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雪原の聖地

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 昨日、バスケットボールのBリーグの試合を初めて観戦しました。前からいちど観てみたかったところ、親しい友人が一緒に行ってくれて実現しました。その様子は次回レポートすることとして、忘れんうちに先月行った温泉のこと書いときます。20250119_034959177_iOS.jpg

 列島を襲ったこの冬最強・最長の寒波でもって、災害級の記録的な大雪の様子が伝わっています。積雪量が例年の2倍に達したところもあるとか。そんな中で大阪は、例によってまったくと言っていいほど雪が降りません。季節風が北摂の山塊を超えて南下できず、ただ乾いた風が吹き抜けるだけ~。はるか南国の鹿児島市内でも積雪があったというのに、大阪市内はこの冬、ビタ1mmも積もってません。本当に雪には縁の無いところです。

 スキーをやってた頃は、しょっちゅうスキー場で雪と戯れてたけど、やめてもう何十年にもなります。そうなるともう、雪があるところに出向く機会はぐっと減りました。雪景色が恋しい。豪雪に難儀している雪国の方々には申し訳ないのですが、日本人の感性としては冬はやっぱり多少の雪があってほしい。普段とはまったく違う雪景色の静けさの中で雪見酒なんかやってみたい。

20250119_035727262_iOS.jpg んで、思い立って先月、豪雪地帯の温泉を目指し旅だったわけですよ。

 これまで行ったことが無い、富山県の宇奈月温泉。北陸新幹線の敦賀延伸から1年近く経ちそろそろブームも過ぎて空いてきたかなって頃合いに、寒波来そうで大雪が期待できる絶妙のタイミングです。大いに期待して新大阪で敦賀行きのサンダーバードに乗り込みましたよ。一昨年亡くなった谷村新司の「北陸ロマン」の車内チャイムが旅情を誘い、期待は膨らみます。

 敦賀から乗り継ぐ北陸新幹線はくたか号は「グランクラス」。ほんらいもっと長距離乗車で利用したいところですが、大阪人が北陸新幹線利用する場合は、せいぜい金沢か富山まで。この先いつ乗るか分からないから話のタネにと奮発しました。前の席の乗客が「この列車は機内食出ないのね」なんて話してるのを聴いて「飛行機やあるまいし」と笑ったけど、あとで調べると確かに列車によっては軽食、飲料(含アルコール類)の提供があって、料金も違ってるらしい。残念ながらサービスが無いのんに当たったみたいです。20250120_020537767_iOS.jpg

 はじめて北陸新幹線乗って思ったこと。乗客が少ない。混雑を避けて平日を狙ったとはいえ、特に黒部宇奈月温泉駅などは想像以上に閑散としてました。たまに見かけるのはインバウンド。これで採算大丈夫なんかいなと心配してあげます。

 ただ新しいだけあって設備は綺麗で気持ちがよろしい。特に気がついたのは、ホームの表示に工夫があること。東海道・山陽新幹線では、乗車の際に人がごった返すホームに上って自分が乗る号車に行くには左右どちらに進めばいいのか、非常に分かりづらいのです。その点北陸新幹線では可動式ホームドアにきちんと前後の号車の表示まで大きく出てて一瞬で分かります。このあたり、後発の知恵といえましょう。

 黒部宇奈月温泉駅で乗換えるのが「黒部地方鉄道」って、名前からしてローカル線そのままの路線です。コトコト、ガタピシとまあ揺れること、ローカル線風情満載で終点の宇奈月温泉まで進んでいきます。

 着きましたよ。あたり一面の銀世界...って、あり?

20250119_062322769_iOS.jpg 駅前に積雪はほとんどありません。すぐそばに迫ってる険しい山肌は白く積もってるものの、道路にはまったく雪が無い。あとで旅館に着いて聞いたところ「ここしばらく暖かくって...」ですと。雪見酒はまた夢と消えました。

 とはいえ温泉は実にいいお湯やったし、料理も美味しくてわずか1泊ながらひさしぶりに旅情を満喫いたしました。列車の旅は時刻の制約で行動の自由度は下がるものの、その分、乗ってしまえば道中気楽なもんです。何と言っても車窓を楽しみながら好きなだけ飲み食いできます。

 さて、宇奈月温泉といえば大学の法学部に入学した学生が民法の講義で最初に覚える「宇奈月温泉事件」がつとに有名です。なんせ民法第1条(基本原則)第3項に規定の「権利濫用の禁止」に関わる重要判例なのです。unaduki .jpg

 昭和10年のこと。さっき乗った黒部地方鉄道さんが、温泉街振興のための事業で原泉から温泉街までお湯を引く木管を敷設したところ、土地買収でほんの少し取得できてない部分がありました。2坪といいますから本当にほんの少し。そこに目を付けた悪人がこの2坪を含む周辺112坪の土地を取得し、取得価額の26倍という法外な値段で買い取るか、さもなくば菅をすべて撤去するよう求めて提訴したという事案です。 

 この2坪、山の急斜面のまったく利用価値の無い土地で、お湯の木菅が通ってても土地の所有者に何の不都合も無いわけです。もし2坪を迂回して新しい管を建設するとなると、1年近く温泉街が営業できない。死活問題です。法律上の権利を盾にボロ儲けをたくらんだ結果は、大審院(今の最高裁)まで争った結果「権利行使の態様が悪質である」として原告の悪人敗訴。温泉街は守られました。そしてこの裁判により、形式的には正当な権利の行使とみえても実態として社会的に許されない場合はこれを認めないという、民法の基本法理が確立したのです。

 wikiによると、現地のダム湖畔にはこの事件の記念碑が立ち「民法の聖地」として法律の関係者が訪れてるそうです。これは知らんかったわ。

口内どんぶり

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 明日から出張で週末お家にいませんので、珍しく平日の夜にブログを更新しとります。

 kadojin.jpg秋めいてまいりました。今週は遅い夏休みをいただき、ふるさと近くの洞川温泉で英気を養ってまいりました。日が落ちると気温はなんと20℃。へたすると肌寒く感じるほどの下界との温度差は、さすがに山の上です。そろそろ紅葉も色づき、この地にはひとあし先に秋が確かに訪れていました。

 さて、前回のエントリーに続いてお米関連の話です。

 ネットニュース見てたら「口内丼」なる新語についての記事がありました。何かと読んでみると、日本人の食事の方法についた名前やそうです。

 われわれ日本人はごはんを食べるときに、まずおかずを口に運び、咀嚼しながら同時に白飯を口に運び、口内でごはんとおかずを一緒にして味を楽しみ、しかるのちに飲み込むという方法で食事を進めると。なるほど、その通り。

 ところが、この食べ方がなんと食事マナー違反という見解があるとゆうのです。なんとなんと。特にインバウンドの外国人にとっては抵抗があるらしい。連中は日本の観光地で食事の際に「なんとか定食」を頼んでも、基本まずおかずを全部食べてからそのあとにドンブリ飯だけを食べるんですと。おったまげー。

 つまりですね、西洋人は、食事とは出てくる料理を順番に食べるのであって、ごはんと一緒に掻っ込むということをしないと。そもそもごはんやなくてパンなんやけど、パンが一緒に出てきても、あくまで料理は料理、パンはパンと別々に食べます。確かに、フレンチやイタリアンのコースではこの食べ方を強制されます。和食の会席でも料理が順にでてくるので同じっちゃ同じなんやけど、これは料理をことさらに楽しむ特別なシチュエイションであって、日々三度三度のごはんをいただく際には、おそらくほぼすべての日本人が「口内どんぶり」状態で食事を進めます。

 この食べ方の場合、必然的に口内に食べ物がある状態で口を開くから、内部を人目にさらすことになり、西洋人にはどうやらこれが「マナー違反」と映るらしい。だから、ドンブリ物やカレーライスなんかのように、はじめから混ざってて一度に口に運べるメニューはごはんとおかずを混ぜてもOKという理屈です。katsudon.png

 純粋日本人のわたしにしてみれば、なにをバカなということになります。いろんな料理との味のコラボを楽しんめてこそごはんが主食といわれる所以やないですか。おかずだけ食べて、ごはんはごはんで食べるなんて考えられません。このあたり、悠久の歴史に根差した食文化の違いで、おもしろいところです。

 そいえば、日本人はうどんやお蕎麦を豪快に音を立ててすすって食べますが、欧米ではこれもひどいマナー違反になると聞いたことがあります。「ヌーハラ(ヌードルハラスメント)」とゆうそうです。まあいろんなハラスメント考えるもんやと思います。

 西洋人はすする文化がないのやそうです。日本人の食べ方を見て衝撃を受けて試しにやってみた人がいて、麺が気管に飛び込んで死にそうになったなんて話もあります。西洋人さん的には、すする行為はマナー以前に命に関わる禁忌なのです。麺をすすれない、正座もできない。外人さんのなんと不器用、不憫なことよ。しかし、ラーメンは外国人観光客にも鉄板超人気の日本食ですが、そんなら連中はいったいどやってラーメン食べてるんやろ。

 温泉など観光地の日本旅館では、たいてい夕食は豪華会席料理です。

 しかし、わたし実はこの「会席料理」全般が苦手、ということをかつて書きました。あまりたくさん食べられないので、メインの肉料理が出てくるまでにほぼ満腹してしまうのです。

fugu.png 今週の洞川ではフグのコースでした。なぜに超絶山の中の天川村でフグなのかについては別の機会にまた記すとして、とにかくフグ。焼きフグ、てっちり、てっさ、フグ尽くしの会席料理はまあなんと美味しかったこと。しかし、美味しいからといっていくらでも食べられるものでもなく、「このあとシメのラーメンです」という案内に思わず「参りました」と、シメはすっ飛ばしてデザートへと向かったのでした。

 だからね、順番にお料理一皿ずつやなくて、いっぺんに全部並べてほしいと希うわけですよ。ちょうど、旅行パンフレットの写真みたいに。そうすれば自分のペースで好きなものから好きなだけ食べられて、ひょっとしたら完食できるんやないかと思うんですが、ダメなんでしょね、きっと。

 所用があり上京したついでに、久しぶりに日光まで足を延ばし温泉に浸かってきました。

 日光には何度か行ったことがあります。最初は中学校の修学旅行でした。修学旅行ってのは友人たちと寝食を共にしてワイワイやるために行くので、行き先はどこでもいいのです。いちおう教育の一環であるとして関東の中学生たちは奈良・京都で歴史を学び関西からは東に向かいます。わたしの場合、箱根→東京→日光でした。実に楽しかったことを懐かしく思いだします。20240114_031640538_iOS.jpg

 大学時代は東京にいたので、日光・鬼怒川には何度か行きました。気の置けない友人たちとこころ行くまで麻雀をするのが目的という不健康極まる貧乏旅でした。娯楽の少なかった当時、麻雀はお金もかからない良質な娯楽のひとつでした。たまには気分を変えて温泉に浸かって、普段縁のない上品なお料理で酒を飲みながらという趣向で、これはこれで楽しいもんでした。

 それ以来の日光詣でです。まずは日光のシンボル東照宮にお参りします。しかしながらわたしは徳川家康が嫌いなので、久しぶりに見た陽明門のありがたさも中くらいといったところ。家康は、織田信長亡き後、関ヶ原の戦いと大坂夏の陣で卑劣卑怯な謀略でもって豊臣家を粉砕撃破し、まるで自分の力で天下を統一したような顔で美味しいところを持っていった悪党です。大阪人にしてみればにっくき仇敵であります。有名な方広寺鐘銘事件をはじめとする、その不埒三昧は司馬遼太郎の多くの作品によって広く世に知らしめられてます。そして先祖の悪行が子孫に祟り、報いを受けて250年後の戊辰戦争では最後の将軍慶喜が薩長軍にコテンパンに退けられたのであります。天網恢恢疎にして漏らさず。因果応報とはこのことです。東照大権現などと神様扱いで祭り上げたところで何の役にも立ちませんでした。

 話、逸れました。

20240114_075012945_iOS.jpg 境内に五重塔が立ってます。五重塔ってもともと仏舎利を納める入れ物で、本来お寺にこそ相応しい建物なのです。それがなぜ神社にあるのか。イスラム教のモスクに十字架がかかってるよなもんですが、日本人は宗教にはおおらかで、神様仏様一緒くたでもさほど気にしません。奈良東大寺の境内にも小さな神社がいっぱいあります。熊野那智大社では修験道の行者さんが那智の滝に向って般若心経を唱えてました。神社に仏塔があっても、それは名勝の賑わいとして華やかでよろしい。

 中禅寺湖はそばに聳える男体山の噴火で出た溶岩が川をせき止めてできました。横からちょろっと漏れ出したのが華厳の滝です。湖から滝に至る短い流れの途中に小さなダムがあって流れの調整をしているみたいです。雪解け前の冬の間は湖水の量が少なくて瀑布とはほど遠いチョロチョロ滝になってます。完全に枯れてしまうと観光価値的にまずいので、少しずつ小出しにしてるものと思われます。滝つぼのすぐそばまで下りるには有料エレベータに乗らねばなりません。往復570円也、なかなかのお値段ですね。20240114_044509962_iOS.jpg

 早めに着いてホテルのチェックインまで時間があったので、戦場ヶ原まで足を延ばしました。修学旅行ではここでクラスごとに集合写真を撮りました。アルバムから出してみると、電線が残念ですね。左後方によそのクラスの子が心霊みたいに映り込んでるし、当時の仕事はおおらかなもんでした。

 戦場ヶ原といっても古戦場ではありません。こんな湿地でリアルに戦なんかできない。名前の由来は例のごとく神話の世界です。男体山と赤城山が中禅寺湖を巡る領地争いで、大蛇と大ムカデに化けて戦ったという伝説があり、それにちなんで戦場ヶ原という名前になったとか。昔来た際は白樺林がキレイで高原の雰囲気満点でしたが、今回いかんせん時期が悪い。冬枯れの風景はそれなりに趣きがあるものの、殺風景でおまけにやたら寒い。早々に引き上げました。

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 ホテルは湖のすぐそば、レイクサイド。部屋からの眺めがよろしい。ゆっくりと湯に浸かり、ビールを飲み、また浸かりビールを飲み、また浸かり... 湖畔の夜は更けていくのであった。

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 東武特急スペーシアけごん号、行きは奮発して個室に乗りました。帰りは新型のスペーシアXでしたが出発時刻があやふややったんで個室が取れず、普通席でした。昨今、こういった豪華な観光特急が増えました。ゆったりと快適に目的地まで向かうことができます。歳とってくると移動で疲れにくいことはありがたい話です。若い頃は時間があってもお金がなかった。いまは多少の余裕があるけど逆に時間が限られます。人生は旅に例えられますが、リアルの旅の仕方も年齢とともに変わってきたなあと、ひしひしと感じます。spaciaX.jpg

 ともあれ、限られた日程の小旅行、思いのほかリフレッシュできたように思います。さあ、お仕事がんばろっと。

ふるさとの温泉

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 セミの声もあまり聞こえなくなりました。夏が終わっていきます。今年のセミはなんだか勢いが無かったように思います。元首相暗殺という、歴史上の大事件が起こった夏でした。責任をとって警察の最上層部が辞職し、現場の責任者も重い十字架を背負って組織を去りました。秋に行われる国葬で一応の区切りとなるのでしょう。しかし、野党と左派系反日メディアを中心に、その国葬反対の耳障りな大合唱が続いています。安倍元首相という宿敵を失った左巻きの連中は、これから先は何にすがって日々の糧を得ていくのでしょうか。20220708_104154473_iOS.jpg

 さて、そんな世相にあって私ごとですが、このたび勤務先を退職し引き続き役員として仕事を続けることになりました。やるべき仕事の内容はこれからもそんなに変わらないのですが、一応のけじめではあります。後年「いつ辞めたの」と聞かれたときに「安倍さんが亡くなった年」と答えることになります。

 お疲れさんのご褒美ということで、久しぶりに奥さんと温泉に行ってきました。よく行ってそうで案外縁がなかった、ふるさと奈良県南部吉野の大山塊に抱かれた洞川温泉です。

 この温泉街がある天川村は、大峰山登山の前線基地で修験道のメッカとしてその名を知られ、天河大辨財天は芸能の神様として有名で芸能人がこぞってお参りする聖地でもあります。内田康夫の「天河伝説殺人事件」の舞台にもなりました。

20220708_080545530_iOS.jpg 洞川温泉はそんな天川村の中心からさらに国道を少し上ったところにある歴史のある温泉で、わたしは幼少の頃、両親に連れられて来た記憶がかすかにあります。今回人生2回目です。

 今では京阪神と奈良県も高速道路が次々とつながり、吉野山地にも長大なトンネルが作られ山奥まできれいな道路が整備され、大阪からでもあっという間にたどり着けます。奥さん「十分日帰りできるね」と言ってました。確かに便利になったもんです。

 昔ながらの小さな温泉街。昭和の趣きを今に伝える実に風情ある街並です。軒を連ねる旅館に、通りに面して長い縁側があるのは、行者さんが座って装束を解くためなんやそうです。

 洞川は、高度成長の時代もバブルで狂乱していた頃にも鉄筋コンクリートの大旅館が建設されることはなく今に至ります。ひとつ間違えば栃木県の鬼怒川温泉のように今や廃ビルが連なる有様となっていた可能性がありました。そうならなかったのは、やはり地元吉野のひとびとの自然を慈しむ思いと、古より修験道を今に伝え神を敬ってきた聖地を守る矜持によるものやと思います。20220708_222639806_iOS.jpg

 実はこの温泉街に至る途中、奈良県を南北に隔てる吉野川沿いの下市町という小さな町でわたしは生まれました60年前のことです。今回の道中でもかつて住んでた家があったところを通ってきました。今ではすっかり様子が変わりましたが、過疎に悩む田舎のこと、都会ほどの変貌はなく懐かしい山河は記憶のままでした。

 過疎化は、地元のひとびとにとっては実に切実な問題ではあります。しかし、例えばこの大山塊を大きく切り崩して巨大工業団地や別荘地を建設するなんてことが、まああるとは思えないけどバブルがあのまま続いていれば可能性がゼロではなかった。それを地域の発展と言えば喜ばしいことではあるんやろけど、何かそうなってほしくもないなあなんて、今回半世紀ぶりの懐かしい温泉に浸かりながら、しみじみと思ったのでした。

セーフ

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 寒い日が続いています。テレビのニュースは、寒気の南下で北国や日本海側が記録的なドカ雪となってる様子を伝えています。わたし明日は、奈良女子大学で行われる、ふるさと奈良県下市町関係のシンポジウムに出かけるんで、土曜の晩にブログを更新してます。

 クリスマス・ウィークです。

 部屋で夜聴く音楽も、ひっきょうキリスト教関係のものが多くなります。今日も朝からフォーレのレクイエムやバッハのクリスマス・オラトリオをずっと鳴らしてました。1日中、部屋ん中が教会みたいになってます。20201219_121906943_iOS.jpg

 音楽は宗教の発展に大きく貢献してきました。グレゴリオ聖歌の昔から教会には常に讃美歌が流れてました。神父さんがごにょごにょ説教するよりも合唱と楽奏で訴えるほうが効果が大きくて、音楽の力でもって信者を獲得し神の教えを浸透させてきたのです。また逆に、宗教が音楽の発展に大きな貢献をしてきたとも言えます。バッハの3大宗教曲「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」「ロ短調ミサ曲」、モーツァルト「レクイエム」「大ミサ曲」、ベートーベン「荘厳ミサ曲」、ブラームス「ドイツ・レクイエム」、ドボルザーク「レクイエム」「スターバト・マーテル」、チャイコフスキー「晩祷」、そしてもちろんヘンデルの「メサイア」などなど。人類の至宝ともいうべき大曲だけでも枚挙にいとまがありません、小さなミサ曲やモテットなども含めると、膨大な数の宗教曲が今に伝わっています。キリスト教が無かったら、これらの仕事は生まれていませんでした。その昔、作曲家たちはもっぱら教会のために曲を書いていたのですから。

 わたしはまったく無宗教ですが、音楽の発展に貢献したという一点をもって神様に感謝しています。

 さて、コロナ。

 東京では新規感染者数が4日連続で600人超え。わが大阪でも5日連続300人超えです。全国の累計感染者19.4万人。当初、発表される感染者数にダイヤモンド・プリンセス号を含むとか含まないとか断りがついてましたが、今やそんなもん誤差の範囲となってしまいました。日本人の500人にひとり以上が感染したことになります。

 そんな状況を反映して、苦しい中で飲食店や観光地を救うために経済を回そうと始まった「Go To 」キャンペーンが、とうとう休止に追い込まれました。

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 ガースーが「宿泊を伴う旅行については、12月28日(月)から1月11日(月)までの間の宿泊を旅行日程に含む場合は、割引しないことにしたよ」と言うのを聞いたとき、「どっひー!そら、ないで」とのけぞりました。

 実は、27日から伊勢の定宿への温泉保養行を予約していたのです。「Go Toでお得に行ける。しめしめ」と思ってたのに、二日目の28日はしっかり旅程に含まれててアウトやん。

 しかし、その後詳しい公式サイトで休止の内容が明らかになるにつれて、「なお、12月28日(月)チェックアウトの場合は割引対象となります(地域共通クーポンも同日まで利用できます。)」という説明を発見しました。セーフ、ほんとに、ぎりぎりセーフ!

 これはきっと、わたしの日ごろの行いが良いから神様が救いの手を差し伸べてくれたに違いありません。これからは、素晴らしい音楽を鑑賞するだけのエエとこ取りではなく、も少し神様を畏れて感謝を捧げることとしましょうか。

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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