コンサート二題再び(その2)

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 2週連続のフェスティバル・ホール、後半のお話です。

 イングリット・フジコ・ヘミングとスロバキア国立放送交響楽団の競演で、演目が豪華。ベートーベンのP.コンチェルト「皇帝」、ドボルザークの交響曲「新世界より」、スメタナ「モルダウ」と超ポピュラーなラインナップでした。

 フジコ・ヘミングは、その波乱万丈でドラマチックな人生がテレビドラマにもなったりで、ファンが多く人気のあるピアニストです。

 スウェーデンと日本の混血で戦中からピアノの天才少女として注目されたものの、一時聴力を失いIMG_3159.jpg今でも完全に治ってはいないらしい。また、昔、日本国籍をとりそこねて留学できなかったこととか(難民として渡欧)、スウェーデンではピアノ教師の他に病院の掃除をして生活費を得てたこととか、動物愛護家で数十匹の犬・猫と暮らしてるとか(猫を養うためにピアノを弾いていると話したことがある)、奇抜なエピソードに溢れた人です。

 1999年にNHKのドキュメント番組で取り上げられたことがきっかけで日本でもブレイクし、CD売れるわ、リサイタル大入りやわ、今や確固たるブランドを確立しました。

 この日、いつもながらの独特のフジコ流ファッションのステージ衣装で登場。かつて浮浪者と間違えられたというのもわかります。これは街を歩ける衣装ではないし、フジコ以外でしたらステージで着ようとはまず考えないでしょう。オペラグラスでよく見るとモサッとした真っ黒い上っ張りの下に見えている朱色の下地部分は松竹梅の柄でした。多分、着物の生地をじぶんでアレンジ(というのか)して作ったんでしょう。

 演奏は素晴らしかった。コンチェルトは独特のテンポ感でフジコが自由に弾いて、オーケストラが何とかついていっているという感じ。さすが一流の指揮者とオケ。引きずられながらもピアノをよく盛り上げていると思いました。フジコの原点、代名詞ともなった「ラ・カンパネルラ」はさすがに圧巻の迫力でした。CDとはいくぶん違うように思いましたが、きっと進化してるんでしょう。

 演奏終了後、フェスティバルタワーの中にあるヱビスのビアレストランでコンサートの余韻に浸りながら一杯引っかけて、気分よく帰ることができました。

 フジコの演奏について、評論家やなんかから悪口を聞くことがあります。曰く、テクニックはないだのミスタッチが多いだの。また、フジコの演奏に感動する連中は、音楽そのものではなく、その人となりや伝えられるドラマに魅せられているだけや、というものです。音楽のなんたるかも分からないくせに、ミーハーはこれだから困る、というわけです。こんな評論家さんたちにかかると、国際ピアノ・コンクールで優勝し感動をよんだ、かの全盲のピアニスト辻井伸行にしても「全盲なので話題になったが、演奏家としてはまだまだ大したことない」ということになるみたいです。

FUJIKO.jpg わたしはもちろん音楽の専門家ではないし熱心なクラシック音楽マニアというわけでもなく、ただの音楽好きに過ぎません。したがって、ピアノの演奏を聴いてどこがミスタッチしたのかなんて知るよしもないし、素直にこの日のフジコの演奏は情熱的で素晴らしいと感じました。

 人それぞれ感じ方があっていいとは思いますが、コンクールでの審査ではないのですから、採点するかのごとく演奏のアラさがしをするような批評・批判はやめてほしいもんです。フジコの生きざま、人となりといった背景をも含めて音楽を感じ、素朴に感動するという聞き方があってもええやないですか。ミーハー上等ですよ。生涯素直なミーハーでいようと思います。

 わが家で探してみると、フジコのCD1枚だけありました。もっとも有名なアルバムのひとつ「憂愁のノクターン」、ノクターンやラ・カンパネルラをはじめ、誰でも知ってる有名な曲を集めたお得盤です。いつもブログ更新の朝はアップテンポなポップスを鳴らすのですが、今日は先日の感動を思い起こしつつフジコのピアノで癒されてます。

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katsuhiko

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