2011年11月アーカイブ

風の王国

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 今日は、思い立って、二上山に登ってきました。PB271573.jpg

 近鉄二上山駅から登って当麻寺に下りるオーソドックスなルートです。

 大阪平野と奈良盆地を南北真っ二つに分かつ生駒、信貴、葛城、金剛と連なる山脈の一部で、名前のとおり雄岳(517m)・雌岳(474m)のツインピークスの低山です。

 青春時代、奈良盆地南部を棲息域にしてたので、二上山はおなじみのアイテムです。高校からもよく見えてて、あって当たり前の馴染んだ風景でした。ところが見るだけで登る機会はずぅ~っとなかったのです。

 駅降りたって麓に向かっててくてく。二上山駅からのアクセスは山の真北になるので、雌岳の頂は見えず「一上山」です。登山道に至る歩道はバイパスを跨ぐ高架橋を渡っていきます。この道路ができて20年くらいになるかなぁ、県南部から大阪へのアクセスがよくなりましたが、その後有料の「南阪奈道路」の開通で、さらに便利になりました。山裾の紅葉の中を延びていきます。 PB271576.jpg

 二上山(にじょうざん「ふたかみやま」とも)は、日本古代史には頻繁に登場するステージです。時の都、飛鳥の東にある三輪山が朝日さす神の山なら、真西に位置する二上山は日の沈む死の山、浄土への入り口とされてたとか。

 五木寛之「風の王国」 30年近く前、就職した年に読んだ、好きな小説のひとつです。永年なにげに見てた二上山に秘められた事実、日本史の裏側で陽をあびることなく脈々と伝えられてきた負の側面を大胆な設定で描き上げた、五木渾身の問題作です。「青春の門」「戒厳令の夜」なんかもいいけど、わたしにとっての五木最高峰はこれです。

 登場人物の教授のセリフ 「二上山は大和のいわば奥津城なのだよ……わたしは二上山に登りたくないのだ!」

 つまり究極の神聖エリアなわけですが、何も考えなければ気楽・お手軽なハイキングコースです。登山道もやたらいっぱいあり、よく整備されてます。ふもとの香芝市や葛城市の中学生は体育の時間に走って登るとか。

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 二上山駅からだと、先に雄岳に向かうことになります。

 頂上近くに噂の大津皇子のお墓があります。この人は悲劇の皇子として名高い。

 飛鳥時代、甥の大友皇子と「壬申の乱」の大スペクタクルを展開した大海女皇子(天武天皇)の子なのですが、継母の持統天皇の陰謀で自殺させられてしまった。血なまぐさい皇位継承の争いは洋の東西問わず数多くありました。ところがその持統帝、継子とはいえやっぱり寝覚めが悪かったと見えて、二上山に皇子の立派なお墓を建立した…

 これです → 

 最近、雄岳山頂では入山料を取られる、なんてことがネットに書いてましたが、それらしき気配はありませんでした。運がよかっただけでしょか。

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 雌岳頂上から見た奈良県側の南方向。

 奈良盆地は霧に包まれており、大峰山塊の峰々が雄大な姿を横たえます。

 この付近で昼食摂ったのが11時過ぎ。登ってくる団体、家族連れが増えてきました。日曜日だけあって、子供たちもワラワラ。 引率の先生と児童と思しき団体、サッカーチーム、ビーグル犬連れた人もいます。散歩感覚。

 

 

 

 

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  反対側大阪平野山沿いの北方向。雄岳の紅葉がキレイです。

 しばらく休んでいると、ハイカーが増える増える。頂上付近は大阪駅のコンコースなみの賑わいになってきました。そろそろ退散すべし。

 雄岳・雌岳のあいだの「馬の背」から当麻寺方面へ向かいます。あとはただただ下るだけ。

  

 

 

 

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 麓まで下りてきました。

 山頂の喧噪とはうって変わってのどかな田園地帯が広がってます。

 当麻寺に向かう途中の道に、こんなお堂がありました。

 脇の説明書に 「傘堂」 となってます。柱一本のお堂でまさに傘みたい。

 

 

   

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 せっかくですから当麻寺にも立ち寄りました。

 飛鳥時代創建のユイショあるお寺で、中将姫の「蓮の曼荼羅」伝説で有名です。

 三重の塔といえば法起寺、浄瑠璃寺、そしてなんといっても薬師寺東塔が超メジャーですが、古い東塔、西塔が現存するのは当麻寺が日本唯一だそうです。そいやほかにないですよね。 

 左東塔、右西塔。どっちも国宝。 美しい。

 こんな近くまで入場料とか拝観料とかナシで近寄れます。良心的だこと。

 

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 当麻寺を後にして、近鉄当麻寺駅に向かいます。振り返れば太古より変わらない二上山の勇姿。

 大津皇子の無念を思いつつ、うららかな晩秋の一日は過ぎてゆくのであった。

 

 

デジタルな世

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PB201570.jpg 先日、ノートパソコン買ったのですが、つらつら考えてみるにちゃんとしたパソコンの製品を購入したのは、実に17年ぶりとなります。

 その間、使ってないというのではなくて、常にほぼ最新の性能の機械を毎日使ってきました。つまり、 「パソコンの製品」というところがミソで、この十数年、常にパーツだけ買って自作機を組んできたのです。今回、家内用に生まれて初めてノートパソコンを買ったのが、それ以来の「製品」というわけです。

 わが家にというか、私が初めてパソコンを買ったのは前世紀末の1994年、当時最新製品だった富士通「Deskpower」。カタログ残してますが、なぜか高倉健さんのドアップです。このころはカタログに「希望小売価格」がはっきりと入ってます。

 懐かしいですね~。「ドスブイパソコン」。メモリもHDD容量も今の1/1000なのに、この威風堂々とした姿。

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 「インターネット」という言葉もまだハシリの頃で、モデムを電話線につないで「ピ~ヒョロロロロ」。ニフティの「パソコン通信」に、時間いくらで接続料金がかかった時代でした。

 今ではインターネットのインフラも整い、パソコンは家電としてすっかり普及しました。すさまじい技術の進歩。便利になったもんです。

 いちばんの変化は得られる情報量の増加でしょう。日常生活の範囲なら知りたいことはほぼすべてネットで即座に調べられます。世界中津々浦々の交通機関の時刻表、運賃、運行状況、いろんな施設の営業時間、行事予定、今やってる試合の経過、欲しいものがいちばん安い店、ホテルの評判口コミ…。買い物なんて出かける必要もなくなりました。かつては温泉旅館選びで、あたりはずれは当たり前でしたけどね-。

 しかし、社会からなだれ込んでくる情報が多いということは、情報を発信する側も、受ける人の管理が容易になっているわけで、わたしの個人情報がどれほど多くの組織やお店なんかに保存されているかを考えると、あまりぞっとしません。ITインフラ駆使し情報利用を使いこなしていい気になってるうちに、自分の情報が変な風に流出していないとも限らない。そうならないように祈るしかないのかなぁ、なんて思うこの頃ではあります。

悲喜交々

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 高校ラグビー大阪府予選決勝戦、近鉄花園ラグビー場に応援行ってきました。

 大阪府は3校が全国大会(いわゆる「花園」)に出ることができます。全国都道府県のうち大阪だけ突出してレベルが高いのです。

 ベスト4まで行った学校のうち3つがそのまま全国大会へ、というのではなく、最初から3ブロックに分かれてて(第1地区、第2地区、第3地区といいます)それぞれの優勝校が花園に行けるのです。どのブロックに入るかはそれまでの戦績によって毎年変わります。

 んで、第1~第3それぞれの決勝戦3試合が1日で行われます。好カード3連発。なんせ大阪府3地区の決勝戦といえば、全国大会の準決勝、決勝レベルのチームばっかし。ラグビーファン垂涎のお祭りです。

 しかし今年は第2地区決勝で我が学園の2高校が対決することになりました。あいにくと両校が同じ地区に入ってしまったので、仕方がないのです。うれしいながらも、なんとも複雑な気分。新聞には「兄弟対決」なんて書かれてました。

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 いずれ全国大会の決勝で当たる日が早くこないかな、なんて思ってます。

 さて、ちょっと早めにバックスタンドの応援席に入ったときは、まだ前の試合(第1地区決勝戦)やってて、後半始まったところでした。大阪桐蔭vs大阪朝高(朝鮮高級学校)の試合は桐蔭がリード。

 見やすそうなセンターライン付近まで行って「この辺でいいかな、よっこらしょ」と腰掛けてから見渡すと、なんと周りすべて朝高の応援団、それも生徒さんたちの真ん中に入ってしまってた。

 声援は大阪弁と朝鮮語が飛び交います。生徒の応援団は実に統制されててしかも皆さん声が大きい。朝鮮語の声援は当然何言ってるのかさっぱり分からん!?でしたが、必死に応援する雰囲気はじつにええもんです。部外者でも楽しく観てました。

 その第1試合は、朝高が2点ビハインドからノーサイド寸前のPKを決めてなんと20対19。1点差のサヨナラ勝ち。応援団、まぁ盛り上がること。そらそうでしょう、劣勢挽回して終了寸前の劇的逆点勝利なんて、ドラマにしてもクサすぎるような、すごい試合でしたもん。

 可哀想なのは、逆転負けの大阪桐蔭。応援席もダメージ大きく、そこここで泣いている生徒さんやお母さんたち。スポーツの残酷さを垣間見ました。

 

もの持ちのもち物

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PB041569.jpg 昔からわりと物に対する執着が強く、買ったものは使い続けるほうなのです。前のクルマは、エンジンの底に穴が空くまで15年間乗ったし、今使ってるビジネスバックは、12、3年前に守口の京阪デパートで買ったものなんですが、大きさ、機能性、使い勝手、ツボにはまってず~っと使い続けてきました。

 出張や会合の日なんかを除いて毎日、雨の日も風の日も連れ添ってきた戦友です。

 このカバンが最近、永年の使用に堪えず、持ち手の端がすり切れてきてちょっとヤバイなと思ってたのですが、とうとう端が決壊して、芯が飛び出してきました。1cm足らずの革でつながっている状態で、ちぎれてしまうのは時間の問題です。有名ブランド品やし、ひょっとしたら修理も可能かも、とか一瞬思いましたが、全体にすり切れ、汚れが目立つことから新品を買うこととなりました。

 従ってこのカバンは引退、隠居することととなりました。長い間ご苦労さま。

 ときを相前後して、我が家のリビングのエアコンを取り替えました。

 今のマンション買ったときに取り付けてから16年間働いてたのですが、1・2年前から吹き出し口の左右フラップが動かなくなり、必要なときはマゴノテを使って手動で風向きを調整してました。そんなわけで、うちの奥さんは以前から買い換えたいと言い続けてきたわけです。

「最近の機種は省エネよ。プラズマクラスターよ。」

「そんな大して変わらんやろ。吹き出しのハネ以外、まだちゃんと動くし」

「……(- - ;) 」

 ノートパソコンを買いに量販店行ったついでに、この際ってんでエアコン買ってしまったわけです。16年も前と比べると消費電力は圧倒的に違うという店員さんの話が買い換え決断の決め手となりました。暖房の年末商戦前の底値を狙える時期的要因もプラスに作用し、なんと、まだ動く家電を捨ててしまうこととなったのです。(リサイクルですが)

 古来、人は物が壊れると何でも修理して使ってきたもんです。そう簡単には捨てなかった。しかし昨今は破れたりほつれたりした衣料品はゴミ箱直行、繕って着ることなんてないし、家電なんかの耐久消費財は、壊れたらこの機会に最新機種に買い換えたりってゆうケースが増えてますよね。かくして経済効果は上がる一方で、リサイクルゴミは増えていくのです。

WELCOME

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PROFILE

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katsuhiko

男 

血はO型

奈良県出身大阪府在住のサラリーマン

生まれてから約半世紀たちました。

お休みの日は、野山を歩くことがあります。

雨の日と夜中はクラシック音楽聴いてます。

カラオケはアニソンから軍歌まで1000曲以上歌えます

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