リオデジャネイロ・オリンピックが盛り上がってます。
連日日本選手の活躍が伝えられ、毎日のようにメダルの数が増えていくに連れ、超ミーハーを自任して恥じない私としては、毎日欣喜雀躍し寝不足の日々が続いています。日本てこんなに強かったっけと思ってしまいます。
以前、オリンピックはあくまでもアスリート個人にとっての最高のステージであって、国威発揚の場であってはならないと書きました。もちろんその基本的な思いは変わってませんが、やはりわが多くの若者たちが遠い遠い地球の裏側にまで出向いて行って華々しく活躍しているさまを目の当たりにすると、日本人のひとりとして素直に感動してしまいます。
しかしそれはあくまで、彼ら彼女らの鍛え上げられた精神と肉体と、そこに至る精進、努力に思いをいたした結果であって、他の国に勝った、倒したなんていう下世話な愛国心の発露では断じてありません。オリンピックを国威発揚の絶好の機会としかとらえられないかつての社会主義国や、いまも一部に残る共産主義政党独裁国家の選手たちはそんなこと言ってられないでしょうけど。もし負けて帰ったらどんなお仕置きが待っているか分かったものではありません。可哀想に。あげく、ロシアみたいに国家がドーピングに関与して世界の舞台から放逐されるなんて世紀のお粗末をしでかすところもでてくる。まったく何をやってるんだか。これひとえにスポーツを国家の威信に関連つけてきた弊害です。
オリンピックは壮大な運動会であればいいのです。クラス対抗、町会対抗とチームに分かれて競技をきそうけど、たまたまそのチームに所属することになっただけで、自分のチームに宗教・思想・政治上何らの意味はありません。オリンピックも便宜上国・地域別でやってるけど、それが一番便利で盛り上がるからであって、純粋に、人間の身体能力の限界を極めるための方策にすぎません。決して国家間の仮想ウォーゲームであってはならないのです。
さて日本選手団、この分では前回ロンドンのメダルの数を上回りそうやとか。どうかこの勢いでもって、次回の東京オリンピックに向けてわが国のスポーツ熱が健全な精神とともにさらに盛り上がっていくことを願ってやみません。

粛々とお仕事をこなし、せっかくの機会ということで延泊して時間をつくり、かねて行ってみたかった「坂の上の雲ミュージアム」を訪れました。まだ午前9時とはいえこの夏一番の炎天下、リオ五輪の開会式の開催中ということも影響してか松山市内は人もまばら。たどり着いてみると、言われなくても「これ安藤忠雄やろ」と分かる斬新・珍妙な三角形のミュージアムに、なんと一番のりで入館しました。

ではぶつかったときに謝るなんてありえないそうです。痛いのはお互いさまなんやからどちらも謝る必要なんかないという論理です。理屈はそうでもなんか違うやろと。双方の国民性が現れています。
さて、リオ五輪の開催までカウントダウンが始まりましたが、ブラジルったら準備間に合うのってことで世界中がやきもきしている一方で、さらにとんでもない事態が勃発しました。ロシアの組織ぐるみのドーピングです。
「不正をやってない選手もいるんやから、全員というのはおかしい」と主張していますが、この理屈はムリというもの。オリンピックは国家単位で参加するものです。今回はロシアという国そのものが「ワルモノ」であることが明らかになったのですから、その国の選手は国際社会に対して責任を負う必要があります。潔白な選手がもしいるとすれば、個人対自国政府という構図でその責任を追及すればよいのであって、善良な国際社会と世界中のアスリートには何の関係もないことです。組織的にドーピングを行うような汚れた国の選手と同じフィールドで競うことなど考えられない、およそ迷惑な話です。
フランスのテロは何とも酷い。ソフトターゲットとかいうそうです。軍事拠点や重要施設など警備が厳重なところではなく、もっと簡単に攻撃できて罪のない市民を無差別に殺傷しやすいところを攻撃の対象とする、ワンランク上の卑劣さでもって敢行される悪魔の所業です。