大学入学共通テスト2日目の日曜日の朝です。テレビは津波のニュースを繰り返し伝えてます。岩手県には警報が出てる中「画面に日本地図出さなきゃなんないの?みにくいけどガマンしてください」サンデーモーニング司会の関口宏の暴言です。TBSは、スポーツコーナーの張本さんよりもこのオヤジの方を先に降板すべきでしたね。
さて今日の話題。先週、ネットで視たニュースに、パチンコ・パチスロ人口が大幅に減少しているというのんがありました。ずっと減り続けてて昨年は前年比180万人減の710万人、2割ほど減ったということです。大きく減った原因はコロナ禍ですが、それでも日本の成年人口が約1億人として100人中7人がパチンコ店に出入りしていることになります。これが多いか少ないか。
日本生産性本部の統計によると、余暇産業の市場規模はパチンコ・パチスロ業界が外食産業を僅差で制してトップで14.6兆円。かつてバブルの頃、パチンコは30兆円産業といわれてたからその頃に比べると半分以下に縮小しました。それでも日本の全国民が外食に費やすお金よりも、パチンコ屋さんで使うお金の方が多いといわれると、あらためてすごい業界やなと思います。
わたしは日ごろギャンブルはほとんど嗜みません。年末の有馬記念を買うことがありますが、これは単に国民的イベントに参加したいというミーハー精神の為せる技であって、熟慮した結果大穴一発、一攫千金を狙っているわけではありません。しかし娯楽が少なかった貧乏学生の頃には手頃な暇つぶしとしてたまにパチンコ店に行ったことはありました。この「簡単・手頃」が曲者で、ついふらっと入ってしまいます。しかしもとよりバク才は無かったのでバイトで苦労して得たお金がみるみる消えていくのです。「これはあかんわ」とすぐにやめてしまいました。今考えるとラッキーやったと思います。なまじ貧乏やったことで、のめり込むきっかけが自然と断たれたといえます。
しかし、中には、負けると逆に熱くなって「取り返してやる」気になってさらに負けてしまう悪循環に陥る人が多いらしい。のめり込むと、お小遣いだけでは到底足りず生活費を全部つぎ込んでも足りず、なんと借金してまで通うようになり、暇つぶしどころか一日のほとんどをパチンコ屋さんで過ごすようになってしまうとか。パチンコに限らずギャンブルは麻薬と同じで、依存症になると自分の意思でやめることができない。精神疾患です。タバコは過ぎると身体を壊しますが、ギャンブルが過ぎると心を壊してしまうわけです。初めからやらないに越したことはありません。
宝くじもいわば賭博みたいなもんです。しかし、この宝くじはギャンブルとして見ると非常に割が合わない。一枚300円の当選期待値は140円程度やそうです。競輪・競馬が70~80%を還元していることを考えるとテラ銭が高すぎます。
人は死ぬまでに必要なお金のめどがついたら宝くじを買わなくなるらしいです。1等何億円が当たって得られる幸せと、当たらずにこのままの日常で得られる幸せとの差が埋まるからです。別に今さら大金を得たいと思わない、十分に満足して死んでいけるとなったら、宝くじの購入費用をもっと目に見えた価値に使うようになります。一方、将来が見通せず何らかの不安がある場合は、今の生活費を多少削ってもゼロではない確率に賭けてみようと考えてしまうのです。しかし、あらためて確率をじっくりと考えてみると、これはもう1枚300円分を神社仏閣でお賽銭に使った方が「夢を買う」ための投資としては、よほどご利益があるように思います。
さらに、高額当選者が必ずしも幸せにはならないという話もよく聞きます。そりゃそうよと思いますよ。幸福はあくまで人個々の心の感じ方であって、大金持ちがすべて幸福であるなんて言えません。もしヘルスメーターみたいに人の幸福度を測ることができる器械があったら、世界的な大富豪よりも高い数値を出す人は何億人もいるでしょう。
日本も他国なみにIR(統合型リゾート)を作ろうという企みが生まれてかなり経ちます。その中心はカジノです。停滞する日本経済を立て直す起爆剤として誘致する自治体がぞくぞくと出てきてます。確かに、パチンコが外食産業を凌駕するほどの経済効果を生んでいる現状にあって、国や公共団体にとってカジノは相当魅力があります。しかしなあと思うわけですよ。
経済効果という点から考えると、娯楽に費やされるお金は、費やす人が気持ちの向上、活性化と行動意欲を得ることで新たな生産活動につながって初めて効果があるわけで、単に胴元を儲けさせるだけで終わってしまったら意味がないのです。あまつさえ、依存症という精神疾患に罹患する人が今より間違いなく増えるという、ものすごいデメリットもあるのです。
一攫千金の夢は確かに威力があります。しかし、あくまで夢に過ぎない夢をばらまくことが果たして本当に日本国民の幸せにつながるのかどうか、慎重に検討してほしいもんです。
さて、毎日の通勤途中、駅で降りて乗り換えるバス停に立つと道路反対側に広がってる光景です。大きな駐車場の真ん中に、ポツンと小さなお好み焼屋さんが建ってます。もちろん、誰かが駐車場の土地の一部を取得してお店を開いたわけではなくて、もとは同じような間口一間半のお店や住宅がズラッと建っていたところ周りの建物が次々と立ち退き、最後にこのお店だけが残ったということでしょう。
あけましておめでとうございます。
楠公さんは近いこともあってこれまでも何回もお参りしたことがあります。飯森山は自宅から歩いて行ける手軽なハイキングコースなんで、ついでと言うと非常に恐縮ですがまあついでにお参りしてきたわけです。いつもは山懐に抱かれた静かな境内が今日はなんとお参りの人が行列してます。こんなん初めて見ました。やはり日本人はお正月、初詣大好きなんやねーと改めて思いましたよ。厳かな雰囲気に合わせて、ウォークマンでチャイコフスキーのピアノコンチェルト聴きながら並んでたら、第1楽章終わった頃に拝殿の前まで進みました。さあ、神妙にお参りしますよ。
そして今年は1年遅れのオリンピックイヤーでした。大リーグ大谷翔平選手の前人未到の大活躍とともに、数少ない明るい話題で、何かと迷走はあったもののコロナ禍の中にあって異例尽くしの五輪大会を見事完遂しました。日本だからできた、何だかんだ言ってもやっぱり大したもんだという世界中の評価は適正でありましょう。日本と日本人が少しは自信と希望を取り戻すきっかけになったと思うのです。