お出かけの記録の最近のブログ記事

温泉で昭和発見

| トラックバック(0)
 久しぶりに連休となったこの週末、昨日は職場関連のゴルフコンペがありました。運動不足の解消に、また気分転換に、実に楽しい一日でした。スコアはいつもどおりですが、飛び賞とドラコン賞ひとつをゲットし、うちの奥さんに対しても一日遊んできた言い訳にも少し役に立ちました。私みたいにへたくそでも、ハンディキャップによって上級者と対等に同じゲームに参加できます。ゴルフはこれがいい。しかし、日々お稽古をしようとは決して思わない、向上心の希薄さが情けないところではあります。
 
 さて、九州温泉旅行の続きです。P9216570.jpg
 
 思い出多き黒川温泉郷を後にし、湯布院に向かいます。前回は湯布院に泊まってから黒川に向かったわけですが、お宿の手配がかなわず別府に泊まることになってるので、今回湯布院は立ち寄るだけです。
 
 温泉街というよりもなんだか軽井沢や清里といった高原のリゾートを彷彿させる明るい街並みは前にきたときと変わりませんが、やはりここも外国人の姿がやたら増えてる。聞こえてくる話し声は中国語か韓国語が多い。彼らはやたらと声が大きいのですぐそれとわかるのです。
 
 旅行先であっても仲間内での会話は仲間にだけ伝わればいい。むしろ自分たちの話の内容を他人に聞かれることを嫌がるのが日本人の感性です。しかし中国人、韓国人は他人にどう思われようが構わないのか、周りは外国語が理解できんやろと割り切っているのか、半径10数メートル以上に響き渡る大声をあげながら進んでいきます。周りの迷惑関係なし。はなはだしきは列車の中です。閉鎖された空間でこんな状態に遭遇するとしばらくは苦行の時間となります。多分かれらは他者を思いやる心の構造が日本人とはおよそ違っているのでしょう。国力が増してきた国からのインバウンドが進むことはわが国にとってプラスではあるのでしょうが、個人レベルでは「郷に入っては…」という言葉を入国の条件として突き付けてほしいと思います。
 
 話がそれました。湯布院です。
 
 P9216560.jpgクルマを停めてモダンなデザインの駅舎から名物の観光辻馬車が行くのを横目に、街並みを時間をかけてブラブラしました。「せっかくやし馬車乗ろか」しかし、この日の運行はすでに予約一杯でムリ。
 
 温泉には浸からないとなると、街中にこれといって目新しいものはあまりありません。奥さんは歩きスマホでポケモンgoに夢中です。ゆいいつ面白かったのが、写真の「湯布院昭和館」でした。
 
 昭和の街並みやいろんな商店、学校の教室内、茶の間などなど忠実に再現し、多くの懐かしグッズを集めた空間です。その圧倒的なこだわりでもって昭和が実によく再現されています。よくこれだけ集めたもんやというのが素直な感想です。
 
 「そやそや。こんなんやったなあ」と子供の頃の雰囲気と記憶がよみがえって懐かしさがこみあげてきます。今バリバリ働いて社会を支えている日本人みなに共通する、いわば日本の原風景がここにありました。遠く九州の地であっても変わらないのです。おそらく日本中どこでもこうやった。戦後の高度成長から一億総中流化の波の中で、大阪や東京の真ん中でも地方の山奥でもおなじ商品と情報が手に入るようになるにつれ、すくなくとも日常生活面での地域格差は解消されていきます。その結果、数十年の時を経てこの昭和館で、誰もが共通して懐かしさを感じることができるのやろと思います。昭和はそんな時代やったのです。P9216568.jpg
 
 このスポットが温泉街にある必然性はまったくないのであって、都会の真ん中に造ったらお客さんもっと大勢来るのに、といっしゅん思うのですがさにあらず。ここに限らず、この類の「ナントカ館」は観光地に多いですよね。なぜかということです。普通の商店にしても、都会にあったら目立たなくて繁盛しなくても、観光地や温泉では、お土産とは関係ないお店出してもやっていけます。つまり、行楽客の財布のヒモはゆるくなりがちで、普通なら買わないものでも買っていく人が多いわけです。「ナントカ館」も同じ理屈で 都会にあったら誰も気にもとめないけど、なんらかの非日常体験を求めている行楽中の人であれば、多少興味は薄くても入ってしまうと。
 
 ともあれ、湯布院昭和館は最高水準の博物館です。温泉以外では湯布院に関して私のいち押し。

ご褒美の温泉

| コメント(0) | トラックバック(0)
 久しぶりに温泉旅行に行ってきました。台風16号が列島を西から縦断していった、先週半ばのことでした。
 
IMG_7165.jpg 会社などでよくある永年勤続者表彰、うちの職場では勤続15年と30年で表彰されて、副賞として旅行券がもらえるのです。私は去年の秋に対象となりました。それはそれでとってもありがたい話なのですが、表彰副賞として金券類を非課税で支給した場合は1年以内に費消してしまうべし、という国税からのお達しがあります。さらに、旅行券に加えて「永年勤続休暇」なるものも制度としてあるにはあるのですが、なんせ仕事の都合でそんなに簡単には休めない。うちの奥さんからは「ホントに行けるの?いったいいつになったら休めるの?」なんて叱られつつ、早く行かねば行かねばとタイミングを見計らっているうちにどんどん月日は過ぎていき、12カ月目になんとか滑り込みで成就できたという次第です。
 
 黒川温泉は何年か前に一度行ったことがあります。全国あちこちの有名温泉地、秘湯をめぐってきましたが、一番よかったところのひとつで、今回ご褒美の旅行先として再び訪れることとした次第です。熊本は春に起こった大地震の影響もあろうかと思いましたが、ウェブで調べたり、旅行代理店で相談しているうちに、復興に協力する意味からも黒川再びの思いが募ってきたのです。
IMG_7173.jpg
 
 しかし、なんせ台風直撃やったんで、行きの新幹線が止まってたら万事休すです。そのときはそのまま引き返し、旅行社ですべてキャンセルする覚悟で、恐る恐る新大阪駅まで出向いたところ、をを!さすがは日本が世界に誇る新幹線、「非常に強い」台風ぐらいではびくともせずに平常運転してるやないですか。よかった、熊本まで辿りつけばあとは何とかなるということで、無事に出発できました。
 
 中国地方で台風とすれ違ったようで、乗車中は土砂降りやった雨が熊本に到着する頃にはすっかりあがってます。こっからは3日間レンタカーで移動するんで、やっぱり雨は避けたいところでした。
 
 前回来たときは、大分空港から湯布院を経て黒川温泉、阿蘇山に寄って熊本から空路帰阪というルートでしたが、今回はその真逆で、熊本から黒川→別府で大分空港から伊丹へという段取りです。しかし阿蘇地方はいまでも道路が寸断されたままで通れないため、今回は別ルートとなりました。熊本の市街は思いのほかキレイで、ところどころ屋根にブルーシートをかけたおうちもありますが、知らなかったらとても被災地とは思えません。テレビで観た熊本城は無残な姿になってましたが、震源近くても場所によって被害の度合いは違うんやなあとか考えながら車は北へ北へ。ゆっくりと2時間弱走って、黒川温泉とうちゃく。
P9216529.jpg
 
 黒川は小さな温泉街です。雰囲気が実によい。ケバケバしい看板が一切なく、秘湯の雰囲気と温泉街の情緒をぎりぎりのところで両立しています。立ち並ぶ旅館は黒とベージュ系でみごとに統一され、そんなに数も多くもなく、観光バスが大挙乗りつけるようなレガシーな大旅館もありません。かつて高度成長時代には存亡の危機にあった交通不便山峡の小さな温泉街が、有馬や熱海といった時代を象徴する大温泉街とは一線を画し、街一丸となって独自の雰囲気の醸成に取り組んできたとか。努力の効果あって徐々に人気をはくし、今や全国でもいちにを争う人気のブランド温泉地となりました。私もとうとうリピーターとなってしまいましたよ。
 
 お宿について、部屋の温泉露天風呂に浸かっては飲み、また浸かっては飲み、いくつかある大浴場を次々と制覇しているうちに夕食の時間となり、さて贅を尽くした山海の珍味はいつもどおりとても食べきれない。
 
 実は、出発前に旅行社を通じて「食事は量を減らしてそのぶんクオリティアップを」とリクエストしていたのです。にも関わらず、やっぱりどうにも多い。ムリ。世の温泉客はほんとにこれ全部平らげるのやろかといつもどおり感心しつつ、食べ終わって湯に浸かり、また飲んでは浸かりしているうちに、谷間の温泉街の夜は静かに更けていくのであった。<この項続く>

何の因果か

| コメント(0) | トラックバック(0)
 昨日から仕事で広島に出張しており、先ほど帰ってきたようなわけで、今時分のブログ更新となりました。
IMG_7099.jpg
 
 突然ですが、今を去ること31年前の1985年、ハレーすい星が76年ぶりに地球に帰ってきたこの年は、私が大学を卒業し社会人としてのキャリアを歩みはじめた年であるとともに、阪神タイガースが21年ぶりにリーグ優勝、そして日本一を達成したということで、私の人生において実に印象深い年であります。忘れもしないその優勝の瞬間、梅田の阪神百貨店の前でクス玉が割れたとき、私はその真下にいたわけです。
 
 そして昨日、広島カープが25年ぶりにリーグ優勝を達成した時間に広島駅前の壮絶な混沌の中で私は、31年前の自分の姿を見るように醒めた思いで真っ赤な群衆を眺めていました。
 
 週末とはいえ、わざわざカープの優勝を祝うために遥か広島まで来るわけはないのであって、何の因果かたまたま仕事で訪れたタイミングやったということです。昼前に広島に着くと同時に、かの地の同僚職員から「タイガース、何してくれとるんじゃ」という苦IMG_7096.jpg言の嵐であります。そう、直前甲子園球場での阪神・巨人3連戦、阪神が1試合でも勝ってたら広島の優勝、胴上げは一昨日、ホーム球場のマツダズームズームスタジアムで行われていたわけで、ジャイアンツが意地の3タテでカープの本拠地胴上げを阻止した形となり、これはタイガースが悪いというわけです。すみませんね、弱くて。
 
 しかしながら今シーズンのタイガースはおびただしい白星をカープに献上しているのであって、そんなに責められるイワレもないわいとか考えるにつれ、なんとも情けない思いにとらわれてしまいます。
 
 首位争いがいよいよ熾烈になってきたパ・リーグをしり目に、セ・リーグのこれからは長い消化試合の期間となります。カープが優勝を決めたその日、わがタイガースが神宮球場でまたも1対9という大敗を喫し、クライマックス・シリーズ出場もほぼ絶望的な状況となったことが今シーズンを見事に象徴しており、何とも忸怩たる思いが募ります。カープにとってはビクトリーランである今後の日程は、金本阪神にとっては深い反省と贖罪の日々となります。無様な今シーズンを振り返り、2年目に向けて成すべきことを練り上げて真摯に取り組んでいってほしいもんです。
 
 昨夜、広島駅前の宿舎に戻る途中、中国新聞の方が「カープ優勝」の号外を配っているところに出くわしました。ミーハーな私はもちろんもらって帰りましたが、さっき広島を立つとき現地勤務の同僚に進呈してきました。私が持ってても仕方ないですもん。トホホ…

悠久の文字物語

| コメント(0) | トラックバック(0)
 台風が今度はオーソドックスに南西の方角から列島に迫ってます。どうやら週明け月曜日は雨になりそうです。いいお天気やった今日はなんと休日出勤で、先ほど帰ってきたようなわけで、今時分のブログ更新となりました。
 
 仕事は昼過ぎに終わり時間ができたので、行こう行こうと思って果たせてなかった博物館の特別展示に行ってきました。大阪府弥生文化博物館で開催中の「世界の文字の物語」展。今日が最終日で滑り込みセーフでした。
 
 「約5000年前、西アジアに栄えた都市において、粘土の板に情報を刻み付けることを思いついた人がいた。
  その発明によって形を得た言葉は、悠久の時と遥かな距離を超えて未来へと紡がれていく。」
 
 なんという壮大なロマン。よく、人間と動物との違いは何かということが問われますが、いろいろあるうち「文字を持つ」ということはその答えのひとつと言えるのではないでしょうか。言葉というか鳴き声によるコミュニケーションはいろんな動物が行ってますが、文字をもっているのは多分人間だけでしょう。IMG_7045.jpg
 
 生物学的な人間の歴史は人がサルから進化する過程で徐々に進んでいきましたが、社会学的な人の歴史(文明と呼んでもいいかも知れません)は文字の誕生によって始まったといえます。西アジアでメソポタミア人が楔形文字を、シュメール人がウルク文字を発明し、人の行き来によって世界各国に「文字」の概念が広まるとともに、地球上のあちこちで独自の文字文化が発達を遂げ、無数の文字が生まれて消えていきました。日本には4世紀になってようやく中国から漢字が伝わり、その後かな文字としてわが国独自の発展をとげ現在に至っています。卑弥呼がいた頃に誰かが日本独自の文字を発明してくれてたら、日本史はもっとさかのぼれてたのにと思うのです。
 
 人類は、言葉を得たことで論理的思考が可能となり、他の動物と決定的に一線を画する地位を獲得しましたが、その後文字の発明によりことばを正確に記録することで、さらにダイナミックな発達を成し遂げたのです。文字は人が人であることの証なのです。
 
IMG_7047.jpg 特別展は、そんな文字の歴史をたどる展示でした。ヒエログリフ、楔形文字は当然のこと、世界中に存在する多くの文字が展示されてて、実に興味深かった。フェニキア文字、ギリシャ文字、ゴート文字、ルーン文字、キリル文字、クメール文字、タミル文字、そして漢字、かな文字。実に多くの文字があるものです。多分あるやろなと思っていたところ、やっぱりロゼッタストーンの複製も展示されてました。
 
 いろんな文字のサンプルとして展示された多くの遺物を観てると、これらを創造した大昔の人たちスゴイなあと思うとともに、書かれてる内容を解読できる人たちはさらにスゴイと思います。わたしなど親の世代に書かれた手紙の文字さえ達筆すぎて読めないことが多い。日本語ですら分からないのに、言葉も違うしもちろん文法なんか知らない、距離と時間を遥かに隔てた他国の文字を解読するなど、まさに人間技ではありません。
 
 わが国では漢字とかなの両方を使っていますが、「日本人なんやから漢字なんかやめてしまおや」という画策がいろんな時代にあったそうです。かな一辺倒にするか、あるいはいっそのこと仮名もなくしてローマ字表記だけにしたらもう漢字覚えんでもええやん、なんて運動もあったとか。やめてもらいたいもんです。
 
 漢字なくすと日本語と日本文化の発展を著しく阻害します。朝鮮・韓国ではかつて漢字ハングル混在で使ってたのに、戦後に漢字を使わなくしてしまいました。その結果、国語が貧弱化していくとともに漢字世代と若者との文化隔絶も進み、いまさら漢字教育なんてできないし、やめときゃよかったなんて言ってるそうです。
 
 表意文字の漢字があるから書いてあることの意味が一瞬で理解できるし、同音異義語も確実に正しく認識できます。いろんな標識が漢字で書いてある場合と、ローマ字の場合とを比べると、理解するまでの時間には著しい差があります。たまにEメールアカウントの名前や署名欄をローマ字表記している人がいます。アホかと。頻繁に海外とやりとりするのでなければ、自分の名前くらい漢字でかけるようにしなさいよ。相手に失礼です。
IMG_6879.jpg
 四国松山に行ってきたぞなもし。
 
 経済団体の研修遠足で、先進的、特徴的な経営を展開する企業や大学を訪れるシリーズものの企画です。つらつら思い起こすに、松山は多分3~4回目、前回は大学校友会関係のイベントで来たものと記憶しとります。かれこれ10年以上前のことで、それ以来になります。
 
 新幹線を岡山で特急しおかぜ号に乗り換えて3時間弱。なんとなく松山は瀬戸大橋を渡って西に少し行ったあたりという感覚があったのですが、さにあらず列車はさらに西へ西へ。四国地図の左上のふくらみをくるっと周ったところまで行かねばならないので、これは思いのほか遠い。そいやこれまではすべて飛行機で、列車でトコトコきたのは初めてです。
 
 道後温泉では本館が変わらぬ風情を醸してますが、来年から耐震改修工事となるため、千と千尋のモデルともいわれているこの全容はしばらく拝めないかもということです。
 
IMG_6894.jpg  粛々とお仕事をこなし、せっかくの機会ということで延泊して時間をつくり、かねて行ってみたかった「坂の上の雲ミュージアム」を訪れました。まだ午前9時とはいえこの夏一番の炎天下、リオ五輪の開会式の開催中ということも影響してか松山市内は人もまばら。たどり着いてみると、言われなくても「これ安藤忠雄やろ」と分かる斬新・珍妙な三角形のミュージアムに、なんと一番のりで入館しました。
 
 館内からは松山城山の南麓に立つ「萬翠荘」というカッコいい洋館がよく見えます。夜はライトアップがキレイなんやとか。大正時代、旧松山藩ゆかりの伯爵が別邸として建てたらしい。
 
 「坂の上の雲」といえばいうまでもなく司馬遼太郎の代表作のひとつで、明治の昔松山から巣立ち、近代日本の黎明期を駆け抜け歴史に名を遺した三人のヒーロー、正岡子規と秋山好古・真之兄弟の青春を通じて、日本とはなにか、日本人はどうあるべきかを問うた司馬遼渾身の傑作です。かつて少しふれたことがあるのでハショりますが、「竜馬がゆく」と「翔ぶが如く」そして「坂の上の雲」は日本人なら一度は読んでおきなさいということだけ再掲させてもらいます。IMG_6896.jpg
 
 子規が東京帝国大学を中退したということから、子規と帝大とのかかわりや東京大学の歴史を詳しく展示してある一角があり、わたしも大学関係者のはしくれということで血が騒いだんやろと思います。興味深く見入ってしまいました。列強に追いつけ追い越せ、そのためには人材の育成が何よりの急務、喫緊の課題であるというなかば焦りにも似た国家の危機感がひしひしと伝わってきます。
 
 と同時に一方国民には単純な向上心と言って片づけられない底知れないハングリー精神がにじんでいます。かつて日本にもこんな時代があったんやでということは、学校で、社会で繰り返し見聞きして理屈では分かっているけど、リアルな展示物を目の当たりにしてみると、近代日本の礎を築いてきた明治の国家と国民の精神がダイレクトに伝わってきます。
 
 そしてのち、今の時代を振り返ってみると、先の大戦で牙を抜かれてしまったとはいうけれど、強くありたい、優しくありたい、人間力を高めたいという思いは連綿と受け継がれ、その結果、現代のグローバル展開の中で日本と日本人は確固たる地位を築きあげてきたのです。
 
 坂の上の雲ミュージアムは単にいち作品の記念館ではありません。近代日本の歴史を象徴的に綴った大叙事詩への招待であり、日本人はどうあるべきか、どこに向かうべきかを導く、まさに作品のコンセプトを視覚的にあらためて訴える空間であったのです。
 
 今回に見学では、当時の時代を生きた日本人のすべてに深甚なる敬意を感じました。そして前夜、市内二番町の某お店で絶品の若鳥をいただいたときと同様に、またつくづく思うのです。日本人でよかったと。
前の5件 10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20

WELCOME

CALENDAR

PROFILE

IMG_0227_2.jpgのサムネール画像のサムネール画像

katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

月別 アーカイブ