パンと人生

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 「名言集」というたぐいの本がたくさんあります。長きにわたる人類の歴史の中で伝えられてきた知恵と感性の象徴とでも言えばいいのか。昔は読みながらしみじみ「なるほど、うまいこと言うなあ」と感動したもんですが、昨今は本に替わってネット上に名言を集めてるいろんなサイトがあって、ときには能書きや解釈をつけたりしてます。20260228_132610072_iOS.jpg

 そんないろんな名言集に必ず載ってる、ゲーテの有名な言葉があります。

「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生のほんとうの味はわからない」

 何となく、なるほどなあとは感じるものの実はこの言葉、超有名なわりに人によっていろんな解釈があるみたいでなかなかおもしろい。

 一般的には、「パンを手に入れるのにも苦労するほどの辛い経験をした人でないと、人生の何たるかはわからない」と理解されてるようです。しかし、「パンだけの食事は質素、さらにまずい。人生とは、涙がでるほどにまずいパンみたいなもんだ。」という解釈もありました。総じて、「人生には苦労がつきもの。苦労することでその意味を理解し、味わいもでてくる」という解釈が多いようです。

 ちょっと違和感があります。それならば別にパンを持ってこなくてもいいように思います。わたしなりの解釈では、ここはやはり実際に「泣きながらパンを食べている」情景がキーになります。

bentou_businesswoman_cry.png 上記の一般的な解釈での、涙(泣いてる)これは悲しみや苦しみの象徴です。人生に辛苦はつきものです。人誰しも多かれ少なかれ泣きたい気分になったり、また実際に涙がこぼれた経験はあるはずです。しかし、「涙流すほどの悲しい、つらい経験をする」だけで「人生のほんとうの味が分かった」となるでしょうか。やはり実際にパンを食べてることに意味があると思うのです。普通、そんな気分の時に食欲なんかないですよ。食べてる場合ちゃいますやん。つまり、泣いてる状況とは、辛い悲しいときだけか。ここがポイントです。

 パンを食べる行為、つまり食事が先にきます。まず食べてるんです。別にパンでなくても米でも肉でも何でもいい。なんしか食事中に、自らの今の状況をふと思い出した。悲しいのか、嬉しいのかそれは分かりませんが、食事中にもかかわらず強烈に心を動かされた。そして涙が零れた。

 人生辛いこともあれば、感涙にむせぶほどの嬉しいこともある。そんな振幅の深さこそ人生の醍醐味であると。いかがでしょうか。

 ついでに言えば、この名言のもとになったゲーテの詩には「人生のホントの味はわからない」なんて言葉はなくて、誰かが英訳したときに「こう言った方がなんかカッコええやん」ということで勝手に付け加えたものらしい。名言のいわれなんてそんなもんです。同じゲーテが臨終に際して言ったとされる「もっと光を!」という言葉。こちらも有名で、人生という暗闇を進んできたゲーテが、死の間際にあっても希望や真理を求め続けた姿を象徴する言葉として語り継がれています。「劇的!さすが文豪。」ということで世に伝わったのです。しかし実際は、病床に見舞いに来てくれた人の顔がよく見えないから「窓のカーテン開けてもっと明るくして」という意味で言うたんやとか。

 名言には、どうせ尾ひれがついて曲解が蔓延っていくんやから、パンの話にしてもいろんな解釈があってよかろうというお話でした。

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