春の長雨から一転していいお天気が続きました。今朝も清々しい快晴です。桜が終わった若葉の頃は年間で最も良い気候やと思います。このまますぐに夏になればよいものを、わが国では梅雨を乗り越えねば夏はやってきません。結婚式はジューンブライドがもてはやされてきましたが、あれは梅雨のない欧米で最も快適な季節が6月やからウェディングには最適という習慣を、あとさき考えず日本に輸入したもんで、結果、なんでこんなジメジメしたときに式あげるんや、ということになってしもてるとか。おそらくホテルや式場の営業戦略もあったんでしょうね。日本らしいっちゃらしい。
さて、先週は週半ばにクラシックのコンサートに、昨日は美術展に出かけるというなんとも芸術的フレーバー漂う一週間でした。
演奏会は井上道義ほか指揮の在阪4オーケストラの饗宴で、4指揮者、4オケが交代で1曲ずつ演奏するというお得感満載のイベントです。演目に以前にも書いた好きなナンバー、サン=サーンスの交響曲第3番『オルガン付』があり期待して出かけました。会場のフェスティバルホールにはザ・シンフォニーホールみたいな本格的なパイプオルガンはなくて、使ったのは電子オルガンの大っきいやつやったと思いますが、音量はシンフォニーホールのんよりよくて迫力ある演奏でした。
この日に限らず、また、クラシックに限らずロックでも演歌でも落語でも、曲のできはCDのほうがはるかに完成されてます。失敗気にせず何回もやり直しできて納得のいく最高のんを採用すればいいんやから当然です。演奏会はそうはいきません。失敗しても「もいっかい」はない。しかし「ライブ」の魅力は何ものにも代えがたい。聴衆は生の迫力、会場の雰囲気に価値を感じて足を運ぶのであって、曲の出来不出来は気にしないというと語弊がありますが、少なくも絶対の最優先ではありません。一期一会こそが演奏会の魅力です。しかもその時の演奏がCDを凌駕する素晴らしい名演であればなおさら価値があるというもんです。
観客席でふと振り返るとすぐ後ろの座席に、あとで指揮する井上道義さんが座って聴いてる。井上さんが最後の曲、ベートーベンの交響曲7番を指揮してるときには、先に終わったうちの二人の指揮者が代わって座ってる。汗だくでした。なるほど指揮者は重労働なんやなあとか思ったわけで、こんなのもライブならではの嬉しいハプニングでした。
そして昨日、神戸市立博物館で開催中の「チューリヒ美術館展」に出かけました。なんだか美術展は神戸が多くて前回の「プーシキン美術館展」もその前の「マウリッツハイス美術館展」も同じ会場でした。今回は前2回のようにこれといった目玉商品はなく、HPによると「モネ、セザンヌ、ピカソ、ダリ、ジャコメッティ…近代美術史を彩る巨匠たちの傑作や、画業を代表する名品ばかり74点が集結。習作やスケッチは全くない、圧巻のラインアップです。」ということです。確かにそれぞれ力のこもった大作がこれでもかと並んでます。好きなシャガールも何点かあってかなりの長時間見入ってしまい、大満足の静かな時間を堪能しました。
今日は統一地方選後半戦、市議会議員選挙の投票日です。こちらは芸術とはおよそ無縁な世界です。市議会の選挙ともなると、候補者たちにとっては4年に一度の就職活動といった様相ですね。お天気もいいし、散歩がてら清き一票を投じてまいります。
さて、バカな議員は関西発と決まってるわけでもないのでしょうに、西宮の号泣市議の記憶も薄れたころに今度はなんと代議士さんの登場です。比例区で滑り止め当選した女性議員ですが、国会会期中に飲み屋をハシゴしたあげく翌日の本会議をズル休みし、すぐにその翌日から恋人の男性秘書と旅行に出かけてたとか。それがバレたあと、当の秘書ともどもマスコミ対応にしくじって各方面から大バッシング。とうとう親分である維新の党、橋下徹共同代表の逆鱗に触れて党除名と。絵にかいたようなマヌケぶりです。いったん辞職して次また出直したら、と代表に諭されたそうですが、誰が考えてもこいつに次なんてない。あるはずがない。そんならせめて資格があるうちはまわりから何と罵倒されようが生き恥を晒していこうが、議員の厚遇は享受したいということで辞職はゼッタイしません、と。

先日、恒例となった旧友たちとの京都花見行に参加しました。この集い、花見といいながら最近は料亭での宴席が主体で、桜があってもなくてもさほど影響がなくなっとります。しかし、やはり日本人としては単なる宴会よりも「花見」と銘打ったほうが春爛漫の雰囲気が充満し、盛り上がるというものです。

そして昨日、今度は中学校時代の旧友に会うべく帰省し、吉野山で花見してきました。なんだか最近春になると毎年吉野山に登ってます。去年も一昨年も。京都よりも南都奈良リスペクトの私には「京都やとぉ~??南朝はどした南朝は。」という後醍醐天皇の声が心に響き渡るのです。
ものつくりの基本的な哲学のひとつに、武器などは除いて人間が造りだしたものは原則的に人間に危害を加えることがあってはならないとされています。アイザック・アシモフがロボットの3原則として似たようなことを提唱しましたが、何もロボットに限らず人が作り出したすべての造型についていえることです。