先週、招かれてある新聞社主催の、万博関連のイベントに行ったわけですよ。
会場は大阪市内の某ホテルで、パーティーに先立ってまずスクール形式の会場でトークセッションがあったのですが、ちょっと驚きました。
万博開催に際してのイベントだけあってパネラー4人のうち2人が海外の人で、客席の参加者も外国人が多い。こんな場合は普通、同時通訳用のイヤホンつけてということになりますが、この日は違いました。
まず主催者挨拶、それに続いて基調講演、その話してるすべての言葉が日本語と英語でステージのスクリーンに記されていきます。あらかじめ決められた原稿を読んでるんならこんなことは簡単やろけど、そうではありません。ステージで司会者が話す、パネラーが応える、質問する答えるという、今、眼前で行われている会話を即座に文章化し、さらに英語に翻訳しバイリンガル双訳で表示されます。驚いた。
翻訳機が商品化されてるご時世なんやから技術的に可能ということは分かるけど、目の当たりにするとこれはすごい。しかも、翻訳機みたいに、活舌確かにはっきりとキレイな日本語でないと認識しない、なんてこともなく、ごく普通に話してる内容がほぼ正確に文章になり、さらに同時翻訳されていくのです。逆も同様で、ネイティブのイングリッシュスピーカーの流暢な英語がスルスルと日本語の文章に翻訳されてスムーズに表示されていきます。これは驚いた。
AIの言語認識機能はここまで進化したのか。さらに会話の主旨、内容を理解し、不明瞭な発音や曖昧な単語を話の前後の脈絡から判別し、正しい単語を導き出す。それも時間をかけて解析するのでなく、瞬時の処理でやってのけるのです。驚いた驚いた。万博行かないうちからこんだけ驚いてる有様では、実際に行ったら腰抜かしてまうんとちゃうやろか。
こうなると、もう学校で英語を教える必要は無くなりました。もはや日本人は苦手な英語をはじめとする外国語を習得する必要はありません。だって、機械が勝手に翻訳してくれて、他の言語を話す人と普通に会話することが可能になったんやから。
昭和の昔、会社勤めをするためには、学校でソロバンや簿記を習得する必要があったけど、今やPCやネットの普及で誰もオフィスでソロバンなんて使わない。電卓すら使わない。なんなら、会社行かなくてもテレワークで仕事できます。大っきな桁の暗算ができますという人がたまにいるけど、仕事でなんの役に立つのって話です。必要なら電卓叩けばいいんです。クルマの整備ができなくても運転はできるし、スマホの構造やプログラムなんかまったく知らなくてもその超高機能を誰でも使いこなせてます。それと同じように、英文法やリスニングなんてまるで理解できてなくても、代わりに翻訳機が会話してくれます。
もうね、英語を学ぶなんて、ソロバン並みに時間の無駄です。TOEIC900点が、暗算〇〇段と同じにしか評価されない時代になったのです。
ありがたいのは技術の進歩ですが、現在のわが国の在りようにはなんとも忸怩たるものがあります。もう30年以上前、ジャパン・アズ・ナンバーワンの頃、とある大学のエライ先生が講演でこんなこと言うてました。仕事でちょっと噛んだので覚えてるんです。
「日本の科学の進歩は確かにすごいが、例えばワープロなんてまだまだ技術が成熟していない。いずれ、こうやって話してる内容がすぐに紙に出力される時代が来るだろう」
来ました。先生、あなたは正しかった。違ってたのは、そんな技術を日本が成熟させたのではなく海の向こうからやって来たということです。あのあと日本は失われた30年に突入し凋落の一途を辿り今に至ります。どうせならそこまで予見して、そうならない術を示して欲しかった。
まあ、それは今さら言うても仕方がない。なぜ、当時の技術大国ニッポンはITの発展という将来を見誤り、GAFAをはじめとする米国企業と振興アジア企業の後塵を拝することになったのか。わが国は現在の立ち位置を謙虚に認識し、将来に向けての国家戦略をもう一度構築し直すことが必要です。AIにやってもろたらどやろか。


ときどきこんな、神様系犯罪というか、宗教の信者や占いの信奉者などが科学的根拠のない言説に洗脳されて、財産を搾取されたり危害を加えられたりという事案が発生します。人間は弱い存在で、その弱さを克服するためにある人は身体を鍛え、ある人は何らかの技術を身に着け、またある人は精神世界へと逃げ出して非科学的、スピリチュアルな存在に救いを求めてしまいます。そのとき縋るのが神様仏様や何らかの精霊の類であったりするわけですが、これは目に見えず人の心の中にしか存在せず、客観的に実態を把握できないから始末が悪い。ひとたび信じてしまうともう、周りが何言っても聴く耳を持たなくなるからやっかいな話になります。理屈や常識が通用しない世界に入っちゃうのです。




世界中そうなんかなと思ってたところ、アメリカの会計年度は