雨の日が続いてます。今日も大阪はどんより曇っています。
明後日パラリンピックが始まる頃にはお天気になりそうですが、先週のエントリーでも書いた甲子園の高校野球はモロに影響を被ってます。史上稀な大雨期間がちょうど大会期間に重なりました。試合日程の消化を最優先で考えるもんやから、急に大雨が降ってきてもちょっとやそっとでは中止しません。田んぼの中で野球をやってるよな塩梅です。ショートゴロが途中で止まってしまうようなグラウンド状態で、野球などやるべきではありません。生徒たちが可哀そうです。球場の主である阪神タイガースが帰ってくる8月31日までに、決勝戦を終えることができるでしょうか。
それにしても想像を超える長雨です。アニメ映画「天気の子」では、ヒロインが天の神様への人柱となることを主人公が阻止したため、東京は何年間も雨が降り続け広範囲が水に沈んでしまいました。実際にはありえないそんな話が真実味を帯びるような、昨今の異常気象です。ナウシカが住む風の谷では年中風が止むことがありませんでした。同様に、日本列島はその後雨が止むことはなくなりました、なんてシャレになりません。もう夏の水不足を補えるだけの降水量はいただきましたんで、どうかスッキリとした青空が戻ってほしいもんです。
さて、先週伝わった衝撃の訃報。笑福亭仁鶴さんが亡くなりました。
仁鶴さんといえば、桂一門と双璧を成す上方落語の大名跡笑福亭一門の重鎮で、古典落語だけでなくテレビ・ラジオでもつい最近まで第一線で活躍されていた大御所です。
われわれの世代ですと、70年代ラジオの深夜放送「ABCヤングリクエスト」での看板コーナー「仁鶴頭のマッサージ」がいちばん印象に残っています。マシンガンのように打ち出される軽妙な話しぶりに引き込まれるように聴いてました。
「あ、なるほど」「どんなんかなぁ~」「うれしかるかる」「〜ちゃんちゃこ」...稀代の名ギャグもこのコーナーでのヘビーローテーションが基礎となったと記憶しています。ヤンリクで「お二人さん、しばらく一服ちゃんちゃこしとってください」で「マッサージ」のコーナーが始まり「おはがき、お待ーちしてまっせー」で終わると裏番組のMBSヤングタウンに選局を変える、というルーティーンを毎晩繰り返してました。
スマホもネットも無く、ラジオとハガキが若者文化を支えてた時代でした。そんな時分から現代に至るまでの長い長い期間、仁鶴師匠は常に第一線で活躍され、上方落語発展への尽力、後進の噺家たちへの影響、極めて大きなものがありました。桂米朝亡き後、上方落語の屋台骨を担ってきた大御所はまた、わたし自身の青春の思い出でもあったのです。惜しいなあ。ご冥福をお祈りいたします。

主催者の朝日新聞は、東京オリンピックでは反日野党勢力の尻馬に乗って一貫して開催反対を叫び続けました。今に至るも世論の動向を無視して、五輪は失敗だったと総括する嫌がらせのような記事を連日掲載しています。そしてその記事の隣には、試合に関係ない甲子園球児たちのエピソードなど、どうでもいい内容に紙面を割いているのです。ほぼ東京限定で開催された五輪に対して、甲子園大会は全国の球児と関係者が地元と緊急事態下の阪神地区を大挙して往復します。この、五輪よりもはるかに危険なイベントという不都合な真実には目を瞑って、自社が主催するがゆえに絶賛して提灯を振り回しているわけです。
困難な中にあっても、そもそも五輪を開催したからこそ、ここまでの感動と興奮を分かち合えたのです。朝日は恥知らずにもその事実をすっ飛ばし、とにかくオリンピック憎しの姿勢を貫いています。多くの国民の神経を逆撫でする暴挙と言えます。メダリストたちは「賛否両論あるのは承知している。しかし、困難な中開催してくれたことに感謝したい」と話してます。朝日はこの言葉に対して「あなたのメダルなんて無い方がよかったのだ」と言っているわけです。

さて、アスリートたちにあやかって運動不足解消と、久しぶりにゴルフに行っていました。コンペではなく、気の置けない仲間とのお気楽なラウンドでした。新しく買ったパターのデビューの日でしたが、慣れてないせいかどうも感覚がもうひとつといったところ。いつもながらの不細工なスコアを道具のせいにしたくはありませんが、使いこなせるまでにはしばらくかかりそうです。