ありがとう平成

| コメント(0) | トラックバック(0)

 平成最後のブログ更新です。

 さあ、空前絶後の大型連休がスタートしました。年末年始の休暇よりも長いぞ。連休の真ん中の5月1日は今上陛下のご譲位により皇太子殿下が天皇に即位します。史上初の10連休でもって国民こぞってお祝いしようというこの計らいはなかなかいいと思います。

 かといって、いろんなアンケートを見るに、どこかに出かける人は当然増えるものの、大方の人は「家で過ごす」らしいです。かくいう私も何回かお出かけはするものの旅行の予定などはありません。

 昨日はOLYMPUSで写真講座を受講してまいりました。今日はこれから奈良の薬師寺に玉置浩二・西本智実のコラボコンサートに出かけます。明日はクルマの点検、その後買い物に美術館博物館、旧友たちとの宴会にゴルフに甲子園球場にと、これだけイベントを入れてもまだまだ全部埋まりません。大型連休恐るべし。空いた日はゆっくり休養することとしましょう。

 さて、平成の時代が終わりをつげ新しい令和の時代が始まります。振り返ってみると長いようで短い31年間でした。gosokui.jpg

 つらつら思い起こすに昭和64年1月7日の朝、いつものように出勤した私は上司から天皇陛下が亡くなられたと教えられ、その上司も一緒に重役室に集まって例の元号発表を視たわけです。テレビ視るために一か所に集まるなんてまるでジャイアンツの試合をみに星一徹の家に集まる近所のひとたちみたいですが、ネットなど無い時代、素早く情報を得る手段はもっぱらテレビ放送だったのです。

 小渕さんが額を掲げ「新しい元号はヘイセイであります」と言った瞬間、部屋の後ろの方にいた私はよく聞き取れず一瞬「ケイセイ?」と聞き間違えたことを、発表の瞬間、当の重役が「昭和の方がよかったな」と言い放ったことと合わせて覚えています。

 いろんな出来事があった平成の時代を総括すると、不況の時代、災害の時代、平和の時代と言えるのではと思います。

 平成が始まった頃、時はバブルの真っ最中、ライジングサン・ニッポンはこの世の春を謳歌し、景気はとどまることなく拡大するという幻想を誰もが疑いませんでした。しかしその時すでに、失われた20年といわれるどん底の平成不況が静かに忍び寄っていたのです。新興国の追い上げもあり、日本は国際社会での地位を下げ続け、今や一人当たりのGDPは世界20位以下です。少子高齢化が進み、わが国の将来は決して明るいばかりと楽観できなくなったのが平成の時代でした。heisei.jpg

 阪神淡路、東日本と2度の大災害を経て日本人はさらに災害に強くなりました。インフラが整備され防災意識も高まり、次の大地震への備えも着々と進んでいます。令和の幕開けは巨大地震とともになんて縁起でもない話ですが、南海トラフは必ず起こるのです。そのときに果たして日本は平成のときのように再び力強く立ち上がることができるでしょうか。

 そして天皇陛下のお言葉にもあったとおり、平成は近現代において初めて戦争を経験せぬ時代でした。今なお世界中で戦火が絶えず特に近年、中国の海洋強国に向けた野望と犯罪国家北朝鮮の不埒な振る舞いにより東アジアでの紛争の懸念がぬぐえません。長く友好国といわれてた韓国も近年さまざまな問題でその本性を晒すにつれて、根本的に関係を見直す時期にきています。日本と日本国民はこれら近隣特定国の邪悪な野望に屹然と対峙し、築き上げてきた国際社会での地位に見合う責務を果たし、令和の時代にあっても持続的発展を続けていくのです。

 気が付けば自分の人生ではあの長かった昭和よりも平成の方がはるかに長くなりました。昭和に学生時代を過ごし平成は最初から社会人として生きてきました。昭和に育てられ、平成は我武者羅に働いてきたということになります。では令和になってそろそろ落ち着いて人生の収穫期に向かうかというと、どっこいそうはいかない。公私ともまだまだやるべきこともやりたいことも多いし忘れてることもあるし、力を抜いてしまえる状況にはありません。平成の時代と社会に感謝しつつ、ここは改元を節目としてギアを上げて新時代に突入していくことといたしましょう。

トラックバック(0)

トラックバックURL: https://corridor0108.main.jp/mt/mt-tb.cgi/523

コメントする

WELCOME

CALENDAR

PROFILE

IMG_0227_2.jpgのサムネール画像のサムネール画像

katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

月別 アーカイブ