昨日、高校の同窓会に出席してまいりました。
といっても同級生が多数集まり懐かしさに胸弾ませる、いわゆるところの同窓会ではなくて、地域支部のひとつとしての組織です。同じ高校を卒業したというだけの、年代もバラバラの集まりで、出席者の年齢層は私よりはるかに上で、私はほぼ最年少でした。知ってる人もほぼ皆無。ある知り合いから是非にと誘われて行ってはみたものの、なんだか不思議な集まりでした。しかしなんと高校時代の恩師がゲストではなくで同窓生の一人として来られており、この再会は嬉しかった。
さて、先々週のエントリーで、現代人は超常現象を次々に科学的に解明し夢を奪うことで、キツネ・タヌキからも見放された嘆かわしい状況のことを書きました。NHKの幻解超常ファイルはじめ最近のテレビ番組は、数多の超常現象はUFOやメアリー・セレスト号、麦畑のミステリー・サークルも、妖精の写真も、ネッシーやツチノコでさえ、すべて物理的、常識的に説明できる事象または「ウソ」であったことを次々に解き明かしてきたのです。これはいかんと。
そんなことを書いてるうちに書架の奥の方からこんな児童書を見つけました。小学生の頃におこづかいで買っていたシリーズです。当時の趣向がバレバレで気恥ずかしいですが同時に懐かしくもあります。
そのうちの一冊「世界のなぞ世界のふしぎ」、この本には上記のネッシーはもちろん、メアリー・セレスト号なども謎を謎のままに掲載しており、科学的な解明など微塵もありません。これによって純真な少年の好奇心を大いに満たしてくれていたわけです。
中でも特に興味深い記事があります。いわゆるノストラダムスの予言のことが書かれているのですが、この本の出版は1971年。かの五島勉氏が著した「ノストラダムスの大予言」が祥伝社から発行され空前のノストラダムスブームが始まったのが1973年ですから、それ以前にもノストラダムスのことは児童書に登場するほどに知られていたことになります。ただ、この本では1999年の予言を「宇宙から侵略者がやって来るが、地球人がこれを防ぐ」と記載しており、ブームとなった「恐怖の大王による人類滅亡」とは違った解釈をしているのが面白い。
ところで、その1999年の予言の記載の横に鉛筆で「40さい」と書き込みがあります。覚えていませんけど、もちろんわたしが書いたのでしょう。この年に自分が何歳になるかを数えることで、謎に対する興味を膨らましていたんやろけど、実は1999年、わたしは37歳でした。つまりは数え間違えていたわけで、幼いころから算数が苦手やったということをこんなところからも思い知らされます。ある意味、典型的文系人間として成長するその後の人生を暗示しているともいえ、予言のひとつの形であったと考えると、これ、当たってるやん。


それぞれの章ごとに、有名な曲のタイトルがつけられてます。はじめ「この章ではその曲がでてくるのかな」と思いましたが、さにあらず。関係ない。クラシックの曲名ですらない。「仁義なき戦いのテーマ」なんてのもあります。つまり、その場面のストーリーの展開を曲の雰囲気で暗示しているのです。なかなかうまい。
ついでに言えば、石原は都知事時代の亡霊に取りつかれ、築地市場の移転問題で何やらヘタうったみたいで、結局今になって恥をかき晩節を汚しました。尖閣問題で中国を挑発し、その後の国際関係悪化を招き国益を損なったバチが当たったというべきでしょう。
誰かが「出版界のボジョレー・ヌーボー」とか書いてましたが、現今、発売日の発売時間にカウントダウンで大騒ぎできるような作家は村上春樹だけです。芸能界やスポーツ界、いろんな分野がそうですけど、文壇にもそんな存在がいるってことは、わたしみたいなお祭り大好きミーハーにとってはやはり喜ぶべきことであります。