今年もゴールデンウィークが始まりました。コロナ規制が明けて、かつての民族大移動が戻ってきました。慶賀の至りであります。とはいうものの私は連休中、近くのイオンモールに買い物に出かけたり、古い友人たちの集まりで久闊を叙する予定はあれど、あまり遠出は致しません。コロナ前の活況が戻るということは人出・混雑も元通りということで、二の足を踏んでしまいます。
さて今日の話、出版社や書店のサイトでは、書籍の紹介で「駄作なんで読む必要なし」なんて決して書きません。一方、読書家の方々が読んだ本の感想を縷々綴るブログは、実際に読んだ読者側の素直な感想なんで、興味ある書籍についての情報を得るにあたって非常に参考になります。飲食店の口コミと同じですね。
そんな多くの感想や書評では暗黙のルール、というより基本的な常識として、あらすじの説明は途中までで、結末まで詳細に説明することはしません。新聞ラ・テ欄のドラマの説明でも同じことですが、全部書いちゃうとドラマ視たり小説読む楽しみが著しく減ってしまいます。推理小説なんかやと、最後まで書いちゃうとそもそも読む意味がなくなってしまいます。
記載内容にネタバレを含む場合にはそれを予め知らせて、ネタを知りたくない、読みたくない人への配慮がなされます。
しかし例えば推理小説で、すでにそのトリックや結末がおよそ多くの人々に周知され常識となっているものは、この限りではありません。古典的な作品でポーの「モルグ街の殺人」やアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺し」さらに「オリエント急行の殺人」などなど。が、それでもそのトリックをはっきりと書いているのはwikipediaくらいでしょうか。まだ読んでなくてこれからという人はネタバレサイトに近づかなければよいのです。
ところが先週、朝日新聞読んでて仰天しました。
直木賞審査委員の北方健三さんが、過去の選考の裏話を語る文化面の連載コラムですが、東野圭吾さんが「容疑者Xの献身」で同賞を受賞した際のくだりで、北方さんがトリックの核心を語った部分をそのまま載せてるのです。ネタバレを拡散できないので詳細は省きますが、ストーリー上の一番肝心な事実をさらっとひとことでバクロしてます。そして、その事実によってこの作品は直木賞に相応しくないのでは、という議論が審査上であったという内容なのですが、これはちょっとどうかと思います。
直木賞とった作品なので、すでにそのトリックは「オリエント急行」レベルに国民の常識となったと判断したのでしょうか。確かに、ドラマ化、映画化、舞台化され、海外でもリメイクされるなど大ヒットした作品で、そのストーリー、結末、トリックは多くの人の知るところはなっています。しかしそれでもやっぱりミステリーなんやから、作品の核心に触れるところは触れずに置くべきでしょう。
朝日新聞、政治・社会分野同様に、文化面でも記事の質低下が感じられます。
世の風潮に迎合することを嫌い「ベストセラーは読まない」と斜に構える人も多い世間にあって、かねて宣言しているとおり私はミーハーでお祭り大好きです。6年ぶりの社会的イベントに参画しないはずはなく、かといって夜中に並ぶほどのファンというわけでもなくて、発売と同時に、初版売り切れとならないうちにamazonで注文しました。で、届いた日に夜更かしして読みました。1,200枚、約700ページ一気読みです。
2時間弱のステージで途中1回だけ立ち上がって客席の方に向かって歩きだした場面があったのですが、足元はおぼつかないように見えました。「時代の代弁者」「ロックの詩人」も、寄る年波には抗えないのです。しかし、歌は声量、質ともにまったく衰えていません。これなら80歳過ぎてなおワールド・ツアーやろかと思えるはずだわ。
三大奇書のうちでは、ミステリーとしてそれなりに楽しめる作品ではあります。しかし、それでも奇書と言われるだけあって、昨今のステレオタイプの推理小説を念頭に読み進めるとまたえらい目に遭います。
焦ったのは韓国の政府です。政権の支持率が下がると国民の反日世論に迎合し、日本に対して大声で威勢のいいところを見せることで支持率を回復するという姑息な政権運営を続けているうちに、経済は悪化するわ北鮮の核のおもちゃいじりはエスカレートするわでいよいよ切羽詰まってきた。そこへきて、このうえ仮に徴用工で日本企業から不当に差し押さえた債権を現金化し自称被害者の原告に支給したりすると、これはもう日韓関係の完全な破綻の危険をはらみます。現金化はすなわち、現在の日韓関係の基礎となる1965年の日韓基本条約の一方的な破棄を意味するからです。日本は痛くも痒くもないけど、政治・経済で日本に大きく依存している韓国は国の破綻に至る危機を迎えます。ここに至り「もうあかんわ」と観念した韓国政府が最後の段階で躊躇したというわけです。