雪なしの蟹

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IMG_3328.jpg 朝からしとしと雨が降ってます。今日から3月。これからは雨が上がるたびに暖かさが増していきます。

 昨日はゴルフに出かけましたが、陽射しが暖かくて風もない中に身を置くと、確実に近づいている春を感じました。コンペではなく、もとよりスコアにはこだわらない気楽なラウンドで、緊張が高まる年度末に向けて鋭気を養ってきました。その心地よい疲れが残ってることもあり、今日は完全休養日を決めこんでひさびさに朝寝坊しましたようなわけです。

 さて、先日、カニ食べに行ってきました。桜が咲くとその下で酒を飲みたくなるように、雪が降ってくるとカニを求めて日本海の海辺に大移動するように日本人のDNAは設計されています。

 今回は私も本能に従って、北陸から山陰方面で手ごろな旅先を探しました。カニ+温泉となるとまず城崎温泉が思いつきますが、例によってうちの奥さんのご指示により部屋に温泉露天風呂がないとダメなわけです。城崎は外湯が充実してますが、部屋に露天温泉付の宿はありません。何か大人の事情があるみたいで、部屋に露天風呂がある旅館はあってもなぜかすべて温泉ではないのです。これでは意味がない。IMG_3322.jpg

 そうすっとやっぱりこの時期どこも混雑していて、なかなか空いてないなあとか思いつつ探しててふと目についたのが「夕陽ケ浦」という温泉地でした。京都府日本海岸の天橋立と城崎温泉の真ん中あたりにあります。知らなかった。調べてみると割と最近温泉が湧いて、昭和の終わりにできた新しい温泉地みたい。数百年の歴史がある木津温泉が近くにあり最寄り駅は北近畿タンゴ鉄道の木津温泉駅ですが、木津温泉とは直接関係はないそうです。新しそやし、まあいいかと思って空いてた一軒の宿に予約を入れ行ってみることにしました。

 近場でもあり、普通なら間違いなくクルマで行く距離ですが、冬タイヤは持ってない。一度真冬に信州の温泉地に出かけたところ、雪中でのチェーンの着脱に慣れておらず疲労困ぱいした思い出があり、以来冬場の温泉はクルマを避けてます。列車やと機動力は確実に落ちますが、行き帰りの車中でビールと駅弁という楽しみが増えます。久々の列車の旅といたしました。

IMG_3338.jpg 大阪から特急こうのとり号、はしだて号を乗り継いで、なんとも鄙びた木津温泉駅とうちゃく。迎車でお宿に向かいました。部屋のつくりは昭和の香り漂うよくあるタイプの客室で、現代風とは言えない。部屋の露天温泉は完備していますが内湯がないので、かなり不便。昭和の旅館ではありますが館内に売店がないなど、何か中途半端な感じがしました。しかしまあ満足できる範疇でありましょう。わが家のようなわがままな湯治客が増えてきて、お宿もなにかと大変やと思います。誤算は、雪見酒と雪見温泉を求めて行ったのに積雪がまったくなかったこと。これならクルマで来てもよかったわけですが、お天気だけは如何ともしようがありません。

 肝心のカニは、よかった。わが家は二人とも量がこなせないのでそんなにボリュームは必要ない。その分クオリティを上げてほしい方ですが、今回は量、質ともに十分で、ひさびさにカニ三昧を堪能いたしました。

 古来、日本人は食べることに何とも貪欲です。和食が世界文化遺産に登録されたように、何か美味しいものはないかと探し続けてきた食いしん坊の歴史を連綿と紡いできました。よくナマコやウニを最初に食べた人の勇気のことが言われますが、カニを最初に食べた人もたいがい大胆やったと思います。おかげさまで現代人はその美味を堪能することができるわけで、何ともありがたいことです。食の分野でも先人の苦労と業績を蔑ろにはできません。

凄い大丈夫です。

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 昨日から恒例の湯治に出かけており、先ほど帰ってきたようなわけで、今時分にブログを更新することとなりました。雪見酒の期待があっさりと裏切られたこのたびの温泉行の仔細はいずれ書くとして、今日は気になる言葉使いについて。

IMG_3381.jpg イエデン(固定電話)での通話がめっきりと減ったことは以前にも書きました。しかし、仕事の上ではやっぱり電話での通話は欠かせません。職場の新入職員諸君は、新人研修なんかで電話のかけ方受け方、みっちりと仕込まれます。しかし、もちろん研修のお稽古だけでモノになるはずもなく、実地での経験でもって業務上必要なコミュニケーションの手法を習得していくことになります。失敗を繰り返して一人前になっていくのですが、はじめのうちに変なクセを付けるとなかなか直らない。三つ子の魂百までというやつです。新人と言えなくなると、もう関連の研修受けたりはしないので、気がついたときに、まめに指導するしかありません。

 そんな基本的な電話術も、携帯電話の普及によってじゃっかん変化してきました。

 携帯への発信では固定と違って相手のシチュエーションが分からんもんやから、つながって開口いちばん「今、お電話よろしいでしょうか」がデフォルトになり、今やそれが固定電話にかけたときにも必ず言うようになってきました。

 そんなある日、入って日が浅い職員が電話してます。

 「もしもし~◯◯さんの携帯電話でよろしかったでしょうか。今、お電話大丈夫ですか~」 (^^;;

 ファミレス敬語に続けて私の嫌いな「大丈夫」攻撃、ここでも炸裂です。もし、私がこんな電話受けたらきっと「電話大丈夫かって、別に壊れてないけど」と応じることでしょう。未だそんなチャンスには遭遇してませんが(^^)

denwa.jpg 本人に自覚がないからやっかいなのです。彼が電話終えてから「君、今何て言てった?」とか注意しつつ、やっぱり新人以外にも「お話し方教室」やった方がいいのかなぁなんて思う今日この頃です。

 学生さんや若手職員たちが日頃仲間内で話してる、ほぼ日本語らしきものについてとやかく言うつもりはありません。
 「やっば~、マジッすか!?? チョーウケるんですケド」大いに結構。

 が、それをビジネスシーンに引きずってきてはいけません。あなたは組織の看板背負って話をしてるんですよ。

 先週、ベンチャー事業で成功されたさる方の講演を聴く機会がありました。出版業界からスピンアウトして時代の先端で活躍している様は大いに興味深かったのですが、若いこともあってかいかんせん言葉の誤用が多く、残念に思いました。

 のっけから「私は、◯◯といい、……など、現在こういった分野で活躍しています」
 さらに、「スゴイよく売れてます」「スッゴイ素敵な人なんです」
以前にも書いた、誤「スゴイ」をやたら連発されて、耳障りこの上ない。聴く気が失せていきます。せっかくいいコト話してはるのに「スゴく」もったいないと思いました。

 言葉、言語は生き物。時代とともに変わるということは確かにいえるでしょう。いずれこれらの誤用も正しい日本語として受け入れられる日がくるのかも知れません。しかし、正しい、正しくないと言うよりも、聞いて話して気色の悪い語法はやっぱり残ってほしくないなぁ、なんて思ってます。

終わってた

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 文庫本は、溜まっていきます。

 ふと気がつくと、書架から溢れてクロゼットの上CD・ビデオキャビネットの隙間、机の上とその周辺、はては床の上まで、止めどなく増殖します。毎日なにかしら読んでるわけですから増えるのは当たり前で、処分しないもんやからだんだんと収拾がつかなくなっています。古いものから思い切って処分しようかとも思うのですが、買った本を手放すのはなんとなく抵抗があるのです。

 つらつら考えてみるに、これまでの人生でマンガ本などの雑誌以外の本を捨てたことがありません。ブックオフにもっていったこともありません。その当然の帰結として現在の書斎はいうにおよばず、押し入れの中も壮絶なことになっています。実家の物置などにまとめて移動したこともあります。悲しいかなそれらの本のうちには目を離しているうちに実家の両親がサクッと捨てたり燃やしたりで、気がつかないうちに失われたものが少なからずあります。しかし、入手した本を自らの意思でもって手放したことは、記憶の限りありません。IMG_3300.jpg

 もともとモノに対する執着が強いほうで、捨てることが苦手なのです。断捨離なんて所業は私にはとうてい不可能やと悟ってます。折にふれてうちの奥さんのヒンシュクをかっています。ただでさえ狭いマンションの収納は、残された生涯において二度と再び手に取ることのないものどものために費やされるべきではないという、その理屈は確かに道理です。しかし、手に入れた持ち物のひとつひとつには、かつて自分に関わった歴史の一端が記録されています。特別の思い入れなどなくとも、その物を処分していしまうことはその当時の自分の思い、考え方、行動、つまりは人格を処分してしまうような気がしてどうにも決まりが悪い。思い切って捨てたら捨てたで、そのごの人生においておよそ後悔することなどないとは理解できるのですが、そういった理性に対して感情が戦いを挑み、そして勝ってしまうのです。困ったもんです。

 さて、その溜まっていく文庫本なのですが、出版社は売上げ伸ばすために折にふれていろんなキャンペーンを張り読者にアピールします。いちばんポピュラーなのがシール貯めると景品あげますよ~の類です。講談社文庫はむかしから10枚貯めるとブックカバー進呈という企画をずっと続けてました。新潮文庫は読者プレゼント「必ずもらえるYonda?CLUB」でもって、同じくカバーの端っこについてる三角マーク貯めると、枚数に応じてマグカップやマスコット人形などの景品がもらえる企画をやってました。

IMG_3301.jpg 文庫本10冊なんてあっという間です。私もこれまで講談社からそうとうな数のブックカバーをいただいております。また、新潮文庫のほうもストラップやブックカバーなどもらってます。そして、確か50枚やったと思いますが腕時計もゲットしました。そのとき、もう50枚貯めて2個目の腕時計もらったら、姪姉妹の就職祝いに「非売品プレミアもんやぞ」とか言って進呈しよう、と思ったのが2年ほど前でした。

 んで、先週「新潮も講談社もマーク溜まってきたし、そろそろまとめて応募しようか」と急に思い立ち、ネットで調べたところ、なんと、なんと。どちらも「キャンペーンは終了しました」の告知があるやないですか。が~ん。

 新潮の「Yonda?CLUB」はともかく、講談社のブックカバーは確か何十年も延々と続いてたはずです。まさか終わりがくるなんて想像だにしていませんでした。

 うかつでした。しかし、今回の失敗に限らず「知らない間に終わってた」ことが他にもたくさんあるような気がします。「思い立ったが吉日」は確かに真理なのです。街の店先で見つけた商品「あ、これいいな」と思ったらすぐに入手しないと、覚えといて次の機会に買おうとするとたいがいは忘れてしもたり、売り切れたりで結局縁がなかったとあきらめることになります。逆に縁あってわたしの手元へとやって来たモノたちはやっぱり迂闊には捨てられんよなぁ。などと、切り取ったマークの山を恨めし気に見つめながら、そんなことを思いました。

ふるさと納税

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IMG_3293.jpg 毎年、ふるさと納税を行っています。これまでも何回か書いたことがありますが、私のふるさとは奈良県南部の山峡にある下市町という小さな町です。

 きっかけは中学校の同窓会でした。会場に町役場のひとが来られて、ふるさと納税への協力をアピールして行かれたのです。これは、うまい。全国各地に散っていった町の出身者が帰ってくる同窓会、ただでさえ古い仲間とともに卒業当時に思いを馳せる独特の空間で「ぜひふるさとにご協力を」とか言われたらその気にならん方がおかしいというもんです。その気になりました。

 この制度は2008年に始まったそうで、正確には「納税」ではなくて「寄付」です。都道府県や市区町村にお金を寄付することでその金額が税金から控除されるしくみです。寄付するところは別に生まれた町や県でなくてもどこでもいい。まったく縁もゆかりもない、行ったことないとこでもかまいません。

 寄付の手続きして確定申告すると、寄付した金額から2,000円引いた額が所得税と住民税から控除されます。つまり、2,000円の手数料を負担するだけで住民税の一部を別の町に納められる制度といえます。制度開始当初は5,000円だったのが最近さらにおトクになりました。

img035.jpg 私が今住んでるのは大阪市近郊の衛星都市です。言ってみれば仕事を求めて都会に出てきた結果、職場に通うために住居を構えているだけで、およそなんの愛着もありません。にもかかわらずやたら高い住民税を取られてるのにそれに見合う住民サービスを享受しているとはとうてい感じられません。国民の義務として同じ納めるなら、自分を育ててくれた、世話になった故郷にというのが人情というものです。初めてもう7・8年になりますが毎年1回、ずっと続けてます。

 故郷を離れてもその地域に貢献することができます。過疎の田舎から都会に出てきた人たちにとっては、非常にうれしい制度なのです。

 が、しかし。最近このふるさと納税(寄付)制度、おかしなことになっています。

 寄付した人には各都道府県、市区町村からその地域の特産品などがお礼、記念品、特典などと称して送られます。これがくせもので、各自治体は多くの寄付を集めようと趣向を凝らしてだんだんと豪華な品物を設定するようになってきて、寄付する側もいい記念品を獲得しようとして寄付先を選ぶようになってきたのです。

 実際の寄付金額はどうせ税金でもっていかれるので、実質的な負担は2,000円だけです。これは、どこに寄付しようと変わりません。つまり、2,000円均一で全国各地の良質景品を選び放題という事態になっているのです。ネット上にはふるさと納税応援サイトも数多く出現し、どこに寄付すればどんな景品が手に入るか詳しく紹介してます。普通ではおよそ考えられない豪華商品が2,000円均一です。高級和牛2kg、コシヒカリ20kg、ノートパソコン、高級旅館宿泊券...

 ちょっと待ってよ、という話です。P3203581.jpg

 負担する2,000円と豪華記念品の実際の価額との差はどこかで補てんされているはずで、よくよく考えるとこれは住民税が控除される居住地の自治体や、所得税が控除される国が支払っていることになります。つまりは国民の税金によって賄われているのです。これはおかしい。

 ふるさと納税ってそんなもんやないでしょ。単純に、お世話になった愛着あるふるさとを応援するための制度やなかったのですか。記念品を競って地域にまったく縁のない人からの寄付を吸い寄せてみたり、記念品目的で寄付したりすることはちょっと違うでしょ。

 私も確かに記念品をいただきました。はじめのころは地元特産の椎茸や割り箸やったのが、何年か前は高級な葡萄の詰め合わせをいただきました。大した寄付金額やないのに申し訳ないなぁ、とか思いながらお礼状書いたもんです。それが近年「記念品、選べるようになりました」なんてカタログみたいな案内が届くようになりました。いりませんというのもかえって失礼かつ迷惑かと思って一応ありがたくいただいてはいますが、できればまったく無くしてもらいたいと思います。

 今は住民税所得割部分の1割が寄付額の上限ですが、来年から2割になるらしい。つまりこの制度、まだまだ拡充されていく勢いです。それはそれで大いに歓迎なのですが、制度本来の趣旨を忘れないでほしい。ふるさと納税と呼ぶ以上、ふるさと以外は対象外とすべし。そして、寄付に伴う記念品なんてすべて即刻廃止すべきやと思います。

かわいいRobi

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IMG_3285.jpg 先週、大学と地域との交流に関するあるイベントで、ロボットクリエイターの高橋智隆氏の講演を聞く機会がありました。

 ロボットのデザイン・製作をやっておられる方です。パナソニックのアルカリ乾電池のCMでグランドキャニオンに張られたロープを頂上まで登ったり、ル・マンのコースで自転車で24時間走り通したりする「エボルタ号」はこの人が作りました。ギネス、このチャレンジでの記録保持者です。もっぱらロボットの設計・製作のみをナリワイとされている人がどれほどいるのか知りませんが、おそらく第一人者といって良いでしょう。いわゆるシュッとしたイケメンで、講演の内容も実に面白かった。道を究めた人のお話は、なんにせよ面白い。

 最近の仕事として、デアゴスティーニの「週刊ロビ」について話されました。

 デアゴスティーニは、テーマ別映像のDVDコレクションなどもありますが、いわゆる「パートワーク方式」の分冊百科の出版が有名です。雑誌と一緒に付いてくる付録を全部揃えて組み立てると、フィギアなどひとつの造形が出来上がるシリーズものです。クルマ、オートバイ、蒸気機関車から甲冑、なんと3Dプリンターまで、少しづつ部品をそろえて完成させる人気のシリーズです。私のような根気のない輩にはなかなかに難しいのですが、模型などはそれぞれのクオリティーが極めて高く、コンプリートしたときの達成感たるや想像に難くありません。それゆえ根強い人気をたもっています。evolta1.jpg

 創刊号の価格を安く設定してとっかかり安くして引きずり込んでいくあたり、なかなかの策を弄しています。

 そんなデアゴの人気シリーズのひとつがロボットのロビ君で、高橋さんが作りました。ドライバー一本で組み立てられるとか。

 現在、2012年、13年に続いて第三版つまり再々発売の3回目となるそうで、ご好評にお応えしてということでしょうか、テレビCMもやっています。

 創刊号は例によって799円という低価格ですが、第2号以降は2,047円と少々お高い。しかもマイコンやセンサーなどの最精密部品が付く週はさらに高い特別価格となるそうです。全70巻そろえると14万円以上となるとか。なかなかのお値段です。

robi.jpg かわいいロボットのロビ君が毎週少しづつ出来上がっていくわけですが、高橋氏いわく、創刊号以下早いうちにロビ君の頭の部分がまず出来上がる。この「頭から」いくとこがミソで、顔を見てしまうとどうしても情が湧いてしまって「何とか完遂してやらねば」という気持ちにさせるそうなのです。で、最後まで挫折せずに続けてしまうと。なるほどね。

 この日は実物も登場してデモがあったのですが、その動きは実にスムーズ、想像以上に精巧です。そして対話の音声認識もなかなか性能がよく、声もいい。つまりは可愛い。ロボットなんてあまりじっくり見たことなかったのですが、現代のロボット技術はこんなことになっていたのか。このような人のかたちしたロボット、ヒューマノイド型とゆうそうですが、これは確かにもはやおもちゃではなく、まさにロボットです。ちょっと前にホンダやソニーがロボット作ったことは知ってましたが、いつのまにかご家庭に高性能のロボットがやってきたのです。

 高橋氏のお話、実にいろいろな示唆がありましたが、特に印象に残った点に留めます。

 かつて、技術革新はニーズを満たすための開発が行われて販売に至ることで発展してきたけど、現代の先進国型のイノベーションはそれに加えて「遊びの考案」が発端となり、新しいアイデアを発信してそれが普及していくことで用途が発生するとのこと。

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 確かにそうですよね。ロビは言ってみればニーズに応える生産的なことは何もできません。テレビのリモコンを取り込む機能があるそうですが、テレビ観たいと思ったときにまずロビの電源入れて声で命令してテレビ点けるより自分でリモコン操作した方がはるかに楽チンやし、目覚まし機能があるといっても時計やテレビ、ラジオのオンタイマーの方が簡単・確実です。でも、小さなロボットが自分の部屋でモソモソ歩いたり踊ったりしているということに、人は何かしら新しい価値を感じるのです。ロビが部屋にいる状態が普及すればそこにはきっと何かの用途が生まれてきます。

  「必要こそ発明の母」は、それはそれで真実なのですが、発明しようなどと思わず自分の好きなこと、興味のあることを突き詰めていたらこんな物ができてしまった、こんなことがやれてしまったと、未来に向けたイノベーションは案外そんな具合に拓けていくのかも知れません。

 やっぱりブレイクスルーする人の発想は一味違うなあ、と感心した一日でした。 

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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