恩讐の彼方に

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 先週のエントリーの話を少し続けます。

 復讐する動物は人間だけということを聞いたことがあります。確かに、動物に危害を加えようとした場合は逆襲されますが、これは単に生存本能に基づく外敵の排除であって、誰かに受けた行為によって恨みを抱き、ずっと覚えてて満を持して仕返しするなんてことは考え難いです。ヒトのみに生じた高度な本能と言えます。

 高度な本能だけに扱いが難しい。ひとたび生じた復讐心はちょっとやそっとでは消えません。それが消えてしもたという稀有な例が、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」です。中学か高校で教科書にあったような気がします。大正初期の作品でもう著作権も消えてるんで、ネットに全文掲載されてます。久々に読み返してみました。

domon2.jpg 江戸時代、はずみで主人を殺して逃げた侍が、逃げた先々でもやけになって悪事を重ねたのちに改心して出家の旅に出ます。九州豊前の国の海岸崖沿いにある通行の難所に至り、自分の罪滅ぼしとしてここに安全に通れる道を通そうと堅い岩山に金づちとのみで一人トンネルを掘り始めます。当初土地の住民からはバカにされますが、その後理解を得て手伝ってもらうものの、すぐにまた一人になってという作業を延々続けるうちに20年以上が経過します。一方、殺された主君の子もまた仇を求めて全国を経巡るうちとうとうこのトンネル堀りの現場で仇敵を発見します。すぐに殺そうとしますが、完成するまで待ってやれという沿線住民の要請もありいったん延期して、早く開通させるため自分も一緒に穴掘りを手伝う羽目になります。ようやく貫通したとき坊さんに「約束やし、さあ斬れ」と言われても、「敵を討つなどという心よりも、このかよわい人間の双の腕かいなによって成し遂げられた偉業に対する驚異と感激の心とで、胸がいっぱい」になって、とても復讐など実行できませんでした、というお話です。

domon3.jpg この話のもとになったトンネルは「青の洞門」といって大分県中津市に実在し、指定文化財、観光名所になってます。実際は偉い坊さんが托鉢で資金を集めて作ったといいますから、小説は菊池寛の創作とは言え史実にインスピレーションを得たのでしょう。ちなみに開通後は通行料を取ってたので、日本最古の有料道路とも言われてるそうです。

 この場合、主君の息子が復讐を思いとどまったのは、時効で復讐心が失せたからではなく、仇が時を経て自らの行為を償うのみならずいかにも立派な人物となっており、その人徳の前には自分の復讐など意味がないと悟ったからです。要は、加害者がどれほど反省しその償いにどれほど真摯に取り組んでいるか、という点が評価されるわけです。洞門のような例はレアケースで、普通納得できるような反省と償いはまあ、ありません。結果、被害者遺族の復讐心が消えることは無いことになります。

 復讐の思いを抱くのが人間だけならば、その思いを捨てる心を持てるのもまた人間だけなのです。

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