先日のエントリーで朝日新聞が「窮地に陥っている」と記しましたが、もはや窮地どころではなくコーナーに追い詰められてサンドバック状態で連打を浴びてます。
おそらく想像以上の反響に驚いたのでしょう。朝日は28日、再度「慰安婦問題 核心は変わらず」とする記事を掲載したところ、これがまた火に油を注ぐ結果となりました。保守系メディアや週刊誌はここぞとばかりに攻勢をかけ、さらに勢いを増しつつあります。朝日を擁護する論調は現在のところ見当たりません。
そのうち反撃があるやろと思ってたら、なんと今度は池上彰さんのコラム掲載拒否とその後の撤回と謝罪という騒動が起こりました。ブレまくってます。朝日は腐っても大新聞、自他ともに認めるわが国のクオリティペーパーやないですか。何らかの反論を期待してたのに、なんというお粗末さ。
いったい何を考えているのかと思っていたところが、週刊文春の記事によると、朝日の社長は社内報で「関係者から応援をいただいている」とか「理不尽な反朝日キャンペーンには屈しない」なんて書いてるらしい。
気は確かかと言いたい。「関係者」って誰よって話です。全国を席巻している批判、抗議を「理不尽」いうからには、国民が何に対して怒っているのかを認識していないか、わかってて開き直っているのかいずれかですけど、多分後者ですよね。
先日も書いたように、国民が憤っているのは、朝日が間違いを認めながら謝らないからです。反省がないからです。一部朝日の記者さんたちが、わが社の対応はおかしいと実名でツィートしていますが、それこそが正常な精神のありようです。
謝りたくない気持ちもわかるんです。すなわち、うかつに謝ると、慰安婦の強制連行に加担したと指弾された軍属とその遺族から名誉棄損の訴訟を提起されかねない。それはとてつもなく大規模なものになる可能性があります。莫大な損害賠償の金額もさることながら、大新聞がそんなスキャンダル抱えたらもうまともな商売はやっていけません。それこそ会社存続の危機となるでしょう。したがって、今はなんとか身を屈めて頭上の嵐が去るのを待つ戦法なのです。だけど、それでいいんですか。
慰安婦の誤報は謝らないのに、池上さんの件は週刊誌にボロクソ書かれても反論せず、すぐに謝罪記事を掲載しました。また、朝日の対応を批判する読者の投書を複数掲載しました。慰安婦誤報に比べて対応の違いが目立ちます。こっちの方は謝っても別に大した損害がない、すぐに謝った方が得策と踏んだからでしょう。しかし、地に落ちた信頼の回復は容易ではないですよ。
今でも「サンゴの朝日」なんて揶揄されてるように、朝日新聞は過去に何度かとんでもない誤報の不祥事をしでかしてます。その都度、誤報に至った状況をしっかりと検証し信頼回復に努めてきました。その結果、わが国の近代史において正統派政治批判勢力、良識的オピニオンリーダーとしての地位が揺らぐことはなく、リベラル知識層を中心に確固たる支持を得て今日にいたっています。
先日も書いたように、私も朝日の一貫した護憲、リベラルを旨とする姿勢を支持するひとりで、過去「声」欄には6回投書して5回掲載してもらってるんです。わが国には朝日新聞が必要やと思ってます。それだけに、今の状況は慙愧に堪えない、どうかしっかりと対応してほしい。
今回の誤報騒動は規模が大きく、与えた影響は過去の不祥事とはケタ違いです。本当に廃刊の危機ですよ。ブレてる場合ではありません。

↑ 今週の朝日の広告です。週刊新潮の「売国」「誤報」の文字を伏字にして掲載してます。
修正するくらいなら 載せんときゃええのに。
一方、週刊文春の方の「捏造」という文字はそのまま載せてます。このあたりの基準もよくわかりません。
ブレてます。
奈良検定1級受検に際しては、奈良商工会議所が主催する「体験学習プログラム」を受講することが要件とされてます。奈良のよさを知るための実に多くのプログラムが用意されており、わたしは昨年1級受検のために
出発してしばらくは植林された民有林を行きます。整然と並ぶ吉野杉が見事です。谷に降りて沢を渡ったところからが原生林です。開発を阻止するために村が買い取ったとか。今回はその森の中には足を踏み入れず、沢沿いにいけるところまでさかのぼって源流地を目指します。地面に足跡を残すとその下の微生物たちに影響が及ぶのです。素人が入ってはいけないエリアです。
したが、「なんか、歌舞伎と関係あるらしい」ぐらいの認識でした。今回実際に観て、ふるさとが全国に誇るべきことがらのひとつをやっと理解したという気がします。ちなみに下市町のゆるキャラは「ごんたくん」です。
歌舞伎の魅力は「様式美」です。リアリティのかけらもない。物語のツジツマもところどころ「?」突っ込みどころがたくさんある。しかしそんなものは何の障りにもならない。舞台・客席一体となってわが国の伝統としての様式美にひたる。それが歌舞伎の楽しみ方なんやなあと、いまさらながらに思いました。

人であっても組織であっても間違いを犯すと信頼なくすので、誰も自分の間違いは認めたくないもんです。しかし、しょせん人間は間違うようにできてます。大切なのは間違ったあとの対応です。「やっちゃったかなぁ」と思ったときは、いかに早く間違いを認め善後策を講ずるかが大事なんです。謝るのはそのあとでもかまいません。