考えたことの最近のブログ記事

ゴルゴ13は不滅

| コメント(0) | トラックバック(0)

 自民党総裁選が終わり岸田さんが次期総裁に決まりました。

golgo.jpg

 いつになく盛り上がった総裁選でした。新聞各紙、テレビでもニュースもワイドショーも総裁選のヘビーローテやったんで、野党がヘソ曲げて「自民党の宣伝ばっかしすな」なんてブーたれてましたが、そんなら自分ちもそれほど国民の関心を集めるような政党になったらええやんって話です。国民にほとんど見向きもされない現状で総選挙に突入、新総裁率いる自民党に挑む野党の姿は、風車に突撃するドン・キホーテを彷彿させます。

 そんなことよりも、先週衝撃の訃報が伝わりました。劇画家のさいとうたかをさんが亡くなりました。総裁選が無かったら各紙一面トップで伝えていたことでしょう。

 わたしはゴルゴ13の熱烈なファン、読者でありました。このことはブログ始めた頃特別展のイベント行ったことなど何度か書いてきました。とりこになったのは30数年前大学生の頃、授業の合間に大学キャンパスで、帰省の新幹線で、就職活動のお供に、さまざまなシーンでビッグコミック誌や単行本でゴルゴを楽しんでいる自らの心情、その時の風景を鮮明に思い出せます。サラリー20211002_233224599_iOS.jpgンとして働き始めた当初、深夜におよぶ残業でヘロヘロんなった帰りの通勤電車でも、ビッグを読んでたら時を忘れることができました。われわれごく平凡な一般大衆がひととき現実逃避し、壮大なステージでヒーローと感情を共有し、銃弾の一撃でもってカタルシスを得ていく至福の時間でした。どれほどの読者がゴルゴから夢と希望と勇気をもらってきたことか。

 さいとうたかお氏はゴルゴのプロとしての信念について、成功率100%よりも「約束を必ず守る」という切り口を語っておられました。ゴルゴは引き受けた以上は、いかに不可能と思える困難なオファーでも必ず遂行します。自らに課したルールとして、それを基本に置いていたのです。思うにこれは、超人的技能を駆使するヒーローであってもわれわれ一般ピーポーであっても同じことなのです。近年、国家間の約束であっても平気で反故にし一向に恥じることもない国家・政府も散見されます。まさにゴルゴに鉄槌を下して欲しいもんです。

 国民的漫画家と称される人はほかにもいてますが、連載50年のギネス保持者、単行本発行総部数3億部の圧倒的金字塔です。時の国際情勢を反映した重厚な脚本は単なる時事ネタではなく、鋭い洞察に裏打ちされた深遠なメッセージを読者に向けて発信し続けました。「ゴルゴ13」は、そのものがで文学、絵画、映画などと並び立つ総合芸術のひとつのジャンルと言っても過言ではありません。

20211002_233842835_iOS.jpg

 作品の品質を維持継続させるため、プロダクション方式を早くから確立し、スタッフとの共同作業で仕事を進めてはったとか。近年になって、分業の中でさいとう氏が直々にペンを入れる部分が徐々に減ってきたのが分かるようになってきました。しかしゴルゴ13(デューク=東郷)の顔だけは最後までご自身で仕上げたはりました。ファンとしてこれは嬉しいことでした。

 不死身のゴルゴ同様に作者さいとうたかをも永遠に存在し続けると、なんとなく信じていました。これは多くのファンも同様であったと思います。突然のご逝去の報は何だか現実味がありません。

 ゴルゴ13の連載は今後もスタッフによって続けられるということです。これも嬉しい話です。常々さいとう氏は最終回の原稿を保管していると話してましたが、ファンとしては氏の退場と同時に最終回も読んでみたい気がするし、一方でゴルゴは不滅であって、作中でも歳を取らず永遠に活躍してほしいとも思うのです。ました。これは多くのファンも同様であったと思います。突然のご逝去の報は何だか現実味がありません。

 素晴らしい作品をありがとうございました。深甚なる感謝とともに、心からご冥福をお祈りいたします。

マイ国家

| コメント(0) | トラックバック(0)

 「193の国と地域が...」でおなじみの国連総会が始まり、加盟国の一般討論演説がありました。加盟国の代表のすべてが演説できます。かつてキューバのカストロ首相が持ち時間15分にもかかわらず4時間半しゃべり続け、共産圏の非常識を世界に露呈したこともありました。演説は参加国が必ず聴かないといけないものでもないらしくて、登壇する国によっては会場内ガラガラなんてこともあるみたいです。しかし、オリンピック同様に世界中の国々が国際的にアッピールする大きなチャンスであるとは言えます。よくも悪くも地球人類は「国」単位で動いているのです。

UN.jpg 英国の隣にシーランド公国という独立国があるそうです。しかし、ここを独立国家として承認している国はひとつもなくて、自称国家にすぎません。国といっても島ですらなく、大戦中に英国軍が北海の沖合10キロに建設した軍事要塞が戦後放置されていたところ、1967年にベイツという人が勝手に占領し、独立を宣言したそうです。海上にぶっとい2本の柱を立てて、その上に平面と建物を載せただけの作りで、広さは200平米ちょっとといいますからテニスコートくらい。しかし軍事施設だけあって頑強に作られているらしく、築80年以上経てもいまだに波荒い北海に屹立しています。ベイツ氏は元英国軍人で、海賊放送をやってたかどで英国で訴えられてたときにこの要塞に気が付いて逃げ込んだとか。目のつけどころが良かった。沖合10キロは領海(当時は3海里)からはずれてて英国の司法権限の管轄外ということでまんまと逃げおおせたらしい。

 いくら公海上とはいえ、英国軍が設置した施設にはもちろん所有権があったはずで、現代では絶対にムリで戦後の混乱期やったからできたということでしょう。1280px-Sealandafterfire2.jpg

 ベイツ氏は独立宣言ののち長く、爵位の販売や切手やコインの発行なんかでそれなりに外貨を得ていたとか。買う人もまあギャグみたいなノリやったんやと思います。

 んで、このシーランド公国、誰も認めてないのに国と主張できるのかということです。国家とは何かということはモンテビデオ条約という約束ごとで定義されてて(1)国民(2)領土(3)政府(4)外交能力の4つが必要なんやそうです。これでいくとシーランド公国は、ぎり独立できてますが、別の「海洋法」という国際法で「領土」は陸地やないとあかんとされてます。人工の構築物は領土として認められないので、結果、国家とは認められません。ユニークなミニ国家が今後名実ともに独立国家となる可能性は無いのです。

 まあ、そうでしょね。こんなの認めると、個人では難しくても大企業なら公海上に大きな人工島を造るなんてできなくもないでしょうし、次々と新しいミニ国家が独立して既存の国の干渉を受けずに好き勝手やりだしたら国際秩序が乱れてしまいます。

 ショートショートの神様、星新一に「マイ国家」という作品があります。あるセールスマン(今や死語か)がとある家を訪れたとき、そこの主人が「マイホームやマイカーがあるんやからマイ国家があってもいい。うちにはわたしという国民とわが家という領土を備えててわたしが統治しているんやから、国家を宣言できる。おまえは領土侵犯を犯したんで逮捕する」とか、なんかそんな話でした。このようにひとりで騒ぐうちはあまり実害がありませんが、巨大な悪の一味、例えばガッチャマンのギャラクター、仮面ライダーのショッカー、ゴレンジャーの黒十字軍、タイムボカンシリーズのドロンボー一味などなど、世界中に国家権力の制約を受けない悪の軍団が誕生するかもしれません。やっぱり、国なんて簡単に創ったりはできんくしとくのがいいようです。

自民党総裁選

| コメント(0) | トラックバック(0)

 台風一過、いいお天気の日曜日の朝である。

 今日のブログネタ何にしようか、しばし黙考した結果、やはり昨今のトレンドを無視するのはいかがなものかと、自民党の総裁選のこと書きます。

 出そうで出ない妖怪みたいな石破茂氏が結局出ずで、4人の争いとなったようですが、過去の総裁選と比べて今回は微妙に面白い。これまで多くの場合はやる前から勝者がほぼ決まってて、特に安倍長期政権にあっては安倍さん以外のひとを総裁に担ぐなんておよそ考えられない状況でした。その安倍さんが引いて菅さんにバトンタッチしたのがほぼ1年前。その後コロナ政策が思うように奏功せず、総選挙をひかえて「選挙の顔」にはなれないと自ら悟った菅さんが政権を譲ることを明らかにしてから、がぜん総裁選がヒートアップしてきました。

 安倍政権の時代から総裁候補として名が挙がっていた岸田文雄さん、外務大臣、防衛大臣を務め知名度、人気が高い河野太郎さん、超タカ派で安倍元首相の覚えがめでたい高市早苗さん、小渕内閣のとき37歳という若さで閣僚(郵政大臣)に抜擢されて以降、女性政治家として日の当たるところを進んできた野田聖子さん。いずれ錚々たる面々です。特に女性が二人というのもよろしい。時代を感じます。

sosaisen.jpg 本命不在です。4人いずれにもチャンスがある。というのも、自民党の総裁選挙は通常、派閥の支持を取り付けた候補が無風で当選することが多かった。ところが今回、今ある7つの派閥のうち、細田派、麻生派、竹下派、二階派、石原派の5派閥が自主投票としています。誰に投票してもいいよってことです。これはかつてない異例の展開で、票読みが難しくなりました。

 当選者は自民党総裁となり、与党のトップですので必然的に総選挙後の首班指名選挙で勝利し総理大臣となります。事実上国のトップを決める選挙であるのに、自民党員以外は参画できません。当然ちゃ当然ですが、何か悔しいところです。

 政党は「公党」なんて言われますが、別に法令の裏付けがある組織ではなくて、いわば町内会やネットのオフ会やなんかと同じです。公的なものでもないので、その親分を選挙やって選ぼうって場合でも公職選挙法は適用されません。つまり買収でも脅迫でもなんでもありです。弁護士会の会長を決めるときや、民間が設置する大病院の院長を決める選挙でも票を買うために実弾が飛び交うと聞いたことがあります。総裁選もそれとおんなじなんですが、さすがにクリーンが身上の政治家さんたちの集まりで、そんな真似は表向きできません。けど、出てないだけでいろいろやってるのかも知れません。国会議員でお金に困ってる人は少ないでしょうから実弾は無いにしても、支援、投票と引き換えに将来に向けて美味しいポストを用意するよとか、次の選挙であなたを応援するよ、くらいのことは当然あるでしょう。

 わたしのごとき、自民党の党員でもなく、もちろん所属の議員でもなく蚊帳の外にいる身では総裁選に何ら参画できるわけでもありませんし、4人のうち誰が総理大臣になっても別に構いません。しかし、野党の、陰湿で非建設的な嫌がらせに対して徹底的に反撃できる、そして暴力集団の日本共産党を始めとする反日本勢力を一掃するための政策を勇気をもって推進できる、頼もしいリーダーであってほしいとは思います。

恩讐の彼方に

| コメント(0) | トラックバック(0)

 先週のエントリーの話を少し続けます。

 復讐する動物は人間だけということを聞いたことがあります。確かに、動物に危害を加えようとした場合は逆襲されますが、これは単に生存本能に基づく外敵の排除であって、誰かに受けた行為によって恨みを抱き、ずっと覚えてて満を持して仕返しするなんてことは考え難いです。ヒトのみに生じた高度な本能と言えます。

 高度な本能だけに扱いが難しい。ひとたび生じた復讐心はちょっとやそっとでは消えません。それが消えてしもたという稀有な例が、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」です。中学か高校で教科書にあったような気がします。大正初期の作品でもう著作権も消えてるんで、ネットに全文掲載されてます。久々に読み返してみました。

domon2.jpg 江戸時代、はずみで主人を殺して逃げた侍が、逃げた先々でもやけになって悪事を重ねたのちに改心して出家の旅に出ます。九州豊前の国の海岸崖沿いにある通行の難所に至り、自分の罪滅ぼしとしてここに安全に通れる道を通そうと堅い岩山に金づちとのみで一人トンネルを掘り始めます。当初土地の住民からはバカにされますが、その後理解を得て手伝ってもらうものの、すぐにまた一人になってという作業を延々続けるうちに20年以上が経過します。一方、殺された主君の子もまた仇を求めて全国を経巡るうちとうとうこのトンネル堀りの現場で仇敵を発見します。すぐに殺そうとしますが、完成するまで待ってやれという沿線住民の要請もありいったん延期して、早く開通させるため自分も一緒に穴掘りを手伝う羽目になります。ようやく貫通したとき坊さんに「約束やし、さあ斬れ」と言われても、「敵を討つなどという心よりも、このかよわい人間の双の腕かいなによって成し遂げられた偉業に対する驚異と感激の心とで、胸がいっぱい」になって、とても復讐など実行できませんでした、というお話です。

domon3.jpg この話のもとになったトンネルは「青の洞門」といって大分県中津市に実在し、指定文化財、観光名所になってます。実際は偉い坊さんが托鉢で資金を集めて作ったといいますから、小説は菊池寛の創作とは言え史実にインスピレーションを得たのでしょう。ちなみに開通後は通行料を取ってたので、日本最古の有料道路とも言われてるそうです。

 この場合、主君の息子が復讐を思いとどまったのは、時効で復讐心が失せたからではなく、仇が時を経て自らの行為を償うのみならずいかにも立派な人物となっており、その人徳の前には自分の復讐など意味がないと悟ったからです。要は、加害者がどれほど反省しその償いにどれほど真摯に取り組んでいるか、という点が評価されるわけです。洞門のような例はレアケースで、普通納得できるような反省と償いはまあ、ありません。結果、被害者遺族の復讐心が消えることは無いことになります。

 復讐の思いを抱くのが人間だけならば、その思いを捨てる心を持てるのもまた人間だけなのです。

 高校野球夏の甲子園大会はなんとか試合を消化できて、リミットの今月31日までには終えることができそうです。なんとベスト4がすべて近畿勢でうわーと思ってたところ、決勝戦がなんとふるさと奈良の智辯学園とお隣和歌山の智辯和歌山高校の兄弟校対決とは、長雨とコロナにたたられた大会は何とも小説やドラマの上をいく想定外の展開になってます。chiben.jpg

 すったもんだで今年の夏も終わっていきます。緊急事態の都府県はどんどん増えて、誰もがコロナ禍の終息が見通せません。ひとり「明かりが見えてきた」なんて発言して顰蹙かってる能天気な某総理大臣を除いては。大学生たちは後期授業が始まっても登校できず、相変わらずのオンライン講義が続きます。本当に気の毒です。このままでは、卒業まで4年間ほぼキャンパスの空気を味わうことなくオンラインのみで卒業なんていう、最悪の事態が現実味を帯びてきます。

 ワクチン接種もジワジワと進んでいるようですが、若者たちの中には「打たない」と決めている連中がいたり、なぜかひとりで3回も4回も打ってる老人がいたり、ワクチンに遺物が混入してたりと話題に事欠きません。そして、この先全国民が2回ずつ接種完了したら感染がなくなるのかというとそういうわけのものでもなく、社会経済活動がコロナ禍以前に戻るのはそうとう先になりそうな雰囲気が伝わってきました。個人的にも、仕事でも私事でもコロナ前と比べて直接人と会う機会が激減しました。名刺が減らない。飲み会で情報交換、ストレス発散ができない。人恋しがちな私としては実に辛いところです。

5070348_s.jpg

 東京で5,000人以上、大阪で2,000人以上と感染者が爆発的に増加し緊急事態宣言が出されても「緊急事態」という雰囲気にはほど遠いのが現状です。繁華街の人出はほとんど減ってません。1年ちょっと前、初めて緊急事態が宣言された際、梅田の街なかはガラガラになりました。学校も長く臨時休校となりました。それがいまや特に気にすることもなく人々は出歩いてます。与党の政治家のように平気で会食、宴会している連中もいる。病床がひっ迫し、搬送先が無く自宅療養を強いられるケースが増えている一方で、ワクチン接種が済んだ人々はどこか非常時に慣れてしまって「自分は大丈夫だろう」という根拠の無い楽観思考のもとで従前の行動様式に戻りつつあります。もっと早い段階で、ニュージーランドのようにロックダウンに踏み切っておけば、長い目で見れば、いち早く危機を脱することができたのではないでしょか。人流抑制もほどほど、経済の停滞もほどほど、つまり「なんとかなるやろ」の希望的観測に基づく究極の中途半端、どっちつかずの施策が結果的に今の状態を招来しているのです。臨時給付金にしてもプレミアム商品券にしても、国家財政にダメージを与えるだけであまり役に立たず、焼け石に水の感をぬぐえません。1カ月間のロックダウン、今からでもやったら?と思います。

 もう、衆議院の解散総選挙までには国会は開会されません。与党はもう選挙対策モードに入ってて街中では立候補予定者の蠢動が感じられます。こんなタイミングで新たな感染防止のための打ち手が出るはずもありません。下手に動いて失敗したら投票に影響するからです。もっとも野党が開会を求めているのは、有効な政策を提案して議論したいわけではなく、政府をつるし上げる場がほしいだけなんですけどね。

 しかし神ならぬ人間がやること、よかれと思ってやった施策が奏功しないからといって、すべて「政治が無策」で片づけることもまた適正ではありません。自然の驚異の前に人間がいかに脆弱であるかと思い知るとともに、感染の縮小に向けて個人的にできることを粛々と行いつつ、未曾有の事態の一刻も早く収まることを希う今日このごろであります。

前の5件 26  27  28  29  30  31  32  33  34  35  36

WELCOME

CALENDAR

PROFILE

IMG_0227_2.jpgのサムネール画像のサムネール画像

katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

月別 アーカイブ