全国的に梅雨が明け、日本列島に本格的な夏がやってきました。
アメリカの大統領選挙に世界中の注目が集まる中、いよいよパリオリンピックが開幕しました。コロナで1年延びたとはいえ、東京五輪が終わったのはついこないだのように感じます。もう次の大会が始まってしまった。月日の過ぎ去るスピードはどんどん加速度がついてます。年取ったなあ。
このブログは2011年から始めました。それ以降数えてみると夏季冬季3回ずつ、計6回もオリンピックがありました。ちょっとおさらいしてみます。
ロンドン(2012)、ソチ(2014)、リオ(2016)、ピョンチャン(2018)、東京(2021)、ペキン(2022)
過去のログを読み返してみると、ミーハーを自認するわたくしは、日本代表の若者たちが世界のひのき舞台で活躍する様に欣喜雀躍しており、まったく変わらん進歩がないなあと、変に感慨深い。また、オリンピックはその当時の社会情勢を反映してて、時代の移ろいを感じます。10年前にはなんと、今や世界中から毛嫌いされる極悪国家ロシアのソチでオリンピックがあったのです。今なら絶対無理でしょね。
2012年のロンドン五輪開幕のちょっと前に、実はわたし仕事でロンドンに行ってたのですが、市中に、近々始まるはずの五輪関連の装飾や広告なんかが全く無くて、Tシャツなどオリンピックグッズ欲しかったのにどこにも売ってない。不思議に思ったことを覚えてます。おそらくは五輪関連商品や意匠の使用に関してIOCとの厳格な取り決めがあったということでしょう。
韓国で開催されたピョンチャン五輪では雪の不足が伝わり、ホントにこんなとこでオリンピックでけるんかいなと、世界中が気を揉んだ大会でしたが、終わってみるとなんとかなるもんやなと思いました。小平奈緒選手と韓国の李相花選手の名シーンが印象に残ります。羽生結弦選手の2大会連測金メダルも印象的でした。
リオ・デジャネイロ五輪では、絶対王者と呼ばれた体操の内村選手の活躍など、日本のメダル獲得が大きく伸び、連日夜中のTV観戦で睡眠不足となりました。
ペキンの冬季五輪はなんだか印象がないなあ。おそらく日本中が東京五輪で燃え尽きた時期にあったからでしょう。人権後進国の中国での開催に抗議してボイコットした国が多かったことくらいしか覚えてません。こんな国でオリンピックやっちゃいかんのです。
そしてやっぱりその東京オリンピック。
東京大会はコロナ禍の直撃で無観客となるなど、100%ハッちゃけるわけにいかなかったのでやや残念ではあったものの、国を挙げてのお祭りの大成功がその後のインバウンドにつながり、国際的プレゼンスの低下著しい日本の再浮揚へ起爆剤という意味は確かにありました。
一方で、日本政府のすることすべてに難癖をつける反日メディアの朝日新聞は、開催の決定以降凄まじい反五輪キャンペーンを展開し、TBSなど左傾メディアがこれに便乗して顰蹙を買いました。それが、ひとたび五輪始まって、日本代表が次々とメダル獲得の快挙を達成し、多くの国民が快哉を叫ぶ様子が拡がると朝日は、手のひらを返したように東京五輪礼賛の記事を載せるようになりました。思いだすだに腹が立つ。毎年、夏休みの朝日紙面は、スポーツ新聞かと見まごうばかり高校野球の記事で埋め尽くされます。自分ちが主催する甲子園大会の入場者数を増やし、グッズを売らんがための広告を読者は購読料を払って見せられているわけです。
話逸れた。東京大会。
コロナ禍で1年延期され、非常事態、行動制限のもとで開催された、近代五輪史上もっとも不幸な大会でした。感染で観戦できなかった、ってやかましいわ。日本代表の活躍を間近で見て応援したかった。今後のオリンピック、海外まで観戦に出かけることは多分無いと思います。実に残念でありました。
さて、日本では歴史上、東京でオリンピックやったあとには、大阪で万国博覧会をやると決まっています。万博は、もひとつ盛り上がりに欠けるとか言われてますが、開催が近づくにつれてきっと雰囲気も変わってくるでしょう。おそらく今後、高校野球が終わってヒマになった朝日新聞あたりが反万博キャンペーンを展開することが予想されます。しかし、やると決まった以上、善良でミーハーなる日本国民はそんな陰謀に屈することなく、大いに楽しもうではありませんか。
それよりも、今はパリでの日本代表の活躍に大いに期待したい。今朝のニュースでは早速柔道女子で最初の金メダル獲得が伝わってます。ガンバレ―!
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