さあ、寒波襲来です。
朝まだきの城北公園、ハトの群れもこの寒空には活動の気力がすっかり萎えてしまい、売店の屋根にキレイに整列して寒風が去るのを待つといったところ。
きりきりともみ込むような冬が来た
好きな詩、高村光太郎の「冬が来た」です。
西日本の平地でも雪が降るぞ~とテレビの気象予報士たちの鼻息が荒くなってきました。かつて書いたように雪大好き人間の私ですが、日本中から日々大雪の様子が伝わるというのに、なんと今年はまだ雪を見ていません。まったく見てない。大阪というところはそれほど雪が少ないのです。そこにきてこの寒波、40年ぶりに沖縄でも雪降るかもわからんそうです。いやまして期待が膨らんでいきます。
毎度、雪国の人には申し訳ないけど、冬は冬らしいのがよろしい。四季の情緒あってこそのニッポンです。
冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
さて、先週はSMAPで始まってアマリで終わったという感がありましたね。大臣の方はまだしばらく騒動が続きそうな、またぞろ金にだらしない政治家の話です。こんなのが重要閣僚である経済再生担当大臣というんやから笑ってしまいます。ここしばらくまるでいいところがなかった野党に燃料投入する事態になったわけやけど、どうせ辞任するんやから時間の節約のためにさっさと片づけて、国会の会期はもっと大事な審議に情熱を注いでほしいもんです。
それよか、今日はSMAP騒動です。ひとたび話題になるとテレビ、雑誌など沸騰してどんどん拡散されるうちに枝葉の話も出てきたりでパンデミックのごとく大きな情報の渦が広がっていきます。
それよか、今日はSMAP騒動です。ひとたび話題になるとテレビ、雑誌など沸騰してどんどん拡散されるうちに枝葉の話も出てきたりでパンデミックのごとく大きな情報の渦が広がっていきます。
SMAPが解散するらしいという話が伝わって「ふ~ん」と思っていたら、いや実は事務所と揉めててやっぱり解散しないらしい。「ふ~ん。どうでもええけど」と思っていたら、謝罪だの会見だの生出演だのとなにやら世間が大騒ぎになってきました。結局、解散するともしないともはっきり言わないうちに、メンバーのうちの4人が事務所に迷惑かけてごめんなさいってことで生出演は終わってしもて、それでも巷には「解散しない。よかった~!」という雰囲気が拡がって、その経緯が憶測を呼んで、あげくになんとその騒ぎが全国紙の一面で記事になってるやないですか。
どうやらこのいちアイドルグループの去就は、わたしの認識のはるか上空を飛んでいく大事件として、わが日本国民に受け止められたのみならず、世界中にも拡散されたようです。
地球温暖化の進行は、待ったなしの状況の中で人類の叡智が試されています。中東では様々な勢力が入り乱れて戦禍が収束する気配すらなく、欧州でも難民が溢れ日々生死の狭間でなんとか暮らしている人々がいます。人類の宿痾ともいうべき貧困と極端な富の偏在の解消は、21世紀の現代にあっても一向に改善の気配がないのみならず、さらに進みつつあります。そんな中にあって今回のこの大騒ぎ。つくづく日本は平和なのです。
それとともに思ったのは、人はやっぱりHEROを求めるんやなぁということです。キムタク主演のドラマの話ではなく、アイドルであってもスポーツ選手であっても、大衆はとにかく憧れの存在を求めるのです。
あらためて考えてみるとこれは何とも不思議な感情です。身近に愛する人がいる場合、仲良くなりたい、独占したい、相手からも同様の思いを寄せてもらいたい、つまりは愛する人に自分を認めてもらい、さらにはその全てを手に入れたいと思う。これは人間というより生物としての本能に根差した自然な感情です。ところがアイドルを慕う気持ちはあまり見返りを求めません。たまに熱情が倒錯してストーカーと化し事件になってしまうこともありますが、そんなのは稀有な例であって、たいがいは一方通行の感情で充分に満足しています。不思議な話です。
親子の情なんかもそれこそ見返りを一切求めないいわば無償の愛ですが、アイドルに対する感情はどうもそれとも違う。いっとき熱を上げてファンクラブに入りグッズを買い集め日本中追っかけを続けていたのに、別のアイドルが気になりだすとコロッと宗旨替えして、それまでの熱狂対象のことはすっかり忘れたかのように見向きもしなくなる。肉親の情とはまったく違う種類の感情です。
かくいう私も青春時代にはキャンディーズの大ファンであったわけで、解散のときには嘆き悲しんだことを思い出します。つまりこんな野暮な分析などせず、理屈抜きで好きなものは好きと素直に感情に身を任せるのが正しい在りようということなんでしょう。きっと。
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