2016年8月アーカイブ

 夏が終わっていきます。
 
 さっこん早朝のセミの声もなんとなく勢いが衰えてきたような今頃になって、ベランダのアサガオはやっと花をつけ始めました。日本の南海上では史上まれにみるケッタイな動きの、しかも超強力な台風10号が日本上陸をうかがい、今日は雨模様の朝となりました。
 
 最近でも日本の子供たちはやはり自由研究だの図画工作だのアサガオの観察日記だのといったあの夏休みの宿題があるのでしょうか。始まったときには永遠に続くかのように思われた長い長いお休みがあっという間に過ぎ去り、終わってみればまるで夢から覚めたような何か騙されたような空しい想いに囚われ、いまだ片付いていない宿題の山を前にして絶望に囚われる。毎年毎年同じようなことを繰り返し、まったく進歩がなかった幼き日々を思い出します。
 
 昨日は高校時代の仲間と遅くまで飲み続けて、先ほど起きだしたようなわけで、いささか二日酔い気味なのです。今日はどこにも行かず養生することといたします。こんなことは久しぶり。
 
 さて、新しい万年筆をいただきました。
 
 パイロット万年筆の「キャップレス マットブラック」というモデルです。IMG_7023.jpg
 
 名前のとおり、キャップがありません。ボールペンみたいにノックすることでペン先がにゅっと現れる仕組みです。したがってペンの端には常時穴が開いているのですが、シャッターがついててペン先を収納しているときにはインクが乾燥しない仕組みになってるそうです。
 
 全体に短く真っ黒で、いっけんすると108円で買えるボールペンのようないでたちです。しかし、表面は艶消しのマット仕上げで手に取るとずっしりと重く、高級感があります。
 
 ノック式ということはすなわち、常時携帯して手帳に記入することを主たる用途と想定して作られています。ということは、たとえば胸のポケットに差しててインク漏れたりせんのやろかということになりますが、そこにこのペンの創意工夫が活かされています。
 
 なんと通常のノック式のペンとは逆で、ペン先が出てくる方にクリップがついてます。つまり、胸に差しているときにはペン先が上を向いているのです。発想の転換。これで従来のボールペンのようにポケットの底がインクで汚れることはありません。
 
 しかし、その当然の帰結として、書くときにはクリップの部分を人差し指で押さえる形になります。筆記具をこんな形で持つのは生まれてはじめてのことで、やや抵抗がありますが、少し使ってみると書くという作業にあまり支障はなく、すぐに慣れそうです。考えた人の大胆な独創性に感心してしまいます。
 
 肝心の書き味ですが、モンブランのヌルヌルした感触に慣れているせいか、ややカリカリ感があって滑らかとは言い難い。しかしこれも慣れの問題で逆に手帳に極細文字を記入する際には、こういう感触の方がいいのかなとも思います。思うにこれほど細い文字を書ける万年筆を私は持ってなかったのです。手帳専用として、しばらく使ってみることにします。

お盆のこと

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IMG_6958.jpg お暑うございます。今日は休日出勤で先ほど帰ってきたようなわけで、今時分のブログ更新となりました。
 
 日本が前代未聞の好成績を収めたリオ五輪も、いよいよ閉幕が迫ってきました。何といっても4年に一度の地球規模で盛り上がるお祭りということで、連日華やかに行われたぶん終わるとなると淋しさが募ってきます。このオリンピック、なんと4年後には日本で開催されるのです。おそらくは史上最大規模の華やかな大会となるであろうことは想像に難くありません。今回の日本選手団の活躍は東京オリンピックに向けてこの上ない弾みとなりました。世界中のアスリートを迎え、歴史上最高のオリンピックを見事に完遂してみせる大いなる自信が日本にはあります。4年後に向けて楽しみがいや増して膨らんでいく今回の地球の裏側のオリンピックでした。
 
 さて、そんな真夏の祭典を後目にお盆休みが過ぎ去り、日常が戻ってきました。うだるような残暑の中、大阪梅田都心から見上げるビル群は変わらぬ威容で凛としてそびえたち、通勤で必ず通る職場となりの城北公園では、ノラネコが変わらぬ逞しさでこちらをぢっと見つめています。
 
 ミッドサマーのお盆休み、職場のスタッフたちは、日本中が人と車の行き来でごった返しているのを後目に海外にバケイションというのが通り相場ですが、わたしは余り動きません。いつも、夏休みを謳歌した子供たちが学校へと帰っていく9月初旬、行楽地にじゃっかんの静かさが戻ってきた頃をめがけて小旅行を敢行して鋭気を養うこととしております。IMG_6968.jpg
 
 わが国では何気に毎年「お盆」をお休みとして過ごしていますが、もともと7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる「盂蘭盆会」という仏教行事が新暦に移行して、そのままひと月遅れで定着したものやそうです。
 
 私が愛してやまない桂 枝雀さんの説によると、日本人はもともと緊張民族であって、ただ単に仕事を休むというのはなんとなく後ろめたいところがあって、娯楽であってもなにがしかの大義名分を理屈づけてことに臨むということが昔から行われてきたということです。お伊勢参りがいい例です。
 
 以下は私の推論ですが、枝雀説に依拠すると「お盆休み」にしてもその類といえるのではないしょうか。新暦に移行したとはいえ本来は7月なのになぜに8月なのかということです。子供たちならいざ知らず、仕事してる大人まで「夏休み」なんてどうにも気づつない。したがってこの際、7月のお盆を夏休み中の8月に移動して、ただ単に休んでるんやない。ご先祖様の霊をお迎えする神聖な行事を行うためということにすれば、誰はばかることなく夏休みとれるやん、という段取りです。
 
 そんなこと考えた昔の人のおかげで日本人にも夏休みが定着したわけで、大型バケィションというわけにはいきませんが、めでたく8月15日前後の数日は大人も夏休み、という制度が全国的に定着しました。ありがたいことです。さらに、最近の日本の休め休め政策の推進の結果、今年から8月11日が新たな国民の祝日「山の日」となりました。当初、政府の思惑としては8月12日で「お盆休みにひっつけて連休一日増やしたろ」ということやったわけですが、御巣鷹山に日航ジャンボが落ちた日を山の日、それってどうよ、ということで一日ずらしたわけです。
 
 さらに8月15日といえば奇しくも終戦記念日ということで、日本人にとってはご先祖様に感謝するとともに先の大戦に思いを馳せ、世界平和への貢献についてこころ新たにするという大きな意味をもつこととなりました。
 
 日本の夏は、鎮魂の祈りに満ちているのです。

地球の裏側で

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IMG_6915.jpg リオデジャネイロ・オリンピックが盛り上がってます。
 
 連日日本選手の活躍が伝えられ、毎日のようにメダルの数が増えていくに連れ、超ミーハーを自任して恥じない私としては、毎日欣喜雀躍し寝不足の日々が続いています。日本てこんなに強かったっけと思ってしまいます。
 
 以前、オリンピックはあくまでもアスリート個人にとっての最高のステージであって、国威発揚の場であってはならないと書きました。もちろんその基本的な思いは変わってませんが、やはりわが多くの若者たちが遠い遠い地球の裏側にまで出向いて行って華々しく活躍しているさまを目の当たりにすると、日本人のひとりとして素直に感動してしまいます。
 
 しかしそれはあくまで、彼ら彼女らの鍛え上げられた精神と肉体と、そこに至る精進、努力に思いをいたした結果であって、他の国に勝った、倒したなんていう下世話な愛国心の発露では断じてありません。オリンピックを国威発揚の絶好の機会としかとらえられないかつての社会主義国や、いまも一部に残る共産主義政党独裁国家の選手たちはそんなこと言ってられないでしょうけど。もし負けて帰ったらどんなお仕置きが待っているか分かったものではありません。可哀想に。あげく、ロシアみたいに国家がドーピングに関与して世界の舞台から放逐されるなんて世紀のお粗末をしでかすところもでてくる。まったく何をやってるんだか。これひとえにスポーツを国家の威信に関連つけてきた弊害です。
 
 オリンピックは壮大な運動会であればいいのです。クラス対抗、町会対抗とチームに分かれて競技をきそうけど、たまたまそのチームに所属することになっただけで、自分のチームに宗教・思想・政治上何らの意味はありません。オリンピックも便宜上国・地域別でやってるけど、それが一番便利で盛り上がるからであって、純粋に、人間の身体能力の限界を極めるための方策にすぎません。決して国家間の仮想ウォーゲームであってはならないのです。
 
 さて日本選手団、この分では前回ロンドンのメダルの数を上回りそうやとか。どうかこの勢いでもって、次回の東京オリンピックに向けてわが国のスポーツ熱が健全な精神とともにさらに盛り上がっていくことを願ってやみません。
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 四国松山に行ってきたぞなもし。
 
 経済団体の研修遠足で、先進的、特徴的な経営を展開する企業や大学を訪れるシリーズものの企画です。つらつら思い起こすに、松山は多分3~4回目、前回は大学校友会関係のイベントで来たものと記憶しとります。かれこれ10年以上前のことで、それ以来になります。
 
 新幹線を岡山で特急しおかぜ号に乗り換えて3時間弱。なんとなく松山は瀬戸大橋を渡って西に少し行ったあたりという感覚があったのですが、さにあらず列車はさらに西へ西へ。四国地図の左上のふくらみをくるっと周ったところまで行かねばならないので、これは思いのほか遠い。そいやこれまではすべて飛行機で、列車でトコトコきたのは初めてです。
 
 道後温泉では本館が変わらぬ風情を醸してますが、来年から耐震改修工事となるため、千と千尋のモデルともいわれているこの全容はしばらく拝めないかもということです。
 
IMG_6894.jpg  粛々とお仕事をこなし、せっかくの機会ということで延泊して時間をつくり、かねて行ってみたかった「坂の上の雲ミュージアム」を訪れました。まだ午前9時とはいえこの夏一番の炎天下、リオ五輪の開会式の開催中ということも影響してか松山市内は人もまばら。たどり着いてみると、言われなくても「これ安藤忠雄やろ」と分かる斬新・珍妙な三角形のミュージアムに、なんと一番のりで入館しました。
 
 館内からは松山城山の南麓に立つ「萬翠荘」というカッコいい洋館がよく見えます。夜はライトアップがキレイなんやとか。大正時代、旧松山藩ゆかりの伯爵が別邸として建てたらしい。
 
 「坂の上の雲」といえばいうまでもなく司馬遼太郎の代表作のひとつで、明治の昔松山から巣立ち、近代日本の黎明期を駆け抜け歴史に名を遺した三人のヒーロー、正岡子規と秋山好古・真之兄弟の青春を通じて、日本とはなにか、日本人はどうあるべきかを問うた司馬遼渾身の傑作です。かつて少しふれたことがあるのでハショりますが、「竜馬がゆく」と「翔ぶが如く」そして「坂の上の雲」は日本人なら一度は読んでおきなさいということだけ再掲させてもらいます。IMG_6896.jpg
 
 子規が東京帝国大学を中退したということから、子規と帝大とのかかわりや東京大学の歴史を詳しく展示してある一角があり、わたしも大学関係者のはしくれということで血が騒いだんやろと思います。興味深く見入ってしまいました。列強に追いつけ追い越せ、そのためには人材の育成が何よりの急務、喫緊の課題であるというなかば焦りにも似た国家の危機感がひしひしと伝わってきます。
 
 と同時に一方国民には単純な向上心と言って片づけられない底知れないハングリー精神がにじんでいます。かつて日本にもこんな時代があったんやでということは、学校で、社会で繰り返し見聞きして理屈では分かっているけど、リアルな展示物を目の当たりにしてみると、近代日本の礎を築いてきた明治の国家と国民の精神がダイレクトに伝わってきます。
 
 そしてのち、今の時代を振り返ってみると、先の大戦で牙を抜かれてしまったとはいうけれど、強くありたい、優しくありたい、人間力を高めたいという思いは連綿と受け継がれ、その結果、現代のグローバル展開の中で日本と日本人は確固たる地位を築きあげてきたのです。
 
 坂の上の雲ミュージアムは単にいち作品の記念館ではありません。近代日本の歴史を象徴的に綴った大叙事詩への招待であり、日本人はどうあるべきか、どこに向かうべきかを導く、まさに作品のコンセプトを視覚的にあらためて訴える空間であったのです。
 
 今回に見学では、当時の時代を生きた日本人のすべてに深甚なる敬意を感じました。そして前夜、市内二番町の某お店で絶品の若鳥をいただいたときと同様に、またつくづく思うのです。日本人でよかったと。

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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