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増えていく空き家

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 先週のある日、家に帰ると「住宅・土地統計調査票」なるものが置いてありました。

 聞くと、昼間に役所から調査員さんが来て「お宅が対象となりましたのでお願いします」ということらしい。

 国勢調査みたいなもんで5年に1回やってるそうです。国勢調査は人の状況を調べるのに対して、この調査は土地と建物の実態を調べるためのものやとか。総務省の統計局の仕事で、このお役所はほかにも家計調査やら消費者物価やら科学技術研究やらいろいろなテーマについて、わが国の実態を調査して統計をつくることをもっぱらに行ってます。

 国勢調査は忘れた頃に必ずやってくるけど、今回の調査は聞いたことがない。初めてです。何十件に一件抽出して対象にするのやとか。当たった。

 紙の調査票に記入して調査員さんに渡すか、ネットでオンライン回答するか、どっちでもいいとのことやったので、当然ネットで。先ほどちょいちょいと入力して送信しました。便利な世の中になりました。

 なぜか大島優子が表紙で微笑むパンフレットに前回までの調査結果の一部が載ってます。それによると大阪府では空き家の増加が続いているとか。これは全国的な傾向ということです。戦後まもなくのわが国では住宅難が社会問題化してたので「空き家」なんておよそ珍しかったのに、5年前のこの調査結果では全国の空き家率13.1%。7~8軒のうち1軒は空き家になってる計算です。とくに地方で顕著で、都道府県別トップの山梨県では20.53%。5軒に1軒以上が空き家。富士山を眺めるリゾートにある多くの別荘も含まれるという影響もあるんやろけど、やっぱり多い気がします。もったいない。

 欧米の築数百年の石の住居と違って、わが国の民家は基本的に木造で耐久性がない。「古民家」と呼べる体裁が整ってれば違った需要が発生しますが、そんなのは希有な例です。大半はアンティークではなくて単なる中古となって、解体・撤去するにも費用がかかる。空き家が増えていくわけですな。

 リタイヤしたら田舎暮らししたいというビジネスマンが多いとかいいます。そんな希望に応えると同時に過疎化解消のために地方行政は「空き家バンク」なんてやってますが、わたしはまだそんなことしたいとは思いません。故郷への郷愁と感謝の念はだんだんと募ってはきてますが、スリリングな都会でもっと仕事したいという思いの方が強いし、だいたい、この歳で引っ込んじゃったら食べていけんやないですか(^^)

 今回の調査、抽出で対象者に当たったわけですが、うちの奥さん「そんなんより、裁判員さんがやりたい。当たるんやったらそっち当てて」 無茶いうなよ…。

IMG_0859.jpg しょっちゅうというわけではないですが、よく海外旅行に行く友人がいて、嬉しいことにその都度たくさんお土産をもらいます。時期によっては長期休暇がわりと取りやすい職場環境の恩恵もあって、彼女、これまでにもうかれこれ数えきれないほどの国を旅してます。ヨーロッパ、アジア、アメリカ、オーソドックスな旅先はすべて行き尽くして、最近では、今年はどこ行くの?と聴いたときに、 一瞬 「それ、どこやったかな」 と考えるような国名が返ってくるようになりました。往年のテレビ番組「兼高かをる世界の旅」を地でいってます。

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 今回の夏休みはメキシコやったそうです。かろうじてよく知っている国です。もちろん行ったことはありませんが。

  彼女、チチェン・イッツァとゆうところにかねて行きたかったのやとか。調べてみるとマヤ文明の遺跡やそうです。何か、見たことある。

  お土産はチョコレートひと袋、トマトブイヨン1箱、そして何だか辛そうなスパイスソース1瓶。太陽の国メキシコの雰囲気たっぷりのラインナップでした。うしろにある飲みかけの山﨑ウイスキーや電話の子機なんかは、もちろん関係ありません。

 メキシコといえば、1968年、私がものごころついて以来はじめてのオリンピックがあった国です。小学校1年生のみぎり。リアルタイムでテレビで見た記憶があります。その4年前の東京オリンピック当時はまだ2歳やったのでまったく覚えてません。そして、その56年後となる2020年のオリンピック開催都市が明日の未明に決まるそうです。様々な憶測が伝えられてますが、果たして東京は当選するでしょうか。招致の賛否や反対運動などいろいろありましたが、ここまで来たからには何とか悲願を達成したいもんです。1964年、前回の東京五輪は日本の高度成長期のハシリに開催されて、戦争でボロ負けした日本人が自信を取り戻していく中で、シンボリックな一大イベントとなりました。

 その後の驚異的な日本の発展も今や昔。今では政治の体たらくに加えて、近隣諸外国からはイジメのような理不尽な圧力、さらには度重なる未曾有の自然災害と東京電力による亡国の所業により、すっかり元気がなくなってしまってます。再びわが国が希望と活力をとりもどすために、何としても今回のオリンピック招致、成功することを願ってやみません。

紫煙の行方

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_IMG_0876.jpg スタジオジブリの最新作「風立ちぬ」実に好評とのこと。

 宮崎駿監督が「初めて自分の作品を見て泣いた」とコメントするなど、ジブリの最高傑作との誉れ高き映画ですが、私まだ観てません。

 チャンスがあれば、あればと思っているうちにロードショー終わって、結局 WOWOW で初めて観ることになるのはいつものパターンですが、この作品だけは何とか映画館に足を運びたいと思ってます。

 ところで、この映画について作中の喫煙シーンがけしからんと「日本禁煙学会」なる団体が言いがかりをつけたところが、逆にいろんなところで袋だたきにあってるとか。ネットで調べてみたところ、この団体「学会」とは名ばかりでタバコと喫煙行為を目の敵にし、JT(日本たばこ産業株式会社)の企業活動を「条約違反、違法」と糾弾し、営業妨害を続けてている過激な集団のようです。

 ひとりよがりの大義名分を掲げ、周りの嫌悪感、批判をもろともせず、迷惑な情報発信とときに行動を続けていることから、シーシェパードやグリーンピースなんかを彷彿させます。

 映画の人気に便乗することで活動に箔を付ける売名行為かもしれませんが、時代背景や作品の雰囲気など無視し、ただヒステリックに煙草のみをとらえて糾弾する、何ともお粗末で愚かしい行為です。世間の批判は当然で、この団体が声高に叫んでいる嫌煙運動にはおよそ逆効果となることでしょう。

 嫌煙圧力が増してます。今や日本の喫煙率は約20%。それでも諸外国にくらべると高いそうです。

 思えば学生時代、ほんの30年前ですがタバコは基本的にどこでも吸えて、吸えない場所が特殊。男性は吸うのが当然、たまに吸わない人がいると 「へ~!また、なんで?」と話題になったもんです。当時、成人男子の喫煙率おそらく7割超えてたのではないでしょうか。私も学生時代のいっとき吸ってました。家族も友人も、周りにいる男性はたいがいみんな吸ってました。子供の頃は100円玉を持って父親の「ハイライト」を近所の煙草店に買いに行ったもんです。1箱80円やったんで、お釣りの20円がお使いの駄賃でした。

 しかし、時代は流れ、環境、健康志向の高まりによって喫煙者は激減していきます。

 新幹線もはじめは全車両喫煙可やったのが、いつの頃からかいちばん端の車両が禁煙車となり、それが2両に増えさらに増え、いまや全席禁煙が当たり前になりました。学生時代東京から帰省の際、すこしでも安くと学割で自由席に乗るのですが、年末年始など定員オーバー大混雑。そんな満員電車状態のデッキに立って私は、扉の窓から富士山を眺めながらタバコを吸っていたのを鮮明に覚えてます。当時人気の「LARK」という銘柄でした。密室の中ですぐそばに人がたくさん立っているのにですよ。禁煙車両ではないとはいえ今ならはり倒されそうな迷惑行為が、特に迷惑という雰囲気でもなかったのです。そんな時代でした。-y(´Д`)。oO○

 その後、就職を機にビタッとタバコを止めました。最初に配属された部署がなんと上司を含めて誰も吸わない、当時としては希有な職場環境やったもんで、止めざるをえなかったのですが、今思うとこれが実によかった。さほど苦労もせず止められたし、以来何十年、まったく吸ってません。今や職場も建物内は全面禁煙となり、数少ない喫煙者の残党が屋外の喫煙所にコソコソ集う姿が哀れをさそっています。

 われわれ吸わない者からすると、仮に煙草が全面禁止となって街から煙害が無くなるのなら、それはそれで喜ばしいことですが、吸う人は困るでしょね。特に中毒とはいわないまでも依存気があって止めたいにのに止められない人にとっては、それこそ死活問題でしょう。今のところ税金がたんまり徴収できるので政府は本気で煙草を撲滅しようとはしません。国民の健康を犠牲にして歳入を稼いでいるのです。健康志向の世論の勢いが財源の魅力に打ち勝ったときに国はもっと思い切った禁煙政策に及ぶのでしょうが、まだしばらく先のような気がします。

 好きな人がいて、嫌いな人がいて、タバコって、なんとも厄介なものです。

蝉 考

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IMG_0706.jpg 一昨日やったか「行ってきま~す」と出かけると、自宅マンションの前で背中をコツンと突かれたのです。

 「?」振り返ると1匹のセミが「ジジジ~」と鳴きながらすぐそばの木立に飛んでいきました。前をよく見ずに飛んでいた粗忽セミに体当たりを喰らわされたわけです。幸いオシッコはかけられなかった様子。

 その樹ははセミにとって居心地が良いらしく、夥しい数のクマゼミが群れています。まぁ、地球上にこれほど騒々しい虫はほかにいないでしょう。その鳴き声たるや、すぐそばで並んでいても話し声が聞きづらいほどの轟音です。最寄り駅への途中にある公園の並木にしても同様です。耳が痛くなるほどの大合唱。

 しかし何故か「うるさい」とは感じません。大音響ではあるけれども、耳をふさぎたいとは思わない。これがクルマの騒音であったり、下手なカラオケ聞かされたときなんかは、神経を逆撫でするような不快感に耐えられなくなるのに。不思議です。

 多分、われわれ人類が地球上に現れたときすでに、セミたちは先達として樹に陣取って鳴き声をあげていたからでしょう。つまり自然の音やからです。滝壺の轟音がさほど気に障らないのと同じ理屈やと勝手に理解しています。

 さらに昨日、仕事の帰り道。職場の隣の城北公園内の舗道歩いてると、前から来るおばさんが騒々しい。手にセミを持って楽しそう。
「捕まえてん♪。わたしに捕まるドンくさいセミやわ~ケラケラ。やろか?」
「結構です(^^;)」
 見ると桜の広場の地面には、いたるところに羽化のとき這い出てきた穴が空いてます。IMG_0114.jpg

 10年近くも地中で育ち、羽化して長くて10日とかいわれてます。実際はも少し長くて1カ月以上飛び回る奴もいるとか。それにしたって一生の大半地中です。子供の頃はよく裏山でセミ採りしたもんですが、思えば可哀想な話でした。そいやアメリカの素数ゼミはきっちり13年か17年で大量発生し、その想像を絶する個体数を種保存のための武器としているとか。真っ暗な地中でいったいどやって正確な年月数えるのでしょうか。大自然の驚異ですよね。

 セミに限らず昆虫たちは本能に従ってのみ動きます。どんなことがあっても遺伝子の設計図に書かれた以外の行動はしません。「決められたとおりの一生なんてまっぴらだ!」などと叫んで仲間とは別行動して旅に出たり、強いモノに戦いを挑んだり、新しい発想を世に問うたりといった冒険はしない、できない。生き方を選択するチャンスがないので悩む必要がない。これまで地上に現れた数え切れないセミの1匹1匹はそれぞれに幸せを満喫して天寿を全うしていったことでしょう。

 かたやわれわれ人間は、行動の選択で悩むことを生命活動の基本に据えており、生き方の幅に臨んで悩むことで、ある種の生き甲斐と幸福を手に入れ一生を送っていきます。日々の行動のひとつひとつが選択の結果です。成功すればいいのですが当然間違うことも多く、その振幅こそが人である所以なのです。セミと違って悩むことができる幸せがあるのやなあと、背中突かれてふと思いました。

 夏の風物詩。青空背景にヒマワリ、BGM蝉の声。

歌は世につれ

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IMG_0942.jpg 先々週、フェスティバルホールでのクラシックのコンサートが仕事都合で行けなかったのに続いて、先週はチケット買ってた甲子園球場でのG戦が雨で流れてしまいました。ついてません。

 その翌日、カード第3戦をテレビ観戦してると友達からメールがきて「テレビ見ながら懐メロ大合唱中」とのこと。たまにオンエアされる「昭和想い出の名曲」の類らしい。この日の阪神=巨人は好ゲームで目が離せなかったもんやから、結局懐メロの番組は観ませんでしたが、実はこの種のプログラム大好きです。

 今でこそいわゆる歌番組は全く観ませんが、「想い出のメロディー」系は、歌番組というよりドキュメンタリータッチで、流行当時の世相も振り返れる構成になっているのがいい。

 昭和の時代、テレビは娯楽の王者でした。歌番組も含めて人気番組は観ておかないと、ともだち同士の話題についていけない。もちろんビデオなんかなくてリアルタイム勝負でしたから、ゴールデンタイムには家族でチャンネル争いしたもんです。

 そんなわけで、現代のオリコンチャートはほとんど分からずあまり興味もありませんが、昭和のヒット曲はほぼ知っているし、歌えるし。メールくれた友人もほぼ同世代なんで(ちょっと下やから、怒られるかも)興味が募る構図は同じやと思います。

 「想い出の曲」は、単にむかし流行った歌謡曲というだけでなく、自分の人生のいち場面を想起させるからいいんですよね。「この曲聴くと、あの日、あの頃を思い出す」というわけです。自分にとって大きな出来事のあったときにたまたま聞こえてきた曲や、人生の転機となった時期に流行っていた曲なんかやと忘れられませんよね。

 そいや、一昨日の夕刊に「ノーランズ」のボーカル、バーニー・ノーランが52歳の若さでガンのため逝去という記事が小さく載ってました。「I'm in the Mood for Dancing」(邦題:ダンシング・シスター)が大ヒットしわが国でブレイクしたのは1980年。わたしはこの年、受験浪人生として日々大阪の天王寺界隈を彷徨していたわけですが、ひたすら受験勉強に勤しみ予備校と図書館と自宅を行き来する街角で毎日聞こえてきたのがバーニーのあの独特の歌声でした。特にファンというわけでもなかったのですが、今でもこの曲を聴くと、人生で最も長く感じたあの1年間の様々な記憶が甦ります。歌のチカラはすごい。

 最近、カラオケで歌う機会はめっきり減りましたが、今でもレパートリーには自信があります。もともと歌うことは大好きで、幼少期から青春時代、もの覚えが今よりずいぶんマシやった頃に、どれほどたくさんの歌を覚えてきたのか見当がつきません。演奏テクニックの有無は関係なく、人間は本能的に音楽を求めるのようにできてるのやと思います。音楽に心癒されながらの日常が続いていきます。
 
 さて、今日は高校野球大阪府予選にわが学園が登場します。よもや1回戦敗退はないと思いますが、今日はお天気よく昨日までよりはいくぶん爽やか。観戦に出かけるとしましょ。

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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