自宅マンション植え込みのアジサイも勢いが衰え、梅雨もそろそろ終盤のクライマックスを迎え、集中豪雨の懸念が高まる昨今、今日は参議院議員選挙の投票日です。ブログの更新済んだら出かけようと思ってます。室温はすでにして30度を超えており、今のところ雨は降ってませんがこの猛暑は投票率にもいささか影響しそうです。IMG_6658.jpg
 
 さて、昨日新聞のテレビ欄に、民放のドラマ枠で「時をかける少女」が始まったとか出てました。
 
 筒井康隆の有名SF小説で何度も映画化ドラマ化されてて、朝日新聞も「もはや演目化した」とか書いてました。うまいこと言う。つまり、歌舞伎や落語とおんなじで、設定やストーリーは観る前から誰もがよく知ってるけども、演出や演技を楽しむために観るのだと。忠臣蔵みたいなもんです。映画でいえば「伊豆の踊子」や「青い山脈」に匹敵する、国民的SFドラマになったということか。異議なし。
 
 私が初めて観たのはもう半世紀近く前の小学5年生の正月、NHKの連続ドラマでした。いまや「チャンネル争い」なんて言葉は死語と化してますが、ビデオデッキなどなかった当時、ひとつしかないテレビの番組を巡って家族内で熾烈な争いが日夜くりひろげられてました。しかし、穏やかなお正月の昼時、家族の意見が一致し、お節料理を食べながらそろってこのドラマを観たことを覚えています。
 
 原作を読んだのは中学生になってからと記憶しています。続編とともに今も書架に収まってます。純真な少年時代、タイムトラベルというSFの定番素材に思いをはせたもんです。
 
 このタイムマシン、実現できるのかという話になると、難しい理屈は分かりませんが、なんしか「ムリ」ということらしい。かつてSFの世界でしか存在することがなかった携帯電話や宇宙ステーションや惑星探査などが次々と実現する現代にあっても、タイムトラベル術だけはどうにも不可能ということのようです。
 
 そもそも人間が支配するこの世の中は、時間は一定速度で一定の方向にのみ進み、逆行や跳躍はできないことを前提に成り立っています。仮にタイムトラベルできる人が現れたりすると、著しい不公平が生じます。透明人間と同様に、もしそんな特技が自分に備わったら、あんなこともできるし、こんなこともできるし、ドラえもんの力を借りずとも労せずして大金持ちになる方法がたくさん思いつきます。これぞまさに空想の楽しみですよね。ただし、その際には「自分だけが」その技能を使える場合という前提がいります。みんながみんな等しくタイムトラベルできるとなるともはやメリットはありません。IMG_6735.jpg
 
 なぜタイムマシンは実現できないのか。科学的な理屈なんて到底理解できませんから、文系人間なりに社会科学的側面から理由を考えると「そんなことが実現すると、世の中のルールの根底が壊れてしまう。従って実現することはできない」ということになります。「済んだことは仕方がない」から今の世の中は成り立っているのです。
 
 H.G.ウェルズが「タイムマシン」を世に問い、かつては、いずれ時間移動が実現すると思われていた時代がありました。科学技術の進歩は夢を実現する一方で、それと同じくらい夢を壊していきます。永久機関がいい例です。
 
 しかし、ほんの100年前、大阪-東京間を日帰りするなど狂人の戯言だったのに今や宇宙旅行が珍しくなくなってます。いずれは、最先端の科学技術によって真理とされている物理法則を根底から覆すニュータイプが現れるかもしれません。彼らは時間の移動がごく当然のインフラとして存在する社会を築いていきます。そうなったら果たして何が起こるのか。社会秩序は維持できるのか。私の貧弱な脳ミソではまったく想像つきません。恐ろしい。
 
 ごく普通のオヤジとしては、やはり時の流れに身をまかせ、逆らうことなど考えない現行人類でありたいと思います。

跋扈する妖怪

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 今日は梅雨晴れ間、生暖かい風が吹き抜け部屋でじっとしていても汗がにじんできます。貴重なお天気の休日ですが昨夜の酒が抜けきらず、お出かけは見合わせて完全休養日と決め込みまったりと過ごしています。一昨日の朝、ベランダに早くもクマゼミがとまってました。仲間が見当たらず、ちょっと早かったかなと後悔しているように見えました。
 
IMG_6714.jpg 出勤途中、職場となりの城北公園では、見かけないクロネコがぢっとこちらを見つめてます。そばに寄っても逃げない。にらめっこに負けたのは私の方で、朝から敗戦を喫しての出勤でした。
 
 さて、参院選挙も大詰め、各党とも最後の追い込みに駆け回っているというところです。自民党の圧勝はまず間違いないものとして、多くの関心は、その勝ち方がどこまで野党を圧倒したものになるかという点に収斂してきました。ただでさえそんな状況というのに、情けない野党がまたやっちゃいました。
 
 共産党の政策委員長やった代議士がテレビの討論番組で「防衛費は人を殺す予算」と発言したことから、党の役職を更迭されるという失態です。党本部で本人と書記局長とがガン首を並べて、赤旗ならぬ白旗掲げてお詫び会見を行いました。選挙期間中のこの華麗なるオウンゴールで、共産党は100万票以上減らしたなんて言われてます。
 
 会見で更迭の理由は「発言内容は防衛予算を全否定はしていない党の立場に反した」と言ってますが、そんなことはない。自衛隊は人殺し集団で憲法違反ということは、常々共産党が声高に主張していることで、今回の発言となんら矛盾しません。この元政策委員長に対して、党は「よく言った」と称賛こそすれ懲罰することなどないはずです。役職更迭は、ひとえに選挙に与える影響を懸念しての姑息な収拾策にすぎません。
 
 そもそも共産党は、社会主義、共産主義社会を実現するためには暴力革命も辞さないという、結党以来連綿と続く党の理念を堅持しています。戦前の弾圧の時代から幾多の闘争と苦難を乗り越えて、現代においても共産主義革命の完遂と日本人民の解放を目指しているのです。
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 ソ連の崩壊に象徴される社会主義国の衰退などもあり、時代の変遷とともに共産党の路線も少しずつ変わってきました。平成の現代において彼らの目指すところはさしあたって自衛隊の廃止、日米安保の破棄といったところでしょうか。しかし共産党は自衛隊の防衛力を否定する一方で、暴力革命に伴う殺戮は否定しません。たくさんある共産党の論理破たんのうちの代表的なひとつです。
 
  政府はつい最近も、共産党は「戦後に合法政党となって以降も日本国内において暴力主義的破壊活動を行った疑いがあるものと認識している」と指摘し、「現在においても、破壊活動防止法に基づく調査対象団体である」と閣議決定しています。つまりは、共産党に対する国民の、これが一致した認識なのです。オウム真理教となんらかわらないテロ集団といってもいい。とんでもない組織、団体です。
 
 にもかかわらず、なんと日本国民にも共産党を支持するひとびとがおり、国会や地方議会に議席を持っています。なぜか。
 
 共産党は本来の目標であるところのプロレタリアート独裁、天皇制の廃止、私有財産の廃止など、普通の日本人が聞いたら「ちょっとまってよ」というような主張を選挙運動で叫ぶことはいっさいありません。戦争反対、賃金アップ、消費税廃止、福祉拡充、役人の天下り禁止、企業団体献金の禁止、富裕層・ 大企業の課税逃れ阻止、ジェンダーフリー、人権擁護… 実に魅力的な政策のみを声高に主張し、現政権に不満をもつ層をとりこんでいきます。仮に政権を獲得したあかつきには実施するであろう本来の政策は、そのときが来るまで隠ぺいしたまま純真な国民を騙して、まず多数の議席を得ることに腐心しているのです。選挙の勝敗を左右するのは浮動票です。共産党は確定票で勝負するので一定数以上増えることがない半面、投票率によっては得票率が上がる余地があり、現状の議席はその効果が現れているといえます。投票日には党本部でこっそり雨乞いしてるんやないでしょか。
 
 ところがどっこい、国民はバカではありません。多少の議席が増えても、たとえば過半数に躍進するなんてことは絶対にありません。正体がバレているからです。
 
 共産主義のユートピアは、理想としてはリッパで魅力的なものです。しかし、マルクスが「ヨーロッパに共産主義という妖怪が跋扈している」と『共産党宣言』を世に問うてから約170年、現実の世界でそんなものを目指したら見事に失敗するんやということを人類は壮大な実験によって検証済みです。のみならずその過程においては、スターリン、毛沢東、チャウシェスク、ポル・ポトといったバケモノのような独裁者の出現を招き、多くの市民が殺戮され、戦争に匹敵する悲劇を体験してきました。そして今なお日本のすぐ隣の北朝鮮では、金王朝の独裁政権下で国民が餓死と処刑の恐怖におびえているのです。
 
 鎧の上に着物を着て目先の利益を唱える暴力主義集団の甘言に、日本国民が騙されることはよもやないと思いますが、英国のEU脱退の例もあります。わが国の国益と自分たちの生命、財産を守るため、国民ひとりひとりのしっかりとした対応が必要です。

かばんと傘とEUと

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 英国がEUやめちゃうことになりました。ビックラです。
 
82.jpg 英国は日本と似ています。島国であること、立憲君主制で皇室(王室)があること、歴史と伝統を重んじること、車が左側走ること、ポストが赤いこと。しかし、違うところもあります。伝統料理が不味い(といわれている)こと、そして移民の労働力を多く受け入れていること。これが今回災いして、移民に仕事を奪われた労働者層の反発が募って、ほかのヨーロッパの国々と必要以上に仲良くするのはもうやめて一線を画そう、という結果になったようです。
 
 どうも近視眼的な判断のような気がします。個々の労働者レベルでは多少の改善があっても、英国はまた世界有数の金融市場なのであって、今回の決定がロンドンのシティに与える影響はほとんど予測不能です。アベノミクスの調子がいまいち上がらないわが国への余波が少ないことを祈りたいもんです。
 
 さて、グッと身近な話ですが、わたしはわりにモノ持ちがいいということをだいぶ前に書きました。モノ持ちがいいというより、使い続けると強い愛着が湧いてくるのです。
 
 以前使ってた通勤カバンがボロボロになったので、新しいのを買ったのが4年前。以来使い続けてきた現在のカバンも先代と同じく持ち手の部分がそろそろボボけてきました。手で握る部分の表面が剥がれてきただけで、持ち手が切れてしまうとかいうわけではないので使い続けてきました。ところが、最近気が付いたんですが、表面が剥がれて下から出てきた層は色が落ちて触ると汚れるんです。たまに両手ふさがったときに持ち手を手首にかけたりすると、革の黒い色がシャツの袖口に移ってしまう。これはいかん。IMG_6712.jpg
 
 新しいカバン買うべしか。しかし、持ち手以外はまったく異常なく、使い込むほどに牛本革の色合いと質感が落ち着いてきて、いよいよこれからという感じなのです。不思議なことに革製品はほんの少し傷がついてもいつのまにか消えてしまいます。自然素材の強みです。不具合が発生するのは、いつも人為的に加工した部分です。
 
 そや、持ち手だけ交換したらええんや、と思い至りました。
 
 一瞬、買ったお店に相談しようかと思いましたが、まてよ、と。ネットで探してみると、案の定カバンの持ち手のみの通販、たくさんありました。
 
 素人が取り付けられるんやろかと思いながらも注文したところ、2日後には手元に届き、早速つけてみたところ、をを!
 
 実に簡単に装着完了。引っかけてホックをパチンとはめるだけです。これで耐荷重大丈夫なんかなと思いましたが、実際に使ってみると、びくともしません。カバン本体の重さでホックが外れるようなことはなさそうです。お値段約1,200円ナリ。これでまた何年かは使っていけそうです。
 
IMG_6711.jpg 一方、梅雨時に欠かせない傘。中でも携帯便利な折り畳み傘ですが、こちらも長年連れ添ってるのんがありまして、かれこれ20年以上になります。実に軽くて持ち運び便利なのが気に入ってずっと使い続けてます。折り畳み傘というものは携帯性が身上です。傘としての機能を極めるより、とにかく軽さがポイントとなります。
 
 で、先週のこと。縁あって京都の某名門大学にお邪魔し、ミュージアムや図書館など見学させていただく機会を得ました。おりしも梅雨真っ只中、案の定降ってきました。それもパラパラやなくて、車軸を流すようないわゆる土砂降りです。さっそく例の傘取り出して差したところ、なんだか頭上から雨が落ちてくる。「あれ、おれカサ差してるよな」
 
 なんと、雨の勢いが強いんで、雨粒の一部が傘の生地を突き抜けて飛沫となって落ちてきてるんです。いかに強力な雨とはいえこれでは傘の役目を全うしていません。長年の使用によって傘の布地そのものもやっぱり劣化してるということか。さもありなん、20年以上ですもん。
 
 傘は天下の回りものなんていって、いわば消耗品です。といっても壊れて捨てるんやなくてどこかに忘れてきてしまって、拾った誰かに使い継がれていくわけで、何十年も同じ傘使うなんて稀有な例と聞きます。ところが私はこの折傘に限らず、持ってるほかの傘も使い始めたのはもう遠い記憶の彼方なのです。
 
 さて、この折傘はとうとう引退か。防水スプレー買う値段で新しい傘買えそうですよね。
 
 うちの奥さんに話したところ、カバンの持ち手だけ代えて使うなんてビンボくさい、とっとと新しいカバン買って来い、水が漏る傘なんて傘とちゃうし、こっそり捨てといたろって。比較的モノに執着がなく、過激な革新的施策を主張しています。
 
 どんどん新しいものに移行していくほうがいい場合があります。一方、古くても続いているものには続いているだけの理由があるわけで、改革革新と伝統の調和・融合によって最適な状況を作り出す判断が求められます。英国は今回EUとの決別を選択したわけですが、わたしはこのカバンと古傘、まだまだ使っていきますよ。知らない間に捨てられないよう、気をつけねば。
 日に日に蒸し暑さが増してきました。今日の大阪は梅雨らしい大雨が降ってます。IMG_6646.jpg
 
 毎年この時期になると家から駅に向かう通勤ルートの途中、公園の舗道に植えられているクチナシが気になります。以前にここで書いたこともありました。とりたてて騒ぐほどもないありふれた植え込みなのですが、忘れず季節を告げてくれる存在なのです。そういや去年は大きくなりすぎたからか切り戻されて、とうとういつもの白い花をつけることがありませんでした。今年は花芽が復活したのか先週から咲きはじめ、周囲に独特のコパトーン臭を漂わせています。
 
 さらに駅降りて乗り換えるバス停のわきには、これもいつやったか書いたことがある木斛(モッコク)の木が昨日一斉に花をつけました。この花に初めて気が付いて名前を調べるのに大騒ぎしてるうちに、わずか2日ほどで見事に散ってしまったのは2年前のことでした。昨日たまたま土曜日に出勤しなかったら、今年はお目にかかることがなかったことでしょう。よく見るとたくさんのミツバチが花に群れてました。さもありなん、この花も例えようが難しい独特のいい香りを発して夏の訪れを感じさせてくれます。
 
 突然ですが、私は昔から腸が弱くてお腹がユルくなりやすく、人生一度便秘というものを経験したみたいもんやとか思っているのです。お酒飲んだ翌日やなんかは確実にユルめになるので、整腸剤「新ビオフェルミン」ご愛飲で、ずっとお世話になってます。
 
 それが先週切れたので、うちの奥様が新しいの買ってきたところ
 
 「あり?」
 
 IMG_6650.jpg似てるけど明らかに違うお薬です。奥さんは「しまった。騙されて違うのん買わされてもた。」と言うてます。自分が間違えて棚からカゴに入れたくせに。「指定医薬部外品」とゆうカテゴリーなんで薬剤師さんでなくても売ってくれるのです。
 
 さて、これは騙されたということになるのか。確かに「ビオフェルミンS」買いに行った人がよく似せたパッケージで勘違いして「ビフィズミンB」買ったきたのだから、有名製品のブランドに便乗したいわゆるパチもん商法にひっかかった、と言えなくもない。
 
 しかし、改めてよくよく見ると、SとB、成分はほぼ同じで1錠に含まれるビフィズス菌やフェカリス菌の量はBの方がかなり多い。ひとビンの錠剤の数もS・350錠に対してB・360錠とBの勝ち。しかも大人は1回3錠ずつ飲むので、Sの方は最後に余ってしまうというか、足りなくなる。さらに値段はBの方が安いということになれば、結果的にBを買った方が正解ということになります。
 
 量・質・価額とも勝ってるにもかかわらず、見かけを似せて棚に並べないと勝負できない厳しい現実があるわけで、超大手メーカーのブランドIMG_6657.jpgの威力ということなのでしょう。
 
 そういえば、舛添都知事が最後の定例記者会見すっぽかして、結局疑惑について全く説明しないまま、都民に後足で砂をかけるように退場しましたが、次期知事候補として、かの蓮舫参議院議員の出馬が取りざたされました。結局出馬せずということになったようですが。
 
 むかし行政刷新担当大臣やってたときに事業仕分けで「2位じゃだめなんすか」という稀代の妄言を発し、わが国の科学技術の発展を阻害し国民の夢を奪っていった人物が、都知事という権力の座に就いたとき、はたしてどんな狼藉を見せてくれるのか少しく興味があったのに、と言ったら都民に怒られそうですね。
 
 蓮舫の言葉に対して「1位をねらわなければ2位にも3位にもなれない」と反論したのが、ノーベル賞学者の利根川進氏です。国民がどちらの信条に与するかは明白であって、民主党政権が崩れるべくして崩れた片鱗が見えてきます。お腹の薬は1位の製品でなくても十分間に合うけど、ニッポンはあくまで1位を目指していくべきなのです。
 
 次の知事は、誰でもいいけど、オリンピックの盛り上がりを損なわない人に頑張ってほしいもんです。
 美しい日本の季節は粛々と進み、とうとう本格的な梅雨が到来しました。職場はクールビズ励行で冷房温度が下がらず、微妙な蒸し暑さに耐えていると、かつて、キンキンに冷やして震えながら仕事してたバブルの夏の遠い日を思い出します。あの、飛ぶ鳥を落とす勢いで世界を席巻していたライジングサン・ニッポンの栄光の日々が再び来たらんことを夢見るこのごろです。
 
IMG_6635.jpg 今日はゴルフに出かけてました。プライベート、10時半スタートのまったりしたラウンドで、心配した雨もなく実に楽しいストレス解消の一日でした。お誘いいただいた職場の先輩に感謝です。また明日は早朝より釣行と、いつになくせわしない週末となってるので、間隙をぬって今時分ブログ更新しております。
 
 さて、最近の話題。東京都の舛添要一知事、あいかわらず徳俵に押し込まれ足の小指一本で踏ん張ってますが、クビはそろそろ時間の問題のようですね。一連の疑惑の説明、不適切なら結局アカンでしょ。「違法ではないが一部不適切」は今年の流行語大賞狙えそうです。
 
 まさかの逃げ切りもアリでしょうか。しかし奇跡的に辞任を回避したとしても、その後はレームダック状態で、知事職を遂行する資格も能力もすでにないことは本人がいちばん分かってるはずです。現時点の踏ん張りは、知事として都民の役に立ちたいわけではなく、報酬と退職金を少しでも多く手にするために開き直って罵詈雑言に堪えているにすぎません。人間、欲得のためにはここまで恥知らずになれるものなのでしょうか。怒りを通り越して感心してしまいます。
 
 ところで、舛添(元)東京都知事、自らの卑しい品性が禍いして政治生命が絶たれたわけで、政治家としてはもとより、もとの生業である政治学者、評論家、テレビのコメンテーターなんかとしてもその職に復することはむずかしくなりました。今後メディアを通じてどんなに素晴らしい著作・論文を世に問うても、どんなにいいお話をを力説しても、「あの」舛添が、ということで誰にも相手にしてもらえません。「しくじり先生」のオファーを待つのみの人生が始まります。
 
 思うに、このようないわゆるラべリング効果は今回の都知事に限らず、絶えることなく生じます。例えば、国会議員でtsuru.jpgは、本会議で「保育園落ちた日本死ね」のブログで政府を追及した野党民進党の代議士が政調会長に抜擢されたはいいけど、直後に事務所がありえない額のガソリン代を政治資金から使ってたことがバレて「あれは秘書がやったことで…」と弁解して沈没、という騒ぎがありました。この結果今後、山尾志桜里という名前が出るたびにたとえどんなに素晴らしい活動、言説を講じようとも。「ああ、ガソリン代横領のひとか」ということになるわけです。
 
 ベッキーの不倫で日本中大騒ぎになりました。芸人のスキャンダルは芸の肥やしとも言われ、いずれ復帰することもあるでしょうが、税金で雇われている政治家が民心に染みついた汚れた印象を払拭することはほぼ不可能なのです。
 
 古来、「政治とカネ」は兄弟のように連れ添って進んできました。そもそも政治資金というものの在り方がおかしい。民意を反映してよりよい社会を実現していくことが政治の役割であるとするならば、政治に金がかかることなどあってはならないのです。偽物の絵画コレクションや書道の中国服購入が政治資金として決済できる感覚は世間一般では通用しません。
 
 大勢いる議員センセイたちは、政党助成金や政治資金の削減にはまず取り組もうとしません。「正しいことを訴えれば国民は支持してくれます。したがって政治活動に経費なんてかかりませんから、議員歳費だけもらえたらそれ以外の政治資金なんていりません。」と言い切る政治家が出てきたら、主義主張はさておいて応援したいと思うんやけど、まあ、ムリか。
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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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