考えたことの最近のブログ記事

IMG_3494.jpg 思いのほか寒い日が続き、桜の開花も遅れ気味でしたが、花見の名所には開花とともにそろそろ酔っ払いが出没し始め、春本番となってきました。しかし、今日は曇り空でやや肌寒い朝です。花はまた足踏みか。

 職場でも、去る人との名残を惜しむ集いなど続き、多くの人がさまざまの場所において新しいスタートに臨んでいく様子を見るにつれ、季節の巡りとともに繰り返される人の世の営みが変わらず続いていることを実感します。今週は新年度がスタートします。新しい仲間も増え、職場にも心機一転の雰囲気が満ちていきます。

 大学卒業後、今の職場にお世話になって30年が経ちました。就職当時には友人たちから「学校は休みが多くていいな、今春休みやろ」などと言われもしましたが、夏休み、冬休みはともかく、春休みなんてとんでもない話で、入学試験後新入生を迎える一方で、決算作業をはじめ年度末、年度初めの交錯に忙殺されることは一般企業と同じです。のんびり春休みを楽しむ学生・生徒たちを後目に、実は年間でもっとも繁忙を極める時期なのです。IMG_3495.jpg

 さて、朝日新聞が夏目漱石の小説を100年ぶりに連載しており、読者にスクラップ用のノートを配布していることは以前にも書きました。最初は「こころ」、次の「三四郎」の連載が先日終わり、これで終わりかと思ってたら4月1日から今度は「それから」の連載が始まるとか。

 「それから」は、「三四郎」「門」とともに漱石の前期三部作に位置づけられる重要な作品と言われてるそうですが、前二つと違ってわたし実は読んだことありません。漱石の生涯の業績全体を俯瞰し作品ひとつひとつの持つ意味を探究したり、さらにそれぞれの作品の一文一文の表現に込められた漱石の思いなど、究めれば実に奥が深いということは分かります。しかし、自分なりに解釈すればよいのであって、いち読者として素直に楽しんでます。難しいことは専門の研究者に任せておけばよいのです。「それから」も同じことになろうと思います。

 「こころ」「三四郎」とスクラップ続けてきたので、ここでやめるわけにはいかない。さっそく販売店に連絡してノート分けてもらいました。サイズは前ふたつと同じですが今度は縦置きです。ということは紙面でも縦長の構成なのか。

IMG_3496.jpg スクラップ続けるうちに、量販店で見つけたのが写真のスティックのりです。最初のうちは定番の「プリット」を使っていたのですが、新聞紙をノートにはりつけたとき、乾くとどうしてもシワシワになってノートがぶわっと膨らんでしまいます。ところがこのスティックのり、成分がかなり違うらしくて乾いても本当にシワにならないスグレモノで、これは重宝しています。

 去年からいろいろあって購読者激減とも伝わる朝日新聞、自社の責任どこふく風で読者獲得の企画を進めるようすにはやや呆れもします。しかし、以前にも書いたように、わたしは正義を追及する姿勢と拮抗するところのおおらかなミーハー精神を持ち合わせています。新聞を毎日切り抜く作業はなかなかに大変ではありますが、引き続き楽しませていただくこととします。

巨星墜つ

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 先週、衝撃の訃報が飛び込んできました。

 人間国宝の落語家、桂米朝さん逝く。各紙一面トップです。IMG_3455.jpg

 いうまでもなく、上方落語界の第一人者、その復興の恩人にして最重鎮であられました。

 わたしにとっての米朝さんは、愛してやまない桂枝雀さんのお師匠さんであって、枝雀さんを世に送り出してくれた恩人という位置づけです。いやが上にも超リスペクトですよ。枝雀さんがキリストなら米朝師匠は聖母マリアといったところでしょうか。

 米朝師匠がおられなかったら、戦後の上方落語は衰退し、ひょっとしたら消滅していたかも知れません。それを東京の落語を凌駕する至高の芸域に高めた米朝師匠の存在は、上方文化の象徴の名にふさわしいものでした。今や吉本新喜劇によって全国区となった関西弁ではありますが、米朝師匠の噺は、彼らの攻撃的で耳障りな口調とは対極のソフトでストイックな正統派の上方弁(船場ことば)で、実に品格があった。その高座には今のお笑いのように笑わそう笑わそうという衒いが感じられない、しかしどんどん引き込まれていき気がつくと爆笑している。こうあるべきというお手本のような落語でした。

beicho1.jpg 落語家として米朝師匠を超えたのは枝雀さんだけやと思います。これは個人的な独断と偏見であって異論は多々あるでしょう。現に生前の枝雀さん自身が、師匠と比較された批評に対して「わたし、そんなとこ目指してませんのでね、必要なかたはどうぞそっちの方へ」とコメントしておられました。まさにそのとおりで、枝雀さんは米朝師匠直伝の芸を超えたかたちで人を笑わせる芸風を開拓したわけで、芸風の比較など意味がないんです。落語に関しては枝雀の前に枝雀なし、枝雀の後に枝雀なし。ナニワの爆笑王桂枝雀こそ空前にして絶後という思いは揺るぎません。枝雀さんについてはいずれゆっくりと書く折があろうと思います。

 話、逸れました。米朝師匠です。

 師匠は自ら古い上方の噺を次々に掘り起こして復活させ、戦後消えかけた上方落語の灯を再び大きく発展させこんにちの隆盛に導きました。江戸時代から明治、大正期の上方の風俗など、単語も含めて今では何のことか分からないことも多い。それを、噺の冒頭またはストーリーの中で分かりやすく教えてくれながら噺をすすめることがよくありました。そのくだりがまったく解説ぽくなくて、実に自然に聴衆をその時代へ連れて行ってくれる。落語は単なる「笑わすスピーチ」ではなくて、きわめて高度な芸であることが実感できる瞬間です。しかも至高の芸などと肩ひじ張らずに楽しませる。いにしえから連綿と築き上げてきた伝統のなせる技です。広範な日本文化の中でも究極の話芸と言っていいでしょう。BEICHO.jpg

 そんな素晴らしい伝統を今に伝え、また多くの後進を育ててきた桂米朝師匠の偉業をあらためてすごいと思い、今はただただ残念です。

 というのも、枝雀さんが夭折し、今また米朝師匠なきあと、日本文化の粋、上方落語の伝統とテクニックを受け継ぎ後世に伝える逸材がいまだ出ないからなのです。落語家に弟子入りしながらまともに落語を勉強せず、単なるTVタレントとしての活路を見出すあまたの下卑た芸人を眺めるにつれて、暗澹たる気持ちになります。傑物出でよと叫ばずにいられません。

 またひとつ、昭和が遠くなりました。

 米朝師匠が復活させた噺のひとつにして稀代の大ネタ「地獄八景亡者戯」で、地獄で寄席見物をする亡者のやりとりに
「桂米朝という看板が上がっとるけど、米朝はまだ死んでへんさかい、こっちには来てへんのやないか」
「よう見てみい。脇に小そう『近日来演』て書いてあるやろ」
というくだりがあります。師匠、今時分、ゆっくりと寄席に向かって歩いておられることでしょう。そこでは先に着いた枝雀さんが待ってるんでしょね。向こうの米朝一門会は豪華な顔ぶれでうらやましいなあ。いずれわたしも寄せてもらいます。そのときまでどうかごきげんよろしゅうに。

クリミヤの宇宙人

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 今朝の大阪は雨模様。どんよりとした雲に覆われています。

 先週後半は寒さがぶり返しましたが、街を歩くと沈丁花の香りが漂い春近しを感じさせます。年度末が近づくにつれて恒例の予算消化突貫道路工事がそこここで始まりました。公共工事に限らず期限間際の駆け込みは誰しもあるもの。ここは相変わらずのお役所仕事と謗らずに自らの戒めといたしましょう。

Location_UK-Crimea-RU.jpg 年度末の慌ただしさは、歳末のそれとは微妙に違って切羽詰まった感が強いように感じます。年末はオフのせわしなさであるのに対して、年度末は100%仕事上の追い込みであることが主な要因でしょうよ。年度更新は仕事人生のひとつのケジメであって、自らの成長曲線のマイルストンでもあります。徒に馬齢を重ね来年度はなんと勤続30年の節目の年となりますが、振り返ってみて成したことの少なさと成長の跡の儚さ脆さがいまさらながらに重く感じられて落ち込んでしまいます。そんないささかブルー気味でどこか落ち着きのない日曜日の朝ですが、ここは素直に春の訪れを歓迎し、忙中閑のブログ更新を楽しむことといたしましょう。

 先週ちょっと気になったニュースについて書いてみます。鳩山由紀夫元首相がやっちゃった件です。

 クリミヤのことは知らなくても「クリミヤ戦争」はみんな聞いたことがあります。1853年というから日本ではペリーが浦賀に来て「幕末」が始まった年です。ロシアとオスマン=トルコが黒海沿岸の覇権をめぐって始めた戦いにフランスやイギリスなど多くの国が参戦し大戦争になっちゃたとか。ナイチンゲールが活躍したり、スウェーデンのある武器商人がロシアとの商売でウハウハ大儲けして財を成し、戦後さらにダイナマイトを発明して超金持ちになりそのあぶく銭をもとに「ノーベル賞」を創ったとかの逸話も有名です。pokuron.jpg

 21世紀の現代、そのクリミヤの帰属を巡ってロシアとウクライナが喧嘩してるわけです。冷戦時代は共にソ連に属する共和国の一部やったので、クリミヤがどっちの国でもほとんど問題にはならんかったけど、ソ連崩壊後はロシアは「ロシア人(親ロシア派)多くて住民投票で勝ったからロシアに編入するよ」ウクライナは「今さらダメ」と争いになって武力衝突に発展と。平和な日本では、ことの本質は放っといてクリミヤの検事総長がカワイイと大騒ぎになりました。

 西側の国々は当然ウクライナの味方なのに、鳩山元首相がトコトコと現地まで行って「ロシアが言うのももっともだ」とかやったもんやから、政府、マスコミから絶賛大バッシング中です。

 われわれにはマスコミの情報しか伝わらないので、どうやらまたロシアが理不尽なことしてるらしいという雰囲気が支配的で、日本政府もロシアに対して限定的ではあるものの経済制裁を発動しました。しかし紛争に至る経緯をつぶさに知ると、ロシアの主張に酌むべきところがなくもない。状況は相当に違いますが日本の北方領土に似てなくもありません。仮に太平洋終了後、ソ連が北の島々を不当に占領した 際に、多くの現地日本人が追い出されずに現在まで暮らしていたとしたらわが国は「島民の意思で日本に帰属する」と宣言できたかも知れません。実際には現在ロシア人しか住んでないのでムリな話ですが。

 さて、この鳩山由紀夫という人、無敵です。大国日本の元総理大臣という肩書きは終生有効です。いや死んじゃっても変わらない。現職の閣僚や国会議員はヘタなことするとクビになりますが、元首相の称号は何をやらかそうと取り上げることができない。もう議員ですらないタダの民間人にすぎないのに、この肩書きで何でもできてしかも一切の責任を負わないのです。これはもう無敵のスーパーマンです。

 政府が「こいつが何言おうとわが国の公式見解とは関係ないよ」って言っても、世界中の人にとって日本の元首相の発言は大変な価値があります。なんとも厄介な話です。

 鳩山さん、ひょっとして「クリミヤではロシアの肩もったから北方領土ではひとつよろしくね」なんて話がプーチン政権とできてたとしたら、なかなかのもんです。今の日本政府は欧米との関係上これをやりたくてもできない。ならばここはひとつ元首相のわたくしが、ということで勝手にやってのけたと。万万万がいちその結果北方領土交渉進展なんてことになったら、この宇宙人、逆に一躍ヒーローですよ。

 しかしまあ…ないか。

凄い大丈夫です。

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 昨日から恒例の湯治に出かけており、先ほど帰ってきたようなわけで、今時分にブログを更新することとなりました。雪見酒の期待があっさりと裏切られたこのたびの温泉行の仔細はいずれ書くとして、今日は気になる言葉使いについて。

IMG_3381.jpg イエデン(固定電話)での通話がめっきりと減ったことは以前にも書きました。しかし、仕事の上ではやっぱり電話での通話は欠かせません。職場の新入職員諸君は、新人研修なんかで電話のかけ方受け方、みっちりと仕込まれます。しかし、もちろん研修のお稽古だけでモノになるはずもなく、実地での経験でもって業務上必要なコミュニケーションの手法を習得していくことになります。失敗を繰り返して一人前になっていくのですが、はじめのうちに変なクセを付けるとなかなか直らない。三つ子の魂百までというやつです。新人と言えなくなると、もう関連の研修受けたりはしないので、気がついたときに、まめに指導するしかありません。

 そんな基本的な電話術も、携帯電話の普及によってじゃっかん変化してきました。

 携帯への発信では固定と違って相手のシチュエーションが分からんもんやから、つながって開口いちばん「今、お電話よろしいでしょうか」がデフォルトになり、今やそれが固定電話にかけたときにも必ず言うようになってきました。

 そんなある日、入って日が浅い職員が電話してます。

 「もしもし~◯◯さんの携帯電話でよろしかったでしょうか。今、お電話大丈夫ですか~」 (^^;;

 ファミレス敬語に続けて私の嫌いな「大丈夫」攻撃、ここでも炸裂です。もし、私がこんな電話受けたらきっと「電話大丈夫かって、別に壊れてないけど」と応じることでしょう。未だそんなチャンスには遭遇してませんが(^^)

denwa.jpg 本人に自覚がないからやっかいなのです。彼が電話終えてから「君、今何て言てった?」とか注意しつつ、やっぱり新人以外にも「お話し方教室」やった方がいいのかなぁなんて思う今日この頃です。

 学生さんや若手職員たちが日頃仲間内で話してる、ほぼ日本語らしきものについてとやかく言うつもりはありません。
 「やっば~、マジッすか!?? チョーウケるんですケド」大いに結構。

 が、それをビジネスシーンに引きずってきてはいけません。あなたは組織の看板背負って話をしてるんですよ。

 先週、ベンチャー事業で成功されたさる方の講演を聴く機会がありました。出版業界からスピンアウトして時代の先端で活躍している様は大いに興味深かったのですが、若いこともあってかいかんせん言葉の誤用が多く、残念に思いました。

 のっけから「私は、◯◯といい、……など、現在こういった分野で活躍しています」
 さらに、「スゴイよく売れてます」「スッゴイ素敵な人なんです」
以前にも書いた、誤「スゴイ」をやたら連発されて、耳障りこの上ない。聴く気が失せていきます。せっかくいいコト話してはるのに「スゴく」もったいないと思いました。

 言葉、言語は生き物。時代とともに変わるということは確かにいえるでしょう。いずれこれらの誤用も正しい日本語として受け入れられる日がくるのかも知れません。しかし、正しい、正しくないと言うよりも、聞いて話して気色の悪い語法はやっぱり残ってほしくないなぁ、なんて思ってます。

終わってた

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 文庫本は、溜まっていきます。

 ふと気がつくと、書架から溢れてクロゼットの上CD・ビデオキャビネットの隙間、机の上とその周辺、はては床の上まで、止めどなく増殖します。毎日なにかしら読んでるわけですから増えるのは当たり前で、処分しないもんやからだんだんと収拾がつかなくなっています。古いものから思い切って処分しようかとも思うのですが、買った本を手放すのはなんとなく抵抗があるのです。

 つらつら考えてみるに、これまでの人生でマンガ本などの雑誌以外の本を捨てたことがありません。ブックオフにもっていったこともありません。その当然の帰結として現在の書斎はいうにおよばず、押し入れの中も壮絶なことになっています。実家の物置などにまとめて移動したこともあります。悲しいかなそれらの本のうちには目を離しているうちに実家の両親がサクッと捨てたり燃やしたりで、気がつかないうちに失われたものが少なからずあります。しかし、入手した本を自らの意思でもって手放したことは、記憶の限りありません。IMG_3300.jpg

 もともとモノに対する執着が強いほうで、捨てることが苦手なのです。断捨離なんて所業は私にはとうてい不可能やと悟ってます。折にふれてうちの奥さんのヒンシュクをかっています。ただでさえ狭いマンションの収納は、残された生涯において二度と再び手に取ることのないものどものために費やされるべきではないという、その理屈は確かに道理です。しかし、手に入れた持ち物のひとつひとつには、かつて自分に関わった歴史の一端が記録されています。特別の思い入れなどなくとも、その物を処分していしまうことはその当時の自分の思い、考え方、行動、つまりは人格を処分してしまうような気がしてどうにも決まりが悪い。思い切って捨てたら捨てたで、そのごの人生においておよそ後悔することなどないとは理解できるのですが、そういった理性に対して感情が戦いを挑み、そして勝ってしまうのです。困ったもんです。

 さて、その溜まっていく文庫本なのですが、出版社は売上げ伸ばすために折にふれていろんなキャンペーンを張り読者にアピールします。いちばんポピュラーなのがシール貯めると景品あげますよ~の類です。講談社文庫はむかしから10枚貯めるとブックカバー進呈という企画をずっと続けてました。新潮文庫は読者プレゼント「必ずもらえるYonda?CLUB」でもって、同じくカバーの端っこについてる三角マーク貯めると、枚数に応じてマグカップやマスコット人形などの景品がもらえる企画をやってました。

IMG_3301.jpg 文庫本10冊なんてあっという間です。私もこれまで講談社からそうとうな数のブックカバーをいただいております。また、新潮文庫のほうもストラップやブックカバーなどもらってます。そして、確か50枚やったと思いますが腕時計もゲットしました。そのとき、もう50枚貯めて2個目の腕時計もらったら、姪姉妹の就職祝いに「非売品プレミアもんやぞ」とか言って進呈しよう、と思ったのが2年ほど前でした。

 んで、先週「新潮も講談社もマーク溜まってきたし、そろそろまとめて応募しようか」と急に思い立ち、ネットで調べたところ、なんと、なんと。どちらも「キャンペーンは終了しました」の告知があるやないですか。が~ん。

 新潮の「Yonda?CLUB」はともかく、講談社のブックカバーは確か何十年も延々と続いてたはずです。まさか終わりがくるなんて想像だにしていませんでした。

 うかつでした。しかし、今回の失敗に限らず「知らない間に終わってた」ことが他にもたくさんあるような気がします。「思い立ったが吉日」は確かに真理なのです。街の店先で見つけた商品「あ、これいいな」と思ったらすぐに入手しないと、覚えといて次の機会に買おうとするとたいがいは忘れてしもたり、売り切れたりで結局縁がなかったとあきらめることになります。逆に縁あってわたしの手元へとやって来たモノたちはやっぱり迂闊には捨てられんよなぁ。などと、切り取ったマークの山を恨めし気に見つめながら、そんなことを思いました。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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