昨日、バスケットボールのBリーグの試合を初めて観戦しました。前からいちど観てみたかったところ、親しい友人が一緒に行ってくれて実現しました。その様子は次回レポートすることとして、忘れんうちに先月行った温泉のこと書いときます。
列島を襲ったこの冬最強・最長の寒波でもって、災害級の記録的な大雪の様子が伝わっています。積雪量が例年の2倍に達したところもあるとか。そんな中で大阪は、例によってまったくと言っていいほど雪が降りません。季節風が北摂の山塊を超えて南下できず、ただ乾いた風が吹き抜けるだけ~。はるか南国の鹿児島市内でも積雪があったというのに、大阪市内はこの冬、ビタ1mmも積もってません。本当に雪には縁の無いところです。
スキーをやってた頃は、しょっちゅうスキー場で雪と戯れてたけど、やめてもう何十年にもなります。そうなるともう、雪があるところに出向く機会はぐっと減りました。雪景色が恋しい。豪雪に難儀している雪国の方々には申し訳ないのですが、日本人の感性としては冬はやっぱり多少の雪があってほしい。普段とはまったく違う雪景色の静けさの中で雪見酒なんかやってみたい。
んで、思い立って先月、豪雪地帯の温泉を目指し旅だったわけですよ。
これまで行ったことが無い、富山県の宇奈月温泉。北陸新幹線の敦賀延伸から1年近く経ちそろそろブームも過ぎて空いてきたかなって頃合いに、寒波来そうで大雪が期待できる絶妙のタイミングです。大いに期待して新大阪で敦賀行きのサンダーバードに乗り込みましたよ。一昨年亡くなった谷村新司の「北陸ロマン」の車内チャイムが旅情を誘い、期待は膨らみます。
敦賀から乗り継ぐ北陸新幹線はくたか号は「グランクラス」。ほんらいもっと長距離乗車で利用したいところですが、大阪人が北陸新幹線利用する場合は、せいぜい金沢か富山まで。この先いつ乗るか分からないから話のタネにと奮発しました。前の席の乗客が「この列車は機内食出ないのね」なんて話してるのを聴いて「飛行機やあるまいし」と笑ったけど、あとで調べると確かに列車によっては軽食、飲料(含アルコール類)の提供があって、料金も違ってるらしい。残念ながらサービスが無いのんに当たったみたいです。
はじめて北陸新幹線乗って思ったこと。乗客が少ない。混雑を避けて平日を狙ったとはいえ、特に黒部宇奈月温泉駅などは想像以上に閑散としてました。たまに見かけるのはインバウンド。これで採算大丈夫なんかいなと心配してあげます。
ただ新しいだけあって設備は綺麗で気持ちがよろしい。特に気がついたのは、ホームの表示に工夫があること。東海道・山陽新幹線では、乗車の際に人がごった返すホームに上って自分が乗る号車に行くには左右どちらに進めばいいのか、非常に分かりづらいのです。その点北陸新幹線では可動式ホームドアにきちんと前後の号車の表示まで大きく出てて一瞬で分かります。このあたり、後発の知恵といえましょう。
黒部宇奈月温泉駅で乗換えるのが「黒部地方鉄道」って、名前からしてローカル線そのままの路線です。コトコト、ガタピシとまあ揺れること、ローカル線風情満載で終点の宇奈月温泉まで進んでいきます。
着きましたよ。あたり一面の銀世界...って、あり?
駅前に積雪はほとんどありません。すぐそばに迫ってる険しい山肌は白く積もってるものの、道路にはまったく雪が無い。あとで旅館に着いて聞いたところ「ここしばらく暖かくって...」ですと。雪見酒はまた夢と消えました。
とはいえ温泉は実にいいお湯やったし、料理も美味しくてわずか1泊ながらひさしぶりに旅情を満喫いたしました。列車の旅は時刻の制約で行動の自由度は下がるものの、その分、乗ってしまえば道中気楽なもんです。何と言っても車窓を楽しみながら好きなだけ飲み食いできます。
さて、宇奈月温泉といえば大学の法学部に入学した学生が民法の講義で最初に覚える「宇奈月温泉事件」がつとに有名です。なんせ民法第1条(基本原則)第3項に規定の「権利濫用の禁止」に関わる重要判例なのです。
昭和10年のこと。さっき乗った黒部地方鉄道さんが、温泉街振興のための事業で原泉から温泉街までお湯を引く木管を敷設したところ、土地買収でほんの少し取得できてない部分がありました。2坪といいますから本当にほんの少し。そこに目を付けた悪人がこの2坪を含む周辺112坪の土地を取得し、取得価額の26倍という法外な値段で買い取るか、さもなくば菅をすべて撤去するよう求めて提訴したという事案です。
この2坪、山の急斜面のまったく利用価値の無い土地で、お湯の木菅が通ってても土地の所有者に何の不都合も無いわけです。もし2坪を迂回して新しい管を建設するとなると、1年近く温泉街が営業できない。死活問題です。法律上の権利を盾にボロ儲けをたくらんだ結果は、大審院(今の最高裁)まで争った結果「権利行使の態様が悪質である」として原告の悪人敗訴。温泉街は守られました。そしてこの裁判により、形式的には正当な権利の行使とみえても実態として社会的に許されない場合はこれを認めないという、民法の基本法理が確立したのです。
wikiによると、現地のダム湖畔にはこの事件の記念碑が立ち「民法の聖地」として法律の関係者が訪れてるそうです。これは知らんかったわ。
コメントする