長嶋茂雄氏が亡くなりました。
朝日新聞などは「アンチ巨人は多くても長嶋を嫌いな野球ファンはいなかった」なんて書いてますが、これは多分に認識不足で、私など現役時代の長嶋選手はあんま好きではなかったうちのひとりです。阪神ファンにはそういう人はまま、いるのではと思います。
王さんは違います。わが国のプロ野球にあって世界にその名を知られた偉人です。初代国民栄誉賞受賞者です。「世界の王」とは常に言われてましたが「世界の長嶋」なんて聞いたことありません。長嶋氏も受賞してますがずっとあとで、それもなぜかゴジラ松井氏とニコイチの受賞でした。記録の王、記憶の長嶋ともいわれてて、そのとおりやとは思います。記憶には残りますが、好きか嫌いかは別問題です。
わたしがものごころついた頃はプレイヤー長嶋の全盛期で、それこそ球界のスターでした。純真無垢な幼い阪神タイガースファンの一人としては、素直に仇敵読売ジャイアンツのメインロールとして、長嶋選手は憎しみの対象になっていました。親世代は、ことあるごとに「天覧試合のサヨナラホームラン、あれはファールやった。陛下がご覧になっている試合で審判に抗議する醜態は憚られたので、打たれた村山は涙を呑んで誤審に従ったんや」と聞かされて育ちました。そんなこんなで、ジャイアンツファン以外の、ましてや野球のことをよく知らない大衆までが長嶋、長嶋と騒ぐのを忸怩たる思いで成長してきたわけですが、今思うにこれは、弱いタイガースファン共通の、ある意味ルサンチマンの心理であったのでしょう。
確かにV9時代のジャイアンツは強かった。9連覇したわけやから弱いはずがない。タイガースファンにとってはまさに苦難の時期、われわれはぢっと耐えていました。その忍耐力、精神力はハンパありません。阪神は弱かったけど阪神ファンは強かったのです。そして10連覇を阻止したのも、わが阪神タイガースではなく中日ドラゴンズでした。このあたりも「ダメ虎」と言われ続けてきた所以で、まったくひとこともない。「ダメ虎」はあってもダメ竜、ダメ鯉、ダメ鯨なんて言葉は無かったのです。そんな阪神ファンの怨嗟の声援を長年にわたり爽やかに受け流してきたのが長嶋選手でした。V10ならずで引退した翌年、すぐさま監督としてジャイアンツの指揮を執り最下位に沈んだときには、なんとなく憂さが晴れたのを覚えています。
ON砲を擁してのV9時代の終焉が、日本のプロ野球のひとつの転換期になったことは間違いありません。テレビのプロ野球中継は全国的に数字が稼げる読売戦が中心で全国にやたらジャイアンツファンが増え、さらに中継も増えるという悪循環に陥ってました。マンガ、アニメの「巨人の星」もジャイアンツファン育成を助長する一因となりました。その結果、プロ野球は読売球団が中心で他球団はすべて脇役であるかのような様相を呈していきました。
しかし、世に悪が栄えたためしなし。その後、読売一味は人気とカネにものを言わせてやりたい放題、なりふり構わず戦力を集める手法に手を染め、クソッタレ江川の空白の一日事件や一場選手ドラフト裏金事件、契約金上限超過事件など数々の反社会的行為に対して世の批判が高まり、果てはナベツネの1リーグ構想や、スト決行時の「たかが選手の分際で」など傲慢な言動が頻発するに至り、かつて「紳士たれ」などと言われた球団の威信は地に塗れました。長嶋選手引退後の読売球団の哀れな末路でした。
長嶋氏はそんなドロドロの醜聞期に監督を務めてたとはいえ、なぜか球団の不埒三昧とは隔絶したところにいました。思うにジャイアンツファンは、球団の醜態痴態は見たくない、長嶋さんだけ見ていたい。そんな思いでいたのではなかったか。
長嶋選手が現役を引退したのが1974年ですからもう半世紀以上も前で、現役時代を知る層はすでに老境に達してます。つまり世のほとんどの野球ファンは、長嶋のプレーをリアルタイムで見たことがない。にもかかわらず未だにここまでの人気を博してきたのは、ヒーローを渇望する国民のサガを読売グループが巧妙に利用することに成功したからであったといえるでしょう。
「失敗は成功のマザー」「魚ヘンにブルーと書いてサバ」「このたび、初めて還暦を迎え、同時に年男となり...」、天然の愛されキャラであったと思います。
長嶋氏が現役の頃から、プロ野球も随分と変わりました。球速160kmなんて昭和の頃にはマンガの中だけの話でした。球場はどんどん広くなりました。後楽園球場やナゴヤ球場は両翼が90mも無かった。今、あんなところで試合やったら、とにかく外野に飛べば1点入る、さながらホームラン競争となることでしょう。バブル以降巨大なドームがたくさんできて両翼100mの東京ドームも今や狭い球場のひとつとなりました。甲子園も昔はラッキーゾーンがあって、ポップフライがホームランになってました。投高打低が進み、三割バッターが激減しました。
半面、野球人気は衰えを知らず、観客動員数は増え続けてます。長嶋さん現役の頃は、読売戦以外の甲子園球場はアルプススタンドを使わない試合が多かった。「今日はアルプスも開放しています」と、中継のアナがよく言ってました。当日思い立って出かけても、ネット裏のいい席でゆっくりと観戦できました。今やウソみたいな話です。
そんな歴史の流れに思いをいたし今日の野球の隆盛を思うとき、やはり長きにわたってその礎を築いてきたスタープレーヤーたちの存在を忘れることはできません。長嶋選手もその一人でありました。ご冥福をお祈りいたします。
コメントする