府民の都構想

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 大阪都構想の住民投票が、来週の日曜日に行われます。

 「大阪市を廃止し、5つの特別区に分割するための『特別区設置協定書』についての是非を問う」ということですが、ようは「都構想に賛成か反対か」ということです。

img039.jpg この「都構想」、橋下さんが維新の会を率いて勢力を拡大し、それなりの支持を得てここまでもってきましたが、確かそれ以前にも話はありました。もう前世紀になりますが、横山ノックがセクハラ騒動で知事をクビになって、そのあと知事さんになったのが、太田房江でした。大阪にまったく縁もゆかりもない官僚の落下傘候補でしたが、何故か当選して知事やっているとき、確かこの都構想があったことを覚えています。当時大阪市は比較的財政安定、一方府の方は火の車。じゃあ一緒にしたら府が助かるやんってことで言い出したところが、当時はほとんど誰からも相手にされませんでした。例の石原都知事にしても「都(みやこ)は国にひとつに決まってるだろ、何をバカなことを」とか言ってたもんです。それが今や橋下さんがエラくなると、国政でも維新の党をいっしょにやるようになったんやから面白い。

 さて、賛成派、反対派入り乱れて宣伝してます。テレビCMまでやってる。通常の選挙ほど運動の規制がないとかで実に騒々しくなってます。大阪市内はさらにやかましいことでしょう。宣伝カーが「住民投票では反対と書きましょう」なんて叫びながら走りまわってる。細かいことはいちいち説明しません。都構想がなぜ必要なのか、あるいはなぜダメなのかということを訴えるべきなのに、有権者はどうせ分からんやろからとにかく反対(あるいは賛成)と書いとけばええんやという趣旨で、これはきわめて失礼な話です。img038.jpg

 といっても、私は大阪府民ではありますが大阪市民ではないため今回は投票できません。これも、どうもおかしい。影響は府民全体におよぶはずなのになぜ市民以外は投票できないのか。もし実現すれば空前絶後の改革なのであって、その歴史的な大イベントには是非参画したいのに。「住民投票」なんて、長い人生でただの一度もやったことありません。なんとかやらせてもらえないもんかと思うのですが、どうもダメみたいです。

 そう。実は都構想なんてどうだっていいんです。イベントには参加したいというだけの、いつもながらのミーハー精神炸裂なのです、私は。

 橋下さんは大阪の活性化のため、二重行政を廃止するため、と言ってます。一方反対派は「住民サービスが低下する」と言ってます。

 はて…。住民サービスってなんでしょかって話です。

 インフラの利用という意味でしょうか。電気もガスも水道も使った分だけの料金を別途きっちりと徴収されてます。子供がいないので小中学校タダの義務教育の恩恵も受けていません。市役所やなんかの利用はそれこそ何年に一度しかないし、府庁に行ってサービス?受けたのはパスポート作ったときだけ。確かそのときも安くはない手数料とられたと記憶してます。図書館が近所にありますが、最後に行ったのはいつやったかもう覚えてません。20年以上前この街に越してきたときに作った貸出カード、まだ使えるんやろか。これらを指して「住民サービス」と言ってるのなら、今の私にはほぼ全てが必要ないということになります。

 したがって、それが悪化しようが手数料が何倍になろうが、まったく影響がありません。むしろ受益者の手数料をもっと高額にして、その分有無を言わさず搾取されてる住民税を大幅に減額してくれるんなら、大賛成です。

 つまり住民サービスの向上、低下がポイントというなら、結局どっちでもいい。強いていえば議員や職員の数を減らして経費を削減し財政を好転できるんなら、都構想賛成ということになるのでしょうか。

 いずれにしたって私はカヤの外、投票できません。したかったなあ。

やっかいな隣人

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 桜の終わりを待っていたかのようにツツジの花がこれでもかと鮮やかに咲き誇っています。昨日は初夏というよりもはっきり夏のような陽気で、湿気がなく爽やかな一日でした。梅雨が始まるまでのしばらくのあいだの、いちねんでもっともよい気候としみじみ実感する5連休です。わが家のベランダでは10数年前から置いてあるカネノナルキが突然、初めて小さな花をいっぱいつけ始めました。次々に咲いてきます。いったい何が起こったのか分かりませんが、なんとなくウレシイ。今日も快晴、またぞろ田舎で中学校時代の同級生の集まりがあったりで早くから帰省するので、早朝からのブログ更新となりました。

 IMG_3653.jpg先週は、訪米した安倍首相が議会で演説したことが大きな話題になりました。例によってわが国のマスコミは、絶賛する論調からこき下ろすものまで評価はさまざまです。英語が下手とか、カンペに頼りすぎとか、まあ政治家さんですから聴衆に訴える能力は無いよりあった方が褒められるのは確かですが、演説の内容は良かったと思いますよ。

 野党議員や一部マスコミは、たとえどんな素晴らしい演説であっても何かしらの欠点を作り出して攻撃するのが仕事であって、「素晴らしい!」と思ってもそれ言っちゃダメなんです。安倍さん、その辺はよく分かってて、英語ヘタとかバカにされてもどこ吹く風です。

 さて、今回は日本国の首相がアメリカの国会議員を相手におこなった演説なのですから、日米同盟をより強固にすることで東アジアのみならず世界の平和と安定のためにしっかりやっていきましょうや、ということをいかに真摯に伝えられたかを評価の基準とするべきです。ところが、マスコミの最大の関心は、あろうことか韓国の慰安婦問題にどう言及するか、謝罪するかしないかということやったようです。なぜか韓国が、演説に自分たちへの謝罪がなかったと言明し、その尻馬に乗ってわが国でも一部のマスコミが騒いでいるのです。

 なんやそれは、という話ですよ。日本と韓国のこれからをどうしよっかという内容でもって韓国の議会で演説するなら、慰安婦が、領土問題がと大騒ぎすることは大いに結構です。しかし、訪米ですよ。日米関係の強化と課題解決のために日本の首相がアメリカを訪れてるというのに、まったくの外野の韓国がいったい何を騒いでるんでしょか。

 慰安婦問題に関して日本政府の謝罪と賠償はこれまでのんで十分なのか、それともまだまだ足りないのか、それはいろいろ意見があるでしょうし、黙れというつもりはありません。しかし、まったく関係のない日米間の国家交流行事においてそれを求める神経は、およそ理解できません。

 韓国政府、国民とマスコミは、安倍首相が何か話をするときは、いかなる場合でも慰安婦に対する謝罪が必要やとでもいうのでしょうか。国会の予算審議で答弁するときに「まず慰安婦に謝罪を…」 ネパールの被災地への支援について聞かれたら「まず慰安婦に謝罪を…」 街頭で応援演説するときにも「慰安婦に心からおわびを…」ラーメンの出前頼むとき「もしもし、慰安婦におわびを…」

 韓国の大統領が外国を訪問したときは首脳会談やなんかで日本の悪口を忘れないそうですから、そういう意味では思考回路ブレてないとも言えますが、もういい加減うんざりしてきたというのが日本国民の偽らざる心情ではないでしょうか。abe.jpg

 戦後、いっかんして反日を根本規範として国作りをやってきた韓国という国にとって、日本が国際社会でその地位を着実に向上させていることは、国民感情以前の問題で国家存立の根底を損なってしまうことになるんでしょね。日本ではかつての「ゆとり教育」によって若者の学力低下が問題となりましたが、韓国では時代が進むにつれて幼少の頃より徹底した反日教育を受けて育った世代が国民の大部分を占めてきました。国の指導者が国民を懐柔する際には、外部に共通の敵をこしらえます。一緒になって第三者の悪口を言うことで一体感を醸成するのです。これは非常に効果的で即効性があります。しかし非常に危険です。顕著な例がナチスドイツで「人類共通の敵ユダヤ人を撲滅するのだ」というヒトラーの演説に熱狂したドイツ国民は、破滅への道を歩みました。

 近年の中国にしても同じ様相を呈しています。国交正常化から平和友好条約締結の頃の日中蜜月の時代は遠い過去となり、国交回復という井戸を掘った先人の苦労は忘れ去られ、国力をつけて経済大国となった中国において国民は破天荒な抗日ドラマに嬉々として興じています。共産党の幹部が自らの腐敗に対する国民の批判をかわすために日本という悪役を作り出し、それがまんまと奏功しているのです。真実と事実は違う、ということがよく言われます。反日国家にとって事実はどうでもよく、都合のよいことのみを真実として作り上げることがすなわち国政のあり方なのです。

 そんな国家運営が果たして正しいのでしょうか。ナチスドイツや、かつて鬼畜米英打倒を叫んだどこか東アジアの軍国主義国家と、やっていることは同んなじです。人間のネガティブな本能を刺激することで国家の運営を続ける手法が必ず破綻することは、歴史が証明しています。

 それでも、その破綻に至るまでの間、わが国はこんなにも厄介な隣人たちとこれからも伍していかなければならないのです。なんとも気がめいる話ですが、そこは日本、そのもちまえの強さ、しなやかさでもって、必ずや解決に辿りつけると信じています。

芸術の春

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 春の長雨から一転していいお天気が続きました。今朝も清々しい快晴です。桜が終わった若葉の頃は年間で最も良い気候やと思います。このまますぐに夏になればよいものを、わが国では梅雨を乗り越えねば夏はやってきません。結婚式はジューンブライドがもてはやされてきましたが、あれは梅雨のない欧米で最も快適な季節が6月やからウェディングには最適という習慣を、あとさき考えず日本に輸入したもんで、結果、なんでこんなジメジメしたときに式あげるんや、ということになってしもてるとか。おそらくホテルや式場の営業戦略もあったんでしょうね。日本らしいっちゃらしい。

IMG_3712.jpg さて、先週は週半ばにクラシックのコンサートに、昨日は美術展に出かけるというなんとも芸術的フレーバー漂う一週間でした。

 演奏会は井上道義ほか指揮の在阪4オーケストラの饗宴で、4指揮者、4オケが交代で1曲ずつ演奏するというお得感満載のイベントです。演目に以前にも書いた好きなナンバー、サン=サーンスの交響曲第3番『オルガン付』があり期待して出かけました。会場のフェスティバルホールにはザ・シンフォニーホールみたいな本格的なパイプオルガンはなくて、使ったのは電子オルガンの大っきいやつやったと思いますが、音量はシンフォニーホールのんよりよくて迫力ある演奏でした。

 この日に限らず、また、クラシックに限らずロックでも演歌でも落語でも、曲のできはCDのほうがはるかに完成されてます。失敗気にせず何回もやり直しできて納得のいく最高のんを採用すればいいんやから当然です。演奏会はそうはいきません。失敗しても「もいっかい」はない。しかし「ライブ」の魅力は何ものにも代えがたい。聴衆は生の迫力、会場の雰囲気に価値を感じて足を運ぶのであって、曲の出来不出来は気にしないというと語弊がありますが、少なくも絶対の最優先ではありません。一期一会こそが演奏会の魅力です。しかもその時の演奏がCDを凌駕する素晴らしい名演であればなおさら価値があるというもんです。

 観客席でふと振り返るとすぐ後ろの座席に、あとで指揮する井上道義さんが座って聴いてる。井上さんが最後の曲、ベートーベンの交響曲7番を指揮してるときには、先に終わったうちの二人の指揮者が代わって座ってる。汗だくでした。なるほど指揮者は重労働なんやなあとか思ったわけで、こんなのもライブならではの嬉しいハプニングでした。img037.jpg

 そして昨日、神戸市立博物館で開催中の「チューリヒ美術館展」に出かけました。なんだか美術展は神戸が多くて前回の「プーシキン美術館展」もその前の「マウリッツハイス美術館展」も同じ会場でした。今回は前2回のようにこれといった目玉商品はなく、HPによると「モネ、セザンヌ、ピカソ、ダリ、ジャコメッティ…近代美術史を彩る巨匠たちの傑作や、画業を代表する名品ばかり74点が集結。習作やスケッチは全くない、圧巻のラインアップです。」ということです。確かにそれぞれ力のこもった大作がこれでもかと並んでます。好きなシャガールも何点かあってかなりの長時間見入ってしまい、大満足の静かな時間を堪能しました。

 今日は統一地方選後半戦、市議会議員選挙の投票日です。こちらは芸術とはおよそ無縁な世界です。市議会の選挙ともなると、候補者たちにとっては4年に一度の就職活動といった様相ですね。お天気もいいし、散歩がてら清き一票を投じてまいります。

 朝からどんよりとした曇り空で雨の予報が出ています。今日は午後から今シーズン初めて聖地甲子園に出かけるので、なんとかもってほしいのです。いまいち調子が上がらないわがタイガース、対巨人の連勝ではずみをつけてほしいところです。

plt1504030032-p8.jpg さて、バカな議員は関西発と決まってるわけでもないのでしょうに、西宮の号泣市議の記憶も薄れたころに今度はなんと代議士さんの登場です。比例区で滑り止め当選した女性議員ですが、国会会期中に飲み屋をハシゴしたあげく翌日の本会議をズル休みし、すぐにその翌日から恋人の男性秘書と旅行に出かけてたとか。それがバレたあと、当の秘書ともどもマスコミ対応にしくじって各方面から大バッシング。とうとう親分である維新の党、橋下徹共同代表の逆鱗に触れて党除名と。絵にかいたようなマヌケぶりです。いったん辞職して次また出直したら、と代表に諭されたそうですが、誰が考えてもこいつに次なんてない。あるはずがない。そんならせめて資格があるうちはまわりから何と罵倒されようが生き恥を晒していこうが、議員の厚遇は享受したいということで辞職はゼッタイしません、と。

 ちょっとまってよって話ですよね。この女性議員は比例区で当選したんやから、その党を除名になったら当然失職すべきでしょうよ。この議員ではなくて党を支持して投票したのやから。

 確かに不可解な制度に守られて、法令上は議員の職を奪われることはありません。しかし、自分が代議士でいられることに条理的な根拠がまったくないことを考えるべきです。数千万円の歳費、経費と引き換えに人として最低限の羞恥心を捨てるべきではないでしょ。そこは利害や打算を捨ててエモーショナル(感情に忠実に)であるべきですよ。

 ところで、今日はこんなバカの行状をいまさらあげつらって追及しようというのではなく、注目すべきはこんなトウヘンボクでもいったん選挙に受かって議員になると任期中はそう簡単にはクビにはできないという、わが国の制度のことなんです。

 同じような例で思い出すのは十数年前、社会民主党から比例区で立候補当選したタレントの田嶋陽子という女性問題活動家が、当選後に社民党離党しながら議員は辞めず、任期いっぱい歳費を持って行った、というのんがありました。わたしはその選挙で社民党に投票したので、よく覚えてます。大変に裏切られた思いがしたもんやから事務所に抗議を送信しましたが、案の定返事はありませんでした。議員というものは、当初は政治理念に燃えたとしても、いったんセンセイ職の美味しさに浸るととたんに本能に従順になってしまうのです。つまり、本人の良識に期待するのはムリなんです。では、強制的に辞めさせることができないのか。vote1.jpg

 たとえば知事や市区町村長はその地方の有権者の、原則として三分の一以上の署名があればリコール投票ができてそこで過半数が賛成すれば辞めさせることができます。首長がときどきクビ長と呼ばれるのは「市長」と紛らわしいからですが、有権者がクビにできるルールがあるからとも言えます。地方議会議員も同様です。三分の一以上の署名と過半数の賛成で解散できます。

 ところがところが、なんと国会議員にはリコール制度がありません。地方議員やなんかと同じ理屈でやるとしたら、たとえば全国区の議員なら日本中の有権者の三分の一の署名がいると。こんなん到底無理やからということでそもそも制度がないということです。

 いったん議員に受かったら、犯罪で捕まっても実刑判決でなければ議員を続けられます。会期中は逮捕すらされないという特権もあります。なぜか。どんな悪人でも多くの有権者に選ばれたという事実は重みがあり、選んだ人の国政に対する思いは尊重する必要がある、これぞ民主主義のあるべき姿である!ということらしい。逆に言えば、選んだ側は選んでおいてから「やっぱりこいつダメ」というのは許されない。選んだ以上は責任もって支持しなさいということのようです。しかしこれは前述のように現在の比例代表制という選挙制度では通用しません。そんなことみんな分かってるのに、センセイたちは自分のクビが怖いもんやから直そうとしない。

gijidou002.jpg ゆいいつ「除名」という制度があります。議院の秩序を乱したりした不届きものは、本会議で出席議員の三分の二以上が賛成すれば除名処分となり議員の身分を失います(憲法第58条)。有権者ではなくて議員どおしで決めることになります。だから他のセンセイたちが「よおし、こいつ辞めさせたろ!」と一致団結すればやれないことはない。しかし、この制度で国会議員クビになったのは戦後わずか2人しかいないそうです。きっとお互いに自分のクビのことを考えると、そう軽軽に言い出せないということなんでしょね。やっぱり、ハードルは高い。

 確かに選良の身分を強固に守ることは民主主義の基本です。しかし、今回の件のように、およそ国会に居るべきでない人物が間違って議員になっちゃうこともあるのです。いわば何等かの手違いによって生じた事故なんですから、それを是正する仕組みは必要やと思います。

南北朝の桜

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P4045385.jpg 先日、恒例となった旧友たちとの京都花見行に参加しました。この集い、花見といいながら最近は料亭での宴席が主体で、桜があってもなくてもさほど影響がなくなっとります。しかし、やはり日本人としては単なる宴会よりも「花見」と銘打ったほうが春爛漫の雰囲気が充満し、盛り上がるというものです。

 京都で長く仕事してた友人が毎度毎度設定してくれるのです。これはまったく感謝に堪えません。彼が京都の職場に勤務することがなかったら、さらに置屋さんとの馴染みがなかったら、われわれがこのように気軽に京文化を満喫することはおそらくなかったでしょう。持つべきものは京都の友人であります。今回は河原町の「本家たん熊本店」で京料理をいただきました。ミシュラン☆☆、京都のビッグネームです。IMG_3557.jpg

 たださえ都情緒たっぷりの木屋町通りと高瀬川はおりしも桜満開、うれしくも雨の予想がはずれ、青空をバックに清楚な花弁が映え、これぞ日本、これぞ京都という絵画のごとき空間が広がっていきます。座敷からは反対側、鴨川と川沿いの桜並木が望め、遠くに眺める東山、清水寺の杜を覆うのは春霞かそれとも桜の花房か。川沿いは多くの人が行き交い、それぞれに春を楽しんでます。晴れてよかった。

 高瀬川といえば森鴎外の小説「高瀬舟」。小学生の時分に読みました。今ならもうどおってことないけど、安楽死という言葉を初めて知り、純真なこどもやった私の中で法律論、社会・哲学論に一石を投じその後の思想醸成に多大なる影響をもたらした衝撃の問題作でした。IMG_3558.jpg

 ところで、高瀬舟って高瀬川の水運に使われてるからそういうんやと思ってましたが、調べてみると実はこれ逆で、高瀬舟という舟を使う運河やから高瀬川という名前がついたんやとか。知らんかったわ。

 さて、午前中に所用あり少し遅れて参戦したのですが、いつもの馴染みの面子がそろう中、初めての参加でほぼ卒業以来の再開となった友人あり、いつもながらの実に楽しいひとときでありました。はじめて会った舞妓さんの鉄板ネタ「祇園小唄」の京舞を堪能するうちに予定の刻限となり、すっかりハイテンションに至った一行は欣喜雀躍して河原町での二次会へと参じていくのでありました。

P4115439.jpg そして昨日、今度は中学校時代の旧友に会うべく帰省し、吉野山で花見してきました。なんだか最近春になると毎年吉野山に登ってます。去年も一昨年も。京都よりも南都奈良リスペクトの私には「京都やとぉ~??南朝はどした南朝は。」という後醍醐天皇の声が心に響き渡るのです。

 いつもは近鉄吉野駅から心臓破りの七曲りをえっちらおっちらと登っていくのですが、今回駅前のバス停に並ぶ列が思いのほか短かかったので中千本まではバスに乗り、温存した分の体力を使って上千本吉野水分神社まで一気に登っていきました。今年は花が早く、ここ上千本一帯でもすでにして葉が出始めています。

 この前水分神社に参ったのは2年前の夏、暑い盛りでした。やはり吉野の寺社は花の時期にその本領を発揮します。大和国四所水分に数えられる由緒あるこの神社、地元では「コウモリさん」と呼ばれてます。上千本のこのあたりの地名が「子守」というのです。コウモリさんがあるから地名についたのか、子守地区にあるからコウモリさんなのか、こちらはいまだ不明です。P4115423.jpg

 歩いていると東京弁や外国語がひんぱんに聞こえてきます。それにしても人の多さよ。この世界遺産は、1年間の稼ぎの大部分を4月ひと月でたたき出すのですから無理もありません。

 日本人が大好きな桜。日本中に桜の名所は数あれど、吉野山はトドメをさします。そのスケールは桁外れで、一度や二度訪れただけではとても堪能しきれない。行くたびに新しい発見があるのです。久々のハイキングでへろへろになった足の疲れも、気の置けない旧友との語らいのうちに癒されていき、年度初めの喧騒を乗り切る鋭気を充電できました。

 桜は良い。日本人でよかった。

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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