し寄せる昨今、高市内閣の支持率は各紙世論調査で軒並み高くでてます。自他ともに認める安倍さんの後継者として、最大の課題である経済対策に着手する前に外交デビューで米中韓を抑えた姿は師匠を彷彿させることろです。まずは順調なスタートといえるでしょう。

 この高市人気は、立憲共産党はじめ反日勢力各方面にとっては気に入らないところと見えて、かのレンホーや志位やなんかは「トランプに媚びを売った」とあいかわらずの的外れかつブーメラン的な誹謗中傷を発信し逆に社会の顰蹙を買ってます。こんな雑音は靴の裏についたゴミみたいなんもんです。高市さん、気にせずにもっと独自色を発揮するよう大いに期待します。 

 さて、先週のお話。また仕事で九州、佐賀市に行ってきました。馬関の南にはこれまでほとんど縁がなく、長い人生で10回も行ってません。それが、行くとなると月に2回も出かけることになるとは不思議なもんです。

 佐賀って、申し訳ないですけど印象薄いです。吉野ケ里遺跡と佐賀牛しか知らない。遺跡は子供のころからふるさと奈良県でお腹いっぱい見てるし、ブランド牛は日本中どこでも買えるんでわざわざ現地に行く必要はありません。だから、何度も申し訳ないけど、佐賀って印象薄いです。強いて修辞を言えば、国際的大都市の福岡から風光明媚な歴史ロマンの街長崎へと向かう「途中に通過する一帯」ということになるのでしょうか。印象薄いです。

nagasakishinkansen.jpg 1980年代のこと、何にもなかった佐賀県の吉野ケ里周辺で工場団地の計画が出て調査したところ、大規模な遺跡が見つかったと。その後、発掘が続き、地元は「ひょっとしたらこれは邪馬台国の残滓ではないか」などと言いだして、全国的に有名になっていきました。

 もし、ここにあっさり工業団地が建ってたら、全国民にとっての佐賀県の印象はさらに希薄なものになってたのではないかと思います。都道府県の全国的知名度という点で佐賀県は、吉野ケ里サマサマなのです。

 その吉野ケ里にしてももちろん邪馬台国があったと決まったわけでは全然なくて、むしろそんな証拠は全くありません。ここで石棺が出たんで開けてみたら土しか入ってなかったという一件を2年ほど前に書きました。邪馬台国論争でいえば、わたしはもちろん畿内説派です。箸墓古墳を掘らせない宮内庁のせいで、日本の歴史学、考古学分野の学術的進展が著しく阻害されているのです。

 話それた。佐賀です。

 今回、初めて佐賀に行くことになって、「遠いし、飛行機やな」と調べたところ、空港はあるのになんと大阪ー佐賀は飛んでいない。「仕方ない、ふじゃ新幹線」と調べたところ、驚いた。博多から長崎に至る西九州新幹線は3年前に部分開業してるのに、途中の佐賀まで新幹線だけではいけないのです。

 九州新幹線はほんのちょっとだけ佐賀県を通ります。ほんのちょっと通ったところに新鳥栖という駅があります。長崎に行くには、ここで長崎新幹線に乗り換えるのかと思いきやなんと佐賀県内、新幹線は走ってません。佐賀県内東の端の新鳥栖と西の端の武雄温泉の間は在来線のままというケッタイな状態になってます。

 つまりですね、大阪福岡方面から新幹線で長崎入りするには、博多または新鳥栖で在来線に乗り換え、武雄温泉でまた長崎新幹線に乗り換える必要があるのです。shintosu.jpg

 なぜにこんなことになってるのか。調べたところ、どうも佐賀県がフル規格新幹線の建設に反対しているらしい。なんと、なんと。普通「うちの町にもぜひ新幹線を」となるはずやのに、佐賀のひとびとはそうは思っとらんのです。

 どうやら「佐賀から福岡に行くなら、今走ってる在来線特急で十分。逆に新幹線通って特急の運行数が減ったら困るし。観光客は佐賀なんか素通りして長崎に行くやろし、佐賀にあんましメリット無いのに建設費の負担だけが莫大で納得できない」ということらしい。確かに長崎にとっては、福岡、関西と新幹線で直結できたら経済効果抜群で万々歳やけど、佐賀にしてみたら「ちょっと待ってよ」てことのようです。他県民の印象薄い、佐賀県民の悲しいサガかな。

 国とJR九州、それにもちろん長崎県は早く直結したい。しかし、佐賀県側は頑なで、完成予定どころかまだ着工のめどすら立っていない状態です。長崎県にとってはせっかくの新幹線が宝の持ち腐れといったところです。だって今のままだと県内の移動速度を上げるだけのために新幹線作ったようなもんなんやから。

 このままでは、まあリニアの大阪開業と西九州新幹線の全面開通、どちらが先かという気の長い話になりそうです。

 思うに、計画はじめの段階できちんと沿線自治体とお話合いして決着してから一気に着工すべきやのに、なぜに見切り発車したのか。なんとなく静岡県がリニア中央新幹線に嫌がらせして工事許可を出してないのに似てます。前にも書きましたが、なんせ整備新幹線計画はすべてにおいて杜撰すぎます。政治家が悪い。高市総理、よろしく頼みます。

万博ロスはじまる

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 先週金曜日の夜、久々に仕事関係の宴席が夜中まで続きヘロヘロんなって帰りついたんで、昨日土曜は体力が戻らずぢっとお家で静養しつつ、視るともなく視てたテレビ。ドジャースの試合で、大谷選手の快刀乱麻の大活躍に思わず快哉を叫びました。まあ、神はなんともスゴイ人間を創りたもうたもんです。勇気をくれるとはこういうことでしょう。もうね、同じ時代を生きていることに感謝してしまいます。

myakmyaku.jpg お相撲さんはロンドン公演で大入り満員、フランスではフィギュアGSで日本勢が表彰台独占、ペアも金メダル、サッカー日本代表がなんとブラジルに大逆転勝ちするなど、スポーツでは日本勢の活躍が目立つこの頃です。

 さて、半年間にわたって開催された大阪・関西万博、とうとう終わってしまいました。

 開催が決まってから始まるまでのあいだや始まった当初は批判的なメディアが、やれメタンガスが出ただの、レジオネラ菌発生だの、蚊が湧いただの、悪意に満ちたネガティブな情報を発信し続けたことから観客数が想定を下回る期間が続きました。入場予約も余裕があり、パビリオンの予約も高確率で当選してました。このまま盛り上がらないまま終幕となるのかと思いきや、実際に行った人の高評価が伝わるようになると急激に人気が上昇し、夏以降は入場券買ったのに入場予約ができないような状態となり、パビリオンに至ってはよほどの幸運がないと当たらなくなりました。

 「吉村さん、6カ月と言わずもっと延長してくれ」「すんません。国際組織との規約で半年と決められてるんです」などというやりとりが伝わるほど国民が熱狂した今回の万博、「反対、阻止」を掲げ騒いでた反日市民団体や左巻きメディアはどう総括するでしょうか。20250509_053017517_iOS.jpg

 お祭り大好きミーハー人間を自負するわたしはというと、もちろん通期パスを買って、さて何回行けるかなと鼻息荒く楽しみにしていたところ、仕事の都合など諸般の事情が災いし結局8回しか行けませんでした。若者たちなれば猛暑酷暑の日であろうと、炎天下で何時間並ぼうと、一日に何万歩を歩こうと、体力勝負なら苦にならないでしょう。しかしこの歳になるとなかなか辛いものがあり、会場に行くには綿密な計画ののちに当日の気象状況を的確に判断し、自身の体調と相談しながら決行することになります。んで、当初想定してたほどは回数稼げなかった。職場の同僚などは「そいや、最近万博行ってないな。今日、帰りに行ってきます」なんて猛者もいて、関西人にとってこの半年間は非日常の豪華お祭り期間であったことは確かです。

 それが、ついに終わりを迎えてしまった。東京五輪のときもそうでしたが、祭りのあとの虚しさが秋風に乗ってやってきました。

vlcsnap-2025-10-18-22h14m29s881.jpg 「いのち輝く未来社会のデザイン」のコンセプトが通底しており、一人ひとりが自らの望む生き方を追求し、個々の可能性を最大限に発揮できる社会を目指す、同時に、その生き方を支える持続可能な社会を国際社会全体で共創していくと。どの参加国もこの共通したテーマを意識した展示であり、イベントでなければならなかったのです。USJのアトラクションとは違って、ただ単に面白いではあかんかったのです。

 多くのパビリオンで最先端映像・音響技術によりバーチャルな空間を体験させる展示やイベントが目立ちました。各パビリオン、工夫を凝らしてはいるものの、映像のみではなく体感に訴えるなど、見せ方は結局どこも似たり寄ったりとなった感は否めません。問題はコンテンツの中身です。

 わたしが行った中で、良かったところというと、まず台湾館は挙げられます。

 中国の嫌がらせで正式に台湾館とは名乗れず、「TECH WORLD」としていちおう企業体裁の出展となりました。パビリオンの場所も国家の公式パビリオンが立ち並ぶ会場の中央ではなく、リングの外側の端っこの方に追いやられてたりで、これは可哀そうでした。いっそ、中国館のすぐ隣に建ててやったらよかったのに。

 台湾はいまや最先端のIT王国です。その最新デジタル技術を駆使して、台湾の自然や人々の生活を最先端技術を駆使して体験させる型で紹介しています。私まだ台湾は行ったことありませんが、おそらくはこんな雰囲気なんやろなと感じさせる素晴らしい展示内容でした。

 中国館の展示は、台湾に比べるとショボかった。けったいな形の建物の中で目玉の「火星の砂」はあったけど、それ以外は古代の遺物など、なんていうか「この程度見せとけば十分やろ」感が出てて、なんだかなあという感じ。「火星の砂まで見せてやるからありがたく思え」という上から感満載で辟易しました。圧倒的に台湾の勝ち。

 暑かったこと、歩いたこと、待ったこと、濡れたこと、終わってしまえばすべていい思い出です。

 世界中の人々が一か所に集まり、一時確執を忘れともに共有すべき未来を語る。その志やよし。生きてるうちに2回の万博を経験できたことは僥倖であったといえましょう。

リニア残照

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 高市さん、公明党の連立継続失敗で、のっけから躓いたかたちですね。いばらの道が始まりました。しかし、総理大臣に決まるのはまだちょっと先ですんで、今日も全く違うお話を。

 先週のことです。仕事で九州に出向き、宮崎から日豊本線に乗ってトコトコと北に向かってたわけですよ。

 そう20251007_031331319_iOS.jpgすっとですね、車窓眺めててふと気づいたのですが、線路に並行して延々と高架が続いてるんです。スマホのマップで確認してもそんな線路も高速道路も無いし、なんやろなと思ってよくよく見ると、高架の上にびっしりとソーラーパネルと思しきものが載ってるのです。「なんやこれは」と気になって調べてみたら、なんとこれはかつての「リニアモーターカー実験線」であることが分かりました。

 リニアモーターカーといえばかつて、わたしはリニア中央新幹線建設に懐疑的であったにも関わらず、試乗の抽選に当選するや、大喜びでいそいそと出かけていった経緯をかつて書きました。あれは山梨県での出来事でした。

goshin.jpg そういえば山梨に実験線ができる前の遠い昔、国鉄の時代に、リニアの実験線が初めて宮崎で作られたという話を微かに覚えてます。まだ、リニアの営業開始など遥か遠い未来の話で、まさに車体その他の実験レベルの時期であったと記憶してます。

 その残滓が今ここに残っていたわけです。山梨のようにリニアの営業路線の一部として組み込まれることもなく、かといって新幹線その他の路線として利用されることもなく、延々数kmになんなんとする巨大というか長大というか、ケッタイな形の発電所に姿を変えて世の役に立っているという現実を目の当たりにし、ときの移ろいと歴史の進捗をしみじみ感じました。

 山梨の場合は、実験用の線路をそのまま営業用リニア新幹線の一部として利用することは、作る前から既定のことやったと思います。しかし、ここ宮崎の場合はというと、まさか日本最初のリニアの営業路線が九州の田舎に建設されるとは考えにくく、最初からまさに実験のためだけのものやったのです。せっかく作った高架線路、実験終わった後の利用方法なんて誰も考えてなかったとしたら、まさに大らかな時代であったといえましょう。それにしてもソーラーパネルを敷き詰めるとは。

 廃高架というと、わがふるさと奈良県における旧国鉄未成線の五新廃線を思い出します。ずさんな計画がわざわいしあえなく工事が中止され野ざらしになった高架線路、舗装してしばらくはバス専用道路として使ってたところ、すさまじい過疎化の進行でそもそも利用者がいなくなり、バス路線も廃止と。その後一般に開放されて、つまりごく普通の道路として供用されたやに聞いてますが、その後どうなったか詳しいことは知りません。げに恐ろしきは過疎の波と国鉄(JR)の将来予測の甘さです。ここもいっそのこと宮崎リニア見習ってソーラーパネルしきつめて「五新発電所」として再出発してはどうでしょうか。無駄に使った税金を少しは回収できるんやないでしょか。 

端から端まで

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 昨日から仕事で山陰に行っており、先ほど帰ってきたようなわけで、一服してこんな時間にブログを更新しています。もっと早く家に帰るつもりやったんですが、機体の整備が遅れて1時間以上待たされたりで、予定が狂いました。飛行機はこれがある。お詫びの印にって、空港内で使える食事券をもらいました。こんなん初めてです。当然、小さな空港のカフェは時ならぬ大混雑となり、オーダー待ってるあいだに大阪便は出てしまったなんてことになったら、それはそれで面白かったかも。

 さて、とうとう今夜のゲームでわが阪神タイガースのリーグ優勝が決まる可能性があります。だから本当いうと今日のエントリーは、今年の戦いをゆっくりと振り返ってみたいところですが、決まったら決まったでブログ更新どころではなくなります。今日決まるとは限らないけど、今週中に決まることは間違いないわけで、次回以降に綴ることとして、今日は違うお話。

20250903_052646064_iOS.jpg 先週、平日にお休みをもらい、またふらっと万博に行ってきました。過去半世紀のあいだ大阪府民が「万博に行く」というと吹田市の万博記念公園に出かけるという意味でしたが、今はもちろん夢洲の大阪・関西万博を意味します。終幕まで2カ月余りとなりました。まだ入っていないパビリオンもありちょっと焦ってきました。

 この日予約がとれてたのはパナソニック館「ノモの国」だけで、ここだけ入ってあとは状況をみながら地下鉄が混まないうちに帰ろうと、軽いノリでした。

 ご存じのとおり、この予約というのは2カ月前、1週間前、そして当日と、3回チャンスがあります。開会前はいろんなところを苦も無く予約できてました。レストランの予約もしかり。しかし、盛り上がるに連れて今や予約サイトにアクセスするのも待たされるありさまで、お目当てのパビリオンの抽選に当選するためには、おそらく引き換えにこの先何年か分の運を差し出さねばならないでしょう。

 前回行った先月半ばに比べて、日差しは若干弱まってるものの、やはり暑い。入場して自由に歩きまわれるようになると暑さ凌ぎも幾分楽ですが、入場ゲート前で手荷物検査を待つ時間、これが辛い。日陰がなく、最低でも30分程度は殺人的日光攻撃に堪えなければなりません。

 入場すると、当日の空き枠予約にチャレンジできるわけですが、これがまた難しい。その時点で予約できるところを検索して、予約可能なパビリオンやイベントを探すわけですが、一見してほぼすべての時間帯に✕印がついてて選べません。しかし、この時点で諦めてはいけないのであって、同じ画面をリロードしてると、ときどき✕が〇に変わる瞬間があるのです。何回も万博通ってるとそんな知恵がついてきます。おそらくは、予約持ってる人がキャンセルしたりで一瞬空きができる。ところが、多くの入場者も同じ画面を同時に見ているんやからカルタとりみたいに早い者勝ちで、タップしても他の誰かの方が一瞬早くて「確保できませんでした」となります。20250903_052729523_iOS.jpg

 先週も何回かやってるうちに、なんと空き枠をゲットすることができました。「未来の都市」という、博覧会協会と日立、KDDI、KAWASAKI、商船三井などいくつかの企業がスポンサーになってるパビリオンです。やった、今日並ばずに入れるところがふたつになった! ところが。

 地図で確認するとですね、このパビリオン、なんと大屋根リングを遠く外れた、会場の西の果てにあるではありませんか。一方「ノモの国」は同じくリング外、会場の東の端です。万博に足を運ばれた方であれば、炎天下あのとてつもなく広い会場の端から端までただ歩くということがいかに過酷で根性を試されるか想像いただけると思います。しかも予約できたそれぞれのパビリオンの入場時刻は1時間しか離れていません。つまり、「未来館」に入って館内の多くの展示、イベントを見て回り、その後西の端から東の端まで歩いて「ノモ」に入館する。これを1時間以内にやれというミッションです。一瞬、予約破棄が脳裏を掠めました。しかし、わたしはKDDIと商船三井の株主様でもありこれもなにかの縁と悟り、決行することにしました。

 未来館は中にいろんなブースがあって、未来を感じさせる体験型アトラクションにも行列ができてます。現代社会では、何か行動を起こすためにはまず並ばないといけないのです。なかなか魅力的な展示で、もっとよく聞きたいしできれば体験してみたいのはやまやまなれど、すべてのブースを心ゆくまで堪能するとなると、これおそらく半日以上はかかるのではないでしょか。せっかくの機会ですが、ムリです。

20250903_060025964_iOS.jpg 走り抜けるように未来館の展示を見て、そのままスピードを緩めずに会場の東の端を目指して歩く、歩く、歩く。予約時刻10分前にとうちゃく。

 今回のすべての国のすべての出展は、半世紀前のような単に未来予想と新しい科学技術の紹介だけではなく、SDGsの取り組みや自然との共存や全人類の幸福生存といったテーマが織り込まれてます。単に「わが国は月に行った、火星に行った」ではいまや見向きもされないのです。そういった意味で、70年万博でタイムカプセルを埋めた、ライジングサン・ジャパンの牽引役でもあった大パナソニックのパビリオンにしても例外ではありません。立体音響と空間映像を駆使して冒険感を出しながら、複雑化する社会の中で目に見えるものだけにとらわれることなく、ひとりひとりが自分自身の可能性に気づくべきというテーマを貫きます。特に、われわれ可能性が尽きたオッサン相手ではなく、子どもたちを意識した演出はなかなかに上手い。半世紀前に、人間洗濯機や動く歩道なんかよりも実物の外国人を初めて見て「すげー!」と感じたインパクトよりは、子どもたちに夢を与えられるのではと思いました。

 開会当初と比べて、会場内を行き交う人の密度が明らかに増えてます。行った人が口をそろえて「よかったよー」とあちこち喧伝しまくるもんやから当然そうなりますわな。開会までにネガティブ情報を広めて反対してた連中はすっかり大人しくなりました。このまま終了まで突き進むと今回の万博は、「いろいろあったけど、まあよかったんとちゃう」と、好意的に総括されるでしょう。五輪のときみたいに、終わってから利権に絡んだ悪人どもが引っ張られるなんてこともなさそうです。

 もちょっと涼しくなったら、混雑覚悟でもう2~3回は足を運んでみたい。予約、頑張ります。  

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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