考えたことの最近のブログ記事

高市総理大臣誕生

| コメント(0) | トラックバック(0)

 週末、仕事で出かけますんで、珍しく平日のこんな時間にブログの臨時更新してます。

 公明党の連立離脱で迷走した首班指名選挙ですが、予定通り高市早苗自民党総裁がみごと一等賞となり無事に総理大臣に就任しました。 日本最初の女性首相の誕生です。憲政史上のひとつの転換点であることは間違いないでしょう。高市さんについてはかつてこのブログでも触れたことがありますが、それから2年とちょっとで早くも大命を射止めました。お見事。

 sokaku.jpg女性初であるとともに、わがふるさと奈良県から初の宰相誕生であって、これは素直に嬉しい。わたしが生きてるうちは無かろうと思っていましたが実現しました。めでたい。といっても手放しで全面的に支持・支援できるかというとそうでもありません。理由は後で書きますが、先週からの大きな政局、永田町劇場を鑑賞して気になったことをまとめてみます。

 新聞・テレビは大騒ぎで、左右両派入り乱れてお祭り状態でした。総裁選の段階で、候補者の顔ぶれみたらどう考えても高市一択でしたが、テレビ局は総じて高市大嫌いなんで小泉にワンチャンあるかのごときメディア操作が伝わりました。しかし、蓋を開けてみるとやはり自民党は保守政党でした。多くの議員が、なんかアホなこと言いだしそうな小泉のおぼっちゃまよりも、やっぱり政策・主張が一貫していて安心感がある高市やでと考えた結果でしょう。党員票でも高市圧勝、これは初の女性宰相誕生への期待が多かったからやと思います。

 さてこれですんなり総理大臣決定かと思いきや、公明党が連立離脱という落とし穴が待ってました。高市を含め自民執行部は「寝耳に水で一方的に通告された」なんて言ってますが、そんなことはない、多くの国民には予想できました。政治とカネの問題、いったいいつまで放置してるんやという不満が限界を超えつつあることに気づかず「下駄の雪やし、なんとかなるっしょ」と知らん顔して「これまでどおり、ひとつよろしく」。これはアカンわ。公明党は、政権参画の利益や選挙運営よりも党の理念を通しました。お見事、公明党グッジョブです。 とたんに、首班指名選挙での票読みがややこしくなってきて、なんなら野党に政権奪取のチャンスが出てきました。

 慌てた自民党は国民民主党はじめ政策協議で話できそうな政党にすり寄って連立を模索し、その結果、日本維新の会との縁談がまとまり、晴れて高市首相誕生となりました。維新にしてみれば念願の国政与党となったわけですが、閣僚は出さず閣外協力にとどめると。つまり乗る船が木か泥か今の時点で判断つかないんで、片足だけ乗せてしばらく様子見といったところか。

 保守色が強い高市氏が首相となったことで、左方面はメディアもエセ政党も、お通夜のごとき状況です。去年の総裁選のときコメンテータとして出てた番組で「安倍首相が女装したような高市なんかより、石破さんでよかった。」なんて言った、着物着たどっかの大学の女性総長さん、この1年ほどテレビで姿を見なくなりました。局も「さすがにあかんわ」と思ったんでしょね。女装安倍さんの誕生について、画面に出てきて何とか言ってみたらどうなんよ。

 高市氏が総裁選勝利後の第一声で「ワークライフバランスを捨てて、馬車馬のように働く」と発したことで、まず朝日新聞は「古い日本の価値観を引きずった発言で非常に残念」と書きました。アホか。党の代表として期待に応えるように一生懸命働くという意味であることは論を待たず、何をもって残念がるのか。「総裁になったので、働かずチンタラやっていきます」と言えばよかったというのか。それとも総裁が働きすぎて朝日が敵視する自民党が勢いを取り戻すのが困るという、ごく素直な思いを書いたのか。いずれにしてもアホの所業です。sanaehashibiro.jpg

 共産党の志位和夫議長などはもっとひどい。「人間は馬ではない。公党の党首としてあるまじき発言である」とコメントし、各方面から嘲笑を浴びています。「馬車馬のごとく働く」という慣用表現を知らないと、自らの見識の無さ、教養の低さを国民に発信したのです。もし「身を粉にして働きます」と言えば、「身を粉になんかしたら死んでしまう。公党の党首としてあるまじき発言である」と批判するのでしょうか。あるいは共産党員が選挙に出馬すると言ったら「お前は馬か」と質すのでしょうか。こんな人物を議長にいただく共産党、その愚かさ極まれりといったところです。

 何度も書いてますが私は、天皇を中心としたこの美しい神の国日本がそのアイデンティティーを失わないように、日本を敵視する共産主義者たちの魔の手から、祖国日本と日本人を守り抜くことを政策の原点に据える政治家を支持します。今の日本では自民党が一番まともな理念を掲げているといえます。

 ならおまえは、自民党の支持者なんかいといわれると、そうでもないんですよね。自民党は結党の基本的理念は崇高にして共感できる一方で「カネに汚い」という宿痾を背負っています。今回公明党が連立を解消したのも、結局そこです。維新は今回の連立協議に際して、議員定数の削減を自民に認めさせたといいます。そんなことよりも、あくまで維新が重要政策としてきた企業団体献金の廃止、これを迫ってほしかった。政治とカネの問題を一向に是正しようとしない自民にお灸をすえる千載一遇のチャンスでした。政権入りのメリットと、理念に基づく基本政策の実現とを天秤に掛けるべきではなく「献金廃止しないなら連立は飲めない」とはっきり言ってほしかった。残念です。

 冒頭書いた、高市氏を無条件で支持できない唯一の理由がこれなんですよ。高市氏というよりも自民党なら誰が首相になってもこれは同様でしょう。自民党にとって、企業団体献金の廃止は絶対にのめないということが今回の騒動でよくわかりました。企業からのワイロがなければ選挙に勝てず議員になれない。ワイロがなければ政策も実現できない。そんな政党、あきませんわ。政治の仕組みそのものを変える必要があります。

 しかしまあ、そんなこんな、なんだかんだで高市政権のスタートです。景気対策から外交まで難問山積のわが国のかじ取りを担うことになった高市さん、卑劣なメディアや幾多の反日勢力の下劣な嫌がらせはこれまで以上にきつくなるとは思いますが、頑張ってほしいと思います。

 なお、載せた画像は何年も前に友人と話した内容を可視化したもので、他意はございません。

リニア残照

| コメント(0) | トラックバック(0)

 高市さん、公明党の連立継続失敗で、のっけから躓いたかたちですね。いばらの道が始まりました。しかし、総理大臣に決まるのはまだちょっと先ですんで、今日も全く違うお話を。

 先週のことです。仕事で九州に出向き、宮崎から日豊本線に乗ってトコトコと北に向かってたわけですよ。

 そう20251007_031331319_iOS.jpgすっとですね、車窓眺めててふと気づいたのですが、線路に並行して延々と高架が続いてるんです。スマホのマップで確認してもそんな線路も高速道路も無いし、なんやろなと思ってよくよく見ると、高架の上にびっしりとソーラーパネルと思しきものが載ってるのです。「なんやこれは」と気になって調べてみたら、なんとこれはかつての「リニアモーターカー実験線」であることが分かりました。

 リニアモーターカーといえばかつて、わたしはリニア中央新幹線建設に懐疑的であったにも関わらず、試乗の抽選に当選するや、大喜びでいそいそと出かけていった経緯をかつて書きました。あれは山梨県での出来事でした。

goshin.jpg そういえば山梨に実験線ができる前の遠い昔、国鉄の時代に、リニアの実験線が初めて宮崎で作られたという話を微かに覚えてます。まだ、リニアの営業開始など遥か遠い未来の話で、まさに車体その他の実験レベルの時期であったと記憶してます。

 その残滓が今ここに残っていたわけです。山梨のようにリニアの営業路線の一部として組み込まれることもなく、かといって新幹線その他の路線として利用されることもなく、延々数kmになんなんとする巨大というか長大というか、ケッタイな形の発電所に姿を変えて世の役に立っているという現実を目の当たりにし、ときの移ろいと歴史の進捗をしみじみ感じました。

 山梨の場合は、実験用の線路をそのまま営業用リニア新幹線の一部として利用することは、作る前から既定のことやったと思います。しかし、ここ宮崎の場合はというと、まさか日本最初のリニアの営業路線が九州の田舎に建設されるとは考えにくく、最初からまさに実験のためだけのものやったのです。せっかく作った高架線路、実験終わった後の利用方法なんて誰も考えてなかったとしたら、まさに大らかな時代であったといえましょう。それにしてもソーラーパネルを敷き詰めるとは。

 廃高架というと、わがふるさと奈良県における旧国鉄未成線の五新廃線を思い出します。ずさんな計画がわざわいしあえなく工事が中止され野ざらしになった高架線路、舗装してしばらくはバス専用道路として使ってたところ、すさまじい過疎化の進行でそもそも利用者がいなくなり、バス路線も廃止と。その後一般に開放されて、つまりごく普通の道路として供用されたやに聞いてますが、その後どうなったか詳しいことは知りません。げに恐ろしきは過疎の波と国鉄(JR)の将来予測の甘さです。ここもいっそのこと宮崎リニア見習ってソーラーパネルしきつめて「五新発電所」として再出発してはどうでしょうか。無駄に使った税金を少しは回収できるんやないでしょか。 

幻のJanne Da Arc

| コメント(0) | トラックバック(0)

 自民党の新しい総裁が高市早苗氏に決まりました。日本の歴史開闢以来初めての女性宰相爆誕がほぼ確実です。まあ、そのお話は首班指名選挙で確定してからにおいときましょ。先週来全国民の関心は次の総理大臣が誰かということよりも、グンマーの前橋市に注がれていますんで、今日はそっち方面のお話を。

 女性市長の学歴詐称疑惑、卒業証書偽造という私文書偽造騒動に続いて、同じ女性市長のスキャンダル勃発でワイドショー界隈が大喜びしてます。伊東市の田久保前市長と前橋市の小川暫定市長、ちょっと比較してみましょう。

 どちらも市長選に打って出ようという気概と権力意識がある点はまあ、似てます。

 依然として男社会の桎梏が続くわが国において、市民の主張・要求を実現するために既存政権に対抗する女性リーダーが颯爽と登場する状況はよく「○○のジャンヌダルク」などと持てはやされます。田久保登場の際にもそうやったと聞きます。Janne.jpg

 しかし、小川は元弁護士、中央大学在学中に司法試験にパスした才媛で、弁護士稼業を経て政界に進出、県議を4期も務めたのち2024年の選挙で当選し晴れて前橋市長となりました。華々しい経歴です。一方田久保は、ご案内のとおり最終学歴は高校卒業で、勉強は嫌いやったみたいです。自分では東洋大学を卒業したと勘違いしてた、と言うていますが当然これはウソで、除籍されたという認識はあったでしょう。市議の時代は大卒を公言しており、今年、市長選に見事当選したのちにこれがバレてヘタを打ちました。

 小川の事案は、妻子ある市役所職員と10回近くラブホテルに行ったということで、これはべつに犯罪というわけではありません。不倫・不貞行為ということで、相方の配偶者から民事的に訴追させることが想定され、家庭内のドロドロのお話を勝手にやってくださいと、一般人ならそれで終わりです。しかし、たまたま小川の仕事が前橋市を代表する市長という重責にあったことから、道義的に社会の指弾を受けてる状態です。一方田久保はというと、選挙公報に虚偽記載があったとすれば公職選挙法違反、チラ見せの卒業証書の作製と所持の過程に自身が関与していた、または偽造であることを認識していたとすると私文書偽造行使、詐欺に該当します。このため複数の告訴状が出されて警察が受理し捜査が進んでいます。一見、田久保の方が悪質に見えますが、犯罪でなければ何をやってもいいのかとの見方があり、社会の制裁感情は小川の方が強いかも知れません。

 注目したい点は、人は権力を握ると、窮地に陥ったときにとるべき行動の判断を誤るということで、二人ともこの点ではよく似ています。

 田久保は問題が発覚したときに「すんません、実は卒業してませんでした、ごめんなさい」とすぐに市長を退任しあらためて市長選に臨めば「学歴なんか関係ない」と理解を示す有権者の支持で再び当選していた確率はかなり高かったと思います。その上で、かねて主張してたメガーソーラだか何だか知りませんがやりたい政策に取り組めば、長期政権も夢ではなかった。ミソギというやつです。

 にも拘わず「辞めません」と。しかもいったん辞任しますとウソついた上での居座りで、とうとう不信任を可決した議会を解散するという暴挙に出てしまいました。首長に対する不信任案提出というのは本来、首長と議会という二重代表制の元で何らかの政策に関して両者の対立が生じた際に有権者に判断を委ねることが目的で、今回みたいに悪者が最後の足掻きで議会と有権者に嫌がらせをするための制度ではないのです。田久保は間違いました。

 一方の小川も現時点ではまだ、辞任を明言していません。これは、かすかに分かる気がします。辞任した場合、田久保と違って「再び有権者に信を問う」と再出馬することが困難やからです。なんせ、社会は不倫には厳しい。山尾志桜里が好例。さらに輝かしい経歴をもつエリートであればあるほど、ひとたびヘタ打つと叩かれます。松本人志、中居正広、国分太一。だから小川は辞めちゃうと次はありません。清廉潔白を最低条件とする政治家としての命運は断たれてしまいます。また、いち弁護士に戻ったとしても、こんな奴がいる法律事務所に誰が仕事を依頼するかって話です。今後、不倫相手の家族からの慰謝料請求もある中で、自身の将来展望は暗雲が立ち込めてます。だからこのまま続投はおそらく無理と本人も分かってるけど、最後のワンチャンに賭けて居座り続けるしかないわけです。

 権力者には、責任と道義的に恥じない行動が厳しく求められます。いつの世も変わらぬことですが、最近はSNSの跋扈でほんの少し腋が甘くなると一気に足を掬われます。世の偉い人たちは、よほど気を付けてください。

 気が滅入るようなエントリーになりました。Janne Da Arcの「月光花」でも聞いてリフレッシュしましょう。

圧倒的勝利

| コメント(0) | トラックバック(0)

 史上最暑?の夏が去り行く季節の端境に、阪神タイガースがセ界を制覇しました。9月7日のリーグ優勝決定は史上最速。とにかく強かった。

 2位のジャイアンツとのゲーム差が6~7ゲーム離れた頃「メイクミラクル再現だ!」なんて言ってた読売ファンがいました。しかし、その後の展開はミラクルどころか、まさに蹴散らしたかのごとく怒涛の勢いでした。今日現在で勝差はなんと16ゲームまで開いてしまいました。他チームとそのファンにしてみたらもう、怒りを通り越して呆れかえってしまう、異次元のセ界です。タイガースが強いのかほかが弱いのか。おそらく両方でしょう。tigersV2025.jpg

 専門家から街の酒場の酔っ払いまで、日本中のいろんなところでいろんな人々がその強さを分析しています。わたしもやってみます。

 まず、戦力が揃った。打撃部門では本塁打、打点、獲得四球の上位を独占、投手部門でも先発は才木、村上、伊藤、井原、大竹と枚数が揃い、中継ぎでは石井が46試合無失点の日本記録、クローザーも岩崎が安定してます。しかも主軸はタイガースの生え抜きばかり。サトテルにしても森下選手にしても近本選手にしても中野選手にしても大山選手にしても、入団から自分ちできっちりと育て上げて、敵に恐れらる不動のラインアップを作り上げました。某読売金満球団のように、セパ両リーグから札束にあかせて有力選手を引き抜いてきて戦力を整えるような下品な真似をすることもなく、それどころか、今年はいわゆる助っ人外国人すら必要なかった。純国産打線。なんと、優勝チームでありながら、今シーズン今に至るまで外国人選手がホームランをただの1本も放っていないのです。

 私が物心ついて以降、タイガースの初めての優勝は昭和60年。あのバース、掛布、岡田、伝説の「バックスクリーン3連発」の年です。この年、NPB史上最強の助っ人と言われたバース選手は54本の本塁打を放ちました。王選手の日本記録55本(当時)に届かないよう、ジャイアンツはなりふり構わずバースとの勝負を徹底的に避けて顰蹙を買ったことを思い出します。ホントに卑怯で節操の無い球団であることよ。まあそれは置いといて、もしあの年バース選手がいなければタイガースの優勝、日本一は無かったでしょう。それが今年は純和製にしてこれほどの打線。強いはずですわ。

 次に、今年のタイガースは怪我人がほとんどいなかった。主力打者では怪我離脱が皆無やったと思います。確かにこれは強い。ヤクルトの主砲村上選手が長期離脱し、戻ってきてからホームラン打ちまくってるし、ジャイアンツの岡本選手がもし怪我してなかったら確かにタイガースのここまでの独走は無かったかも知れません。しかし、すべてタラレバの仮定に過ぎません。そも最高レベルのプレーを毎日続けるプロアスリートは、常人では考えられない体力を有しています。シーズン通して体調を落とさず怪我もしないことは、それだけで素人とは違う至難の業なのです。逆に言えば、それが一流のプロたる条件でもあるのです。他球団は「もし怪我人が無かったら」は言ってはいけないのです。

 その他、ここに至った要因として、藤川監督の采配が就任1年目にして見事であるとか、若手のポジション争いが切磋琢磨につながり云々だとか、もっともらしいことがたくさん言われてますが、専門的なお話はよく分かりません。なんしか、強かった。

 2年前の優勝の際は、リーグ制覇の勢いそのままに、オリックスとの関西ダービーを制して日本一に輝きました。今年も消化試合中に待ちチョロすることなく、一気に駆け抜けて行くことを切に願うこの頃です。

 

みちなかば

| コメント(2) | トラックバック(0)

 暑い暑いがいったいいつまで続くのかとぶつぶつ言いながら、家を出て駅に向かういつもの道を歩いてて思ったこと。

 住んでいるマンション買ったのが阪神淡路の年でしたから、なんと30年経ちました。振り返ってみてそんなに長いあいだこの道を通って通勤してきたのかとあらためて思ったわけですよ。といっても、クルマで通ってた時期もわりとあってですね、まるまる30年というわけでもないのですが、それでもまあ、長い。小学校に6年、中学校3年、高校3年の通学時代と比べて、社会人になってからの時が過ぎ行く速度のまあ速いこと。

 最短経路で家と駅の往復を繰り返します。いきつけの医者とかコンビニとかに寄り道することはあれど、ほぼ毎日通る道は決まってます。だから、この道のことならなんでも知ってます。道沿いのどこの家が増改築したということも、掲示板のポスターが替わったことも、昨日無かったところにタンポポが咲いたこともつぶさに把握してます。文字通り、この「道」のスペシャリストです。nichi.jpg

 しかし、経路の途中で横に曲がった道、つまり最短経路から少しでも逸れた道は全く知らない。30年間一度も通ったことがない道があります。てか、そんな道の方がはるかに多いのです。

 子どもの頃は、家があった界隈の半径何キロの道はすべて制覇していました。通学路であろうがなかろうが、そこに道があれば必ず通ったことがあり、地図で辿るとその地点の風景が必ず思い出せます。学校から帰ってきてカバンを家に放り込んだらそのまま遊びに出かけて、もっぱら外で遊んでいました。今のようにゲーム機なんか無いし、ましてやひとり一台持って、誰かの家に集まってピコピコとゲームに興じるなんてことはなく、遊びと言えばもっぱら、野球を筆頭に屋外で走り回ってました。だから、行けるところは冒険し尽くしてて、知らない道は無くなったわけです。それどころか、道なき道や秘密の抜け穴もほぼ把握して、野山を縦横無尽に駆け巡ってました。中原中也の「僕の後ろに道はできる」状態でした。

 それが長じるにつれて、通らない道が増えてきた。そもそも、育った吉野の山あいの町と大阪都市圏の道の密度、総延長が違うということはあるでしょう。それにしても今の家の近所に限っても知らない道が多いということは、行動半径が広くなるにつれてもっぱら必要な道以外は利用経路から切り捨ててきた結果です。

 私もあと数年でリタイヤし、毎日決まった時刻に決まったところへと移動する生活様式が大きく変化する可能性があります。そうなるとこんどは子どもの頃へと返って、近所の歩ける範囲の道という道を制覇する冒険に出かけることになるのでしょうか。

 暑いうちは、やめとこ。

前の5件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

WELCOME

CALENDAR

PROFILE

IMG_0227_2.jpgのサムネール画像のサムネール画像

katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

月別 アーカイブ