「こゝろノート」届きました。新聞屋さんが夕刊といっしょに3冊持ってきてくれました。わーい。
A4横版40ページ。縦罫26行。
「使い方」その2、連載中の「こゝろ」を書き写してみる。→1日分がとても1ページに収まりませんし、そんな時間はまずありません。
「使い方」その3、連載中の「こゝろ」の感想を書いてみる。→なかなかそそられますが、そこまでの思い入れはありません。
「使い方」その4、連載中の「こゝろ」にふさわしい、さし絵を考えて描いてみる。→絵ごころがありません。
「使い方」その5、苦悩など胸の内を記し、自分だけの「こゝろ」を創作する。→なかなかそそられますが、おかげさまで大した苦悩もなく日々を送っています。日記など記すと心象回廊に書くことがなくなってしまいます。当分こっちの方でと思ってます。
したがって「使い方」その1、連載中の「こゝろ」を切り抜いて1ページずつ貼る、ということにします。ていうか、初めからそのつもりでした(^^)。
1ページ目は「使い方」が書いてあるので、使えるのは39ページ。「こゝろ」の連載が全110回と聞いてるのでちょうど収まる。太っ腹3冊の意味がわかりました。朝日新聞なかなかやるやん。
さて、昨日のこと。いいお天気の休日やったのですが、朝寝坊したので遠くまで出かけるには少し遅い。で、また近くの飯盛山に登ってきました。来月のあたまには職場の健康診断もあるので、ムダな抵抗とは思いつつも多少は運動不足を解消しておこうという思惑もこれあり、散歩の延長ということでてくてくと歩き始めました。
この街に越してきてから約20年になりますが、爾来、飯盛山何回登ったやろ?出発から帰宅まで3時間とちょっと。裏山感覚で、歩きたいけど行先のあてがないというときのお手軽ハイキングのパターンです。
近くといっても山は山。日頃あまり運動しない、鈍ったカラダにはちょうどよい喝となります。
もう通いなれた、いつもの急坂道をひたすらのぼり、あっという間に頂上にとうちゃく。反対側に降りて最寄り2駅となりの駅から電車に乗って帰ってくるのもいつもどおりです。
途中、野外活動センターという施設を通ります。池には大きなスイレンがたくさん咲いてました。スイレンといえば水面にプカッと浮かんでるイメージがあるのですが、ここのんは花も葉もまるでハスのように水上高く突き出てます。栄養が行き届いてるのか、単に池が浅いからなのか。小さなカメが1匹葉の間から顔を出し、哲学的な面持ちでこちらを睨んでいます。
山頂から見はるかす大阪平野の眺め。何度も登ってるうちに当然ながら少しずつ変わっていってます。一番目立つのは北東からななめ一直線に延々と伸びる第二京阪高速道路。初めて登った頃にはありませんでした。片側3車線オール高架、超ハイ規格の近代的ハイウェイです。できた当時はガラガラで、たまに走ったときは「こんな道路、造ったらあかんやろ」とか思ったもんですが、出来てから最寄り駅駅前交差点の交通量がかなり減りました。それなりに経済効果があるのでしょう。
アベノミクス以来建築業界も上向きとか。梅田都心に林立するビル影もだんだんと増えてきましたが、何といっても目につくのは阿倍野ハルカスです。我が家のベランダからもよく見えますが、高所から眺めるとその高さが際立ってます。「数時間待ち」にウンザリして、まだ展望フロアには登ったことがありません。空いてきたらと思いながら果たせずにいます。
漱石が「こころ」書いてから100年。長いようですが、人類の歴史からみるとほんの一瞬にすぎません。この間に戦争あり大災害あり、まさに歴史を凝縮したような時代を日本人は生きてきて今日の繁栄の中にあります。今日の朝刊には北陸新幹線の長野・金沢間のレール、最後のボルトを締めるセレモニーのことが載ってました。どんどん夢を実現していく一方でまた、原発事故や台頭した近隣国からの執拗な挑発など過去未経験の事態も次々生じています。
次第に人口が減っていく次の100年、果たして日本はどんな国になっていくのでしょうか。リニア新幹線が縦横に行き交う未来社会はいいけれど、願わくば強さと優しさをともに備えた日本人固有の「こころ」は無くさずにいてほしいと思います。

駅から歩き始めて、駅名にもある大野寺という古刹の前を過ぎると室生川沿いの道になります。対岸の山の岩壁に「大野寺磨崖仏」が彫られています。
なんとも歩きにくい道をひーひーと登りきり、峠を越えるとまた急な下り道、石がごろごろ、滑る!文句をタラタラと言いながら2時間くらい歩き続けてなんとか山道を抜け、室生の里に辿りつき目指す室生寺が見えてきました。

それはさておき、うちの奥さんは花粉症で毎年春先はグシュグシュいっており、この時期に山中に出向くことなどできませんでした。ましてや名高い吉野杉が文字通り林立し花粉放出の源泉である吉野山に、それも放出のピーク時期にのこのこと入っていくことなど、話をしただけでも目が痒くなるみたいです。ところが、私がここ何年か春になるとウキウキいそいそと帰省も兼ねて吉野山に出かけ、さらにその素晴らしさをコンコンと話して聞かせるもんやから、とうとう今年は「行く」と言いだしたのです。
このあたりはまだ山の入り口付近、吉野山の魅力はさらに登って上千本花矢倉展望台から奥千本へと続いていくのですが、今日一日ではとても無理です。電車の時刻に合わせて人混みをかき分けて下山する途中、ここだけは押さえるべしと吉水神社からの「一目千本」に立ち寄りました。その圧巻の絶景に奥さんも満足いただけた様子。
の古代史と南北朝の中世史で歴史の舞台となりました。中世のヒーロー後醍醐天皇の活躍というかやんちゃぶりは、足利尊氏とからめてよく小説、ドラマで描かれてきました。一方、古代の方はあまり題材にされてないように思います。壬申の乱なんて古代史上最大の戦乱、大スペクタクルなんやから、大河ドラマの題材としてはもってこいやと思うのですが、未だ企画されません。黒岩重吾の「天の川の太陽」とか恰好の原作やと思うけどなぁ。やっぱりよく言われているように国営放送としては天皇のご先祖様を主人公にすることはタブーなんでしょうか。


