たーまやー

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 列島はお盆休みに突入しました。久しぶりの規制なしの帰省を台風が直撃という、なにやら不穏な盛夏です。甲子園では連日熱戦で、朝日新聞は例によってこの期間スポーツ新聞と化します。なんにせよコロナ前の夏らしい夏の風景が戻ってきました。私も明日は故郷を訪ない、旧友と一献という段取りになってます。台風の影響がないことを祈りたいところです。

 さて、先回のエントリーで予告したとおり、花火のお話です。

 世界一花火好きの国民による、世界一見事な打上花火が日本中に戻ってきました。コロナ禍を経て数年ぶりに、制限なし思いっきりの花火大会、これぞ日本の夏の風物詩です。20230805_224928504_iOS.jpg

 出かけたのは「なにわ淀川花火大会」。「PL花火芸術」が今年も中止となったことで、今夏の大阪最大の花火イベントです。梅田都心の高層ビル最上階のレストランで食事をしながらというシチュエーションで、気の置けない友人たちが集まりました。

 しかし、高層ビルが林立する大阪駅前のこと、レストランの眺望から、炸裂する花火の間に大きなビルが鎮座しており、残念ながら低い花火はよく見えませんでした。しかしまあ、それなにり楽しめたと言えるでしょう。

 なんせ花火大会は久しぶりで、前回観たのはいつかと思い起こしてみるに、4年前のふるさと吉野の吉野川花火大会。たしか淀川花火と同じ日の開催で、帰省中に同級生たちと吞みながら観たのが最後でした。その後はコロナ禍のイベント自粛で寂しい夏が続き、本当に長いあいだリアル花火を観てなかったことになります。感動もひとしおといったところ。

 日本人はホントに花火大好きで、夏のあいだはスケールのでかい大会が全国で開催されます。「日本の三大花火大会」といわれているのが、大曲の花火(秋田県)、土浦全国花火競技大会(茨城県)、長岡まつり大花火大会(新潟県)の三つやそうです。三つとも東日本なんで、参戦するにはちょっと気合がいりますが、死ぬまでにどれかひとつでも行ってみたいもんです。友人のひとりは、はるばる大曲のんに行ってきたそうです。ええなあ。

 20230805_224929514_iOS.jpg大曲と土浦は競技会ということで、全国の職人さんたちが日本一のプライドを賭けて技を競うのです。何事も技術の進歩は競争あってこそで、現世最高峰の逸品を鑑賞できるんやから人気の高さも頷けます。それぞれ一晩で2万~4万発を打上げるといいますから、なにわ淀川の5倍~10倍の規模です。すご。

 かつて「PL花火芸術」は公称12万発、世界最大規模と言われてましたが、どうも数え方でサバを読んでたみたいで、実際には2万~3万発やったとか。それでも大したスケールです。しかし、2020年以降中止が続いており今年で4年連続の中止となりました。開催は毎年8月1日と決まってて、わが家からも遥か南方にかすかに見ることができました。PL教団は設置するPL学園高校の野球部が一世を風靡しましたが、部内暴力の不祥事以降衰退し近年は元気がありません。名物花火の中止が続いているってことは、教団自体も運営が苦しいのではないかと心配してしまいます。しっかり信者さんを増やして、とりあえず8月1日の花火だけは是非とも復活してほしいなあと、信者でもないやつが勝手なことを言っている、猛暑が続く今日この頃です。

 今日も熱中症警戒アラートが飛び交う灼熱日本列島、皆様いかがお涼みでしょうか。

 昨晩はこれぞ夏、の花火大会に出かけました。その様子は写真を厳選してからいずれ書くとしてですね、今日はちょっと前回の続きでブルース・リーのスピンアウトです。ちょっと気になる記事がありました。

 クルマにヌンチャク積んでたら、警察に検挙されたことが冤罪やというんで裁判を戦い、見事に無罪を勝ち取ったというお話です。nunchaku.jpg

 ある男性が忘年会の余興にヌンチャク技を披露するため、クルマに3本積んでたところ職務質問で警察官に見つかって軽犯罪法違反で9,900円の罰金刑の略式命令を受けたと。これに納得できず正式な裁判を受けて一審簡裁は有罪やったけど、控訴審の高等裁判所で無罪となりました。

 これに似た話、だいぶ前のエントリーで書いたことがあります。日本では、クルマの中にはうかつにいろんな道具を積んではいけないことになってるのです。工具のマイナスドライバーしかり、草野球で使う金属バットしかり、草刈り用の鎌やのこぎりを積んでて銃刀法違反で逮捕され裁判で有罪が確定した事案もあります。なんかおかしいやん、ということを書きました。今回はヌンチャクです。

 確かに、ホンマもんのヌンチャク振り回して人に当たると大けがします。ブルース・リーの悪役さんたちもバッタバッタとなぎ倒されてましたが、これは撮影用のゴム製ヌンチャクなんで当然ながら実際にはけがはしてません。検挙された人が持ってたのは、おそらく木製の本物のやつやったんでしょう。だからお巡りさんも立件したのです。さて。

nunchaku2.jpg お巡りさんがヌンチャク見つけたとき男性に「銀行強盗をするつもりか」と言ったそうです。簡易裁判所も「必要性から社会通念上相当とは認められない」として有罪にしました。罰金9,900円払えと。しかし高裁は「今ではヌンチャクなんて武道か趣味でしか使わへんやん」として、忘年会の余興で披露するのは正当な目的と評価し、無罪としました。

 確かに高裁の言うのがもっともですわ。これまでヌンチャク持って銀行に押し入った奴がいたのかという話です。

 さらに、ドライバーなんかやと運転席の手が届くとこに置いとくのはダメで、トランクルームなどの直ちに取り出せないとこにしまっておくのは問題ないとされています。みんなクルマに工具セット積んでますよね。ところが、今回の事案では、外から見えないところに積んでいたのが「隠してた」と判断されたそうです。もうね、どうしろというのか。

 ただ、この男性、コンビニの駐車場に停めたクルマの中で寝てたときに職質を受けたというから、これはお巡りさんに不審な思いを抱かせたのも確かです。通常、人が寝るのはコンビニではなく自分の家かホテルで、クルマの座席ではなくお布団の中なのです。職質に及ぶに十分な理由があり、そこでホンマもんのヌンチャクが出てきたわけやから、見過ごすことができなかったのもまあ、仕方ありません。

 素直に1万円の罰金納めて終わらせる方が簡単やのに、そうしなかったのは「前科」がつくことがイヤやったからやそうです。そいや昨日花火に集まった仲間のひとりから、高速道路でオービスに引っ掛かり免停を食らったとの懺悔がありました。罰金刑でも前科になってしまいます。

 ヌンチャク裁判のおかげで判例ができ、検挙の在り方への警鐘となりました。今後クルマからヌンチャクがでても安易に検挙するべきでないと、警察は学んだことでしょう。

ホ~アチョーッ!!

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 ブルース・リーが亡くなって今年で50年なんやそうです。

 朝日新聞の夕刊ってろくな記事が無いので、購読やめよかなと思ってるところに、没後50年関係の連載があって、これは懐かしく読みました。書いてる編集委員「燃えよドラゴンの公開は小学校6年生のとき」やったとかで、なんや同い年かいって。LEE.jpg

 覚えてますとも。ブルース・リーの登場に「なんなんやこれは」と日本中の少年たちが度肝を抜かれ、その驚愕はすぐに憧れと尊崇へと変わっていきました。さらに、日本でド派手に登場したその時すでに死んじゃってたという状況が、ブルース・リーのカリスマ性を極限まで高揚させ伝説へと昇華していったのです。死者は強い。人々の心の中にしか存在せず、そのイメージは決して劣化せず限りなく精錬され神聖化されていきます。

 私も例にもれずその魅力に取りつかれた少年の一人で、ブルース・リーになりきって教室で手製のヌンチャクを振り回してたもんです。

 その数少ない主演映画が公開されるたびに、奈良県南部の田舎町から大阪の劇場に足を運びました。シネコンなんて無い時代、映画館には指定席も入れ替えも無いし、ぎゅうぎゅう詰めの館内で立ち見で観たあとはポスターや写真集などのグッズを大量に買い込んで帰りましたよ。庶民の家にはホームビデオやDVDなどはまだ無くて好きな映画を好きな時に観ることはできず、せめて雰囲気だけでもとレコードのサウンドトラック盤を買いそろえ毎日聴いてました。

20230730_004248028_iOS.jpg リーの人気は凄まじく、社会現象となりました。当時から今に至るまでブルース・リーの活躍は、小柄なアジア人リーの欧米人や軍国主義日本に対抗する反骨精神の現れであって...などともっともらしく評されますが、当時のわたしを含めたファンは、そんな理屈などこっから先も考えてませんでした。とにかく強い。カンフーアクションがカッコいい。これまでに無かった新しい、超クールなヒーローの肉体の躍動に心酔していってたのです。

 確かに数少ない主演作品を今観なおすと、日本公開第3作の「ドラゴン怒りの鉄拳」では日本統治下の香港が舞台で、悪役の日本人どもがけちょんけちょんにやっつけられる様が描かれてます。長く日本の地上波で放映されなかったのも道理、ちょっと前に話題になった現代中国の荒唐無稽なC級量産反日映画もきっとこんな感じなんやろなと思います。それでも当時は誰もが主人公のブルース・リーに感情移入し、日本人とはなんてひどい奴らなんやと思いながら観てたわけです。ブルース・リーが主役でなければ日本では全く見向きもされなかったでしょう。

 ホームビデオの時代には、出演作品の放映はすべて録画しました。その後ライブラリーはDVDにダビングされ、さらにBlu-layのメディアへと受け継がれ保管しています。もうこれらの作品は映画としてあらためて鑑賞するというより、リアルタイムで観た時代に思いを馳せるためのツールとなりました。

 時代を席巻したヒーローは、その時代の社会の雰囲気とともに、当時熱狂した人個々の感情を蘇らせます。そういう意味でブルース・リーは、人々の心に永遠に生き続けていくのです。

 今日も暑くなりそうです。早起きして洗車を済ませました。最近仕事でもオフでも人に会うたびに「暑っいねー」から話が始まります。梅雨も明け日本各地から猛暑日のニュースが伝わりいよいよ夏本番、セミの合唱もボリュームが上がってきました。温暖化が進み日本はすでに亜熱帯化してるなんてるなんて言われてる中、しばらくは暑さ対策に気を抜けない日々が続きます。

 一日中家にいる休みの日は24時間エアコンつけっぱで、昨今の電気代値上がりの中、なかなかに厳しいものがあります。先週のある猛暑日、少し風があったので試しに窓を全開し爽やかな自然の風を通すと扇風機でがまん...できるか、んなもん。熱中症で死んでしまうわと、すぐにやめました。

 さて、前回のエントリーで書いた最高裁判決に関して、先週朝日新聞が「トイレと性別」の記事を載せてたんで、今日も続きをちょっと書いてみます。

 記事ではこの判決が「個別の事例に基づく判断で...不特定多数が使うトイレについては改めて議論されるべきだ」と補足意見がついたことを書いてますが、読者がもっと知りたいところの、件のトランスジェンダー役人が使っていいトイレとダメなトイレを経産省がどういう基準で決めてたのかという点は置き去りにしたままです。まず、ここがダメ。

 そして、判決の際に最高裁も危惧した「性自認を振りかざして女性トイレに闖入するオッサンをどう排除するのか」という懸念については答えを書かず、LGBT法連合会が「それはトランス女性に対する差別を助長するものだ」と訴えた、と逃げています。ここもダメ。20230720_131411474_iOS.jpg

 そして最後に、不安を訴える女性の声を伝える議員の動きに対して「保守派はいつから女性の不安への配慮を訴えるようになったのか」と、自分では答えを出さずに、保守に対する悪口にこじつけて記事をまとめてます。これもダメ。いつもの卑怯な朝日全開ですわ。

 思うに、LGBTQに対する差別や偏見があってはならないことは当然であって、社会的な認知も相当高まってます。またそれに伴って法整備も、内容・程度について批判はあるものの徐々に進んでいます。人間が本来享受すべきまた絶対的に尊重されるべき人権のひとつとして確立しているといえます。ただ、例えば国際社会の大勢に関わらず同性婚はまだ認めないなど、保守が強いわが国においてはその認識の浸透が遅いだけです。差別、偏見はダメ、これは間違いない。

 しかし、性自認に関する権利は他の権利と比較して、影響を受ける側の権利との衝突が是認されやすいきらいがあります。例えば人種差別やなんかでは、多数派が「人種を差別する権利」など絶対に認められない。しかし、見た目男性のトランスジェンダーが女性トイレに入ってくることを拒む女性の権利は保護すべしという認識があるから、話がややこしくなってるのです。

 朝日が言いたいことは、「多数派である女性のそんな権利は保護すべき必要はない。女性が変なオッサンに襲われる危険など、トランスジェンダーの権利実現の前では無視すべき些事である」ということなんですが、そこまで言っちゃうとまた叩かれるからこの記事でもはっきりと書いてません。その上で識者の言葉の体で「多数派の側に、正しい情報を得る努力が求められている」としながら、「正しい情報」というのが何なのかを示していません。結局、一面使って特集組んだわりには主張がぼやけて分かりにくいものになってます。ダメだこりゃ。

 この問題、結局は「多数派女性の嫌悪感」とトランスジェンダーの「自認の姓に基づいてトイレを使いたい」欲求との折り合いをどこに求めるかという比較衡量論になります。これは一般的にこうだと決められるものではなくて、現時点では「一概には言えないので、個別の事例ごとに判断」という最高裁の態度が限界なのかと思います。

トイレ裁判

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 梅雨明けが間近に迫り、気の早いセミがそろそろ大合唱前のパート練習を始める中、昨日、久々に甲子園球場で阪神タイガースの試合を観戦してきました。結果は9回に追いつかれ延長で勝ち越されそのまま敗戦という最悪の展開で、夜中の帰り道のしんどかったこと。
 開幕ダッシュに成功したのものの最近の戦いぶりはなんとも覚束ない。しっかりしてほしいもんです。

toilet.png さて、いろいろと書きたいことはあれど、今日はこれを書いとかんといかんでしょうな。将来「経産省トランスジェンダートイレ事件」と判例集に載りそうな最高裁判決が先週ありました。

 経産省の身体男性・性自認女性の役人が「女子トイレ使わせろ」と国を訴えた裁判です。地裁で原告勝訴、控訴審で原告逆転敗訴。この高裁判決が出たときにこのブログでも取り上げました。リベラル層からギャンギャン非難が起こり、さて最高裁の判断は?という流れでした。

 結果、高裁判決が覆り、経産省は女子トイレ使わせたげなさいという原告逆転勝訴の判決で決着しました。高裁の判決が出た当初からわたし自身も、この判決はどうよと思ってたので、今回、やっぱりなという感じです。

 「近くのトイレを使わせて」という訴えが最高裁まで争われたかたちですが、もちろん争点は単にトイレまでの距離云々ではなくて、個々人の性自認に基づく欲求に社会がどう対応すべきかという重大な問題であって、昨今のLBGTの権利保護の流れの中でエポックメーキングな判例といえます。

 高裁では「ほかの職員が持つ性的不安なども考慮し、全職員にとって適切な職場環境をつくる責任」が組織にはあるとしましたが、最高裁は「他の職員への配慮を過度に重視する一方、原告が使用制限で受ける日常的な不利益を不当に軽視するもので、著しく妥当性を欠く」と正反対の判断です。transgender.png

 経産省は原告の役人の性自認を認め、周囲に説明もしてました。その上でトイレについては職場のフロアと上下階の女子トイレの使用を禁止していたそうです。離れたトイレは使ってもいいと。これがよく分からない。使っていいトイレとダメなトイレにどんな違いがあったのか。今回の最高裁の判断の根拠のひとつに「離れたトイレを使ってても周りの利用者から特に苦情は無かった」ことを上げてます。これいったいどんなトイレやねんと思います。

 前回高裁判決の際にも書きましたが、事件は個々個別の事情が関係してます。今回のケースも上記のとおり使ってよいトイレとダメなトイレの違いなどに関してメディアは何も書いてないので詳細が分かりません。多分何か固有の事情があったのでしょう。なので、今回の判決でもって、社会一般的に「性自認が女性なら女性トイレに入ってもいいと裁判所が認めた」わけではありません。裁判長さんは補足意見でわざわざ「判決は、トイレを含め、不特定多数の使用が想定される公共施設の使用のあり方に触れるものではない」とくぎを刺してます。この判決を振りかざして自称女性のオッサンが女湯に闖入する事態を懸念したものといえます。

 先の国会で、LBGT理解促進法がすったもんだのすえ成立したという社会的背景も最高裁を後押ししたと思われますが、実質的にトランスジェンダーの権利を認めたという点で画期的な判決と言えます。これからもゆっくりといろんな判例が形成され、すったもんだを繰り返しながらゆーっくりと社会の認知も進んでいくのでしょう。

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

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雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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