神様お願い!

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 先週、新聞の社会面に、占い師が自殺教唆で逮捕されたという記事が載ってました。ワイドショーが喜びそうなネタです。犯人の占いに心酔した哀れな被害者が多額の金銭を巻き上げられたあげく、唆されて言われるがままに自殺してしまったと。可哀そうな話です。

cult_kanyuu.png ときどきこんな、神様系犯罪というか、宗教の信者や占いの信奉者などが科学的根拠のない言説に洗脳されて、財産を搾取されたり危害を加えられたりという事案が発生します。人間は弱い存在で、その弱さを克服するためにある人は身体を鍛え、ある人は何らかの技術を身に着け、またある人は精神世界へと逃げ出して非科学的、スピリチュアルな存在に救いを求めてしまいます。そのとき縋るのが神様仏様や何らかの精霊の類であったりするわけですが、これは目に見えず人の心の中にしか存在せず、客観的に実態を把握できないから始末が悪い。ひとたび信じてしまうともう、周りが何言っても聴く耳を持たなくなるからやっかいな話になります。理屈や常識が通用しない世界に入っちゃうのです。

 わたしは、特定の神様や仏様なんて信じてないし、占いの類も一切お付き合いしていません。朝のワイドショーで星占い「今日のいっちゃんラッキーは〇〇座の人です。おめでとう!」なんて、いったい何を根拠に人の運勢決めつけてくれてんのよと腹が立ちます。

 確かに運・不運という現象はもちろんあって、超ラッキー!と感じるときもあれば、その逆もあるわけです。しかし、それはすべからく事象の結果であって、まだ来てもいない未来に向けて、何をすれば運が開けるのか、逆に運が逃げていくのかなんて分かるはずがありません。それこそ神のみぞ知る領域で人には分からない。だから、ある特定の神仏を拝み奉ることで運が着くなんてことがあるはずがないのです。さらに「神様が降りてきた、私には神が着いてる」あるいは「私には霊感がある」なんて類の話はすべてウソで、それを金儲けのネタに利用する輩はすべて詐欺なんです。統一教会の、いわゆる霊感商法がありました。まともな神経のヒトなら、壺を買えば運気が向上するなんてまったくバカバカしいと一笑に付すところを、不幸にも信じちゃった人はとコロッと引っかかるんです。それこそ本当にこの上なく運が悪かったといえます。さらにオウムによる一連のテロ事件で日本人は、人の弱さとそこにつけ込む宗教のもつ悪魔的な力の恐ろしさを思い知りました。高等教育を受けたエリート層の人間でさえもが騙されて、恐ろしい犯罪に手を染めてしまうのです。kamisama.png

 自分の力ではどうしようもないような苦しいときに神仏に助けを求めることは、ままあるでしょう。信仰が深い人ほど、いかなる逆境にも困難にも打ち勝つことができます。そういう意味で宗教は人にとって無用な存在やとは決して言いません。しかし、信じちゃった人にとっては、信仰は自分の財産はおろか命以上に大切で強力な拠り所となってしまうことがあります。これはイケない。科学万能の現代社会にあっても今なお世界中で起きてる悲惨な戦争は、往々にして宗教がらみです。ガザのジェノサイドも、元を正せばユダヤ教徒たちの排他的なシオニズムが引き起こした悲劇です。

 魔女裁判、十字軍の昔から、人類の歴史上いったいどれほど多くの人が神様のために命を奪われていったことか。神様は人を救うことがある一方で、今なお無残にも人に危害を加え続けているのです。「宗教は麻薬」とはよく言ったものです。用法用量を守って正しく使用し、中毒にならないことが大事です。

 神社でおみくじ買ったり、試験会場にお守り袋を持って行ったりとか、気休めや娯楽レベルでの活用はいいと思います。日ごろピンチに陥った時に「神様お願い!」と、その時だけ敬虔な信者となって祈りを捧げる、神様とのお付き合いは、この身勝手な距離感がちょうどいいのです。

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katsuhiko

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