2013年3月アーカイブ

桜と建築家

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P3303605.jpg いよいよ新年度に向けて慌ただしさもきわまれりという先週の忙しない最中、建築家の安藤忠雄氏の講演会があり職場の仲間と行ってきました。「大阪を元気にする会」とゆうNPOが主催する、その名のとおりのイベントです。

 会場は中之島のグラン・キューブ(大阪国際会議場)です。いつきても思うけど、ここのメインホールはデカい。2,700人収容。それが満席ですわ。ところが司会の辛坊治郎氏いわく今回の参加者数なんと4,000人。入れない1,500人のためにまたあらためて講演やるのだとか。ひとりの講演でこれだけの規模の動員できる人は、あまりいないでしょう。すごい人です。

P3303629.jpg 安藤さんといえば言わずと知れた、大阪を代表する世界的文化人の筆頭格です。実は何年か前にも氏のイベントに参加する機会がありました。その当時すでに国際的な名声はグングン上昇しており「仕事で毎月1回ほぼ世界一周している」というようなお話に圧倒されるとともに、その大阪弁丸出しの語り口やご出身が学園近くの旭区赤川だということで畏れながら親しみを覚えたものでした。

 この日も会の主旨どおり、「大阪よ、もっと元気だそやないか」という感じのお話だったのですが、安藤さんがやってはるスケールの大きな仕事、行政の情けなさ、現代人に対するするどい提言に共感するとともに、氏の大阪に対する愛情の大きさに圧倒されました。仕事関連のセミナーや講演はたいがい途中で眠ってしまうのですが、このP3303602.jpg日ばかりは時間が経つのも忘れ、アゲアゲ状態のままあっという間に予定の時間が過ぎました。ホンマもんの凄さです。

 特に印象深かったのは、仕事に際して理想を抱くことの大切さです。
 
 「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心のあり方を言う。
  …
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。」
  

P3303636.jpg 有名なサミュエル・ウルマンの詩を引用し、理想がないところに進歩はない、情熱があってこそいい仕事ができる、ということを、独特の声で力強く説く安藤さんのお話、実績を残してこられただけにすごく説得力があります。国や地方公共団体など大きな権力に対して次々と奇想天外な提案を投げ続け、「変わらないことこそがよい政治なのだ」という、役人が寄って立つ頑強な行動指針に対して挑戦し続け、そして勝利してこられた。

 天才だからこそできた、と言ってしまえば終わりです。私のように何の才能もない一般ピープルであっても理想を描いてできる範囲でがんばっていくことが大事なんやなぁ、と素直に感じることができた、素晴らしい講演でした。

 さて、昨日のこと。

 お天気がいい。大阪でもそろそろ桜の満開が近くなっています。出かけました。朝から淀川沿いの桜の名所、八幡市の「背割堤」桜並木を散策し午後は大阪市内の毛馬桜之宮公園に桜を求めて、なんと花見のハシゴとなりました。

 背割堤はまぁ置くとして、桜之宮公園に出かけたのは、先週の安藤忠雄氏の講演行ったからです。というのも、平成16年というからもう9年も前になりますが、大阪市が行った「桜の会・平成の通り抜け」という事業がありました。これは、大阪市の真ん中を流れる大川沿いに、毛馬桜之宮公園から中之島公園を結ぶルートを「平成の通り抜け」と位置づけ、桜を約一千本植樹し、"造幣局の通り抜け"とともに「平成の通り抜け」として大阪の桜の名所をつくろうとするものでした。この事業を提案し実行委員長を務めたのが安藤忠雄氏やったわけです。呼びかけに応じて募金が行われ、予想を上回る何と4億5千万円以上がチャッと集まったとか。千本どころか3千本以上植えられる、大川沿いではスペース足りなくなって、長居公園や南港など府下一円に植樹することになったらしい。なかなかのもんです。大阪も捨てたもんやない。

 大阪に限らずいったん始まるとノリでもっていくのは日本人の気質やと思います。問題は、誰が理想に燃えて立ち上げの苦労を引き受けるかということです。

 この事業、私も職場通じて寄付したのですが、その証として植えられた桜の木の支柱に名前の入ったプレートが付けられてます。その木が桜之宮公園にあるので、久々に見物に行ったという次第でした。

 ここの桜はまだ6・7部咲きといったところ。それでも多くの人がシートを広げてます。完全な宴会モードのグループはあまり見当たらず、皆一様に麗らかな陽光と花の眺めを静かに楽しんではる、春の日の午後でした。

故郷の梅

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 用があって田舎に帰りました。奈良県中部、吉野の大山塊への入り口に位置する下市町という小さな町がわたしの故郷です。
 
 所用済ませたのち、観梅に出かけました。広橋梅林といって月ヶ瀬、賀名生(あのう)とともに奈良県の三大梅林に数えられる景勝地です。タイミングよく帰郷したのでせっかくやからとひとりで出かけたわけです。
 
 広橋というところは、峠道にそって古くに成立した集落です。中世に南朝に仕えた広橋氏の居城があったのだとか。今は集落というほどの戸数はなく、梅林が広がる山肌にぽつんぽつんとおうちが建っている。なぜにわざわざこんな急斜面にと思うのですが、ご先祖より受けつがれてきたということでしょう。日本の里山の風景です。
 
 峠ふもとの下市温泉秋津荘にクルマを停め、歩いて頂上を目指しました。この温泉施設のある岩森という地区、実は私が生まれ育ったまさにふるさとなのです。しかしここから歩いて広橋峠を極めた記憶はありません。
 
 広橋は他の梅林のように一箇所にギュッとまとまって植わっているのではなく、山肌のあちこちに梅の木が固まっているところがあるという感じです。その数約5,000本。ゼイゼイ言いながら登る道すがら次々に姿を現す紅梅、白梅、ほぼ満開、やはり見事。峠に広がっているので、頂上付近から見晴るかすと、梅林越しに下市の街並みから遥か遠くに金剛、葛城の稜線がウッスラと見えます。晴れていればさらに良い眺めであったでしょう。
 
P3203533.jpg 峠道登りきったところに何年も前に廃校となった小学校の校舎がひっそりと建っています。廃墟と思いきや敷地に入ってみると、校舎も校庭もキレイに掃除されている。かつては大勢の子どもたちの歓声が峠の木木にこだましていたのでしょうが、今はひっそり閑とし鳥の鳴き声だけが聞こえてきます。35年前、中学校の同級生は177人でした。下市町全体の数です。それがいまや年間の新生児は全町で十数人だとか。当時7校あった小学校が統合、廃校でいまや下市小学校ひとつとなってしまいました。少子化と過疎化が加速度的に進んでいます。P3203555.JPG
 
 頂上付近の城跡にある小さな神社(というより祠みたいな)にお参りして、山道を下りはじめたころから空は雨模様。降らないうちにクルマまで戻らねばと道を急ぎます。途中、小さい頃よく遊んだ鎮守のお宮さんに何十年ぶりかに立ち寄り、来し方の報告と息災の感謝をこめて参拝した頃には、とうとうポツポツと降り始めました。
 
P3203578.jpg 上りとは別の近道と思しき道を見つけ急ぎ下りていく途中、ふと眺めた眼下に広がる風景に目を奪われました。強くなった雨脚にもかかわらずしばらく立ち尽くしてしまいました。この眺めはなぜか記憶にない。この道は当時からあったのでしょうけど、通学路ではないのでほとんど通ったことがなかった。広がる水田の向こう、真正面の山すそに建つのがこちらも今や廃校となった下市町立秋野小学校、私の母校です。

 はじめてのアングルで見る原風景に強烈な懐かしさがこみ上げ、思わず泣きそうになりました。
 これまで全国の、世界中の景勝地で、素晴らしい風景に感動することは多々ありました。しかしこれに勝るものはありません。日本中どこにでもあるよな、どうってことのないこの田舎の眺めが、マイNo.1。

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 高校の同窓会から、いろいろ厳禁の名簿が届きました。
 
 5年ごとに発行されてますが、昨今個人情報管理が極端にシビアになっている中で、これほどしっかりした名簿を刊行できるのは、伝統がある学校のしかも組織的に確立されている同窓会ぐらいでしょう。同窓生の横の絆を維持するためには時々の消息を確かめることは不可欠です。会員同士なら住所やケー番の交換も比較的抵抗無いといったところでしょうか。しかし数万人の同窓生の部数を発行するのですから、何らかのかたちで流出するのは、とめようがありません。営利目的でこの種の名簿を欲しがっているヤカラはそれこそ大勢いるでしょう。なんせ、ひとりひとりの勤務先まで載ってますから。
 
 突然見知らぬ業者から、投資の勧誘だの不動産の売り込みだの電話がかかってくることがよくあります。かつては「どこでうちの電話番号聞いた!」とか怒ってたけど、最近はもうあきらめてます。いったん流出した情報を回収するスベはありません。
 
 個人情報の価値と扱いのやっかいさが注目されて、管理が厳しくなってきたのは、ここ10年ほどでしょうか。職場でも当たり前に作っていた職員名簿が廃止され、対外的な照会はもちろん職場内でも住所や学歴などのプライバシー情報は簡単に教えないよう徹底されてます。
 
 学校での学生・生徒の情報はさらに気を使います。われわれの学生時代は、大学当局が学生を呼び出す場合は掲示板に名前貼り出して「ちょっと来い!」でしたが、今ではとんでもない話です。
 
 何でもそうですが、極端に過敏になるのは考え物です。昨今は小学校で修学旅行の写真を掲示したり、アルバムに載せたりしたときに「うちの子が写ってる。許可した覚えはない。肖像権侵害!」なんて騒ぐ親もいるとか。
 
 今回手元に届いた同窓会名簿「住所未確認者」つまり行方不明の人が増えたような気がします。本当に確認できないんやなくて、きっと「住所掲載しないでほしい」という人も含まれているのでしょう。
 
 そのうちNTTの電話帳に載せる人も無くなり、発行できんくなったりするかも。個人情報の管理には細心の注意を払いトラブルを避ける必要はありますが、度を過ぎると社会生活が窮屈になってきます。

富士と日の丸

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IMG_0370.jpg 先週、都内で某省庁主催の協議会に出席しました。
 
 さすが政府のイベント、演壇にはきちんと国旗が据え付けられていました。
 
 社会の一員であることの矜恃と主権国家国民であることの認識は、憲法に保障された国民の権利と義務を享受するための前提です。国民の圧倒的支持と適正な法令に基づいて日の丸を国旗と定めるわが国においては、国の象徴である国旗に敬意を払うことは、別に誰に強制されているわけでもなく、人間としての自然な感情の現れです。
 
 学校の式典で日の丸掲揚反対だの国歌斉唱拒否などという愚かな話はあまり聞かなくなったように思います。当然のことを当然として受け入れられるように、社会と民度が熟成してきたのであればいいのですが。
 
 とは言うものの、マレに「日の丸がキライ」という人がいるのは仕方がないことです。思想・良心にも個性は必要ですから。けれど社会の一員としての、自分の存在根拠を否定する考え方しかできない人は、可哀想やなぁと思います。

 

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 帰りの新幹線で夕闇に沈んでいく富士を眺めながら考えました。
 
 明治の昔、新都東京と京都を結び国家建設の中核とする幹線鉄道の敷設にあたって、内陸(中山道)か、海沿い(東海道)か議論があったけど、結果的に東海道線にしよってことになったそうです。これは良かった。その後、昭和の東海道新幹線へと続いていくのですが、何が良かったって車窓に富士山がある。過去、明治の近代化、大正の民主主義の成長から昭和にはあの戦争からの奇跡的復興、その間、日本の大動脈を担った東海道線、東海道新幹線の車窓から、延べ何百億という国民が富士を眺め、この国の尊さ、偉大さと国民である誇りをその深層心理に植え付けてきたのではないか…
 
 今あらためて書いてみるとどうにも妙な話ですが、疲れとトロンとしたほろ酔いの中でこの日、確かにそんなことを考えてました。

情念大集合

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 久々に京都に出かけました。
 
 摂南大学が京都国際ホテルとのコラボレーションで実施した、「京の大ひな祭り」というイベントです。
 
 大学のPBL(Project-Based Learning 課題解決型学習)プログラムの一環として学生たちが主体となって企画・実施したプロジェクトのひとつで、全国からいらなくなった雛人形を集めて一堂に展示するという企画です。国際観光都市京都で、海外からの観光客に日本の伝統行事をアピールします。
 
P3023460.jpg 電車などの広告やHPでの呼びかけに応じて、全国から送られてきた雛人形は総数2,000体以上。それがせ~ので飾られます。これほどたくさんのお雛様いっぺんに見たのはおそらく初めてです。壮観。

 展示場の竹製の壁面や丸い飾りなども学生の手製です。企画や交渉などとともに地道な作業も時間がかかったやろうと思います。お見事。
 
P3023456.jpg 雛人形はセットものなんで単体の人形にくらべて規模がデカイ。日本では昨今おうちも狭くなり女の子もいないってことになると飾ることもなくなり、いわば邪魔になってきた、しかし先祖代々受け継がれて想い出や家の歴史がつまってて簡単に処分できない。どうしよ~…ということになります。そこで、今回これだけ多くの人たちから送っていただけたのでしょう。イベント終了後はきちんと供養するのだそうです。安心ですよね。
 
P3023447.jpg しかし、おびただしい数の人形、どれもお顔、衣装とも大変キレイで新品かと見まごうほどです。傷があったり汚れたりしてるのは出してないのやろか?
 
 人形は玩具の一種ではありますが、そもそも原型が人間そのものなのでちゃんと心をもってるような気がすること、また、純朴な子供が長~いあいだ持ち主になることで思い入れがとっても強い。そんなこんなで、人形には怨念や情念がこもる、とはよく言われます。代々受け継がれたものならなおのことココロが宿っているのではと思ってしまいます。髪が伸びたり、位置が昨夜と変わっていたりする人形の話もよく聞いたもんです。
 
 そんな人形がここにはこれほどの大集合です。きっと一日終わって灯が落ちたあとは、皆さん降りてきて好きに動き回ったり楽しく宴会など始まったり…
 
 願わくば、夜明けにはちゃんと昨日と同じ位置に帰っていてほしいもんです(^^;)
 
 今日の京都はお天気良かったのですが、北風が強く寒い一日でした。帰りの駅のホームでは雪が舞ってました。 

WELCOME

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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