お出かけの記録の最近のブログ記事

清めたまえ

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20181111_034228431_iOS.jpg いいお天気であります。

 今日は高校ラグビー大阪府大会の決勝戦応援で、お昼から花園ラグビー場に出かけます。観戦日和です。

 さて、週の日曜日、県人会主催ふるさと奈良県への遠足(施設見学会)で大神神社、長谷寺、笠山荒神に参拝してまいりました。

 「おおみわじんじゃ」と入力したらちゃんと変換するあたり最近の変換ソフト立派なもんですが、もちろん行ったことあります。「有史以前創建。式内社(名神大社)、大和国一宮、二十二社(中七社)。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社」(wikipeより)ということは奈良県でいっちゃん偉い、なんしか古くて大きい立派なお宮さんです。参道の大鳥居は昭和天皇の御在位60年奉祝で建立された耐候性鋼板の近代建築物で、高さ32メートルは日本一大きいそうです。20181111_010531307_iOS.jpg

 背後にそびえる三輪山そのものがご神体なので、ほかの神社のようにご神体を祀る本殿がありません。拝殿だけです。その拝殿の後ろがわ三輪山の麓に三つ鳥居という、その名のとおり鳥居を三つくっつけた形の鳥居が据えられています。普段は見ることができないのですが、県人会は団体で申し込んだとかで、すぐそばまで行くことができました。

 私は厄払いすら一度もやったことがない不信心なもので、正式な参拝なんて初めてです。神主さんが祝詞あげて、大きなチリ叩きみたいなの(大麻(おおぬさ)というそうです)を左右に振る例のパフォーマンスでもって、積もりに積もったけがれを祓い清めていただきました。お神酒をいただき、御朱印をいただき、三輪そうめんの老舗で昼食ののち一行は長谷寺へと向かいました。20181111_042248754_iOS.jpg

 長谷寺も何度もお参りしたことある大寺院です。県下に4つある西国三十三所のひとつ第8番目の札所。このあたり奈良まほろば検定2級レベルの定番です。大きな観音様がご本尊で、その足を撫でるとご利益があるとか。確かに足元だけ金箔も漆も剥げきってカピカピに光ってます。説明役のお坊さん「しっかり撫でてもらうと私らの仕事がちょっとだけ減ります」なるほど。

 坊様の営業トークはどこのお寺でも洗練されてる昨今ですが、長谷寺でも法話のプロはさすがにお上手です。「このお寺には賽銭箱が○○個(忘れた)置かれてて、それぞれの箱の前でしっかりと音を立てていただきたい。音がしない方がもっとありがたいのですが」

 最後に向かった笠山荒神、正しくは笠山三宝荒神社といって、火の神様、竈(かまど)の神様です。通称「笠の荒神さん」。ここは初めて来ました。20181111_070406934_iOS.jpg

 日本三大荒神というのんがありまして、そのひとつとされてます。宝塚の清荒神は関西人にはおなじみです。あとのひとつが奈良県野迫川村の立里(たてり)荒神。野迫川といえば吉野郡出身のわたしでさえ足を踏み入れたことがないとてつもない山奥、下界からはるか隔絶された「もののけ姫」の世界です。三つとも近畿地区に集中しており、うちふたつが奈良県にあるということで、日本の三大荒神というキャッチフレーズ、ホントかなとか思ったりもします。

 お寺もいいけど、神社もよい。どこの神社でも同じですが、神社の境内に足を踏み入れた瞬間、俗世から結界を越えて神妙に八百万の神すなわち大自然の意思と向き合い、自分を見つめ素直に反省する気持ちが自然と湧いてきます。神道ははたして宗教かということをかつて書きましたが、境内で自然と生じる、これは日本人なればこその感情やと思います。グローバル化の時代、インバウンド大いに結構、移民法改正で外国人労働者が増えるのもいいでしょう。しかし、お寺、神社は単なる観光地ではなくて日本人の心のよりどころとしてこそ永らえていただきたいとあらためて思った、晩秋の楽しい一日でありました。

一線を越えた

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 ここしばらくいいお天気が続いています。そんな中先週久しぶりに参加した職場関係の大きなゴルフコンペでなんと3位入賞という快挙を果たし、賞品に立派なマツタケをいただきました。ゴルフは、ハンデキャップによって私のようにド下手な人間でも上級者と同じように競えるところがいい。それにしても運がよくていいハンデを貰いすぎました。ありがたい話です。

 ところで、韓国がまたやってくれました。20181030_100201304_iOS.jpg

 徴用工訴訟で、最高裁判所が原告の訴えを認めて日本企業に賠償金を払えとの判決を出したそうです。アホか。

 日本政府、民間を問わず各方面で一斉に反発しているとおり、とんでもない話です。中曽根元外務大臣は「(韓国は)国家としての体をなしていない」とコメントしました。また、評論家の石平氏は「日韓関係はもう破裂した。もう終わったんです。」と言いました。これぞ日本人すべての今の思いではないでしょうか。

 韓国の、国としてのなんとも不埒で不愉快な振る舞いについては、折に触れてこのブログでも綴ってきました。そしてそれらの帰結として、もはやこんな国とはかかわらないようにするべきだ、ということを書きましたが、それが正しかったことが今回明確に裏付けられました。超えてはいけない一線を越えパンドラの箱を韓国自ら開けてしまったといえるでしょう。

 戦後賠償については、今更いうまでもなくサンフランシスコ平和条約などの条約によってすべて解決済みです。その前提に基づいて現在の国家間の関係は成り立っているわけです。にもかかわらず、今となってあらためて賠償を提起することは、その合意の土台を根底から覆してしまうことになります。判決どおりに原告の自称徴用工の対して賠償金を払うことなどあってはいけないのです。

sappari.jpg 新聞各紙も一斉に反発しています。まともな感覚を備えた人であれば、日本人であってもなくても、あきらかにおかしいと思うはずです。

 政権が変わるたびに国際社会との約束を破るような国に対して、いったい誰ががまともに付き合おうと思うでしょうか。いまだに知らん顔している文在寅大統領と韓国政府の対応を見極める必要があります。憲法や法令の上にある「国民情緒法」に基づいて、国家間の条約を蔑ろにした司法におもねるのか、それとも国際社会の法治を遵守する多少とも正常な感覚を備えているのか。その対応によっては、わが国は単に抗議するだけではなく、本当に激怒しているということを実際の対応でしっかりと知らしめなければなりません。

 しかしそんな中にあってもやっぱり朝日新聞は「多くの人々に暴力的な動員や過酷な労働を強いた史実を認めることに及び腰であってはならない。...負の歴史に由来する試練をどう乗り切り、未来志向の流れをつくりだすか。政治の力量が問われている。」とピントの狂った論調を呈しています。いったいどこの国の新聞なのかと言いたい。「政治の力量が問われている」こんなことは韓国政府に向かって言うてください。さすが、慰安婦問題捏造で日本と日本国民を徹底的に貶める策謀を成就した反日メディアの面目躍如といったところです。

 ここに至ってわが国政府が朝日新聞のいうように力量を示すとするならばそれはすなわち、今後一切この国とは関わらない、放っておく、無視する、もちろん協力や援助など行わないという毅然とした国家の方針を確認することにほかなりません。決してこんな国と「未来志向の流れ」などつくりだす必要はありません。

konjaku1.jpg 「大阪くらしの今昔館」という博物館を見学してまいりました。

 現在、うちの職場にゆかりの企画展示を行っているという関係であります。しかしながら、恥ずかしいことに、こんな施設が大阪にあることを知りませんでした。ほんとの名前は「大阪市立住まいのミュージアム」やけど別名の方が通りがよくなって、今や皆がそう呼んでるそうです。変なの。

 はじめは、市がやってるということでこれまで行ったことがある東洋陶磁美術館や人権博物館などのガラガラの施設を想定してました。まあ、ゆっくりと涼んでこようかと。ところが最寄りの地下鉄天六駅を降りて直結の通路を進む間に「?」。なんだか人が多い。それも明らかに日本人以外の集団がわたしと同じ方向へと進んでいきます。konjaku2.jpg

 博物館はビルの8階~10階部分なんですが、地下のエレベータ乗るあたりから凄い混雑です。入口のある階で降りてみると、なんとエレベータから切符売り場まで長蛇の列が。そのほとんどが外国人と思しき人たちです。係の人が英語で話しかけて場内整理してる。キンキンにクーラーが効いたガラッガラの広い空間でゆっくりと過ごそうという思惑は完全に当てが外れました。あとで知ったのですが、実はここ訪日外国人の絶大な人気スポットやったのです。知らなんだがな、そんなこと。

 江戸時代から昭和に至る大阪の町と住まいの移り変わりを再現してます。再現といっても模型ではなく、映画のセットのように本当の街並みをそのままの形で作ってあるので、当時の街並みの中にタイムスリップした感覚を味わえます。これはなかなかに凄い。船場あたりの商家や裏長屋、まさに枝雀さんや米朝師匠の上方落語の舞台が忠実に再現されてます。これは本当に凄い。

 浴衣着た外国人さんたちが多いなあと思ってたら、なんと貸し出しのサービスをやっているらしい。待ってる人が列を成しており待ち人数が表示されてます。確かにこの人気は納得です。やっぱり日本に来たらキモノですわな。

20180722_022741412_iOS.jpg 8階に降りると、近代の大阪が模型で再現されています。実に見事な出来栄えです。北浜、新開地、戦後廃車になった木炭バスを並べて住居にした城北バス住宅なんてのもありました。うちの職場のすぐ近くですやん。

 すべての展示を通して、明治の初めわが国が近代国家へと変貌を遂げる過程で、当時の東京市を凌ぐ人口を擁し大大阪と呼ばれた往年の勢いが伝わってきます。殖産興業政策による発展と同時に市民の生活が当然にあったわけで、派手な科学技術の成果や高度な芸術・文化だけでなく、市民生活に光を当て、しかも単なる道具や写真で断片を見せるのではなく、当時のそのままの空気を今に再現した手法は実に見事といえます。

 また、時間があったら行ってこよ。仕事の帰り道やし。

 リニア中央新幹線について、かつてわたしは「成功するとは思わん」とネガティブなことを書きました。しかし、いつも言ってますようにわたしは何かにつけ批判するときはボロクソに言いますが、その批判精神をはるかに上回るミーハー性を自認しているのであって、「ふーん、リニア乗せてやろと思たけど、そんなこと言うんならやめた」とか言われたら「ちょ、ちょっと待って。リニア賛成です!」なんててのひら返しを平気でやってみたりするわけです。
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 試乗の抽選が始まった最初の年から応募し続けて幾星霜。ようやく競争倍率も落ちてきたと見えてこのたびめでたく当選しました。で先週、早めの夏期休暇をいただき、「JR東海 平成30年第2回超電導リニア体験乗車」行ってまいりました。今回はその総力レポートです。

 リニア中央新幹線は東京-名古屋間が2027年開業、大阪延伸は早くてその20年後といいますから、大阪まで来るのを待ってたら多分私は間に合わないでしょう。若い世代の人たちは営業運転始まってから乗ればいいのであって、つまりこの試乗のイベントはわれわれ熟年世代のためにあるのです。イベント期間が年間3回あって、それぞれ募集があります。今年2回目の今回は7月から8月にかけて10日間ほど行われます。1回に最大150人が乗れて1日6便運行されるんで、単純に数えたら延べ9,000人ほどが乗れることになります。 

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 試乗には料金がいります。1区画(2人)4,320円と結構なお値段ですが、もちろん最先端技術の先取り代としては全く高いとは思いませんし。

 さて、実験場はとんでもない田舎にあってアクセスがよくありません。試乗会が開催される日には最寄のJR中央線大月駅から臨時バスも出るそうですが、わたしはせっかくなので富士山ろくでの温泉宿など事後の移動も視野に入れ、大月駅からレンタカーにしました。実験場のそばには広大な駐車場があります。

 大阪から新幹線、新横浜から横浜線快速、八王子から特急「かいじ」を乗り継いで大月に着いたのがお昼12時半頃。食事を済ませ車借りて走り始めたら10分ほどで実験場とうちゃく。近かっ。

 開門時間まで待ってると、係の人が記念撮影してくれました。毎回大量の乗客を相手にしてるからか、もう慣れたもんです。こんなサービスも料金のうちということか。20180801_045609459_iOS.jpg 搭乗チケットを発券します。手荷物検査と金属探知ゲートがあったりで、このあたりは飛行機の搭乗口にそっくりです。なるほど、最先端技術の結晶である車両や設備はテロの標的となる恐れもあります。しかし、営業運転始まってからもこんなことやるのでしょうか。これは難しいところです。テロは怖いけど、せっかくの飛行機に代わる大量輸送手段の機動性が損なわれてしまいます。おそらく実際には手荷物検査などなくて、新幹線と同じようにもっと簡単に乗れるようになるのでしょう。

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 搭乗前に乗客全員が一部屋に集合してじゃっかんのガイダンスがあり、5分ほどのプロモーションビデオを観ました。残念ながら撮影・録音禁止でしたが、リニアの見どころ、魅力をうまく編集しててなかなか楽しめました。

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 さて、いよいよ乗車というか搭乗というか、乗り込むわけですよ。このあたりもうワクワクがピークで、興奮して鼻血出そうです。20180801_053050922_iOS.jpg

 指定の席に座ってすぐに走り出しました。知らなかったんですけど超伝導リニアは、発車のときと止まる直前はゴムのタイヤで走ります。速度が増すことでリニアモーターに誘導電流が流れて揚力と推進力が生じるのです。浮上走行に移行してタイヤが格納された瞬間にガクンと振動が無くなるのは飛行機の離陸の時の感覚に似ています。

 実験線は全長42.8kmあり、試乗はこの区間を約2往復とちょっと行ったりきたりします。ほとんどがトンネルの中で小さな窓の外はほぼ何も見えないので、前方のモニターに映る映像で確認します。走り始めて1回目の折り返しの後ずんずん加速し、とうとう夢の時速500km超えの表示が。人類の叡智を体感した感動の瞬間です。20180801_072452801_iOS.jpg

 実験線を往復する中で何度か500km走行があったのち、乗降地点に戻ってきて車両は停車しました。しばし放心の時間を経て、案内に従って降車しました。

 試乗体験はこれで終了。実験場出てからすぐそばの「リニア見学センター」に寄ってから、駐車場に戻りクルマに乗り込みました。

 同行した奥さん「運転席も見たかった」「運転手さんはいないのだよ。すべて指令センターから遠隔操作で動くのだ」「そんなん、何かあったらどうすんのよ!」

 もちろん「何か」なんて無いし、まんいちあったとしたら運転手さんがいてどうなるもんでもありません。われわれ昭和の人間には感覚的に理解が追い付かないレベルの超絶科学技術の余韻にひたりつつ、富士山の大きなシルエットを正面に眺め、小さなレンタカーは河口湖畔の今宵の宿に向かって走りだしたのであった。

 ちょっと事情がありまして、力仕事をしてまいりました。

 さきの西日本豪雨で土砂崩れの膨大な泥がキャンパスに流れ込み、未曾有の被害を受けた大学でその泥を運び出す作業を応援に今日行ってまいりまして、今時分のブログ更新となった次第です。20180715_011330971_iOS.jpg

 この、山から流れ落ちてきた土砂というのが実にくせ者で、「真砂土」という、粒子がとても細かくて土木工事や園芸で使うのには非常に適した粘土質の土なんですが、望まないカタチで堆積してしまうと何とも厄介なのです。重くて、乾くとまるでレンガを重ねたように硬く固まってしまいます。スコップで掘り返すのは相当な重労働なのです。

 もちろん土砂撤去の主たる作業は大型の重機でガガガッとやってしまうのですが、細かな部分はどうしても人の手でやる必要があります。写真のような駐車場のブロックの隅なんかは遺跡発掘よろしくシャベルでちまちまとやるわけです。

 ところで、この「スコップ」と「シャベル」どっちがどうよということは長年の論争を経て決着がついていません。邪馬台国みたいなもんです。ググってみると公式なJIS規格では、足をかける部分があるものを「シャベル(ショベル)」、ないものを「スコップ」というそうでどっちも大きいのんを指すそうです。で、片手で持って使う例の小さいやつは「移植ゴテ」というそうです。へー、そうなんや知らんかった。けど、関東と関西では大小の呼び名が逆とかも言われてますし、わたしはというとこれまで「スコップの大きいやつ」と「小さいやつ」で意思疎通を図ってきました。「移植ゴテ」なんて聞いたことない。専門的な医療器具かと思てまうわ。img_0-min-1.jpg

 さて、普段力仕事などまったくしない上に気温が体温を上回る記録的な猛暑の中ということもあり、終わったあとは文字通りヘロヘロんなってしまいました。

 おびただしい量の土砂を押し流し人の生活を破壊するのも自然の営みならば、それを跳ね返す意欲と智力と体力を人に与えたのもまた自然の意思やということは、考えてみればおもしろい。さらに、ガテン系のお兄さんたちはこんなことを毎日やったはるわけで、わたしといえども慣れれば連日でできるように...ならんやろなぁ。

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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