地球の裏側で

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IMG_6915.jpg リオデジャネイロ・オリンピックが盛り上がってます。
 
 連日日本選手の活躍が伝えられ、毎日のようにメダルの数が増えていくに連れ、超ミーハーを自任して恥じない私としては、毎日欣喜雀躍し寝不足の日々が続いています。日本てこんなに強かったっけと思ってしまいます。
 
 以前、オリンピックはあくまでもアスリート個人にとっての最高のステージであって、国威発揚の場であってはならないと書きました。もちろんその基本的な思いは変わってませんが、やはりわが多くの若者たちが遠い遠い地球の裏側にまで出向いて行って華々しく活躍しているさまを目の当たりにすると、日本人のひとりとして素直に感動してしまいます。
 
 しかしそれはあくまで、彼ら彼女らの鍛え上げられた精神と肉体と、そこに至る精進、努力に思いをいたした結果であって、他の国に勝った、倒したなんていう下世話な愛国心の発露では断じてありません。オリンピックを国威発揚の絶好の機会としかとらえられないかつての社会主義国や、いまも一部に残る共産主義政党独裁国家の選手たちはそんなこと言ってられないでしょうけど。もし負けて帰ったらどんなお仕置きが待っているか分かったものではありません。可哀想に。あげく、ロシアみたいに国家がドーピングに関与して世界の舞台から放逐されるなんて世紀のお粗末をしでかすところもでてくる。まったく何をやってるんだか。これひとえにスポーツを国家の威信に関連つけてきた弊害です。
 
 オリンピックは壮大な運動会であればいいのです。クラス対抗、町会対抗とチームに分かれて競技をきそうけど、たまたまそのチームに所属することになっただけで、自分のチームに宗教・思想・政治上何らの意味はありません。オリンピックも便宜上国・地域別でやってるけど、それが一番便利で盛り上がるからであって、純粋に、人間の身体能力の限界を極めるための方策にすぎません。決して国家間の仮想ウォーゲームであってはならないのです。
 
 さて日本選手団、この分では前回ロンドンのメダルの数を上回りそうやとか。どうかこの勢いでもって、次回の東京オリンピックに向けてわが国のスポーツ熱が健全な精神とともにさらに盛り上がっていくことを願ってやみません。
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 四国松山に行ってきたぞなもし。
 
 経済団体の研修遠足で、先進的、特徴的な経営を展開する企業や大学を訪れるシリーズものの企画です。つらつら思い起こすに、松山は多分3~4回目、前回は大学校友会関係のイベントで来たものと記憶しとります。かれこれ10年以上前のことで、それ以来になります。
 
 新幹線を岡山で特急しおかぜ号に乗り換えて3時間弱。なんとなく松山は瀬戸大橋を渡って西に少し行ったあたりという感覚があったのですが、さにあらず列車はさらに西へ西へ。四国地図の左上のふくらみをくるっと周ったところまで行かねばならないので、これは思いのほか遠い。そいやこれまではすべて飛行機で、列車でトコトコきたのは初めてです。
 
 道後温泉では本館が変わらぬ風情を醸してますが、来年から耐震改修工事となるため、千と千尋のモデルともいわれているこの全容はしばらく拝めないかもということです。
 
IMG_6894.jpg  粛々とお仕事をこなし、せっかくの機会ということで延泊して時間をつくり、かねて行ってみたかった「坂の上の雲ミュージアム」を訪れました。まだ午前9時とはいえこの夏一番の炎天下、リオ五輪の開会式の開催中ということも影響してか松山市内は人もまばら。たどり着いてみると、言われなくても「これ安藤忠雄やろ」と分かる斬新・珍妙な三角形のミュージアムに、なんと一番のりで入館しました。
 
 館内からは松山城山の南麓に立つ「萬翠荘」というカッコいい洋館がよく見えます。夜はライトアップがキレイなんやとか。大正時代、旧松山藩ゆかりの伯爵が別邸として建てたらしい。
 
 「坂の上の雲」といえばいうまでもなく司馬遼太郎の代表作のひとつで、明治の昔松山から巣立ち、近代日本の黎明期を駆け抜け歴史に名を遺した三人のヒーロー、正岡子規と秋山好古・真之兄弟の青春を通じて、日本とはなにか、日本人はどうあるべきかを問うた司馬遼渾身の傑作です。かつて少しふれたことがあるのでハショりますが、「竜馬がゆく」と「翔ぶが如く」そして「坂の上の雲」は日本人なら一度は読んでおきなさいということだけ再掲させてもらいます。IMG_6896.jpg
 
 子規が東京帝国大学を中退したということから、子規と帝大とのかかわりや東京大学の歴史を詳しく展示してある一角があり、わたしも大学関係者のはしくれということで血が騒いだんやろと思います。興味深く見入ってしまいました。列強に追いつけ追い越せ、そのためには人材の育成が何よりの急務、喫緊の課題であるというなかば焦りにも似た国家の危機感がひしひしと伝わってきます。
 
 と同時に一方国民には単純な向上心と言って片づけられない底知れないハングリー精神がにじんでいます。かつて日本にもこんな時代があったんやでということは、学校で、社会で繰り返し見聞きして理屈では分かっているけど、リアルな展示物を目の当たりにしてみると、近代日本の礎を築いてきた明治の国家と国民の精神がダイレクトに伝わってきます。
 
 そしてのち、今の時代を振り返ってみると、先の大戦で牙を抜かれてしまったとはいうけれど、強くありたい、優しくありたい、人間力を高めたいという思いは連綿と受け継がれ、その結果、現代のグローバル展開の中で日本と日本人は確固たる地位を築きあげてきたのです。
 
 坂の上の雲ミュージアムは単にいち作品の記念館ではありません。近代日本の歴史を象徴的に綴った大叙事詩への招待であり、日本人はどうあるべきか、どこに向かうべきかを導く、まさに作品のコンセプトを視覚的にあらためて訴える空間であったのです。
 
 今回に見学では、当時の時代を生きた日本人のすべてに深甚なる敬意を感じました。そして前夜、市内二番町の某お店で絶品の若鳥をいただいたときと同様に、またつくづく思うのです。日本人でよかったと。

ふざけるな

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IMG_6791.jpg いつものようにまったりとした日曜日の朝です。暑さが本番を迎えつつありますがまだ7月。本格的な夏はまだまだこれからです。
 
 先週は久しぶりに仕事で上京しました。街角でそこいら中に現れるポケモンはおいとくとして、夏の都内でいつも気が付くことがあります。大阪も東京もセミの声が喧しいのは同じですが、大阪はクマゼミのシャンシャンシャンシャン…一方東京はミンミンゼミのミ~ンミ~ンミ~ン…。かつてクマゼミなんて関西にもいなかったのに、温暖化につれて北上し今や大阪ではこのやかましいクマゼミに席巻され、アブラゼミなどほかのセミをあまりみかけなくなりました。
 
 私が育った山峡の小さい町では、夏の夕暮れにはきまってヒグラシの切ない鳴き声がこだましていました。最近、聞いていませんが果たしてふるさとではいまだにあの夏の夕暮れの雰囲気が残っているのでしょうか。近々訪れてみたいと思います。
 
 さて、つい先日、フランスでのテロのことを書いた矢先、なんと、この日本でとんでもないテロが発生しました。
 
 障碍者施設で19人もの命が奪われるという、前代未聞の大参事です。先日は「手口と標的が多様化してテロの恐怖が徐々にレベルアップしている」と書きました。武器がなくてもトラックさえあれば大量殺戮が可能となった事態を言ったです。しかし今回のテロはさらに想定外の事実を示してみせました。すなわち、被害者が不特定一般市民ではなく、さらに無抵抗の弱者であれば、凶器が貧弱でもトラックすらなくても大量の殺戮が可能であるという点です。
 
 日本は極めて治安がよく、このような凶悪犯罪は起こりにくいといわれていただけに、海外でも驚きとともに伝えられたとか。同感です。日本人は他人に迷惑をかけないことを幼少期より徹底されています。日本でしつけとはこの精神を植え付けることです。歩いていて誰かとぶつかったら、状況の把握より先にまず謝ります。韓国IMG_6798.jpgではぶつかったときに謝るなんてありえないそうです。痛いのはお互いさまなんやからどちらも謝る必要なんかないという論理です。理屈はそうでもなんか違うやろと。双方の国民性が現れています。
 
 障碍者なんか殺してしまった方がいい。犯人が幼少期より長ずるにつれて今日までにそんな思いを抱くに至るには、いったい何があったのか。自分がいま生きていることを自分だけの能力、努力の結果と勘違いするまでにどのようなしつけを受けてきたのか。それでも日本人かと。まったく無抵抗の被害者を次々に、まさに次から次へと、黙々と作業をこなすように傷つけ続けた。それはまともな人間にできることでは断じてない。ふざけるなといいたい。やってもいい犯罪なんてないことはもちろん分かったうえであえて言いたい。どんな悪人でも悪魔でも、どんな悪行があるなかでも絶対に絶対にやってはいけないことがあるだろうと。悲しい。悔しい。ふざけるなと。
 
 蛮行を100%防止することができないことは分かっています。実はやろうと思えば誰だってできるのです。思わないだけです。従ってこのような悲劇を繰り返さないためにできることは「やろうと思う人をださない」ことにつきます。教義に沿って他者を傷つけることを肯定する宗教や暴力革命を肯定する社会的な政治集団などを排除する必要があるのです。日本には合わない。わが国の優れた治安と、伝統的に他者を思いやる精神風土を後世に伝え世界平和に貢献するために、われわれは人間形成、しつけ、教育の重要性をいま以上に認識するべきです。

退場すべし

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 本格的な夏が訪れ、ベランダのアサガオもすくすくと天をめざしています。朝の通勤電車に私立小学校の児童の姿がなくなり、代わって公園に早朝からセミ取りする子供たちが現れます。毎年同じ夏休みのスタートですが、今年ちょっと違うのは、先週から例の「Pokémon GO」の配信が始まり日本中大騒ぎになっていることです。街中では歩きスマホの人が増殖しています。確かにこれはちょっと危険ぽい気がする。しかし、当然ながら自他ともに認める超ミーハーなわたしとしては世の風潮に遅れることなどあってはならないのであって、早速iPhoneにインストールしてすでに数匹捕まえました。しかし、さて何が面白いのだろう。それがわかるまでもう少し使ってみようと思います。
 
pokego.jpg さて、リオ五輪の開催までカウントダウンが始まりましたが、ブラジルったら準備間に合うのってことで世界中がやきもきしている一方で、さらにとんでもない事態が勃発しました。ロシアの組織ぐるみのドーピングです。
 
 陸上競技界だけでなく大半の競技で検査機関の不正に政府が関与していたことがWADA(世界反ドーピング機関)の調査報告で明らかになったのです。国家が不正に手を染めていたわけで、これはもはや救いようがありません。
 
 普通、ワルモノを取り締まるのは国家権力の役目であって、まれに警察や検察に悪人がいたとしてもごく一部で、組織全体としては一応正義の名のもとに社会秩序を維持しているもんです。「国は正しい」ことによって社会は成り立っているのです。ところが国自体が悪事を行うとなると社会存立の根底が崩れ去ります。北鮮のように独裁者の洗脳によって国民がだまされて悪事を働くことはあっても、一部独裁者のみならず、多くのスポーツ関係者が組織的に不正に関与していたとなれば、これは北朝鮮や中国よりもはるかにたちが悪い。
 
 IOCは陸上競技選手のリオ五輪への出場を認めない方針を出しました。当然のことです。これに対してロシア政府はIMG_6781.jpg「不正をやってない選手もいるんやから、全員というのはおかしい」と主張していますが、この理屈はムリというもの。オリンピックは国家単位で参加するものです。今回はロシアという国そのものが「ワルモノ」であることが明らかになったのですから、その国の選手は国際社会に対して責任を負う必要があります。潔白な選手がもしいるとすれば、個人対自国政府という構図でその責任を追及すればよいのであって、善良な国際社会と世界中のアスリートには何の関係もないことです。組織的にドーピングを行うような汚れた国の選手と同じフィールドで競うことなど考えられない、およそ迷惑な話です。
 
 プーチン大統領は「政治によるスポーツへの干渉である」と斜め上の反論をしているようですが、すべては大統領の指示のもとで行われたか、少なくとも国を挙げて悪事を働いていることを知っていてとめなかったわけですから、一番の悪党はこの男であると言えます。そんな唐変木が偉そうになにを言うかという話であります。
 
 かつて南アフリカがアパルトヘイト政策によって世界から仲間はずれにされて、オリンピックに参加できない時代がありました。同様に今回ロシアには厳しい制裁が科されるべきです。少なくとも前回のソチ冬季五輪でロシアが獲得したメダルはすべて剥奪・没収するとともに、直近の大会(直近すぎるやん)であるリオ五輪への参加などは論外として、次回の東京オリンピックへの参加可否についても、今後のロシアの改心の程度を十分に見極めてから判断するべきです。
 
 スポーツのあり方に関して人の叡智が問われようとしています。前にも書きましたが、やはりオリンピックをはじめとするすべての国際競技会はアスリートたち個々人の能力と努力の到達点としてのみあるべきで、国威発揚のための利用を目論むような前近代的な国は、すべからく競技場から退場するべきです。
 
 そんな世の喧騒をよそに、今日は午後から久しぶりの東京出張です。さて何匹のポケモンをゲットして帰ってくるでしょうか。奥さんには「仕事もしてこいよ」と声をかけてもらいました。はい、そうします。

がんばれフランス

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 再びフランスでテロがあった矢先、今度はトルコでクーデターと、落ち着きのない海外事情を横目に平和な日本では参議院選挙はすでにして過去のものとなり、国民の耳目は都知事選に集まっています。しかし、立候補者をつらつら眺めて「これではマスゾエの方がなんぼかマシやった」などという声もちらほら聞こえているとか。思うようにならないのが世の常です。
 
 paris.jpgフランスのテロは何とも酷い。ソフトターゲットとかいうそうです。軍事拠点や重要施設など警備が厳重なところではなく、もっと簡単に攻撃できて罪のない市民を無差別に殺傷しやすいところを攻撃の対象とする、ワンランク上の卑劣さでもって敢行される悪魔の所業です。
 
 フランスは英国、ドイツと並ぶ欧州の大国であり、人権宣言とともに長く民主主義世界をけん引してきた誇り高き国家です。近現代、長く世界の文化の中心にあって日本人にとっては明治の昔から近代化の目標としてきた国でもあり、多くの文化人は芸術の都パリに強いあこがれを抱いていました。
 
 フランス革命は近代的な人権思想と民主主義の萌芽となり、その後の世界史に決定的な影響を与えました。生物学的な人類のふるさとが東アフリカの大地であるならば、社会的な人間のふるさとはヨーロッパそれもフランスやったのです。
 
 フランス革命で連想するのは、かの「ベルばら」であります。有名なセリフ「マリー・アントワネットは、フランスの女王なんですから~」って、おまえは女王とちごて王妃やろがと突っ込んでたもんですが、よく考えるとあれはダメ国王のルイ16世に対する当てつけやったとも言われてるそうです。なるほど。
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 わたしなんか世界史にはまったく疎いので、蜂起した民衆はバスチーユ監獄を襲撃したその足でベルサイユ宮殿へと向かい、王族を引きずり出してギロチンに架けたというようなイメージがありましたが、どうもそんなに簡単ではなかったらしい。フランス革命とひとことで言いますが、その後もナポレオンが現れたり王政復古があったりで、きちんと共和制に移行するまでにはなお紆余曲折の歴史があったのやとか。少女マンガだけやなくて、革命を扱った小説でも読んで、すこし勉強してみよかなとか思ってます。
 
 さて今回のテロ、果たして組織的なものなのか、思想的背景があるのかないのか、詳しいことはわかりませんが、手口と標的が多様化してテロの恐怖が徐々にレベルアップしていることは確かです。トラックで人混みに突っ込めば、爆弾による自爆テロに匹敵する殺傷効果が得られます。弾薬も兵器も必要なくて車の運転さえできればいい。誰でもやろうと思えば簡単にできてしまいます。9.11によって戦争というものの性質が国家間の紛争解決の手段から、世界秩序とテロとの戦いへと変貌を遂げました。ISやアルカイダなど、テロ組織がはっきりしているうちは何とか対応できますが、いち個人の思いつきで起こされるテロ行為はふせぎようがない。
 
 つまり防御の対策としては、そんな過激な行為におよぶ人物が出てこないようにするしかなにのに、これが難しい。わが国で比較的テロが少ないのは、日本人の身上である「つらくても人に迷惑をかけないこと」という精神が徹底されているからやと思います。社会的に我慢ならない不満を抱いたとしても、それを解消するためにまったく罪のない人たちを傷つけるというのはやっぱり違うやろ、という思いが共通しているのです。お互いの人権を尊重することは、人間が人間であることの要件であって、結果でもあります。フランス革命の精神が尊重され、地球上から卑劣なテロ行為がなくなることを願うのみです。
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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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