昨日、コロナワクチン3回目接種をしてまいりました。会場の市民センターは自宅マンションから歩いて5分かかりません。ありがたい話です。本日未明に早くも悪寒で目が覚めて体温図ると37.5℃。何とも早い抗体生産活動の開始です。今日は一日ウンウン唸ってるものと思われます。
感染拡大の第6波はどうやらピークアウトした模様です。これからも第7波8波がやってきて、そのたびにワクチンのブースター接種を繰り返してくことになるのでしょうか。けったいな世の中になったもんです。
さて、先週気になったニュース。コロナ禍で、日本のすべての大学でオンライン授業が行われてる中で、早稲田大学で授業動画の視聴を課していたところ、多くの学生がパソコンで複数の動画を同時再生して視聴完了を偽装していたことが発覚し単位認定で不合格となったとか。授業の動画をすべて視聴することが、単位付与の条件になってたらしい。
ネット上では賛否あるみたいで、考え方はさまざまです。教員によっては、授業さぼろうが出席して寝てようが、試験にパスするだけの学修成果があれば単位をやるという人がいる一方で、オレ様の授業をろくに聞かないやつはたとえ試験でOKでも単位はやらんとする人もいます。今回の担当教員は、後者の考え方に与する教育者であったわけです。
大学生は、卒業するために原則として124単位を取得する必要があります。この数字は大学が勝手に決めてるんじゃなくて「大学設置基準」という国の法令で決まってて、基準ではさらに1単位につき45時間のお勉強が必要と定めてます。授業科目ひとつにつき講義の時間90分~100分と前後の予習復習合わせて2時間を1時限として半期で15時限(15週)勉強し試験に合格してやっと1単位もらえます。そして基本4年間で124単位もらってようやく卒業できます。学部によっては卒業論文も書かないといけません。124単位÷4年=31単位。1学年で31単位とるためには半期16コマ以上の授業をとる必要があります。月曜から金曜まで大学に通って一日平均3コマの授業プラス予習・復習が必要なわけで、これは実際なかなかの難行です。必要なだけ単位取れないと留年してまた1年分の授業料を支払う羽目になります。そのため、今回のように何とか楽に単位を得ようとする不埒者が現れるのです。
しかし、そんな風に楽して得た単位は当然、自分の身についてはおらず、いわば偽物の単位と言えます。バカ高い学費を払って修学の機会を得たにもかかわらずそれを放棄して卒業していくなんてことは、例えば映画館で超人気のロードショウの切符を買って入館まで長時間行列に並んだ後に結局観ずに帰ってきて「切符が手に入ったからまあいいか」と満足しているようなもんで、実にもったいない話です。
せっかく苦労して入試を突破し、やりたい学問を究める機会を得たんやから学費の元を取るべくしっかり勉強すべきですよね。...とはいうものの、今にしてわが身を振り返ってみると、やっぱりそんな意識は希薄でしたわ。その瞬間にしか得られない、人生における貴重な機会を無駄に捨ててしまってました。還暦過ぎて「少年老いやすく学成り難し」が身に染む、今日この頃であります。



いて、改めて、彼が女性や外国人など多くの人々を侮辱し、傷つけたことを腹立たしく思う。日本で公然とヘイトスピーチをまき散らしてよいと差別主義者たちを安心させたところに、彼の大罪がある。」と発信し、壮絶な非難に晒されています。当然です。私もこれには愕然としました。
現代のドラマなら、生徒の訴えによりテストは無効、保護者が騒ぎ出して河野先生は校長先生に怒られて謝罪の集会を...なんて展開になりそうですが、そこは昭和のコテコテ青春ドラマ、なんと最初に不正した生徒が突然改心し他の生徒に訴えます。「先生は、自分の卑劣さを自分自身が悟るまで見守っていてくれたんだ...」クラスの生徒全員が自分たちの愚かさに気づき「先生~!」あとはお決まりの感動シーンです。それまでにカンニングをした生徒たちが自発的に、サッカーのゴールでボールをぶつけられる罰を受けます。このあたりも、自発的とはいえ体罰うんぬんで現代では
ふるさと奈良県に目を向けると、さらに状況が違います。なんと県の真ん中を東西に流れる吉野川より南側には、3大コンビニチェーンは1店舗もありません。2カ所の道の駅にデイリーヤマザキがあるのみです。それもそのはず、川より南はほぼすべて山林で人口は約2万人。それが大阪府よりもはるかに広い面積に偏在してるんやから、1店舗に1万人の利用者が必要なコンビニが採算とれるわけありません。