旅装、世につれ

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 昭和100年ということで、年末から、昭和とはこんな時代でしたって番組がテレビでいくつかあった中で、当時の海外旅行の様子をやってたわけですよ。

 海外旅行が解禁されて観光目的で自由に渡航できるようになったのが1964年です。今では考えられませんが貴重な外貨の流出を防ぐため、仕事や留学などの場合以外の、庶民の単なる物見遊山の旅行は禁止されてたんです。それが「もはや戦後ではない」というわけで解禁されるまでになんと、終戦から20年近くかかりました。まあ、その頃実際に海外観光旅行ができるのは一握りのお金持ちだけやったわけですけど。

 その頃は国内外問わず観光の際、お父さんはスーツ、お母さん方は着物、いわゆるヨソイキを着て出かけてました。今と同様に長期旅行用の荷物をたくさん大きなカバンに詰め込んで飛行機や船に乗るわけですが、なんと当時のスーツケースにはコマが付いてなかったらしい。移動の際にはよっこらせと持ち上げて運ぶしかなく、これは大変やったろうと思います。

 今ではスーツケースより機動力があるキャリーバッグの割合が増えてます。

20250111_234641348_iOS.jpg わたしの場合旅行といっても仕事の出張が多くて、これはほぼ1泊か2泊なんで、キャリーも小さめのんばっかし。コマが2つのんは斜めにしないと引っ張れないから人込みでは周りの人の邪魔になりやすい。コマが4つのんは横に従えて歩くことが出来るし置いたままで動かせるのが微妙に便利な反面、乗り物ん中などでは終始ハンドルを持ってないと勝手にどっかに行ってしまう危険があります。これは一長一短。

 学生時代から社会人なりたての頃、キャリーバッグなんて気の利いたものがまだ無くてどこへいくにもいわゆるボストンバッグ、これは高校時代の通学カバンの延長でした。今や出張時には荷物の量でリュックとキャリーバッグを使い分けてます。ビジネスマンの旅行スタイルもずいぶんと変わってきました。

 もう十数年前になりますが、中国に長期の出張で行った際には、帰国のときにスーツケースに荷物が収まらず、急遽現地でとてつもなく大きなキャリーバッグを買ったことがありました。これ、帰ってから狭い我が家で置き場所に困り、またこんなでかいカバンその後使う機会とて無く、結局粗大ごみで捨てました。1回のみの使い捨てでした。

 以前、職場の同僚に実に旅慣れた女性がいました。出張の際わたしの場合「着替えは予備もいくつかいるし、お風呂セットに目覚まし時計に、パジャマもあった方がいいかな、さすがに枕はいらないか...」結果「お引越しですか」と笑われるくらいに荷物がパンパンに膨れ上がってしまうのです。ところが彼女は実に旅慣れてましてですね、旅行の荷物はどっちかっつーと女性の方が多くなりがちと思うのですが、なんと、ごく小さなショルダーバッグひとつでOKなのです。昔から旅行の達人で、しょっちゅう一人であちこち旅してきた経験から、目的に合わせて必要最小限のパッキングの術を心得てはったのです。実にカッコよろしい。

 一方、さっこんインバウンドの外国人をいたるところでみかけるようになりましたが、空港や駅で遭遇する移動中の彼らは総じて荷物が多い。海外旅行は長くてもまあ半月程度という日本人とは違い、連中は数カ月から1年くらいは平気で旅を続けます。仕事大丈夫か、と思うのは日本人の感覚なのでしょう。とにかく、タンスか冷蔵庫かというような巨大な荷物をいくつも、平気で列車に持ち込んできます。対応するように、新幹線では特大荷物スペースを設けて予約制になりました。爆買いの中国人に占拠されることがないように願いたいものです。

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katsuhiko

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奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

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雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

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